June 09, 2014

英国人が選ぶ日本マンガベスト150(その1)

 本稿は下記のエントリの続きになります。

漫棚通信ブログ版:死ぬ前に読むべき1001冊のマンガ

 ポール・グラヴェット Paul Gravett 編『死ぬ前に読むべき1001冊のマンガ 1001 Comics You Must Read Before You Die: The Ultimate Guide to Comic Books, Graphic Novels and Manga』については、2014年6月9日発売の週刊ビッグコミックスピリッツにもコラムを書かせていただきました。

1001 Comics You Must Read Before You Die: The Ultimate Guide to Comic Books, Graphic Novels and Manga ビッグコミック スピリッツ 2014年 6/23号 [雑誌]

 ただしこの本、すごく分厚い本なので紹介しきれないところはいろいろあって、まあ1001作というのは多い多い。

 わたしはとりあえず海外作品のブックガイドとして読んでるのですが、本書は歴史書でもあります。古今の日本マンガも多く取り上げられていて、その数、およそ150作。つまり英国人が選ぶ「日本マンガベスト150」としても読めてしまうのですね。

 これが日本人読者の感覚と微妙にずれていておもしろい。で、その150作を「英個人の選んだ日本マンガベスト150」としてご紹介。


1 1931年 田河水泡:のらくろ
2 1934年 阪本牙城:タンクタンクロー
3 1946年 長谷川町子 :サザエさん
4 1951年 手塚治虫:鉄腕アトム
5 1953年 手塚治虫:リボンの騎士
6 1956年 辰巳ヨシヒロ:黒い吹雪
7 1956年 横山光輝:鉄人28号
8 1956年 小島功:仙人部落
9 1956年 杉浦茂:少年児雷也
10 1959年 水木しげる :ゲゲゲの鬼太郎

のらくろ喫茶店 [カラー復刻版] (のらくろ 幸福(しあわせ)3部作)タンク・タンクローサザエさん (1)鉄腕アトム(1) (手塚治虫文庫全集 BT 1)リボンの騎士(1) (手塚治虫文庫全集 BT 13)限定復刻版 黒い吹雪鉄人28号 原作完全版 1  希望コミックス小島功美女画集―画業満六〇年 喜寿記念少年児雷也 (1) (河出文庫)墓場鬼太郎 (1) (角川文庫―貸本まんが復刻版 (み18-7))

 まず最初に登場するのが『のらくろ』。日本人としてはまず、樺島勝一『正チャンの冒険』を挙げてほしいところではあります。『タンクタンクロー』が英語圏で有名なのは、日本のプレスポップ・ギャラリーが発売した英訳版のおかげですね。

 手塚の初期作品として『鉄腕アトム』『リボンの騎士』の二作は妥当でしょう。英語圏で辰巳ヨシヒロの人気が高いのは青林工藝舎のおかげかな。小島功『仙人部落』は世界最長連載を更新中なので。

 原著で『ゲゲゲの鬼太郎』は1959年なのに少年マガジン版の書影が掲載されてて、1959年なら「ゲゲゲ」じゃないだろう、とちょっと文句もいいたくなるところです(鬼太郎は紙芝居に始まり貸本版を経て週刊少年マガジンに掲載。その後1968年のアニメ化のとき「ゲゲゲの鬼太郎」というタイトルに変更されました)。


11 1964年 白土三平:カムイ伝
12 1964年 石森章太郎:サイボーグ009
13 1965年 園山俊二:ギャートルズ
14 1965年 川崎のぼる/梶原一騎:巨人の星
15 1966年 桑田次郎:バットマン
16 1967年 赤塚不二夫 :天才バカボン
17 1967年 ちばてつや/高森朝雄:あしたのジョー
18 1967年 モンキー・パンチ:ルパン三世
19 1967年 手塚治虫:火の鳥
20 1967年 永島慎二:フーテン
21 1968年 滝田ゆう:寺島町奇譚
22 1968年 永井豪:ハレンチ学園
23 1968年 つげ義春:ねじ式
24 1969年 藤子・F・不二雄:ドラえもん
25 1969年 さいとう・たかを:ゴルゴ13

カムイ伝全集―決定版 (第1部1) (ビッグコミックススペシャル)サイボーグ009 (第1巻) (Sunday comics―大長編SFコミックス)ギャートルズ1肉の巻巨人の星(1)バットマン The BatManga Jiro Kuwata Edition (復刻名作漫画シリーズ)天才バカボン (1) (竹書房文庫)あしたのジョー(1)ルパン三世 (1) (双葉文庫―名作シリーズ)火の鳥 1フーテン(全) (ちくま文庫)寺島町奇譚 (ちくま文庫)ハレンチ学園 1 (キングシリーズ 小池書院漫画デラックス)つげ義春コレクション ねじ式/夜が掴む (ちくま文庫)ドラえもん (1) (てんとう虫コミックス)ゴルゴ13(1)

 F先生の『ドラえもん』があって、二人合作の『オバケのQ太郎』がないのはちょっとなあ。A先生作品もいれてほしかった。桑田次郎なら『8マン』を外せないはずなのですが、『バットマン』が選ばれてるのはこの有名作品がまずアメリカで復刻されたから。

