空前の読書体験『フォトグラフ』
タイトルの『フォトグラフ』とはフランス語で「写真家」を意味します。
●エマニュエル・ギベール/ディディエ・ルフェーヴル『フォトグラフ』(大西愛子訳、2014年小学館集英社プロダクション、5400円+税、amazon)
出版社よりご恵投いただきました。ありがとうございます。
まずは本のでかさに驚いた。ハードカバー、縦30cm超で270ページ超。フランスBD出版とほぼ同じ大きさの福音館書店版タンタンよりでかい。さらにいい紙つかってるから、ぶ厚くてやたらと重いったら。
基本寝っ転がって読むことは不可能です。机か膝の上に置いて読むか、わたしがしたように書見台にのせて読むことになるでしょう。マンガの読みかたを規定されるほどの、でかい本。しかしこの大きさでないと伝わらないマンガもあるのです。
本書の成立過程もまた複雑。主人公のディディエ・ルフェーヴルは1957年生まれ。ロシアになる前のソビエト連邦がアフガニスタンに侵攻して戦争中の1986年、「国境なき医師団」によるアフガニスタンでの活動を撮影記録するため、写真家として参加します。
ディディエが持ち帰った写真は4000枚、発表されたのは6枚だけでした。ディディエ自身はこれ以後もアフガニスタンに計8回訪問しています。
本書はディディエの友人であるギベールが企画制作したもの。ディディエの最初のアフガン訪問を、彼の撮影した写真とギベールによるマンガでルポルタージュ/ドキュメンタリーとして構成したものです。フランス語の原著は2003年から2006年にかけて全三巻で発表され、英訳が2009年。で、今回の邦訳が2014年となりました。
オープニング、ディディエ自身がフランスからパキスタンのカラチへ、そしてペシャワールに向かいます。そこで国境なき医師団のチームと合流し準備に一カ月。
その後、アフガニスタンからパキスタンに武器を仕入れにきた戦士たちのキャラバンと契約して、彼らに混じり違法に国境を越えてアフガニスタンへ。5000メートル級の山をいくつも越え、馬と徒歩で目的地をめざします。この旅程が一カ月。
そして目的地での医療活動が始まります。それは熟練したチームが献身的に活動しても悲惨な結果となることも多い。写真家であるディディエはこの旅を克明に記録します。
ペシャワールの喧噪と高揚。アフガニスタンの苛烈で美しい自然。そこに住む人々。そして国境なき医師団の西洋人たちはなぜそこに参加しているのか。いずれも現代の日本人読者としては知識がなく驚くべきことばかりです。
描写は主人公ディディエの徹底した一人称からなります。彼の見聞したこと、考えたこと、撮影した写真、だけが提出される。ただし写真以外の部分は、ディディエ自身の姿やセリフも彼自身によるキャプションも、すべてギベールの手でマンガ化されたものです。
エマニュエル・ギベールによる前作『アランの戦争』も、実在の人物の回想録を、ギベールの頭と手をとおして作品化したものでしたが、本書も同様の成立過程を経ています。
ただし今回はディディエの撮影した写真を多量に挿入してあるのでノンフィクション感がハンパない。コミックス・ジャーナリズムと呼ばれるジョー・サッコ『パレスチナ』などと読後感が似ています。しかしジョー・サッコ作品は個人が取材して作品化したもの。本書はいわゆる合作で、体験・記録した当事者以外の人間の手がはいっています。
本作はギベールの作品なのかディディエの作品なのか、迷うところですが、やっぱりフィニッシャーであるギベールの作品なんだろうと思います。
ディディエは医療活動を記録したのち、医師団と別れてひとりで現地ガイドを雇いパキスタンに帰ろうとします。これがいかに無謀な試みであったか。このスリリングでとんでもない顛末については本書をお読み下さい。
きわめて優れたドキュメンタリー/ルポルタージュ/ノンフィクションであるマンガ作品。本書を読むのは空前の読書体験です。ただしここに描かれたことはすでに30年近く前のお話。世界情勢とアフガン情勢はこの時期よりも二回りぐらい進んでしまった。
本書のあとがきには登場人物たちのその後の人生が書かれています。まるで映画「アメリカン・グラフィティ」ですが、あっちはフィクション、こっちは現実だからなあ。残念ながらディディエ自身は2007年に早世しています。
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