アメコミ邦訳は今どうなっているのか:バットマン編
スーパーヒーローものアメリカン・コミックス(以下アメコミと略します)のうち、ヴィレッジブックスから邦訳されてる、ブライアン・マイケル・ベンディス脚本によるアベンジャーズを中心とした一連のシリーズがこの四月に完結しました。というか、アメコミには完結がないので、とりあえず一段落しました。
原著でこのあたりが発表されたのが2005年から2010年まで。邦訳開始は2010年で完結が2015年ですから、ちょうど5年遅れですね。
その途中では、スーパーヒーロー同士の内戦はおこるわ、キャプテン・アメリカは死ぬわ、スパイダーマンの過去のエピソードはなかったことになるわ、宇宙人の侵略によってどいつもこいつも宇宙人が化けたヤツだったことが明かされるわ、悪役グリーンゴブリンがアイアンマンになるわ、などのハデでムチャな展開。
物語としては、万能の力を持つセントリーという「統合失調症のスーパーマン」みたいなヒーローが、アベンジャーズに参加して正体があきらかとなり退場するまで、という結構を持ってました。これだけまとまった量で連続したアメコミのエピソードを邦訳で読めることなどなかったから、ずいぶんと楽しませていただきました。まあお腹いっぱい。
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ただし単体ヒーローなら、現在最も多く作品が邦訳されているのは、バットマンです。
歴史が古い、何度も映画化されてる、以外にも理由があって、やっぱり日本人読者にとってもバットマンのキャラクターは魅力的です。
闇の騎士と呼ばれる彼は、超能力を持たない普通人で苦悩するヒーロー。何といってもひたすら正義「だけ」を求める性格破綻者。純粋に悪を求めるジョーカーを裏返した人格で、珍妙な(でもかっこいい)コスチュームを着たヒーローであることにも自覚的です。
最近のバットマン邦訳にはふたつの流れがあって、ひとつは原著で2006年から2013年まで発表された、メイン脚本家がグラント・モリソンのシリーズ。邦訳は2012年から2015年まで。
●バットマン・アンド・サン
●バットマン:ラーズ・アル・グールの復活
●バットマン:ブラックグローブ
●バットマン:R. I. P.
一巻めの『バットマン・アンド・サン』でタイトルどおり、バットマンの息子ダミアンが登場します。ダミアンの母親はタリア・アル・グールといって、映画「ダークナイトライジング」に登場してたあのラスボスね。
反抗的で生意気なダミアンを新ロビンとして教育するバットマン。この後、父と子というテーマはずっと続きます。
じつはロビンの名を継承した少年は代々四人おりまして(その他に少女もいたりしますが)、ダミアンは四代目ロビン。複数のロビンたちが、父であるバットマンに反発したり、彼の愛を求めて互いに戦ったりするのがバットマンの裏テーマだったのです(知らなかったでしょ。わたしもこんな話だとは知らなかった)。
『バットマン:ブラックグローブ』は、バットマンがお気楽なおバカマンガだった1950年代につくられたキャラクター「世界各国のバットマン」たちが孤島に集められ、連続殺人事件が起こる、という趣向です。脚本のグラント・モリソンは、狂気にあふれた『バットマン:アーカム・アサイラム』を書いたひとです。彼はアメコミ愛に満ちた『スーパーゴッズ』という分厚い本(一種の歴史書ですな)まで著していて、こういう過去作品が大好きなのが伝わってきますね。
ここで新しく登場する悪役はトーマス・ウェインという名前で、これはバットマン=ブルース・ウェインの死んだ父と同じ。ここでも父子のテーマが出てきます。
●バットマン:バトル・フォー・ザ・カウル
●バットマン&ロビン
●バットマン:ブルース・ウェインの帰還
●バットマン:ブルース・ウェインの選択
その後バットマンが死んでしまうという事件があり(アメコミヒーローはよく死ぬんですよ)、初代ロビンと二代目ロビンによる熾烈な跡目争いを描いたのが『バトル・フォー・ザ・カウル』。