 原著で『ギャートルズ』の書影が『はじめ人間ゴン』になってるのはご愛敬。『ギャートルズ』は日本でも昨年復刻出版されましたので、お好きなかたはどうぞ(上の書影クリックでアマゾンに飛びます)。


26 1970年 ジョージ秋山:アシュラ
27 1970年 手塚治虫:きりひと讃歌
28 1970年 小島剛夕/小池一夫: 子連れ狼
29 1970年 安部慎一:美代子阿佐ヶ谷気分
30 1970年 林静一:赤色エレジー
31 1972年 手塚治虫:ブッダ
32 1972年 手塚治虫:奇子
33 1972年 永井豪:マジンガーZ
34 1972年 上村一夫:同棲時代
35 1972年 上村一夫/小池一夫:修羅雪姫
36 1972年 楳図かずお:漂流教室
37 1972年 池田理代子:ベルサイユのばら
38 1972年 永井豪:デビルマン
39 1973年 中沢啓治:はだしのゲン
40 1973年 矢口高雄:釣りキチ三平
41 1973年 手塚治虫:ブラック・ジャック
42 1974年 萩尾望都:トーマの心臓
43 1975年 いがらしゆみこ/水木杏子:キャンディ・キャンディ
44 1976年 竹宮惠子:風と木の詩
45 1976年 青池保子:エロイカより愛をこめて
46 1976年 手塚治虫:MW(ムウ)
47 1976年 有吉京子:SWAN 白鳥
48 1976年 美内すずえ:ガラスの仮面
49 1977年 松本零士:銀河鉄道999
50 1978年 高橋留美子:うる星やつら
51 1978年 大島弓子:綿の国星
52 1979年 福谷たかし:独身アパートどくだみ荘

アシュラ (上) (幻冬舎文庫 (し-20-2))きりひと讃歌 1 (ビッグコミックススペシャル)子連れ狼 第1巻 愛蔵版 (キングシリーズ)美代子阿佐ケ谷気分赤色エレジー (シリーズ昭和の名作マンガ)ブッダ 1奇子 1新装版 マジンガーZ オリジナルver.(1) (講談社漫画文庫 な 2-33)同棲時代第1巻 (fukkan.com)修羅雪姫 (上巻) (単行本コミックス)漂流教室 1 (ビッグコミックススペシャル)ベルサイユのばら(1)デビルマン (1) (KCデラックス (435))はだしのゲン 1釣りキチ三平(1)ブラック・ジャック (1) (少年チャンピオン・コミックス)トーマの心臓1 萩尾望都Perfect Selection 1 (フラワーコミックススペシャル)キャンディ・キャンディ (1)  講談社コミックスなかよし (222巻)風と木の詩 (第1巻) (白泉社文庫)エロイカより愛をこめて 1MW 1SWAN 白鳥 愛蔵版 1ガラスの仮面 1 (花とゆめCOMICS)銀河鉄道999 (1) (少年画報社文庫)うる星やつら〔新装版〕(1) (少年サンデーコミックス)綿の国星 1 (白泉社文庫)独身アパートどくだみ荘 1 (グループゼロ)

 きら星のごとき傑作が集中しているのが1960年代から1970年代にかけて。とくに70年代は豪華な作品が並んでます。

『子連れ狼』の英語版は『Lone Wolf And Cub』というなんだかなあというタイトルですが、以前からオールタイムベストとして扱われてます。萩尾望都は個人的には『ポーの一族』を挙げたいところですが、BLの母として『風と木の詩』と『トーマの心臓』が並べて語られるも歴史書ならでは、かな。

『独身アパートどくだみ荘』は、なぜかフランスでえらく評価されてます。仏語版タイトルは『トーキョー・バガボンド』。


53 1980年 山岸凉子:日出処の天子
54 1980年 高橋留美子:めぞん一刻
55 1980年 大友克洋:童夢
56 1980年 あだち充:タッチ
57 1981年 高橋陽一:キャプテン翼
58 1982年 大友克洋:アキラ
59 1982年 宮崎駿:風の谷のナウシカ
60 1982年 日野日出志:地獄変
61 1983年 手塚治虫:アドルフに告ぐ
62 1983年 弘兼憲史:課長島耕作
63 1983年 原哲夫/武論尊:北斗の拳
64 1984年 鳥山明:ドラゴンボール
65 1984年 星野之宣:2001夜物語
66 1985年 つげ義春:無能の人
67 1985年 吉田秋生:BANANA FISH
68 1985年 北条司:シティーハンター
69 1986年 いがらしみきお:ぼのぼの
70 1986年 永野護:ファイブスター物語
71 1987年 荒木飛呂彦:ジョジョの奇妙な冒険
72 1988年 杉浦日向子:百物語
73 1989年 士郎正宗:攻殻機動隊
74 1989年 三浦健太郎:ベルセルク

