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March 27, 2014

これも3.11マンガ『瞼の母』

 小林まことが長谷川伸原作で描く、絶品の股旅シリーズも第四作。これで完結だそうです。

●小林まこと/長谷川伸『瞼の母』(2014年講談社、1095円+税、amazon

劇画・長谷川 伸シリーズ 瞼の母 (イブニングKC 劇画・長谷川伸シリーズ)

 長谷川伸は、昭和初期から戦後まで活躍した小説家/劇作家。「股旅もの」というジャンルを開拓し、それらは映画や演劇でくり返し演じられ、その作品やセリフは歌舞伎のそれと同様に、日本人の共有財産というべきものになりました。

 だってTVなどがない時代、田舎にやってくる旅芝居の演目は長谷川伸、素人芝居(昔は多かったそうです)の演目も長谷川伸。戦地で兵隊たち自身が演じる余興も長谷川伸作品だった、と長谷川自身がエッセイで書いてます。

 今回は『瞼(まぶた)の母』。ご存じ番場の忠太郎が生き別れの母に会いに行く、というお話。っても、すでに娯楽の第一線から引退してしまった長谷川伸作品は知られてませんかそうですか。

 長谷川作品はその名ゼリフが有名です。『一本刀土俵入り』ならこれ。

これが、十年前に、櫛、簪、巾着ぐるみ、意見を貰った姐さんに、せめて、見て貰う駒形の、しがねえ姿の、横綱の土俵入りでござんす。

 大向こうから声がかかりますね。『瞼の母』ならこれ。

幼い時に別れた生みの母は、こう瞼の上下ぴッたり合せ、思い出しゃあ絵で描くように見えてたものをわざわざ骨を折って消してしまった。

 あるいは、斬り合い場面でのこのやりとり。

「お前、親は」
「何だと、親だと、そんなものがあるもんかい」
「子は」
「無え」

 このあと答えたほうがばっさり斬られちゃいます。

 長谷川伸自身が五歳で実の母と別れたという事実もあり、親子の情愛を描いた『瞼の母』は、とくに人気作品として知られています。原作戯曲でも番場の忠太郎と母親の再会の場は、じっくりと長ゼリフの連続で演じられるのですが、小林まことのマンガもこのシーンに50ページをかけてます。マンガでいかに細かく心情を表現するか、という挑戦でもありますね。

 このシリーズ、小林まことによる脚色が見ものなのですが、今回もお見事。主人公は、小林まこと作品最大のスター、東三四郎。乱暴者でケンカは無敵。でもちょっぴりおちゃめ、という過去のマンガ作品があってのイメージを、そのまま流用してます。当然ですが原作戯曲の忠太郎はこんな人物ではありません。

 長谷川伸の複数の戯曲や小説に登場する黒塚の多九蔵というキャラクターがいまして、こいつが目があうだけでケンカを売りまくる剣呑なヤツ。

「いまにどこかの盛り場で、多勢の人出の中で、顔をずっと見渡したら、どの顔もどの顔も、おめえの喧嘩相手だってことになってしまうぜ」
「そうなりゃなお面白え」

 このキャラクターのイメージを少し拝借しているようです。

 オープニング、幼い忠太郎が母親をさがすシーンでの母親の泣かせる独白は、『瞼の母』じゃなくて戯曲『直八子供旅』からの流用。

 戯曲としてはハッピーエンドで終わるバージョンもあったそうですが、世間に流布してくり返し上演されてきた『瞼の母』は泣かせるラストが特徴。瞼の母はこれでなくっちゃ、という日本人の無意識集合体がこのラストを支持したのですね。

 で、マンガ化された本作の最大の脚色はエピローグ部分にあります。本編部分が終わって数年後の安政三年。清水次郎長と森の石松が会話している。彼らはその前年におこった安政大地震を話題にしています。

