« March 2014 | Main | May 2014 »

April 28, 2014

学習マンガとしての『いちえふ』

 一部は雑誌でも読んでいましたが、あらためて単行本となるといろいろと感慨が。

●竜田一人『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記』1巻(2014年講談社、580円+税、amazonKindle版540円

いちえふ 福島第一原子力発電所労働記(1) (モーニングKC)

 昨年秋の講談社「モーニング」新人賞、第34回MANGA OPENの大賞受賞作です。福島第一原発事故後の作業員として、実際に現場で働いていた作者による37ページのルポルタージュマンガ。多方面で話題になりましたから、ご存じのかたも多いでしょう。その後、連作短編として雑誌連載されたものが今回一冊にまとまりました。

 チェルノブイリと肩を並べる世界史的大事故が、ここ日本で、わたしたちの生活と直結する形で発生。しかも今も現在進行形で続いているわけです。

 その現場からのナマの声を描いた作品。作品の存在そのものがセンセーショナルであり、しかもそれがマンガというある種特殊な形式で発表されました。話題になるのも当然ですね。

 原発の「中のひと」にとっては日常ではあっても、読者にとってはまったく知らない世界です。おそらく写真をもとに描かれているであろう風景や建物、装備のひとつひとつや仕事手順がこまごまと描写されます。さらに「七次下請け」というとんでもない仕事請負形態や、お金の話、日当二万円で誘われて実質八千円、などの生々しい話とか、まあ驚くことばかり。

 しかし中のひとたちにはあくまで日常の仕事なので、彼らは何かを大声で叫ぶこともなく、たんたんと仕事をこなしていく……

 現代日本のマンガ作品として、その題材と手法において、突出した作品となっています。

 海外にはコミックス・ジャーナリズムという呼称と作品群がありますが、それとは微妙にちがっていて、作者は対象にもっと寄り添い、ルポルタージュのところどころに自分の感想・主張をはさみこんでいます。

 本書の最大の欠点は、いわゆる「人間が描けていない」ことでしょうか。残念ながら主人公である作者自身を含めた登場人物が、あまりに平板。これは重要登場人物のはずの先輩のベテラン作業員、大野さんや明石さんにも感じたことです。唯一、キャラが立ってるといえるのが、最初に主人公を雇うことになる七次請負の土建屋のヒゲの専務。したたかなんだか、お人好しなんだか。

 しかしキャラクターが平板なのはしょうがない。本書の目的は人間を描くことなどではなく、その基本的構造は日本で発達した「学習マンガ」そのものなのですから。

 学習マンガは、読者に知識を与えることを目的に描かれます。じつは本書の目的もそれ。読者の知らないことを、ぜひ、伝えたい、という欲求で描かれたマンガです。

 日本の学習マンガの多くが、太郎くん・花子さん・博士の会話で話が進むように、本書でも主人公と博士役のベテラン作業員の会話でお話が進行。作品は作者の一人称で描かれ、当然キャプションは多い。そしてわかりやすさの追求のため、学習マンガに欠かせない「図解」も多く登場します。

 すなわち、本書は知識を伝えることに特化したマンガなのです。人間を描くことや社会派ジャーナリズムをめざすことなく、学習マンガとしてすごくよくできている作品。それは作品としての限界でもありますが、そこから先は読者が考えるべき問題であるのでしょう。

 本書の「第零話」となる受賞作37ページは、英語訳がFacebookで公開されています。世界に向けて発信された「今」の日本を描いた作品であることは確かです。

●『いちえふ』第零話 英語版

| | Comments (1) | TrackBack (0)

April 13, 2014

死ぬ前に読むべき1001冊のマンガ

 4月にはいっていちばんがっくりしたのが、米ダークホース社から発売予定だった、ミロ・マナラがアレハンドロ・ホドロフスキーと組んで描いたマンガ、『ボルジア家』。全三冊が一巻にまとめられこの4月に発売予定だったのが、突然発売が11月に延期されてしまいました。米アマゾンに予約してたのになあ。ちぇっ。

 ただしそれと同時に注文してたものが到着して、これはほくほくもの。

●Paul Gravett編『1001 Comics You Must Read Before You Die: The Ultimate Guide to Comic Books, Graphic Novels and Manga』(2014年Universe Publishing、amazon

1001 Comics You Must Read Before You Die: The Ultimate Guide to Comic Books, Graphic Novels and Manga

 タイトルがすげー。『死ぬ前に読むべき1001冊のマンガ』ときたもんだ。この挑戦は受けないわけにはいかない。

 初版は2011年。品薄状態が続いていたため長らく高額な価格づけがされていたのですがこの3月末に再版され、今なら米アマゾンで13ドル、日本アマゾンでも1900円と信じられないぐらいお安くなりました。

 960ページという枕にできるくらいぶ厚い本でハードカバー。画像も多くつるりんとしたいい紙つかってますから重い重い。

 編者のポール・グラヴェットはイギリスのワールドワイドなコミックス研究家で、そのサイト「PAULGRAVETT.COM」は世界のマンガに興味のあるひとなら必読。彼は日本のマンガについての研究書も書いてますね。

