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January 03, 2014

普通の中国人は何を考えて生きてきたか『チャイニーズ・ライフ』

 現代中国人の自伝的物語といえば、どうしたって文化大革命と毛沢東を批判的に描いたベストセラー、ユン・チアン「ワイルド・スワン」を思い浮かべてしまうのですが、これはどうか。

●李昆武/フィリップ・オティエ『チャイニーズ・ライフ 激動の中国を生きたある中国人画家の物語』上・下巻(野嶋剛訳、2013年明石書店、各1800円+税、amazon

チャイニーズ・ライフ――激動の中国を生きたある中国人画家の物語【上巻】「父の時代」から「党の時代」へ チャイニーズ・ライフ――激動の中国を生きたある中国人画家の物語【下巻】「党の時代」から「金の時代」へ

 タイトルどおり、ひとりの中国人の自伝マンガです。本書の成立過程がすこし変わってて、企画は中国在住のフランス外交官であるフィリップ・オティエ。李昆武は雲南省昆明の新聞社で美術記者として働いていましたが、知り合いのオティエから、平凡な中国人としての自伝マンガ執筆を依頼されます。

 全三巻がフランスで刊行されたのが2009年~2011年、タイトルは「ある中国人の人生」。英訳が2012年。中国本土で中国語訳(っていうのか?)が出版されたのが2013年1月になってから。

 本書は英訳本から邦訳されたもので、原著の全三巻を二巻にまとめています。ほとんどモノクロ、B5判ソフトカバーで上巻330ページ超、下巻360ページ超の長編です。

 原著の第一部が「父の時代」、第二部が「党の時代」、第三部が「金の時代」となります。

 著者は1955年生まれ。わたしと年齢そんなに変わりません。もし著者が日本に生まれてたら、「ウルトラQ」の放映が11歳のときです。

 著者の父は中国共産党幹部、といっても「主任」レベル。著者の幼年時の記憶は1958年から1962年までの大躍進政策時代から始まります。大躍進政策は中国政府が鉄鋼の大増産をめざしたもので、国民を熱狂の渦に巻き込んだらしい。

 鉄が混じっていそうな金属はすべて供出され溶かされます。「お母さん、幼稚園にも溶鉱炉ができたんだよ」「無数の溶鉱炉が作られ、まるで国全体が巨大な製鉄所になったかのようでした」

 当然石炭が不足するので、森林はすべて伐採されます。仏塔・寺院・時計塔の壁も壊されてしまう。そして同時期に大飢饉が中国を襲います。

 数千万人の犠牲者を出したこの時期の中国人の狂乱と悲惨が幼児である著者の目をとおして描かれる。これが本書の始まりです。

 そしてこれに続くのがさらに狂乱、1966年からの文化大革命です。著者は小学校の高学年、「造反有理、革命無罪」の直撃を受けた世代です。毛沢東語録を手に街を廻り、旧習をすべて悪として批判し、書画骨董を打ち壊し、公開の集会で教師を糾弾する。「ああ、自らを狂気に委ねることはなんと気持ちの良いことだろう」

 しかし共産党幹部である著者の父親が批判されることになり、状況は一転します。父親は再教育施設に収容され、残された母と著者、妹は苦難の生活を送ることに。

 17歳になった著者は人民解放軍に入隊、そして1976年に神格化されていた毛沢東が死亡。ここまでが第一部「父の時代」です。この時代の庶民の証言だけでも本書を読む意義はあるでしょう。

 著者の絵は筆とペンを併用してるようです。線に強弱を強くつけ、描写は写実ではなく人体や建物、自然物も変形させることで絵そのものに意味を持たせています。もっともお見事なのが人物の顔で、描かれたひとびとの人生のすべてが顔に出ている、というぐらいのデキ。

 第二部で主に描かれるのは著者の軍隊時代です。四人組が追放され、父親は党職に復帰します。著者も入党を希望しますが果たせず、軍隊の「生産基地」で牛の世話をする失意の日々。その後、絵のうまさが認められ、宣伝部門に所属し、共産党にも入党できます。

