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March 22, 2015

『鼻紙写楽』はまちがっている

 日本でもっとも絵がうまいマンガ家にして、きわめて寡作。オビに「伝説」と書かれる一ノ関圭の新作がついに発行されました。

●一ノ関圭『鼻紙写楽』(2015年小学館、1800円+税、amazon

鼻紙写楽 (ビッグコミックススペシャル)

 連載されたのは不定期刊だった小学館の雑誌「ビッグコミック1(ONE)」。2003年から2009年にかけての連載も不定期でした。雑誌休刊とともに連載は中断されていましたが、連載一回分が描き下ろされ、2002年に描かれた10ページの短編「初鰹」を加えて単行本化されました。単行本編集・企画としてビッグコミック1の編集長だった佐藤敏章の名がありますね。

 わたしが雑誌休刊時に描いた記事はコチラ。→(

 堪能しました。超絶的な絵のうまさ、マンガ的な人物造形の色気、これでもかという考証と歴史を絡めて練られたストーリーの妙、緻密な構成と演出、どれをとっても一級品です。

 しかし。

 連載一回一回がとんでもない濃密さですばらしい仕上がりなのに比して、全体を通して読むと、このアンバランスさはどうしたことか。

 これは本作が未完であるのに、全体の構成をやや無理に改変して刊行したせいでしょう。本書の章立ては連載時とは異なり、エピソードが時系列になるように変更されています。でも雑誌連載で読んでたわたしにいわせていただければ、ここはどう考えても、発表順に読んだほうがよいと思われるのですよ。

 以下、ストーリーや謎に触れます。




























 雑誌連載第一回は「卯の吉その二」です。上方から江戸に出てきた絵師・伊三次と、威勢のいい芝居茶屋の娘が出会います。彼女には徳蔵という幼い弟がいますが、彼が誰かもわからない。背景にあるのは、寛政の改革による芝居や出版への弾圧。

 連載第二回が雑誌に掲載されたのはその半年後。本書では「卯の吉その三」。

 幼い徳蔵は五代目市川団十郞の子供であり、小海老の名を持っていることが明かされます。調べてみるとわかりますが、徳蔵が六代目団十郞ですね。徳蔵はかつて誘拐されたことがあり「心に傷」を負っている。いっぽう、伊三次といい仲になっている芝居茶屋の娘・ひわは、じつはすでに結婚しているらしいことが匂わされます。

 連載第三回の掲載はさらにその半年後でした。本書では「卯の吉その一」。徳蔵の付き人、卯の吉による回想。彼の目から見た徳蔵の姿が描かれます。

 この回で初めて、徳蔵が誘拐されたとき、男性の陰部を傷つけられたことが明らかにされます。さらに「ひわ」の名はじつは「りは」であり、五代目団十郞の娘。芝居茶屋に嫁いでいることもはっきり描かれました。

 つまり連載時には、人間関係や徳蔵の事件の真相が小出しにされ、読者の前にじわじわと明かされていったのです。これぞ構成の妙、マンガを読む楽しみ。ところが単行本化で変更されたエピソード順では、こういう事実や人間関係は冒頭の「勝十郎その一」ですべて語られています。それなのに、後の章でこういうじっくりした謎解きを読まされてもなあ。

 以下、連載では、徳蔵の役者としての才能の発露や、父親・五代目団十郞との微妙な関係、伊三次が写楽として開花していく過程がじっくりと描かれ、さてお話は過去へ。

 連載第七回ではエピソードは過去にさかのぼり、同心・綴(つづり)勝十郎が主人公となります。徳蔵の誘拐事件が描かれ、第八回で勝十郎は、田沼意次と松平定信の政治的暗闘に巻き込まれます。

 描き下ろしとして描かれた部分を含めたこの三回、「勝十郎その一、その二、その三」はミステリとしても読める、もっともおもしろい部分です。とくにこの部分で主人公となる勝十郎は、御家人からドロップアウトして芝居小屋で笛を吹いているけど、腕も頭も切れる男。時代劇ヒーローとして完成されてますね。連載時、彼の姿は雑誌表紙も飾りました。

『鼻紙写楽』は実質、描き下ろしの「勝十郎その三」で未完のまま終了しています。勝十郎が主人公の部分を冒頭に置くという単行本の構成では、読者は主人公らしい主人公である勝十郎が出てこないまま(一瞬だけちらっと出てきますが)、時間的にはその後となるエピソードをずっと読み続けることになります。時系列としては正しいが、マンガの構成としては、やっぱりこれはおかしい。未完なんだから未完のまま、読者にあずけてもいいのじゃないか。

『鼻紙写楽』を読むかた、読み直されるかたは、ぜひとも、連載時と同様の順番で読み、最後に七代目団十郞の出生の秘密を明かす短編「初鰹」を読むことをおすすめします。

 本書では語られなかったいろいろなこと、写楽がいかに写楽になっていくか、六代目団十郞がどのように成長していくか。わたしたちはそれらを読める日が来るのか。読者としては気長に待つだけです。

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March 17, 2015

不穏なエッセイマンガ『今日を歩く』

 エッセイマンガなのに不穏で不穏で。

いがらしみきお『今日を歩く』(2015年小学館、537円+税、amazon

今日を歩く (IKKI COMIX)

 いがらしみきおがご近所を散歩する「だけ」のエッセイマンガ。新しい道と景色を発見しようとするわけでもなく、くり返しいつもの道を歩きます。

 ところがこれが普通じゃない、怖いマンガなのです。何が怖いかといって、主人公が何を考えているのかわからないのが怖い。

 エッセイマンガというのは、当然ながら作者の一人称で描かれていて、モノローグも多用されます。ですから、作者が何を考えているのかわからない、ということは本来ありえない。

