« 絵物語の復活:小松崎茂『宇宙少年隊』 | Main | ホラーというか何というか『アリスの家』 »

November 29, 2013

不幸な家族の物語『スティッチ』

 意外な作品の邦訳ですが、これも海外マンガ邦訳ブームがあってこそです。いやもうありがたいったら。

●デイビッド・スモール『スティッチ:あるアーティストの傷の記憶』(藤谷文子訳、2013年青土社、2600円+税、amazon

スティッチ あるアーティストの傷の記憶

 出版社よりご恵投いただきました。ありがとうございます。

 まず翻訳者名に注目。おおっ、あの平成ガメラシリーズのっ、ヒロイン、藤谷文子ではないですか。本書の邦訳は彼女の持ち込み企画だそうです。

 作者のデイビッド・スモールは1945年デトロイト生まれの作家/イラストレーター。本書は彼の自伝マンガで、原著は2009年に発行されました。ソフトカバー、モノクロ300ページ超。

 薄墨を使ってさらっと描いた絵で、邦訳はフキダシ内も手書き文字。一連の動きで「コマを割る」映像的な表現が多用されていて、日本人読者にも読みやすいのじゃないかな。

 父親が放射線科の医師、母親が専業主婦である主人公、デイビッドの家庭は、幼少期から暗い雰囲気に包まれていました。食事どきにはまったく会話がなく、母親はいつも不機嫌。幼い主人公は、母親から愛されているとまったく感じることができない。

 本書は家族の不幸を描いたマンガです。母親、父親、祖母、兄の自分に対するふるまいが、主人公視点で描写されます。主人公視点ですから、子どもである主人公は自分の行動に問題があるかどうかすらわからない。理解できない大人の理不尽な行動により、子どもの気持ちは振り回されます。

 本書のタイトルとなっている「スティッチ=縫い目=傷痕」とは、主人公が子ども時代に受けた手術による大きな傷痕のこと。この傷は主人公にとって現実の傷でもあり、彼と両親との関係の象徴でもあります。

 さらに本書ではラスト近く、この「傷痕」と父親の関係で、驚愕の展開が待っています。

 親子の関係は読者みんながかかえている問題です。本書も心穏やかに読み進めることができない。最初から最後まで緊張感にあふれている作品です。

 ただし不満点も少し。描写や記述がちょっと客観性に欠けます。1950年代の放射線照射装置や、1970年代に入院している母親の室内描写は、機械がその機械に見えないし、病室の医療機器もそういうふうに見えない。ネット上にも資料が多い2009年に描かれた作品としては残念な描写です。

 さらに著者が自分の手術について、片方の声帯を摘出して声を失ったと描いているところ。お話の前後を読むと、主人公は甲状腺近くの頸部手術で反回神経麻痺となり、片方の声帯が動かなくなったと理解できます。著者は自分の手術について誤解してるんじゃないかしら。

 著者は父親や母親についても客観的な描写を完全に放棄していて、それが本書の特徴でもあり、不満点でもあります。いつも不機嫌な母親の内面や、息子に対して後悔の念を持っていただろう父親の内面について、もう少し掘り下げられていればなあ。惜しい。

|

« 絵物語の復活:小松崎茂『宇宙少年隊』 | Main | ホラーというか何というか『アリスの家』 »

Comments

The comments to this entry are closed.

TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 不幸な家族の物語『スティッチ』:

« 絵物語の復活:小松崎茂『宇宙少年隊』 | Main | ホラーというか何というか『アリスの家』 »