日出処の天子 第1巻 完全版 (MFコミックス)めぞん一刻〔新装版〕(1) (ビッグコミックス)童夢 (アクションコミックス)タッチ 完全復刻版 1 (少年サンデーコミックス)キャプテン翼 (第1巻) (ジャンプ・コミックス)AKIRA(1) (KCデラックス 11)風の谷のナウシカ 1 (アニメージュコミックスワイド判)【バーゲンブック】 地獄変 マジカルホラーシリーズ5アドルフに告ぐ 1課長 島耕作(1) (モーニングKC (43))北斗の拳【究極版】 1 (ゼノンコミックスDX)ドラゴンボール 完全版 (1)   ジャンプコミックス2001夜物語 (Vol.1) (Action comics)つげ義春コレクション 近所の景色/無能の人 (ちくま文庫)BANANA FISH(1) (フラワーコミックス)シティーハンター ―Complete edition (Volume:01) (Tokuma comics)ぼのぼの 1 (バンブー・コミックス)ファイブスター物語 (1) (ニュータイプ100%コミックス)ジョジョの奇妙な冒険 (1) (ジャンプ・コミックス)百物語 上之巻攻殻機動隊 (1)    KCデラックスベルセルク (1) (Jets comics (431))

 1980年代になると、若い読者が読んだことがある作品も多くなってきます。サンデーの高橋留美子、あだち充、ジャンプの『北斗の拳』や『ドラゴンボール』などのビッグヒットが顔を出してきます。そしてマンガ表現を変えた大友克洋の登場。

 それにしても星野之宣作品があって諸星大二郎がないのはちょっとどうかと思うぞ。

 ここまでで約半分。まだまだ多いので後半の作品につきましては、以下次回。

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June 07, 2014

「東京人」のガロとCOM特集

 雑誌「東京人」買いました。

●「東京人」2014年7月号(都市出版、861円+税、amazon

東京人 2014年 07月号 [雑誌]

 書影にあるように特集は「ガロとCOMの時代 1964-1971」。すみませんねえ、いつまでも1960年代と1970年代をひきずってて。でも、日本マンガはこの時代抜きには語れませんのですよ。

 なかなかステキな仕上がりで、「ガロ」と「COM」の書影や誌面の写真がいっぱい。わたし当時の雑誌そのものをかなり持ってますが、ぼろぼろになった実際のページよりもきれいに見えちゃうなあ。

 インタビューされてる(カッコ内がインビュアー)のが、つげ義春(川本三郎)、真崎守(霜月たかなか)、竹宮惠子(西原麻里)、諸星大二郎(斎藤宣彦)。

 文章を寄稿してるのが、川本三郎、しりあがり寿、四方田犬彦、亀和田武、矢作俊彦、養老孟司、御厨貴、木全公彦、夏目房之介、さらに林静一、あがた森魚ですよあなた。いや豪華なひとたちが登場してますし、どれも興味深い。

 この特集、どっちかというとCOMに重点が置かれてる感じがするかな。

 COMについては、2011年に霜月たかなか・編の『COM 40年目の終刊号』という本が出版されました。そして個人的なことですが、わたしがCOMに投稿したマンガが、2012年に手もとに戻ってきました。

 でもって雑誌「spectator」に2009年から断続的に連載されていた、赤田祐一による「証言構成 『COM』の時代 あるマンガ雑誌の回想」が2013年に完結。これも貴重な証言がいっぱいなので、早く一冊にまとめてほしいですね。

 これでなにか一段落した感じがしてたのですが、今も「東京人」のような特集が組まれてる。みんな言い足りないことがいっぱいあるようで、まだまだ終わったわけではないんだなあ。

 さらにガロに関してはもっとつっこんだ検証と再評価が望まれるところです。各誌編集のみなさん、どうぞ企画をよろしくお願いします。

COM 40年目の終刊号Spectator 20From Oregon With DIYSpectator 22スペクテイター〈23号〉スペクテイター〈24号〉スペクテイター〈25号〉スペクテイター〈27号〉 小商いスペクテイター〈29号〉 ホール・アース・カタログ〈前篇〉 

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May 27, 2014

『がらくたストリート』完結というかオシマイから『昔話のできるまで』

 最近読んだマンガですごく楽しめたもの。

●山田穣『がらくたストリート』3巻(2014年幻冬舎、630円+税、amazon

がらくたストリート (3) (バーズコミックス)

 通称「がっくり」第1巻の発売が2008年。1巻についてのわたしの感想がコチラ。→(

 でもって第3巻の発売が2014年。7年で3巻、本書に限らず、日本マンガの出版サイクルもBDなみになりましたねえ。2012年末に連載中断となって、描き下ろしを加えての最終巻発売です。

 ファンのかたがたが待ちに待った最終巻ですが、特別なことが起こるわけではありません。葦原の瑞穂の国=日本そのものである芦原市を舞台に、宇宙人やら怪異現象やら妖怪ハンターが登場するにもかかわらず、男の子、女の子があーだこーだとにぎやかに会話しながら進行するお話。

 だって描かれてるのが、運動会、文化祭、遠足、ご近所の散歩、そして温泉旅行ですよ、奥さん。古き革袋に新しい酒を。

 ウンチクと会話の楽しさ。地理的にも時間的にも閉じた楽園での永遠の子ども時代。日本マンガのなんとも「退廃的」で「爛熟」な雰囲気を感じるのはわたしだけでしょうか。でもおもしろくて楽しいからOK。背景をもっときっちり描き込んでくれるほうが好きなんだけどなー。