その結果初代ロビンが二代目バットマンを襲名し、新ロビン=ダミアンとコンビを組んだのが『バットマン&ロビン』。ここでは父子じゃなくて兄弟の反発と愛が描かれるわけですね。
死んだはずのバットマンは、時空をさまよいながら自分の極悪非道なご先祖さまたちと対面したりしてましたが、やっと現代に帰還。そして第三部へ。
●バットマン・インコーポレイテッド
●バットマン・インコーポレイテッド:デーモンスターの曙光
●バットマン・インコーポレイテッド:ゴッサムの黄昏
バットマンはバットマン株式会社を設立し、全世界のいろんな国々のヒーローを、その国のバットマンとして援助することにします。『ブラックグローブ』の発展形ですね。日本のバットマン、ミスター・アンノウンというヒーローも登場します。彼の本名は「おさむ・じろう」といいまして、手塚治虫と桑田次郎(かつて日本版バットマンを描いてました)の名を合体させたもの(!)。
敵となる組織リバイアサンの首領は、毎度おなじみ、バットマンのかつての妻タリア・アル・グールです。なんかこう、世界は年じゅうバットマン家の夫婦ゲンカにまきこまれてないかい。この闘いのラストで、ダミアンはお話から退場することになります。このグラント・モリソンによるシリーズは、バットマンの息子の登場から退場までを描いていて、父子のテーマを徹底させてました。
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邦訳バットマンのもうひとつの系統は、スコット・スナイダー脚本によるものです。
●バットマン:ブラックミラー
●バットマン:ゲート・オブ・ゴッサム
『ブラックミラー』はゴードン本部長の息子、ジェームズ・ジュニアがサイコキラーとして登場する話で、陰惨な描写がすばらしい傑作。『ゲート・オブ・ゴッサム』では、19世紀のゴッサムシティ(ということは昔のニューヨークですな)が描かれ、バットマンやペンギンのご先祖が登場します。で、これが下記の作品につながるわけです。
●バットマン:梟の法廷
●バットマン:梟の街
●バットマン:梟の夜
これらの作品に登場する悪の組織「梟の法廷」は、昔からゴッサムを闇から支配していた秘密結社です。タロンと呼ばれる不死の暗殺者を育てており、彼らが現代に復活します。
その過程で、初代ロビンがご先祖のタロンと対決し、ロビン自身もタロンになるはずだったことが明かされます。さらにバットマンの生き別れの弟(!)が悪役として登場したりして、今回のゴッサムシティはご親戚同士の争いに巻き込まれるわけです。
●バットマン:喪われた絆
●ジョーカー:喪われた絆(上)(下)
●バットマン:ゼロイヤー陰謀の街
『喪われた絆』シリーズはジョーカーがバットマン・ファミリーをひとりずつ拉致監禁していく話。「羊たちの沈黙」続編の「ハンニバル」にインスパイアされたんじゃないかと思われるシーンがあって、これも残酷風味です。『ゼロイヤー』はバットマンのオリジンを描いた名作『イヤーワン』を描き直した意欲作。
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これら以外にもバットマンは、単発の傑作や過去の有名作品がいっぱい邦訳されてます。脚本ジェフ・ローブ、作画ティム・セイルが組んだ『バットマン:ロングハロウィーン』『バットマン:ダークビクトリー』『キャットウーマン:ホエン・イン・ローマ』はぜひ押さえておきたいところ。リー・ベルメホの絵が圧倒的に迫る『ジョーカー』『バットマン:ノエル』も傑作ですなあ。
バットマン誕生からの歴史を簡単にたどるには、パイ・インターナショナルから発売された『バットマンアンソロジー』がいいかもしれません。また1999年に描かれた巨大クロスオーバー『バットマン:ノーマンズランド』の刊行も始まってます。ただし、頭身の小さなカワイイ系のバットマンが活躍する『バットマン:リル・ゴッサム』には、わたしもうひとつノレませんが。
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