この『ビフォア・ウォッチメン』がすごい!
オールタイムベスト級のアメコミとして知られている、アラン・ムーア/デイブ・ギボンズ『ウォッチメン』(1984年)。2009年に映画化されたときに日本で復刊されたものが入手可能ですから、読んでないひとはぜひ読みなさい読むべきです読んでないひとは人生を損してます。
●アラン・ムーア/デイブ・ギボンズ『ウォッチメン』(石川裕人/秋友克也/沖恭一郎/海法紀光訳、2009年小学館集英社プロダクション、3400円+税、amazon)
登場するスーパーヒーローたちはスーパーマンやバットマンじゃなくて、この作品だけに登場するオリジナルキャラクターです。こいつらがキャラ立ちまくりの連中で、だれだって二次創作したくなります。
これらのキャラクターを使用して、DCが30年ぶりに出した続編、じゃなくて前日譚が『ビフォア・ウォッチメン』シリーズです。あちらの出版社は気が長いしキャラクターの寿命も長いなあ。
今回の『ビフォア・ウォッチメン』は全部で9シリーズあってそのうちのふたつを収録した第一弾がこれ。
●ブライアン・アザレロ/J.G.ジョーンズ/リー・ベルメホ 『ビフォア・ウォッチメン:コメディアン/ロールシャッハ』(秋友克也/石川裕人訳、2013年ヴィレッジブックス、2500円+税、amazon)
タイトルとなってるコメディアンとロールシャッハはそれぞれヒーローの名前です。ふたりとも超常能力を持っているわけではなく、体力にすぐれた普通の人間。ただしこいつら、精神を病んでるヒーローという困った存在なのです。
コメディアンのほうは、「ヒーロー全体の汚点」と呼ばれるような人物です。「彼ほど徹底して道徳を無視する男は見たことがない」「底なしの狂気、無意味な殺戮… 彼はそれらを心から享受している…」
ロールシャッハの素顔はブサイクな小男ですが、不屈の闘志と鋼鉄の意思を持つ男。つねに「自分の」正義をつらぬきとおす彼は、ウォッチメンの世界観の代弁者みたいなものです。
このふたりが登場する二作が収録された『ビフォア・ウォッチメン:コメディアン/ロールシャッハ』ですが、いやーおもしろかった。アメリカアマゾンのカスタマーレビューでは賛否入り乱れてますが、伝説の名作の二次創作だからこれはしょうがないか。わたしは大好き。
「コメディアン」で描かれるのは1962年から1968年まで。ケネディ家と親交があるコメディアンが、アメリカ現代史の暗部を駆け抜けます。オープニングでマリリン・モンローが登場したところでまずびっくり。
コメディアンは国家公認のヒーローとしてベトナム戦争に参加し、ソンミ村虐殺事件にも関係します。もともと極悪なコメディアンがベトナム戦争を経験したことでさらにどのように変貌し、ラストシーンをむかえるか。
コメディアンそのものがアメリカ社会の暗喩ですが、キャラクターとしてはキャプテン・アメリカの鏡像、闇の部分を表現してます。『ウォッチメン』ではそれほど感じませんでしたが、『ビフォア・ウォッチメン』でコメディアンが戦争の最前線で戦ってるのを見ると、DCのコミックスですがやっぱ思い浮かべるのはマーベルのキャプテン・アメリカ。
本来、正義の味方であるスーパーヒーローが戦争に荷担するとどうなるか。「正義」の戦争であった第二次大戦までは問題なかったとして、それ以後の、正義かどうかよくわかんなくなってしまった戦争ではどうなのか。本作のテーマは古くて新しいものです。
「ロールシャッハ」は1977年のニューヨークが舞台。当時のニューヨークは治安が荒れに荒れていた時代で、映画「タクシー・ドライバー」の世界ですな。本作にもかのトラヴィス君が登場します。
連続猟奇殺人の犯人を追ううちに、ベトナム帰還兵たちからなるギャングに狙われることになったロールシャッハ。彼がニューヨークの底辺をさまよっているとき、ニューヨーク大停電がおこる……!?
リー・ベルメホのアートワークは紙面からどぶの匂いがただよってくるよう。『ジョーカー』でもすごかったけど、本作も絶品。
『ビフォア・ウォッチメン』のシリーズ邦訳は今後三冊は続いてくれるはず。楽しみに待たせていただきます。
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