スーパーヒーローのセックス『ミラクルマン』
現代最高のコミックス・ライターであるアラン・ムーア。彼のイギリス時代の初期代表作品が、『Vフォー・ヴェンデッタ』と『ミラクルマン』です。
彼はこの二作で有名になりアメリカに招聘され、ついにあのオールタイムベスト『ウォッチメン』を書くことになるのですね。
『Vフォー・ヴェンデッタ』のほうがウォシャウスキー兄弟によって映画化され、ガイ・フォークス仮面も時代を超えて生き残ってるのに対し、『ミラクルマン』は長らく幻の作品でした。
もともとイギリスで『マーベルマン』というタイトルで発表されていたところ、マーベルから抗議を受けることになり、さらに発行誌が倒産してしまう。権利がアメリカの出版社に売られ『ミラクルマン』というタイトルに変更されますが、さらにその出版社も倒産して、宙に浮いた権利をトッド・マクファーレンとニール・ゲイマンが争って泥沼状態に。結局この間『ミラクルマン』は再版されることなく、名のみ高い作品として読者の前から消えた作品となっていたのです。
しかし近年、権利関係がマーベル・コミックスに収斂され、ついに本年5月『ミラクルマン』がアメリカで復刊されました。で、即、邦訳されたのがこれ。
●ザ・オリジナル・ライター/ゲイリー・リーチ/アラン・デイビス『ミラクルマン』1巻(市川裕文・秋友克也訳、2014年ヴィレッジブックス、2600円+税、amazon)
著者名がアラン・ムーアじゃなくてザ・オリジナル・ライター(ザじゃなくてジだろうというツッコミ多数)という謎の人物になってるのは、原著でも同様です。ムーアは以前からマーベルとケンカしてて、今度も自分の名前を出すのがよっぽどいやだったらしい。
作品の成り立ちから語りますと、アメリカでマンガ『スーパーマン』が誕生したのが1938年。そのパチモンである似たようなマンガ『キャプテン・マーベル』の誕生が1940年。やせっぽちの少年が「シャザム」と魔法の言葉を唱えることで、筋骨隆々たる無敵の超人キャプテン・マーベルに変身する物語でした。
『キャプテン・マーベル』は1945年にイギリスに輸入され大人気となります。ところがアメリカでは『スーパーマン』側から似すぎてないかいと訴訟になり、結局『キャプテン・マーベル』は1954年に終了。アメリカでは昔からねんじゅうこんなことやってますね。
あわてたイギリスの出版社では、さらにパチモンを制作。『キャプテン・マーベル』の登場人物をそのまま踏襲した作品を制作し始めます。これが『マーベルマン』でした。設定はまるきり同じで、登場人物名やコスチュームがちょっと違うだけ。空も飛べるし、時間も超えられる。悩むことのない古典的スーパーヒーローです。
この牧歌的世界のヒーロー、マーベルマンも1963年には終了します。これを復活させたのが、1982年のアラン・ムーアによる『マーベルマン(ミラクルマン)』でした。あー、説明がめんどくさいったら。
さて過去作品のちゃぶ台返しが大好きなアラン・ムーアによる新生ミラクルマンは。
しょぼい中年男として普通の生活を送っていたマイク・モランは、ある日自分が無敵の超人ミラクルマンに変身できることを思い出します。復活した彼の最初の敵は、かつての仲間、キッド・ミラクルマンでした。ミラクルマンがいなくなった世界で唯一の超人であるキッド・ミラクルマンは、自分が世界を征服することも可能な存在であることを悟っていました。ミラクルマン復活を知ったキッド・ミラクルマンは……!?
とまあアラン・ムーアによるヒーロー世界は、彼のキャリア最初っからこんな感じ。フィクションの産物であるスーパーヒーロー、あるいは彼らが存在する世界を、もういちどリアル世界から考察しなおすと、能天気な世界観とは遠く離れたものにならざるを得ない。結局1980年代以降のアメコミは、すべてムーアと同じことをしようとしてるわけで、ムーアがどんだけ時代に先行してたか。
本書ではミラクルマンの変身についても設定が変更されました。前後で肉体の質量が異なる「変身」は、異次元の自分との肉体交換とされました。となると、マイク・モランとミラクルマンは記憶を共有する同一人物のように見えて、肉体的には別人物、らしい。
でもってですね、本書でマイク・モランはミラクルマンに変身中に妻とセックスして、妻は妊娠してしまう。
さて、この子はマイク・モランの子なのか、ミラクルマンの子なのか。遺伝子的にはどうなのか。マイク・モランである自分は生まれてくる子を自分の子供として受け入れるべきなのか。
うっわぁ、何だろ、スーパーヒーローにしてこの現代人的小市民的悩みは。
これこそアラン・ムーアです。現代的スーパーヒーローの物語。第2巻はアメリカでも本年10月発売予定ですから、本書はできたてのほやほやといえなくもない。第1巻での作画担当はゲイリー・リーチ。『ウォッチメン』のデイブ・ギボンズもそうでしたが、アラン・ムーア作品には堅実で地味、正確な描写が合うような気がします。こういう絵は現代の日本マンガにはあまりないので、かえって新鮮です。
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