 1980年に除隊し、昆明の新聞社に美術記者として就職、そして父の死まで。

 第三部はがらっと変わって、現代中国のルポルタージュ。タイトルの「金の時代」のとおり、1982年鄧小平の改革開放政策以後、中国がいかに「金」本位の社会に変化したか。ある種、醜いとも思われる、それでも活力に満ちた中国人の姿が活写されます。

 第三部では、企画のフィリップ・オティエと李昆武との対立が描かれています。フランス人としては1989年の天安門事件に触れてほしい。外国からも注目される現代中国史の大きな事件だからです。

 しかし著者はそれを断ります。自分は事件のとき国境近くの辺境にいて何も知らない。知り合いで関係した人物もいない。個人的にもあの事件で苦しみを受けたこともない。

中国には秩序と安定が経済発展のためには必要で、その他のことは二次的な問題だという風に、わたし自身は考えている。

私たちの国は、20世紀を通じてあらゆる苦難と屈辱を味わった。侵略、略奪、不平等条約、内部分裂、軍閥間の争い。

私自身も、文化大革命、批判運動、階級闘争、干ばつ、飢饉、電力不足、極貧などを経験し、こうした考えは徐々に強い確信に変わっていった。

もちろん、いろいろな意見があるだろう。経済成長の前に人権が大事だというひともいる。私は、そんな論議は次の世代にまかせればいいと思う。言葉で言い表せないほどの苦しみを味わうことのなくなった世代に。

 このキャプションのバックに描かれた絵がちょっと複雑で、第一部の、文化大革命で失われた骨董品を悲しむ男の絵だったりします。つまり、ダブルミーニングなのかどうなのか。バブル期の日本をちょっと思い出しますね。

 本書の最終シーンは2009年大晦日の胡錦濤のテレビ演説です。中国の躍進に喜ぶ著者の姿が描かれて終わります。

 現在、中国と対立している日本の読者として、本書を批判するのはたやすいことです。大躍進政策や文化大革命のような政治的大失敗に関して国民の行動を忘却して、すべてごく一部の政治家のせいにしている。政府や権力に対する批判精神が足らない。人権や自由について考えるのを放棄している。

 しかしそれも含めて、すべてまるっと普通の中国人。それを描いたすぐれたマンガだと思います。

 本書の中国語簡体字版が2013年まで存在しなかったというのは「政治的に」どういうラストをむかえるのか、中国国内からも注目されてたのじゃないかな。

 本書の中国語版は、2013年の中国国際動漫祭で、第10回金龍賞中国漫画大賞を受賞しました。

 金龍賞は中国ではもっとも権威があるといわれているマンガ賞で、こういう賞はどこもそうなんですが、年度によって部門賞がいろいろと変化します。第9回までは最優秀少年漫画大賞とか最優秀少女漫画大賞、最優秀ユーモア漫画大賞などの賞はあっても、全体を統括するような大賞というのは存在しませんでした。

 つまり「中国漫画大賞」というのは本書が最初に受賞したのですね。だからといって他の娯楽マンガより売れてるかというとそうでもないらしいのが、こういうオルタナティブなマンガが世界的にきびしいところ。

 日本語版での最大の不満は表紙イラストです。カバー表4や、カバーをめくった本体表紙のイラストは原著と同じく、主人公が壁に中国共産党の宣伝絵画を描いているところなのですが、その壁は空白。

 日本語版表紙はモノクロなのでしょうがないのかもしれませんが、フランス語版や中国語版では、壁のイラストはカラーで、毛沢東やそれらしいいさましい絵が描かれてます。そして第三巻は「金の時代」にふさわしい絵が壁に描かれてて、これは作品のラストシーンにもつながります。

 逆に英語版はちょっとしょぼい書影イラスト。フランス語版書影と英語版書影も載せておきますね。

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