 しかし本書ではそれがありうるのです。いがらしみきおという存在は狂騒的な『ネ暗トピア』の作者にして、ハートウォーミングふうに見せてる『ぼのぼの』はまあおいといて、最近は目を離せないホラーマンガを連発するひと。

 マンガキャラクター化されたいがらしみきおは、頭のてっぺんあたりが禿げた中年男。彼はメガネをかけているのですが、メガネをとおして目が描かれることはありません。視線がわからない、表情が読めない。つまり作者は自分に対する読者の共感を拒否しているのですね。

 主人公は周囲の人間を観察しています。ところが彼らも不穏な雰囲気をまとっています。クルマのトランクに毛布で包んだ大きなものを入れようとしている男性。不気味な会釈をするおばあさん。ひたすら歩き続けるおばさん。いつも不機嫌な小学生女子。

 すべて彼らが奇妙なのじゃなくて、作者=主人公の感じ方が奇妙、なのだと思います。いがらしみきおが描くからこそ、ご近所のひとびとも奇妙に描かれてしまう。ほんとはそうでもないかもしれないんだけど、いがらしみきおの目をとおすとすべてそう見えてしまう。

 主人公の行動も予測できません。「よく逃げ出す近所の犬のボクサー」に出会った彼は。

私は傘を持っていたので、なんだったらやってやろうと思った。

私はとっさに傘を投げつけてやった。

「なんだったらやってやろう」と思い、傘を投げつける作者。わたしたちはこういう主人公を普通に受け入れています。これを提出する作者もアレですし、受容する読者もアレ。うーむマンガの底は見えないしすばらしい。

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March 10, 2015

2015年アメコミ雑感

 海外マンガ、とくに「スーパーヒーローもの、およびその周辺ジャンルのアメリカン・コミックス(以下アメコミと略します)」の出版点数がえらいことになってます。

 現在のアメコミ出版は、主に小学館集英社プロダクションとヴィレッジブックスの二社から発売されています。本年1月には小学館集英社プロダクションから 『シン・シティ3巻』『アントマン:シーズンワン』『バットマン・インコーポレイテッド:ゴッサムの黄昏』の3冊に加えて『ミュータント・タートルズ大全』という大型本も発売。ヴィレッジブックスからは『DC:ニューフロンティア上巻』『シージ』の2冊が邦訳。

シン・シティ3アントマン:シーズンワン (MARVEL)バットマン・インコーポレイテッド:ゴッサムの黄昏 (DCコミックス)ミュータント タートルズ大全 (ShoPro Books)DC:ニューフロンティア 上 (DC COMICS)シージ (MARVEL)

 2月には『シャザム!:魔法の守護者』『クァンタム&ウッディ:世界最悪のスーパーヒーロー』『バットマン:リルゴッサム1巻』『ダークアベンジャーズ:シージ』『DC:ニューフロンティア下巻』の計5冊が邦訳出版されました。

シャザム! :魔法の守護者(THE NEW 52! ) (DC)クァンタム&ウッディ:世界最悪のスーパーヒーロー (ShoPro Books)バットマン:リル・ゴッサム 1 (DCコミックス)ダークアベンジャーズ:シージ (MARVEL)DC:ニューフロンティア 下 (DC COMICS)

 3月も4月も発売予定が6冊。4月には30年前に発売されたちゃぶ台返しの古典、DCの『クライシス・オン・インフィニット・アース』も邦訳される予定ですし、ヴィレッジブックスから通販だけで販売されるマーベルのアメコミ邦訳も予定されていて、いやもうなんつーか、アメコミが数か月に一点しか邦訳されなかった冬の時代を覚えているかたもいらっしゃるでしょうが、隔世の感です。

 邦訳アメコミは全部買う、全部読む、を続けていると、お金と時間がいくらあっても足りません。なんせ邦訳アメコミは1冊が1800円から3000円超とお高い。さらにアメコミそのものがさらっと読むことを許さない文法を持っているし、とくに日本人読者にとっては知らないキャラや過去エピソードが多すぎる。脚注や解説を読んでやっと納得できたりして、そこも含めてアメコミ読書ですが、そういう行為が楽しいか苦痛か、ここがアメコミ受容のわかれめですな。

 で、アメコミ邦訳が増えてきたのには理由があって、第一はもちろんアメコミを原作とした映画が増えたこと。

 映画公開やテレビ放映があるとアメコミが邦訳される、というサイクルは、これはもう歴史が示しているとおりです。今や日本でも、アイアンマンとかブラックウィドウとかラーズ・アル・グールとかいう名前が通じてしまう時代なんですから、アメコミを読んでみようというひとは少しは増えているのでしょう。

 もひとつの理由は、日本の出版不況。邦訳アメコミは初版数千部で勝負しているようですが、これがけっこう堅調で、数千人のアメコミファンは高額な邦訳出版であってもそれにおつき合いしてきっちり買い続けているらしい(←わたしのことだ)。この出版不況下でも邦訳アメコミは出せばそれなりに商売になるので、途切れずに邦訳が続いているようです。これってうれしいというべきなのか。

 これほどアメコミの出版点数が増えてきますと、いろんな作家に出会えて、これがたいへんうれしい。最近なら、ブルース・ティムのカートゥーン・スタイル(この場合のカートゥーンとは、アメリカの子供向けアニメーションを指してます)を踏襲したダーウィン・クックによる『ビフォア・ウォッチメン:ミニッツメン』と『DC:ニューフロンティア』が、ストーリーもアートもすばらしかった。これらの作品についてはまたいずれ。

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