『死ぬ前に読むべき1001冊のマンガ』のどこがすばらしいかというと、編集が経年的になっているところ。最初に登場するのが1837年ロドルフ・テプフェール『ヴィユ・ボワ氏』(英語版タイトルは「オバデヤ・オールドバック氏の冒険」)。次が1854年のギュスターヴ・ドレ『聖ロシア史』という音符を模したマンガ。これを「死ぬ前に読むべき」として挙げているというのがタダモノではない。

 ラスト1001冊目は邦訳もされている2011年クレイグ・トンプソン『ハビビ』で終わります。

 つまり本書は単なるガイドブックではありません。順に読むと世界マンガ史が概観できてしまうようにできてるのですね。

 もちろん1001冊のうちには日本マンガも多く含まれています。ただし英語圏に知られている日本マンガにかたよっているのはしょうがない。最初に紹介される日本マンガが1931年ヘンリー木山義喬『漫画四人書生』、次が1934年阪本牙城『タンクタンクロー』です。両者とも英訳(というか前者はバイリンガル)されてますからね。

※すみません。よく読んだら1931年『のらくろ』が先頭に紹介されてました。でも『正チャンの冒険』は載ってないんだよなあ。

 当然ですが『巨人の星』、『あしたのジョー』、高橋留美子やあだち充、こうの史代らも紹介されてます。日本マンガとして最後に登場するのは2009年『進撃の巨人』ね。

 いっぽうで知らない国のマンガがあまりに多いのに愕然としてしまいます。韓国やインド、南米、北欧のマンガについてわたしたちはあまりに無知すぎる。

 おそらく現在手にはいる世界マンガのガイドブックかつ世界マンガ史の教科書として、最高の一冊だと思います。さて細かく内容を紹介したいのですが、今は1001冊をノートに書き出してメモをとってる段階なので、本日は本の紹介だけで失礼。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

April 03, 2014

くだんと家族の物語『五色の舟』

 マンガ制作において原作=シナリオ作家と作画=マンガ家が別人、という形態は、アタリマエすぎて何を今さらという感じですが、かつてこれが嫌われていた時代がありました。

 川崎のぼる/梶原一騎『巨人の星』だって、原作と作画が別という理由で講談社まんが賞を受賞できなかったことを、手塚治虫がエッセイに書いてます(のちに受賞しましたが)。

 でもねー、すぐれた原作にすぐれた脚色/作画が加われば、1+1が2じゃなくて3にも4にもなることを、すでにわたしたちは知っています。

●近藤ようこ/津原泰水『五色の舟』(2014年KADOKAWA、780円+税、amazon

五色の舟 (ビームコミックス)

 原作は津原泰水の短編小説。ネタは「くだん」です。

 くだんといいますと、小松左京の小説『くだんのはは』や、くだん研究家とり・みきによる『くだんのアレ』などが有名。わたしがくだんについて最初に知ったのは、石森章太郎による『くだんのはは』のマンガ化作品ですね。あれは怖かった。

 ネタバレして申し訳ありませんが、小松左京以来すごく有名になってしまったのでもういいでしょう。小説版『五色の舟』だって、一行目に「くだん」という言葉が登場してますし。くだんとは、歴史上の大凶時のたびに生まれてくる人頭牛身、あるいは逆に牛頭人身の化け物のこと。全能の予知能力を持っているといわれています。

 第二次大戦中の日本、くだんが生まれたことが噂になっています。いっぽうで奇形の身体を見世物にして興行をおこなっている男三人女ふたりの一座がいます。彼らは先天的な奇形あるいは後天的に身体の一部を欠損した人間たちで、「お父さん」を中心とした疑似家族を形成している。

 彼らは川に浮かんだ粗末な舟で寝泊まりしています。戦況は終盤、日本敗戦は近い。彼らとくだんが出会ったとき、世界、日本と彼らの運命はどのような変貌を遂げるのか……!?

 とあおってしまいましたが、そういうハデなお話ではありません。外から見ると不幸で凄惨なはずの五人が、いかに愛と信頼で強く結びついているか、それをたんたんとした筆致で静かに書いた原作。そして近藤ようこがその原作を、さらっと軽々とマンガ化して見せてくれます。

 驚いたのはマンガに「産業奨励館」という豪華な建築物が登場したとき。これは何だろうと読みながらグーグル検索して初めて知った。被災前の原爆ドームは、こんなりっぱな建物だったのかっ。

 すみません無知で知りませんでした。さらにお話の舞台が広島だったとは。最初に「岩国」が登場した時に気づくべきでした。お話は原爆投下に向けて収斂していき、美しく悲しく優しいラストシーンをむかえることになります。

 この美しい産業奨励館は、原作小説には登場しません。それだけじゃなくて、主人公が描く絵や、日常のあいさつ、ちょっとした風景、くだんの造形、そして彼らの住む舟。原作小説に付け加えられた要素が、本作をますますいとおしいものにしています。

 藍よりいでて藍より青し。傑作です。

(えー、カバーとそれをめくった表1の両方で、原作者とマンガ家のローマ字表記が逆になってます。関係者は気づいてるようなので、このレアもの初版をゲットするなら今) 

| | Comments (1) | TrackBack (1)

« March 2014 | Main | May 2014 »