ここへくる旅人の話じゃ、江戸は今どんどん家が建っているそうだ。地震で叩きのめされたと思ったら、なにをくそっと起ち上がったんだな。まったく見上げた底力だ。一万人からの人が亡くなったその亡骸を葬ると、すぐにどんどんと江戸が新規に脇目もふらずにできあがるんだ。なぁ石よ。考えてみりゃ俺たちは先祖代々みんなそうやってきたんだぜ。地震雷火事おやじといってな、怖いものの筆頭に地震をあげているがそのつど起ち上がるんだ。人間てのは強いよなあ。

 このセリフは『瞼の母』とは関係ない小説『殴られた石松』の冒頭部とほぼ同じです。『殴られた石松』は昭和26年作品で、長谷川伸はもちろん空襲で壊滅した東京について語っています。彼は関東大震災も経験していますから、震災と戦災が二重写しとなってるはず。

 しかし小林まことが現代、このセリフを登場人物に語らせるのなら、これはもちろん東日本大震災についての言及です。

 エピローグは、前年、安政大地震直後のシーンへと続き、そこでは地震を知った忠太郎が、江戸へ駆けつける。そしてラストでは、地震で壊滅した江戸を舞台にした、まさかのハッピーエンディング。この悲劇の中での希望に満ちた終わりかたこそ、3.11以後の新しい『瞼の母』かっ。すばらしい。

劇画・長谷川 伸シリーズ 関の弥太ッぺ (イブニングKC) 劇画・長谷川 伸シリーズ 沓掛時次郎 (イブニングKC) 劇画・長谷川 伸シリーズ 一本刀土俵入 (イブニングKC)

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March 17, 2014

何かすごいような気がするんですけど『少女よ漫画の星となれ』

 業界マンガで、あるあるネタ、であるのは違いないのですが。

●松山花子『少女よ漫画の星となれ』(2014年双葉社、750円+税、amazon

少女よ漫画の星となれ (アクションコミックス)

 えー、マンガ家マンガでフィクション、四コマギャグマンガです。書影イラスト、表紙や裏表紙にあるギャグを書いておきますと、

「パクリではありません! オマージュです!」
「ええっ デビューしたければ編集長と一夜を共にしろと!? そんな…… 簡単なことで…!?」
「少年漫画で大事なのは いかに正当な理由で人を殺しまくれるかです!!」
「大丈夫 心の傷は… ネタになる!!」
「あれっ これ(1)ってあるのに続きは出ないんですか?」

 まあそんな感じ。内部から、もひとつ。

大御所少女マンガ家のアシスタントとの会話。
「先生を踏み台にデビューする予定なんですか?」
「いえ私たちは純粋に先生の作品を愛し無私の心で先生の手足となり―― いつしかそのまま先生になり代わって名声と財産を受け継いでいこうと――」

 マンガ業界に関するあれこれを、タテマエを廃してホンネだけで表現すると…… というギャグですね。

 あるあるネタが楽しめたのでオッケーなのですが、本ブログで取り上げたのにはわけがある。お話全体の骨格がねー、何かスゴイ、ような気がする。

 両親が離婚した主人公が、片親から特殊な育て方をされる。しかも成長した環境も特殊。ハイティーンになった主人公が初めて○○に出会い、その分野で天才的な能力に目覚めます。しかし性格が天然で、自分の能力に関しても無自覚。

 業界のさまざまな奇妙なひとびととの出会いがあり、波瀾万丈の展開があっての出世スゴロク。そして出生の秘密が明らかにされたりしながら、運命に流されるまま天才性を発揮して、ついに海外雄飛。

 無自覚な天才の奇妙な一生。思い浮かべるのは、「フォレスト・ガンプ」のようなゲージツ系ほら吹き映画とかそのたぐいです。

 本書だって松山花子の古典的絵柄だからアレですが、ギャグを廃して、キャプションを多用して、BDっぽい絵柄で描けば、ほら、何やらりっぱな大長編作品に変身しそうな気がする。ギャグマンガの骨格は最先端の物語に通じているんじゃないかと感じた次第であります。

