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November 25, 2014

普遍と異文化『ジョゼフィーヌ!』

 フランス発のラブコメ。といっていいのかな?

●ペネロープ・バジュー『ジョゼフィーヌ!』(関澄かおる訳、2014年DU BOOKS、1800円+税、amazon

ジョゼフィーヌ! (アラサーフレンチガールのさえない毎日)

 出版社よりご恵投いただきました。ありがとうございます。

 パリジェンヌが主人公のBDでコメディ。作者も女性、となると日本風にいえば少女マンガのラブコメに相当するものです。ところがなかなか一筋縄ではいかない。

 サブタイトルは「アラサーフレンチガールのさえない毎日」です。主人公・ジョゼフィーヌは独身。仕事はバリバリこなすけど、書影にあるごとく、オッパイが小さくてお尻が大きいのが悩みのメガネっ娘。妹はとっくに結婚して子供を作ってるから母親からのプレッシャーあり。最大の興味はもちろんステキな恋愛。友人のローズやゲイのシリルとだらだらしながら、恋愛遍歴を重ねていきます。

 こういう海外の現代風俗に基づいた作品というのは、フランス人である彼らがわたしたち日本人読者といかに違うか、あるいは違わないかを読むことになります。まずはそこに目がいっちゃうわけですね。

 で、やっぱりパリジェンヌ、おしゃれ。いやもう、現代のフランス、風俗的におしゃれすぎる。着ているものがいちいちおしゃれだし、食事がおしゃれ、部屋がおしゃれ。天井高いしなあ。

 バカンスはきちんととってるようだし、オトコといっしょに風呂に入ってても、シャンパン飲みながらですよ。

 あるあるネタで読者の共感を呼ぶ女性マンガといえば、日本だったら、伊藤理佐やケイケイになると思うのですが、おフランスに行くとこれがまあ、色っぽくなること。

 日本マンガとのいちばんの違いは、恋愛の成就や結婚が物語のゴールじゃないところ、ですね。女性の人生を描くマンガとして、国を超えた普遍的なテーマはあるとして、やっぱこういった細部を楽しむ作品でしょう。

 カラリングがステキな美しい本。原著とほぼ同じ大きさで、フランスでの全3巻が1冊にまとまってます。

 じつはペネロープ・バジューのマンガを載せた「ペネロープ・バジューの、パリジェンヌな日々」という日本語ブログが、2013年1月に始まっていて、楽しみに読んでました。ですから今回の邦訳は待ってました、という感じですね。ブログは残念ながら2014年8月から更新がありませんが、そちらもご一読をどうぞ。

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November 18, 2014

傑作。だが認めん。『逢沢りく』

 自分が狭量であるのだとは思いますが。

●ほしよりこ『逢沢りく』上下巻(2014年文藝春秋、各1000円+税、amazon

逢沢りく 上 逢沢りく 下

 ベストセラーとなった、ほしよりこ『今日の猫村さん』は鉛筆による脱力絵+脱力展開が魅力でした。でも、わたしはその絵にあまりのれませんでした。だって鉛筆ですしねえ。キャラは立ちまくってますが。

 で、新作『逢沢りく』は、絵は脱力系そのままで、ストーリーはじっくり語る感動系というもの。

 題材はなんと「関西」。題材というよりテーマといったほうがいいかもしれない。関西がテーマってなんだそれ。

 父母と三人で東京(近郊?)に暮らす中学生女子、逢沢(あいざわ)りくが主人公です。美人でお金持ち、まわりからは特別な存在としてあこがれられている彼女ですが、じつは他人や家族に心を閉ざしています。得意技は嘘泣き。

 そんなりくが、関西の大おばさん(超庶民、夫と長男・次男、長男嫁と孫ふたり)の家にあずけられることになります。しかし彼女は関西弁や関西人のノリが大嫌い。果たして人との距離感がまったく違う関西での生活は、りくに何をもたらすのか……!?

 説明なしに「ちちんぷいぷい」とか出てきますし、ネイティブのしゃべる関西弁がアホらしくも楽しい。

 少女の内面を描き、物語は涙なくしては読めない感動のラストをむかえます。しかし、絵が。

 絵が、猫村さんそのままだから。

「コマ」はなく、ページをざっくりした線で区切ってあるだけ。人物は鉛筆でこちゃこちゃっと描いてあるだけ。背景はほとんどなし。フキダシと人物の位置は整理されておらず、画面に複数の人物がいて複数のフキダシがあっても、いちばん左のセリフをしゃべっているのがコマの右端にいる人物だったりします。

 画面のレイアウトも、適当。絵としてのバランスは考えられていない。というかバランスを整えることを拒否してる?

 結果、登場人物がどの場所にいるのかわかりにくい。というか、読者の想像にまかされている。誰がどのセリフをしゃべっているかわかりにくいので、口調から誰のセリフか読者が推理しなきゃならない。

 マンガとして必要最小限を描写するのみ。100年以上のマンガ表現の進歩をまったく無視した表現です。明治時代に描かれた、あるいは幼児の描いたマンガを読んでるような気分になっちゃいますね。

 ただし。

 そのプリミティブな表現が、奇妙な効果を生んでるのは確かです。主人公・りくは自分自身の考えを整理できていない。というか中学生ですから自分で自分がわかっていません。背景がない、というのは、りくが何も見ていないからです。

 りくは、りく自身の行動を自分でもまったく理解できず、説明もできない。これが本書ラストの感動につながります。その部分は読者が補完しながら、少女の成長を見守ることになるのです。