 で、同じ作者でもうひとつ。

●山田穣『昔話のできるまで』(2014年集英社、514円+税、amazon

昔話のできるまで (ヤングジャンプコミックス)

 こちらは短編集。バラエティに富んだ楽しい作品がいろいろ収録されていますが、やはり「がっくり」と通じるところのある、プチ諸星大二郎とでもいうべき表題作がもっとも好みです。

 期待のひとなんだけど、さて次回作はいつ読めるのか、のんびり待ちます。

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May 15, 2014

『チェルノブイリの春』そしてフクシマ

 3.11後の日本でこそ読まれるべきBD。

●エマニュアル・ルパージュ『チェルノブイリの春』(大西愛子訳、2014年明石書店、4000円+税、amazon

チェルノブイリの春

 出版社からご恵投いただきました。ありがとうございます。作者エマニュエル・ルパージュの作品は、南米を舞台にした美しい冒険物語『ムチャチョ』がすでに邦訳出版されています。

 本作はフィクションじゃなくて、ルポルタージュマンガ。2008年に作者がチェルノブイリに二週間滞在した体験をマンガ化したものです。帰国してから予定どおり、参加したもうひとりのイラストレーターとの共著『チェルノブイリの花』が出版されました。しかし作者としては不満のある作品になったようで、フクシマ事故のあと、あらためてコマを割ったマンガの形で制作されたのが本書です。原著の発行は2012年。

 ご存じのとおり、フランスは世界最大の原発大国ですから、当然国内の反原発運動も盛んです。作者のチェルノブイリ滞在は反核運動の一環として企画されたものでした。

 作者は反原発活動家というわけではなく、原子力推進の絵の依頼を断った経験があるくらい。いわゆる消極的原発忌避者レベルだったようです。その彼が「行動する画家たち」協会が主催するこの企画に参加した理由は、なにかこう燃えるものがあったらしい。キャプションやセリフではこのように説明されます。ちょっと偽悪的に書かれてるのかな。

世の中を目撃するだけじゃない。「関わる」ことになる。活動家だ! 政治参加だ!
仕事柄、ひとりでしこしこ描いていると、世の中をガラス越しに眺めている感覚に陥ったりする。部外者みたいだ。
けど今後は、肌身で感じられるんだ! もちろん危険はある。でも興奮するじゃないか!

僕は反核とは違うことでここに来た気がする。
絵を通じて大惨事と向き合いたいからかな。

 チェルノブイリには「ゾーン」と呼ばれる立ち入り制限区域があります。彼らはそこから20km離れた人口300人の村に滞在し、そこを基地にしてゾーンを訪れます。

 本書で描かれるのは、チェルノブイリで今も住み続ける人々、ゾーン内部の風景、廃墟となった街、さらにそこにある自然の風景。

 本書の装幀は縦30cm、ハードカバー180ページ超、大きく重い本でオールカラー。しかし最初のうちはほとんど黒とセピア色の二色しか使われおらず、陰鬱なタッチがずっと続きます。

 廃墟の姿に圧倒され、放射性物質を恐れ、放射線線量計を手放せない。作者の気分が直接その絵に表現されています。

 しかし最初の衝撃が薄れ、村で「暮らす」ようになってから、絵に色がつくようになり、本書の印象ががらっと変わるのです。ゾーン近くの森で風景をスケッチする作者。「色彩の爆発。燃えるようだ」

 放射線汚染地域であっても、5月のチェルノブイリは美しい。作者はどうしても美しい自然、美しい生命を描いてしまいます。しかしそこには目に見えない放射線がある。「見えないものをどう描く?」

 作者はゾーン内部にはいりこみ、池のほとりで暖かい風に誘われて草の上に寝っ転がってしまう。しかしそこが汚染地帯であることに気づき、愕然とするのです。

 生と死、喜劇と悲劇、あらゆる矛盾が同居する場所。

 本書には、反権力の思想はあっても結論や主張はありません。たんたんとした現地のレポート。しかしそこには人類がおこした愚行をひとごとにはしない、深い自省があるのです。

 同行したフランスの週刊誌「テレラマ」の記者キャティ・ブリソンの記事がネット上に残っていました。→() このページの下のほうの写真で、マスクをしてスケッチをしているのがエマニュエル・ルパージュです。

     ◆

 さて、本書にはもう一作が付け加えられています。2012年11月に来日したとき、福島県飯舘村を訪れたレポートマンガ『フクシマの傷』という短編。

 作者が感じるのは、チェルノブイリに何も学ばなかった人間の愚かさに対する怒りです。しかしそれをストレートに表現するわけではない。静かな静かな作品となっています。

 作者自身は、除染作業は徒労なのではないか、彼らが故郷に戻ることはできないのではないかと感じています。じつはこれは日本人もずっと持ち続けている不安であり、『美味しんぼ』の作者たちの主張とほぼ同じなのだろうと思います。

 しかし作品から受ける印象は大きく異なります。これは本作品が、日本における異邦人の感想であり、本来フランス国内向けに書かれた作品だから、というだけではありません。絵の力を前面に押し出すBDと、なんとか「図解」しようとする日本マンガの違いでもあるのでしょう。