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March 14, 2014

若いBD『ブルーは熱い色』

 夜は若く、彼女たちも若かった。

●ジュリー・マロ『ブルーは熱い色』(関澄かおる訳、2014年DU BOOKS、2200円+税、amazon

ブルーは熱い色 Le bleu est une couleur chaude

 出版社よりご恵投いただきました。ありがとうございます。

 2013年カンヌ映画祭で最高の賞となるパルムドールを受賞した映画「アデル、ブルーは熱い色」、これが2014年4月5日より日本公開されますが、本書はその原作となるBDの邦訳です。B5判よりちょっと小さい判型、カラーで150ページ超。

 著者は1985年フランス生まれの女性。本書は商業出版処女作として2010年に発行されました。25歳のときの作品ということになります。アングレームでは大衆賞を受賞したそうです。ちなみに著者のブログがこちら。→http://www.juliemaroh.com/

 テーマは女性どうしの同性愛です。主人公はクレモンティーヌという女性ですが、冒頭で彼女はすでに死んでいるらしい。彼女の恋人であるエマがクレモンティーヌの実家を訪れ、彼女の日記を読み始める……

 日記は1994年、クレモンティーヌの15歳の誕生日から書き始められています。学校生活、ボーイフレンドとのうまくいかないセックス、そして恋人となるエマとの出会い。日記はクレモンティーヌとエマの愛と葛藤、そして友人たちや両親との軋轢を描いていきます。

 絵が特別うまいわけでもなく、エピソードや構成が格段に優れているわけでもありません。しかしボーイミーツガールならぬガールミーツガールの物語を、チカラワザで描ききりました。まさに著者、そして登場人物たちの若さのたまもの。描き手が若くないと描けない作品もあるのですね。

 作品も登場人物たちも未熟ながらみずみずしいなあ。わたしは大昔の虫プロ「COM」に掲載されてた日本のマンガを思い出しちゃいましたよ。

 女性どうしのラブストーリーは、ふたりの世界においては男女のそれと何も変わるところがありません。しかし違うのは社会から浴びせられる視線。ふたりの物語は悲劇に終わります。

 日本マンガにないBDとしての仕掛けは色の使い方。「現在」はフルカラーですが、「日記」の中の世界はモノクロ。ただし青の部分だけには色を置いている。

 そしてエマは髪を青く染めていますから、彼女だけがモノクロ世界から浮きあがる。これがタイトルの意味となっています。ぜいたくな色の使い方ですねえ。

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March 09, 2014

空前の読書体験『フォトグラフ』

 タイトルの『フォトグラフ』とはフランス語で「写真家」を意味します。

●エマニュエル・ギベール/ディディエ・ルフェーヴル『フォトグラフ』(大西愛子訳、2014年小学館集英社プロダクション、5400円+税、amazon

フォトグラフ (ShoPro books)

 出版社よりご恵投いただきました。ありがとうございます。

 まずは本のでかさに驚いた。ハードカバー、縦30cm超で270ページ超。フランスBD出版とほぼ同じ大きさの福音館書店版タンタンよりでかい。さらにいい紙つかってるから、ぶ厚くてやたらと重いったら。

 基本寝っ転がって読むことは不可能です。机か膝の上に置いて読むか、わたしがしたように書見台にのせて読むことになるでしょう。マンガの読みかたを規定されるほどの、でかい本。しかしこの大きさでないと伝わらないマンガもあるのです。

 本書の成立過程もまた複雑。主人公のディディエ・ルフェーヴルは1957年生まれ。ロシアになる前のソビエト連邦がアフガニスタンに侵攻して戦争中の1986年、「国境なき医師団」によるアフガニスタンでの活動を撮影記録するため、写真家として参加します。