 親戚の少年・春男がりくを非難すると、おばあちゃんが彼をたしなめる。話がどんどんアサッテのほうに向かい、何が何やらわからないうちに終息してしまう。関西弁の会話とはどういうものかを示す、本書を象徴するような名シーンです。

 ここでマンガとしてはだらだらとフキダシ=会話が続くだけ。でも、この猫村さん絵で描かれた単純な描写以外に、このシーンを効果的に描けるのでしょうか。これって作者は意図的なのかなあ。

 現代日本でマンガの文法を知らない人間がいるとは考えられない。ですから、作者はあえて現代日本マンガ表現のトレンドをはずしていると考えます。ただしそのはずしかたが前衛に向かうのではなく、後衛に向かうとは。

 とまあ、最も後衛を歩みながらも、表現がストーリーや構成と密接に結びついている作品。ひとの感情をゆさぶるチカラを持ったマンガだと思います。

 でも、絵が猫村さんだから。

 ううん、もひとつのれない。猫村さん以外の絵で描かれてたら、この作品どうなっただろう、と夢想するわたしは狭量ですね。

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November 08, 2014

エロマンガの黄金期『美少女マンガ創世記:ぼくたちの80年代』

 80年代に活躍した美少女マンガ家たちへのインタビュー集。

●おおこしたかのぶ『美少女マンガ創世記:ぼくたちの80年代』(2014年徳間書店、1800円+税、amazon

美少女マンガ創世記: ぼくたちの80年代 (一般書)

 著者よりご恵投いただきました。ありがとうございます。じつはすでに自分で買ってましたので、居間のピアノの上に二冊が並んで積み上げてある。表紙デザインがちょっとアレなので、家族からは白い目でにらまれてます。

 とはいえ、内容がエッチなわけではなく、まじめなインタビュー集です。エロマンガの歴史に関する本といえば、塩山芳明や永山薫の著作、米沢嘉博『戦後エロマンガ史』などがあるわけですが、本書は作家や編集者の証言を通じて80年代当時の空気を伝えてくれる、貴重な資料となってます。

 登場するのは、えびはら武司、山本直樹、ものたりぬ、大島岳詩、河本ひろし、浅井裕(あさいもとゆき)、浦嶋嶺至、みやすのんき、町野変丸、りえちゃん14歳、山野一、遠山光、田沼雄一郎、新貝田鉄也郎、ダーティ・松本、中島史雄、そして「漫画ホットミルク」編集者の斎藤礼子。

 すみません、わたしがリアルタイムで読んでたかたは、このうち半分以下ですし、当時の美少女マンガ誌もよく知りません。でもすごくおもしろかった。

 このインタビューは2011年から2014年にかけてなされたものですが、インタビュイーは1950年から1969年生まれ。いやあ、みなさんオッサンだなあ、って80年代本なのだからこれはあたりまえ。みんな自分の人生をきちんと総括できてるみたい。余裕があっていい感じの受け答えで、楽しい本になってます。美少女マンガ、というのがオタク文化と切り離せないということがよくわかって勉強になりました。

 ジャンルには勃興や衰退がつきものです。エロマンガ史においては70年代の「三流劇画」ブームがあり、その後それが「美少女マンガ」に置き換わり、さらにエロマンガそのものの市場的衰退へ(←イマココ)。これには原因があるはずですが、本書ではこれを比較的クリアに説明してくれています。

 もともと幼年者を対象にしていたマンガは、読者の年齢的成長とともに市場が拡大しました。読者が青年になり、マンガは青年向けの題材を扱うようになります。そこでセックスが大きなテーマとなるのは必然。従来から存在した艶笑エロマンガが青年向けに変化し「三流劇画」ブームが起こりました。ネーミングは自嘲的な「三流」ですが、内容は先鋭的なエロでした。

 その後、劇画からポップな絵柄の美少女マンガへの大転換がおこります。のちの「萌え」に通じる美少女マンガが、エロマンガ界も席巻することになる。美少女マンガの始祖は吾妻ひでおによる「ロリコン」。著者によるとそのさきがけは、山口百恵や薬師丸ひろ子、そして石川洋司の写真集であったと。

 この世の春を謳歌していた美少女マンガでしたが、1989年の宮崎勤事件をきっかけにオタクバッシングとエロマンガ規制が強まり、1996年に成年コミックマークという自主規制が始まります。

 その結果、エロ表現はむしろ過激になり、ジャンルとしては袋小路へ入ってしまい衰退へ。というのが本書の史観ですね。美少女マンガは日本の社会、文化的背景により始まり、宮崎事件という特殊な要因で終焉に向かった。著者=インタビュアーはもと美少女マンガ誌の編集者ですから、現場の感覚としてもそのとおりだったのでしょう。

 そして作品のエロ度=露出度がアップするとジャンルとしては衰退する、というのはイタリアのエロマンガが退潮したときもいわれたことなので、なるほど、と思います。

 ただし、イタリアのそれが家庭用ビデオデッキの普及と同時期であった=「エロマンガがエロビデオに負けた」とされているのに対して、日本では逆に(1)家庭用ビデオデッキの普及、(2)オタク文化の勃興、(3)美少女マンガブーム、の三者が同時に出現したのは、なぜなんでしょう。このあたり謎だなあ。

 でもって、さらにエロ見放題のインターネットによって、日本のエロ文化とエロ産業はずたずたに破壊されたと聞きます。さて、今後日本のエロマンガは、産業としても文化としても、どうなっていくのか。

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