くだんと家族の物語『五色の舟』
マンガ制作において原作=シナリオ作家と作画=マンガ家が別人、という形態は、アタリマエすぎて何を今さらという感じですが、かつてこれが嫌われていた時代がありました。
川崎のぼる/梶原一騎『巨人の星』だって、原作と作画が別という理由で講談社まんが賞を受賞できなかったことを、手塚治虫がエッセイに書いてます(のちに受賞しましたが)。
でもねー、すぐれた原作にすぐれた脚色/作画が加われば、1+1が2じゃなくて3にも4にもなることを、すでにわたしたちは知っています。
●近藤ようこ/津原泰水『五色の舟』(2014年KADOKAWA、780円+税、amazon)
原作は津原泰水の短編小説。ネタは「くだん」です。
くだんといいますと、小松左京の小説『くだんのはは』や、くだん研究家とり・みきによる『くだんのアレ』などが有名。わたしがくだんについて最初に知ったのは、石森章太郎による『くだんのはは』のマンガ化作品ですね。あれは怖かった。
ネタバレして申し訳ありませんが、小松左京以来すごく有名になってしまったのでもういいでしょう。小説版『五色の舟』だって、一行目に「くだん」という言葉が登場してますし。くだんとは、歴史上の大凶時のたびに生まれてくる人頭牛身、あるいは逆に牛頭人身の化け物のこと。全能の予知能力を持っているといわれています。
第二次大戦中の日本、くだんが生まれたことが噂になっています。いっぽうで奇形の身体を見世物にして興行をおこなっている男三人女ふたりの一座がいます。彼らは先天的な奇形あるいは後天的に身体の一部を欠損した人間たちで、「お父さん」を中心とした疑似家族を形成している。
彼らは川に浮かんだ粗末な舟で寝泊まりしています。戦況は終盤、日本敗戦は近い。彼らとくだんが出会ったとき、世界、日本と彼らの運命はどのような変貌を遂げるのか……!?
とあおってしまいましたが、そういうハデなお話ではありません。外から見ると不幸で凄惨なはずの五人が、いかに愛と信頼で強く結びついているか、それをたんたんとした筆致で静かに書いた原作。そして近藤ようこがその原作を、さらっと軽々とマンガ化して見せてくれます。
驚いたのはマンガに「産業奨励館」という豪華な建築物が登場したとき。これは何だろうと読みながらグーグル検索して初めて知った。被災前の原爆ドームは、こんなりっぱな建物だったのかっ。
すみません無知で知りませんでした。さらにお話の舞台が広島だったとは。最初に「岩国」が登場した時に気づくべきでした。お話は原爆投下に向けて収斂していき、美しく悲しく優しいラストシーンをむかえることになります。
この美しい産業奨励館は、原作小説には登場しません。それだけじゃなくて、主人公が描く絵や、日常のあいさつ、ちょっとした風景、くだんの造形、そして彼らの住む舟。原作小説に付け加えられた要素が、本作をますますいとおしいものにしています。
藍よりいでて藍より青し。傑作です。
(えー、カバーとそれをめくった表1の両方で、原作者とマンガ家のローマ字表記が逆になってます。関係者は気づいてるようなので、このレアもの初版をゲットするなら今)
Comments
「くだん」ですがメディアファクトリー刊の「新・耳袋」に阪神淡路大震災時に目撃例があると紹介されていました。
震災発生直後より各地から警備員たちが大挙派遣されていたそうですが、彼らのなかに、早朝、道の向こうに牛頭人身の姿が佇んでいるのを見たものが居るのだそうです。
なにしろ段ボール紙を布団代わりに起居しているような極限状況ゆえ、彼らの多くは仕事に忙殺されていて、あれは夢想か幻想か妄想かと報告しているのだそうです。
小松左京氏縁の神戸の大震災時に「くだん」が見られたという記述は印象的で忘れられません。
Posted by: トロ~ロ | April 04, 2014 10:14 PM