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November 18, 2014

傑作。だが認めん。『逢沢りく』

 自分が狭量であるのだとは思いますが。

●ほしよりこ『逢沢りく』上下巻(2014年文藝春秋、各1000円+税、amazon

逢沢りく 上 逢沢りく 下

 ベストセラーとなった、ほしよりこ『今日の猫村さん』は鉛筆による脱力絵+脱力展開が魅力でした。でも、わたしはその絵にあまりのれませんでした。だって鉛筆ですしねえ。キャラは立ちまくってますが。

 で、新作『逢沢りく』は、絵は脱力系そのままで、ストーリーはじっくり語る感動系というもの。

 題材はなんと「関西」。題材というよりテーマといったほうがいいかもしれない。関西がテーマってなんだそれ。

 父母と三人で東京(近郊?)に暮らす中学生女子、逢沢(あいざわ)りくが主人公です。美人でお金持ち、まわりからは特別な存在としてあこがれられている彼女ですが、じつは他人や家族に心を閉ざしています。得意技は嘘泣き。

 そんなりくが、関西の大おばさん(超庶民、夫と長男・次男、長男嫁と孫ふたり)の家にあずけられることになります。しかし彼女は関西弁や関西人のノリが大嫌い。果たして人との距離感がまったく違う関西での生活は、りくに何をもたらすのか……!?

 説明なしに「ちちんぷいぷい」とか出てきますし、ネイティブのしゃべる関西弁がアホらしくも楽しい。

 少女の内面を描き、物語は涙なくしては読めない感動のラストをむかえます。しかし、絵が。

 絵が、猫村さんそのままだから。

「コマ」はなく、ページをざっくりした線で区切ってあるだけ。人物は鉛筆でこちゃこちゃっと描いてあるだけ。背景はほとんどなし。フキダシと人物の位置は整理されておらず、画面に複数の人物がいて複数のフキダシがあっても、いちばん左のセリフをしゃべっているのがコマの右端にいる人物だったりします。

 画面のレイアウトも、適当。絵としてのバランスは考えられていない。というかバランスを整えることを拒否してる?

 結果、登場人物がどの場所にいるのかわかりにくい。というか、読者の想像にまかされている。誰がどのセリフをしゃべっているかわかりにくいので、口調から誰のセリフか読者が推理しなきゃならない。

 マンガとして必要最小限を描写するのみ。100年以上のマンガ表現の進歩をまったく無視した表現です。明治時代に描かれた、あるいは幼児の描いたマンガを読んでるような気分になっちゃいますね。

 ただし。

 そのプリミティブな表現が、奇妙な効果を生んでるのは確かです。主人公・りくは自分自身の考えを整理できていない。というか中学生ですから自分で自分がわかっていません。背景がない、というのは、りくが何も見ていないからです。

 りくは、りく自身の行動を自分でもまったく理解できず、説明もできない。これが本書ラストの感動につながります。その部分は読者が補完しながら、少女の成長を見守ることになるのです。

 親戚の少年・春男がりくを非難すると、おばあちゃんが彼をたしなめる。話がどんどんアサッテのほうに向かい、何が何やらわからないうちに終息してしまう。関西弁の会話とはどういうものかを示す、本書を象徴するような名シーンです。

 ここでマンガとしてはだらだらとフキダシ=会話が続くだけ。でも、この猫村さん絵で描かれた単純な描写以外に、このシーンを効果的に描けるのでしょうか。これって作者は意図的なのかなあ。

 現代日本でマンガの文法を知らない人間がいるとは考えられない。ですから、作者はあえて現代日本マンガ表現のトレンドをはずしていると考えます。ただしそのはずしかたが前衛に向かうのではなく、後衛に向かうとは。

 とまあ、最も後衛を歩みながらも、表現がストーリーや構成と密接に結びついている作品。ひとの感情をゆさぶるチカラを持ったマンガだと思います。

 でも、絵が猫村さんだから。

 ううん、もひとつのれない。猫村さん以外の絵で描かれてたら、この作品どうなっただろう、と夢想するわたしは狭量ですね。

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Comments

ずっと、この回もすごくおもしろい、と思っていたのですが、一つもコメントついていないのですね。

私も「あの絵は絵巻物」みたいな話をしてみました。興味がおありでしたらどうぞ。
http://stod-phyogs.blogspot.jp/2015/10/blog-post.html

Posted by: orubhatra | November 01, 2015 07:08 AM

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