     ◆

 最後に本書を読むときの注意。本書では「マイクロシーベルト」という単位が、日本で使われている「μSv」という表記じゃなくて、おそらくフランスで使用されているだろう「msv」という表記になってます。これ、ミリシーベルトとすごくまちがいやすいので、邦訳は「μSv」表記のほうがわかりやすかったと思いますよ。

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April 28, 2014

学習マンガとしての『いちえふ』

 一部は雑誌でも読んでいましたが、あらためて単行本となるといろいろと感慨が。

●竜田一人『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記』1巻(2014年講談社、580円+税、amazonKindle版540円

いちえふ 福島第一原子力発電所労働記(1) (モーニングKC)

 昨年秋の講談社「モーニング」新人賞、第34回MANGA OPENの大賞受賞作です。福島第一原発事故後の作業員として、実際に現場で働いていた作者による37ページのルポルタージュマンガ。多方面で話題になりましたから、ご存じのかたも多いでしょう。その後、連作短編として雑誌連載されたものが今回一冊にまとまりました。

 チェルノブイリと肩を並べる世界史的大事故が、ここ日本で、わたしたちの生活と直結する形で発生。しかも今も現在進行形で続いているわけです。

 その現場からのナマの声を描いた作品。作品の存在そのものがセンセーショナルであり、しかもそれがマンガというある種特殊な形式で発表されました。話題になるのも当然ですね。

 原発の「中のひと」にとっては日常ではあっても、読者にとってはまったく知らない世界です。おそらく写真をもとに描かれているであろう風景や建物、装備のひとつひとつや仕事手順がこまごまと描写されます。さらに「七次下請け」というとんでもない仕事請負形態や、お金の話、日当二万円で誘われて実質八千円、などの生々しい話とか、まあ驚くことばかり。

 しかし中のひとたちにはあくまで日常の仕事なので、彼らは何かを大声で叫ぶこともなく、たんたんと仕事をこなしていく……

 現代日本のマンガ作品として、その題材と手法において、突出した作品となっています。

 海外にはコミックス・ジャーナリズムという呼称と作品群がありますが、それとは微妙にちがっていて、作者は対象にもっと寄り添い、ルポルタージュのところどころに自分の感想・主張をはさみこんでいます。

 本書の最大の欠点は、いわゆる「人間が描けていない」ことでしょうか。残念ながら主人公である作者自身を含めた登場人物が、あまりに平板。これは重要登場人物のはずの先輩のベテラン作業員、大野さんや明石さんにも感じたことです。唯一、キャラが立ってるといえるのが、最初に主人公を雇うことになる七次請負の土建屋のヒゲの専務。したたかなんだか、お人好しなんだか。

 しかしキャラクターが平板なのはしょうがない。本書の目的は人間を描くことなどではなく、その基本的構造は日本で発達した「学習マンガ」そのものなのですから。

 学習マンガは、読者に知識を与えることを目的に描かれます。じつは本書の目的もそれ。読者の知らないことを、ぜひ、伝えたい、という欲求で描かれたマンガです。

 日本の学習マンガの多くが、太郎くん・花子さん・博士の会話で話が進むように、本書でも主人公と博士役のベテラン作業員の会話でお話が進行。作品は作者の一人称で描かれ、当然キャプションは多い。そしてわかりやすさの追求のため、学習マンガに欠かせない「図解」も多く登場します。

 すなわち、本書は知識を伝えることに特化したマンガなのです。人間を描くことや社会派ジャーナリズムをめざすことなく、学習マンガとしてすごくよくできている作品。それは作品としての限界でもありますが、そこから先は読者が考えるべき問題であるのでしょう。

 本書の「第零話」となる受賞作37ページは、英語訳がFacebookで公開されています。世界に向けて発信された「今」の日本を描いた作品であることは確かです。

●『いちえふ』第零話 英語版

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April 13, 2014

死ぬ前に読むべき1001冊のマンガ

 4月にはいっていちばんがっくりしたのが、米ダークホース社から発売予定だった、ミロ・マナラがアレハンドロ・ホドロフスキーと組んで描いたマンガ、『ボルジア家』。全三冊が一巻にまとめられこの4月に発売予定だったのが、突然発売が11月に延期されてしまいました。米アマゾンに予約してたのになあ。ちぇっ。

 ただしそれと同時に注文してたものが到着して、これはほくほくもの。

●Paul Gravett編『1001 Comics You Must Read Before You Die: The Ultimate Guide to Comic Books, Graphic Novels and Manga』(2014年Universe Publishing、amazon

1001 Comics You Must Read Before You Die: The Ultimate Guide to Comic Books, Graphic Novels and Manga

 タイトルがすげー。『死ぬ前に読むべき1001冊のマンガ』ときたもんだ。この挑戦は受けないわけにはいかない。

 初版は2011年。品薄状態が続いていたため長らく高額な価格づけがされていたのですがこの3月末に再版され、今なら米アマゾンで13ドル、日本アマゾンでも1900円と信じられないぐらいお安くなりました。

 960ページという枕にできるくらいぶ厚い本でハードカバー。画像も多くつるりんとしたいい紙つかってますから重い重い。

 編者のポール・グラヴェットはイギリスのワールドワイドなコミックス研究家で、そのサイト「PAULGRAVETT.COM」は世界のマンガに興味のあるひとなら必読。彼は日本のマンガについての研究書も書いてますね。

