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October 18, 2013

歴史にして現在『有害コミック撲滅!』

『有害コミック撲滅!』読みました。

●デヴィッド・ハジュー『有害コミック撲滅! アメリカを変えた50年代「悪書」狩り』(小野耕世/中山ゆかり訳、2012年岩波書店、4800円+税、amazon

有害コミック撲滅!――アメリカを変えた50年代「悪書」狩り

 原題は「The Ten-Cent Plague: The Great Comic-Book Scare and How It Changed America」です。訳すと「10セントの悪疫:コミックブックへの恐怖がいかにアメリカを変えたか」という感じでしょうか。

 昨年の邦訳発売と同時に買って読み始めたのですが、中断してました。その理由は登場する人名があまりに多いこと。

 あ、これは読みとおすにはメモが必要っぽい、と気づいたときはかなり読み進んでしまってて、そのまま強引に読もうとして結局挫折しました。今回は最初からきちんとノートをとりながら再挑戦。いやー、勉強になりました。しかもおもしろい!

 本書はアメリカにおけるコミックス規制史についての本ですが、当然ながらアメリカン・コミックス史でもあります。

 わたしたち日本人がアメリカン・コミックス史を体系的に概観したいと思っても、まとまって書かれた日本語の本というのはほとんどありません。だからあちこちの雑誌記事から得た知識を自分の脳内でつなぎ合わせるか、洋書を買って読むしかないのですね。

 わずかに日本語で読めるものとして、ネット上では「アメコミくえすと」が「漫画で読むアメコミの歴史」を公開してくれています。これは「The Comic Book History of Comics」という作品の一部を邦訳したもの。学習マンガですが、そうとうにくわしくて正確。

 そこへ本書の登場です。

 記述はほぼ交互に書かれてて、まずある時期までのアメリカン・コミックスの歴史が語られ、そしてそれを規制しようとするひとびとの反応が描写され、またアメコミ史、また規制史、というふうに話が進んでいきます。

 コミックス業界のひと、コミックスを規制したひと、単に読者だったひと、それぞれに膨大なインタビューをおこない、新聞や雑誌記事、議会の記録などを調べに調べた労作。人名が多いのは仕方のないことで、それを除けばじつに読みやすい本でした。

 本書に書かれてるアメリカン・コミックス史を簡単に記しておきますと、『イエロー・キッド』に始まる「コミック・ストリップ」と呼ばれる新聞連載マンガのブームがまずありました。これが1900年前後から。初めのころはユーモアものが中心でしたがその後、『ターザン』や『ディック・トレーシー』などのアクションもの、長いストーリーを持ったものが登場して、これら新世代のコミック・ストリップが人気を得るようになります。

 「コミックブック」という形式ができたのが1933年です。最初はコミック・ストリップを再録・再編集したものでしたが、そのうちにオリジナルのコミックスが掲載されるようになり、『スーパーマン』のようなビッグヒットが生まれます。

 コミックブックは質・量ともに成長し、多種多様な作品が登場し、いろんな流行がありました。1942年からは犯罪コミックスの大流行があり、1947年にはロマンス・コミックスが誕生してそのピークは1950年ごろ。そして1950年には最初のホラーコミックスも登場します。

 いっぽう、コミックス批判は早くも1906年ごろから雑誌記事として書かれ始め、1940年にはある批判記事が全国の新聞に転載されます。以後カトリック団体がコミックブック禁止運動を開始、ついで1948年からは警察が動き、政治家が動き、販売禁止が相次ぎ、全国的な焚書運動が始まり…… と、俗悪なコミックスから「子どもを守る」運動がアメリカ全土を席巻することになります。

 この時代も、コミックスが青少年の犯罪を増加させる、という客観的データあったわけではありません。単に大人にとって「不快」なコミックスの存在がマス・ヒステリーをひき起こしただけです。

 悪名高きフレデリック・ワーサム博士が最初にマスコミに登場するのが1948年。これも悪名高き「無垢なる者たちへの誘惑」の出版が1954年。彼は犯罪コミックスやホラーコミックスだけでなく、ヒーローコミックスも攻撃の対象としました。コミックスは青少年を堕落させる。

 1950年以後、議会によりコミックスの害悪についての全国的な公聴会がくり返し開催されるようになります。本書のクライマックスとなるのは1954年の公聴会。ホラーコミックスや「MAD」を発行していたビル・ゲインズが証人として登場して政治家たちと対決しますが、残念ながら自爆。この公聴会はTV中継され、ジャック・カービーたちマンガ家も注目していたのに!

 この時期にコミックス業界で働いていると明かすと、隣人や見知らぬ人たちから非難の言葉を浴びせられたという体験談が悲しい。以後本書は、業界が自己検閲としてコミックス・コードを制定し、その結果マンガがまったく魅力をなくして、市場が縮小してしまうまでを書いています。その結果、アメリカン・コミックスは多様性を失ってしまったと。

 1950年代のコミックス追放運動の結果、コミックス業界から離れ、以後戻ってこなかったアーティスト、ライターたちは800人以上。本書にはその全員の名も記されています。

 日本でも1950年代を中心に悪書追放運動があり、手塚マンガも非難されました。しかし本書を読んでいて思い浮かぶのはそういう過去の話ではなく、現在まで連綿と続く日本のマンガ規制の動き。「非実在青少年」という言葉が創造されたのは2010年ですが、児童ポルノ禁止法改正案は今も国会で継続審議となっています。

 アメリカン・コミックス史に興味があるひとにも、現代日本のマンガ表現規制に興味があるひとにも、必読の書でありましょう。

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