 ディディエが持ち帰った写真は4000枚、発表されたのは6枚だけでした。ディディエ自身はこれ以後もアフガニスタンに計8回訪問しています。

 本書はディディエの友人であるギベールが企画制作したもの。ディディエの最初のアフガン訪問を、彼の撮影した写真とギベールによるマンガでルポルタージュ/ドキュメンタリーとして構成したものです。フランス語の原著は2003年から2006年にかけて全三巻で発表され、英訳が2009年。で、今回の邦訳が2014年となりました。

 オープニング、ディディエ自身がフランスからパキスタンのカラチへ、そしてペシャワールに向かいます。そこで国境なき医師団のチームと合流し準備に一カ月。

 その後、アフガニスタンからパキスタンに武器を仕入れにきた戦士たちのキャラバンと契約して、彼らに混じり違法に国境を越えてアフガニスタンへ。5000メートル級の山をいくつも越え、馬と徒歩で目的地をめざします。この旅程が一カ月。

 そして目的地での医療活動が始まります。それは熟練したチームが献身的に活動しても悲惨な結果となることも多い。写真家であるディディエはこの旅を克明に記録します。

 ペシャワールの喧噪と高揚。アフガニスタンの苛烈で美しい自然。そこに住む人々。そして国境なき医師団の西洋人たちはなぜそこに参加しているのか。いずれも現代の日本人読者としては知識がなく驚くべきことばかりです。

 描写は主人公ディディエの徹底した一人称からなります。彼の見聞したこと、考えたこと、撮影した写真、だけが提出される。ただし写真以外の部分は、ディディエ自身の姿やセリフも彼自身によるキャプションも、すべてギベールの手でマンガ化されたものです。

 エマニュエル・ギベールによる前作『アランの戦争』も、実在の人物の回想録を、ギベールの頭と手をとおして作品化したものでしたが、本書も同様の成立過程を経ています。

 ただし今回はディディエの撮影した写真を多量に挿入してあるのでノンフィクション感がハンパない。コミックス・ジャーナリズムと呼ばれるジョー・サッコ『パレスチナ』などと読後感が似ています。しかしジョー・サッコ作品は個人が取材して作品化したもの。本書はいわゆる合作で、体験・記録した当事者以外の人間の手がはいっています。

 本作はギベールの作品なのかディディエの作品なのか、迷うところですが、やっぱりフィニッシャーであるギベールの作品なんだろうと思います。

 ディディエは医療活動を記録したのち、医師団と別れてひとりで現地ガイドを雇いパキスタンに帰ろうとします。これがいかに無謀な試みであったか。このスリリングでとんでもない顛末については本書をお読み下さい。

 きわめて優れたドキュメンタリー/ルポルタージュ/ノンフィクションであるマンガ作品。本書を読むのは空前の読書体験です。ただしここに描かれたことはすでに30年近く前のお話。世界情勢とアフガン情勢はこの時期よりも二回りぐらい進んでしまった。

 本書のあとがきには登場人物たちのその後の人生が書かれています。まるで映画「アメリカン・グラフィティ」ですが、あっちはフィクション、こっちは現実だからなあ。残念ながらディディエ自身は2007年に早世しています。

アランの戦争――アラン・イングラム・コープの回想録 (BDコレクション) パレスチナ

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March 01, 2014

ニューヨークのサンペ

 ジャン=ジャック・サンペ Jean-Jacques Sempé をご存じでしょうか。

 1932年ボルドー生まれ。フランスのユーモア・イラストの巨匠で、日本では子供向けユーモア小説「プチ・ニコラ」の挿し絵担当として有名ですね。新潮社の雑誌「考える人」の表紙イラストは、かつてずっとサンペのものが使用されていたので、それで知っているかたがいるかも。

●「Petit Nicolas」での画像検索結果→(
●こちらは「Sempe」での画像検索結果→(

 で、日本では久しぶりとなるサンペの画集が出版されました。

●ジャン=ジャック・サンペ『SEMPE IN NEW YORK ジャン=ジャック・サンペ ニューヨーカーイラスト集』(宮田智子訳、2014年DU BOOKS、3200円+税、amazon