『死ぬ前に読むべき1001冊のマンガ』のどこがすばらしいかというと、編集が経年的になっているところ。最初に登場するのが1837年ロドルフ・テプフェール『ヴィユ・ボワ氏』(英語版タイトルは「オバデヤ・オールドバック氏の冒険」)。次が1854年のギュスターヴ・ドレ『聖ロシア史』という音符を模したマンガ。これを「死ぬ前に読むべき」として挙げているというのがタダモノではない。

 ラスト1001冊目は邦訳もされている2011年クレイグ・トンプソン『ハビビ』で終わります。

 つまり本書は単なるガイドブックではありません。順に読むと世界マンガ史が概観できてしまうようにできてるのですね。

 もちろん1001冊のうちには日本マンガも多く含まれています。ただし英語圏に知られている日本マンガにかたよっているのはしょうがない。最初に紹介される日本マンガが1931年ヘンリー木山義喬『漫画四人書生』、次が1934年阪本牙城『タンクタンクロー』です。両者とも英訳(というか前者はバイリンガル)されてますからね。

※すみません。よく読んだら1931年『のらくろ』が先頭に紹介されてました。でも『正チャンの冒険』は載ってないんだよなあ。

 当然ですが『巨人の星』、『あしたのジョー』、高橋留美子やあだち充、こうの史代らも紹介されてます。日本マンガとして最後に登場するのは2009年『進撃の巨人』ね。

 いっぽうで知らない国のマンガがあまりに多いのに愕然としてしまいます。韓国やインド、南米、北欧のマンガについてわたしたちはあまりに無知すぎる。

 おそらく現在手にはいる世界マンガのガイドブックかつ世界マンガ史の教科書として、最高の一冊だと思います。さて細かく内容を紹介したいのですが、今は1001冊をノートに書き出してメモをとってる段階なので、本日は本の紹介だけで失礼。

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April 03, 2014

くだんと家族の物語『五色の舟』

 マンガ制作において原作=シナリオ作家と作画=マンガ家が別人、という形態は、アタリマエすぎて何を今さらという感じですが、かつてこれが嫌われていた時代がありました。

 川崎のぼる/梶原一騎『巨人の星』だって、原作と作画が別という理由で講談社まんが賞を受賞できなかったことを、手塚治虫がエッセイに書いてます(のちに受賞しましたが)。

 でもねー、すぐれた原作にすぐれた脚色/作画が加われば、1+1が2じゃなくて3にも4にもなることを、すでにわたしたちは知っています。

●近藤ようこ/津原泰水『五色の舟』(2014年KADOKAWA、780円+税、amazon

五色の舟 (ビームコミックス)

 原作は津原泰水の短編小説。ネタは「くだん」です。

 くだんといいますと、小松左京の小説『くだんのはは』や、くだん研究家とり・みきによる『くだんのアレ』などが有名。わたしがくだんについて最初に知ったのは、石森章太郎による『くだんのはは』のマンガ化作品ですね。あれは怖かった。

 ネタバレして申し訳ありませんが、小松左京以来すごく有名になってしまったのでもういいでしょう。小説版『五色の舟』だって、一行目に「くだん」という言葉が登場してますし。くだんとは、歴史上の大凶時のたびに生まれてくる人頭牛身、あるいは逆に牛頭人身の化け物のこと。全能の予知能力を持っているといわれています。

 第二次大戦中の日本、くだんが生まれたことが噂になっています。いっぽうで奇形の身体を見世物にして興行をおこなっている男三人女ふたりの一座がいます。彼らは先天的な奇形あるいは後天的に身体の一部を欠損した人間たちで、「お父さん」を中心とした疑似家族を形成している。

 彼らは川に浮かんだ粗末な舟で寝泊まりしています。戦況は終盤、日本敗戦は近い。彼らとくだんが出会ったとき、世界、日本と彼らの運命はどのような変貌を遂げるのか……!?

 とあおってしまいましたが、そういうハデなお話ではありません。外から見ると不幸で凄惨なはずの五人が、いかに愛と信頼で強く結びついているか、それをたんたんとした筆致で静かに書いた原作。そして近藤ようこがその原作を、さらっと軽々とマンガ化して見せてくれます。

 驚いたのはマンガに「産業奨励館」という豪華な建築物が登場したとき。これは何だろうと読みながらグーグル検索して初めて知った。被災前の原爆ドームは、こんなりっぱな建物だったのかっ。

 すみません無知で知りませんでした。さらにお話の舞台が広島だったとは。最初に「岩国」が登場した時に気づくべきでした。お話は原爆投下に向けて収斂していき、美しく悲しく優しいラストシーンをむかえることになります。

 この美しい産業奨励館は、原作小説には登場しません。それだけじゃなくて、主人公が描く絵や、日常のあいさつ、ちょっとした風景、くだんの造形、そして彼らの住む舟。原作小説に付け加えられた要素が、本作をますますいとおしいものにしています。

 藍よりいでて藍より青し。傑作です。

(えー、カバーとそれをめくった表1の両方で、原作者とマンガ家のローマ字表記が逆になってます。関係者は気づいてるようなので、このレアもの初版をゲットするなら今) 

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March 27, 2014

これも3.11マンガ『瞼の母』

 小林まことが長谷川伸原作で描く、絶品の股旅シリーズも第四作。これで完結だそうです。

●小林まこと/長谷川伸『瞼の母』(2014年講談社、1095円+税、amazon

劇画・長谷川 伸シリーズ 瞼の母 (イブニングKC 劇画・長谷川伸シリーズ)

 長谷川伸は、昭和初期から戦後まで活躍した小説家/劇作家。「股旅もの」というジャンルを開拓し、それらは映画や演劇でくり返し演じられ、その作品やセリフは歌舞伎のそれと同様に、日本人の共有財産というべきものになりました。

 だってTVなどがない時代、田舎にやってくる旅芝居の演目は長谷川伸、素人芝居(昔は多かったそうです)の演目も長谷川伸。戦地で兵隊たち自身が演じる余興も長谷川伸作品だった、と長谷川自身がエッセイで書いてます。

 今回は『瞼(まぶた)の母』。ご存じ番場の忠太郎が生き別れの母に会いに行く、というお話。っても、すでに娯楽の第一線から引退してしまった長谷川伸作品は知られてませんかそうですか。

 長谷川作品はその名ゼリフが有名です。『一本刀土俵入り』ならこれ。

これが、十年前に、櫛、簪、巾着ぐるみ、意見を貰った姐さんに、せめて、見て貰う駒形の、しがねえ姿の、横綱の土俵入りでござんす。

 大向こうから声がかかりますね。『瞼の母』ならこれ。

幼い時に別れた生みの母は、こう瞼の上下ぴッたり合せ、思い出しゃあ絵で描くように見えてたものをわざわざ骨を折って消してしまった。

 あるいは、斬り合い場面でのこのやりとり。

「お前、親は」
「何だと、親だと、そんなものがあるもんかい」
「子は」
「無え」

 このあと答えたほうがばっさり斬られちゃいます。

 長谷川伸自身が五歳で実の母と別れたという事実もあり、親子の情愛を描いた『瞼の母』は、とくに人気作品として知られています。原作戯曲でも番場の忠太郎と母親の再会の場は、じっくりと長ゼリフの連続で演じられるのですが、小林まことのマンガもこのシーンに50ページをかけてます。マンガでいかに細かく心情を表現するか、という挑戦でもありますね。

 このシリーズ、小林まことによる脚色が見ものなのですが、今回もお見事。主人公は、小林まこと作品最大のスター、東三四郎。乱暴者でケンカは無敵。でもちょっぴりおちゃめ、という過去のマンガ作品があってのイメージを、そのまま流用してます。当然ですが原作戯曲の忠太郎はこんな人物ではありません。

 長谷川伸の複数の戯曲や小説に登場する黒塚の多九蔵というキャラクターがいまして、こいつが目があうだけでケンカを売りまくる剣呑なヤツ。

「いまにどこかの盛り場で、多勢の人出の中で、顔をずっと見渡したら、どの顔もどの顔も、おめえの喧嘩相手だってことになってしまうぜ」
「そうなりゃなお面白え」

 このキャラクターのイメージを少し拝借しているようです。

 オープニング、幼い忠太郎が母親をさがすシーンでの母親の泣かせる独白は、『瞼の母』じゃなくて戯曲『直八子供旅』からの流用。

 戯曲としてはハッピーエンドで終わるバージョンもあったそうですが、世間に流布してくり返し上演されてきた『瞼の母』は泣かせるラストが特徴。瞼の母はこれでなくっちゃ、という日本人の無意識集合体がこのラストを支持したのですね。

 で、マンガ化された本作の最大の脚色はエピローグ部分にあります。本編部分が終わって数年後の安政三年。清水次郎長と森の石松が会話している。彼らはその前年におこった安政大地震を話題にしています。

ここへくる旅人の話じゃ、江戸は今どんどん家が建っているそうだ。地震で叩きのめされたと思ったら、なにをくそっと起ち上がったんだな。まったく見上げた底力だ。一万人からの人が亡くなったその亡骸を葬ると、すぐにどんどんと江戸が新規に脇目もふらずにできあがるんだ。なぁ石よ。考えてみりゃ俺たちは先祖代々みんなそうやってきたんだぜ。地震雷火事おやじといってな、怖いものの筆頭に地震をあげているがそのつど起ち上がるんだ。人間てのは強いよなあ。

 このセリフは『瞼の母』とは関係ない小説『殴られた石松』の冒頭部とほぼ同じです。『殴られた石松』は昭和26年作品で、長谷川伸はもちろん空襲で壊滅した東京について語っています。彼は関東大震災も経験していますから、震災と戦災が二重写しとなってるはず。

 しかし小林まことが現代、このセリフを登場人物に語らせるのなら、これはもちろん東日本大震災についての言及です。

 エピローグは、前年、安政大地震直後のシーンへと続き、そこでは地震を知った忠太郎が、江戸へ駆けつける。そしてラストでは、地震で壊滅した江戸を舞台にした、まさかのハッピーエンディング。この悲劇の中での希望に満ちた終わりかたこそ、3.11以後の新しい『瞼の母』かっ。すばらしい。