SEMPE IN NEW YORK ジャン=ジャック・サンペ ニューヨーカー イラスト集

 1978年以来、サンペはアメリカの雑誌「THE NEW YORKER」の表紙イラストに参加するようになりました。ニューヨーカーの表紙といえばイラストレーターのあこがれ。スタインバーグら、歴史上の人物が勢ぞろいしています。

 本書には1978年から2009年まで、サンペが担当したニューヨーカー表紙イラスト、全102点が収録されています。あと、ロングインタビュー、ニューヨーカーに採用されたヒトコママンガ、イラストと文章で語られる物語「Par avion(エアメール)」の一部など。

 プチ・ニコラ以来、サンペの得意技である、おっきな風景や背景の中にかわいくちっさな人物像、しかもこちゃこちゃといっぱい、という楽しく美しい絵が見られます。

 ただしこの邦訳、A5判のソフトカバーなんですよね。フランスの原書や英語版は縦30cm超のでかい本だからなあ(日本円になおすと6000円をこえるお値段ではあります)。日本でのサンペの知名度を考えると、こういう判型で出すのもしかたないかもしれませんが、サンペのあの細かい絵がA5判じゃねー。残念な邦訳出版となっています。

 さて、それはそれとして。

 サンペが描くようなヒトコママンガは英語でカートゥーン cartoon で、彼はカートゥーニスト cartoonist と呼ばれます。しかしフランス語ではどうなるか。サンペ自身はデシナトゥール・ユモリスト dessinateur humoriste という表現を好んでいるようです。この場合のデシナトゥールは英語のデザイナーというより、画家・素描家をさしますので、ユーモア・イラストレーター、みたいな感じでしょうか。

 そして本書では、ニューヨーカーに掲載されるような作品はデッサン・ユモリスティーク dessin humoristique と呼ばれているようです。日本語に訳すと、ユーモア・デッサンかな(←いやいやいや訳してないって)。

 何でこういうことを気にしてるかといいますと、サンペを「漫画家」「マンガ家」と紹介するのに躊躇するから。つまり「マンガ」とは何なのか、ってことですね。

 サンペの描くような、単純な線で描かれたどこか滑稽みのある絵は、日本ではすべてマンガと呼ばれます。ただし日本語のマンガという言葉の範囲はやたらと広くて、北斎漫画から鉄腕アトムまで含まれちゃいます。

「ヒトコママンガ」と「複数のコマが連続して成立するマンガ」は同じものなのか。少なくとも日本漫画家協会ではこれを区別していません。

 しかし「ヒトコママンガ」からセリフやキャプションを取り除けば、イラストレーションやファイン・アートに限りなく近づいてしまう。本書でサンペの作品を眺めていると、つくづくそのように感じます。

 サンペの描くニューヨーカーの表紙は笑いを廃して叙情に満ちている作品も多いのです。バレエの舞台袖で出番を待つ少女たち、海辺の砂浜でひとり逆立ちをする男性、ニューヨークの街角でショーウインドウをのぞき込むビジネスマン。

 マンガに囲まれて生活してる日本人としては、これらのサンペ作品もマンガと感じてしまいます。でもこれは現代日本で大量に流通しているマンガと違うもののような気もするし。

 というわけで、サンペを「マンガ家」とは紹介しづらいのです。あと、じつはサンペって、「わたしはバンド・デシネが、大っっっっっきらいだ」と公言してるような頑固じいさんなので、なおさらなのであります。


【追記】サンペ・ファンのとんがりやまさんが、ブログでサンペ愛に満ちた文章を書かれてますので、そちらもどうぞ。
     ↓
踊る阿呆を、観る阿呆。:ジャン=ジャック・サンペ賛ふたたび

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