劇画・長谷川 伸シリーズ 関の弥太ッぺ (イブニングKC) 劇画・長谷川 伸シリーズ 沓掛時次郎 (イブニングKC) 劇画・長谷川 伸シリーズ 一本刀土俵入 (イブニングKC)

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March 17, 2014

何かすごいような気がするんですけど『少女よ漫画の星となれ』

 業界マンガで、あるあるネタ、であるのは違いないのですが。

●松山花子『少女よ漫画の星となれ』(2014年双葉社、750円+税、amazon

少女よ漫画の星となれ (アクションコミックス)

 えー、マンガ家マンガでフィクション、四コマギャグマンガです。書影イラスト、表紙や裏表紙にあるギャグを書いておきますと、

「パクリではありません! オマージュです!」
「ええっ デビューしたければ編集長と一夜を共にしろと!? そんな…… 簡単なことで…!?」
「少年漫画で大事なのは いかに正当な理由で人を殺しまくれるかです!!」
「大丈夫 心の傷は… ネタになる!!」
「あれっ これ(1)ってあるのに続きは出ないんですか?」

 まあそんな感じ。内部から、もひとつ。

大御所少女マンガ家のアシスタントとの会話。
「先生を踏み台にデビューする予定なんですか?」
「いえ私たちは純粋に先生の作品を愛し無私の心で先生の手足となり―― いつしかそのまま先生になり代わって名声と財産を受け継いでいこうと――」

 マンガ業界に関するあれこれを、タテマエを廃してホンネだけで表現すると…… というギャグですね。

 あるあるネタが楽しめたのでオッケーなのですが、本ブログで取り上げたのにはわけがある。お話全体の骨格がねー、何かスゴイ、ような気がする。

 両親が離婚した主人公が、片親から特殊な育て方をされる。しかも成長した環境も特殊。ハイティーンになった主人公が初めて○○に出会い、その分野で天才的な能力に目覚めます。しかし性格が天然で、自分の能力に関しても無自覚。

 業界のさまざまな奇妙なひとびととの出会いがあり、波瀾万丈の展開があっての出世スゴロク。そして出生の秘密が明らかにされたりしながら、運命に流されるまま天才性を発揮して、ついに海外雄飛。

 無自覚な天才の奇妙な一生。思い浮かべるのは、「フォレスト・ガンプ」のようなゲージツ系ほら吹き映画とかそのたぐいです。

 本書だって松山花子の古典的絵柄だからアレですが、ギャグを廃して、キャプションを多用して、BDっぽい絵柄で描けば、ほら、何やらりっぱな大長編作品に変身しそうな気がする。ギャグマンガの骨格は最先端の物語に通じているんじゃないかと感じた次第であります。

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March 14, 2014

若いBD『ブルーは熱い色』

 夜は若く、彼女たちも若かった。

●ジュリー・マロ『ブルーは熱い色』(関澄かおる訳、2014年DU BOOKS、2200円+税、amazon

ブルーは熱い色 Le bleu est une couleur chaude

 出版社よりご恵投いただきました。ありがとうございます。

 2013年カンヌ映画祭で最高の賞となるパルムドールを受賞した映画「アデル、ブルーは熱い色」、これが2014年4月5日より日本公開されますが、本書はその原作となるBDの邦訳です。B5判よりちょっと小さい判型、カラーで150ページ超。

 著者は1985年フランス生まれの女性。本書は商業出版処女作として2010年に発行されました。25歳のときの作品ということになります。アングレームでは大衆賞を受賞したそうです。ちなみに著者のブログがこちら。→http://www.juliemaroh.com/

 テーマは女性どうしの同性愛です。主人公はクレモンティーヌという女性ですが、冒頭で彼女はすでに死んでいるらしい。彼女の恋人であるエマがクレモンティーヌの実家を訪れ、彼女の日記を読み始める……

 日記は1994年、クレモンティーヌの15歳の誕生日から書き始められています。学校生活、ボーイフレンドとのうまくいかないセックス、そして恋人となるエマとの出会い。日記はクレモンティーヌとエマの愛と葛藤、そして友人たちや両親との軋轢を描いていきます。

 絵が特別うまいわけでもなく、エピソードや構成が格段に優れているわけでもありません。しかしボーイミーツガールならぬガールミーツガールの物語を、チカラワザで描ききりました。まさに著者、そして登場人物たちの若さのたまもの。描き手が若くないと描けない作品もあるのですね。

 作品も登場人物たちも未熟ながらみずみずしいなあ。わたしは大昔の虫プロ「COM」に掲載されてた日本のマンガを思い出しちゃいましたよ。

 女性どうしのラブストーリーは、ふたりの世界においては男女のそれと何も変わるところがありません。しかし違うのは社会から浴びせられる視線。ふたりの物語は悲劇に終わります。

 日本マンガにないBDとしての仕掛けは色の使い方。「現在」はフルカラーですが、「日記」の中の世界はモノクロ。ただし青の部分だけには色を置いている。

 そしてエマは髪を青く染めていますから、彼女だけがモノクロ世界から浮きあがる。これがタイトルの意味となっています。ぜいたくな色の使い方ですねえ。

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