桑田次郎 → チップ・キッド → クリス・ウェア
先日、小学館クリエイティブから、桑田次郎版『バットマン』が復刻されるとアナウンスされました。
●http://www.shogakukan-cr.co.jp/book/b120788.html
1966年、すでに日本人の手でマンガとしてバットマンが描かれていたのですね。
当時の桑田次郎は、大ヒット作品『8マン』を「週刊少年マガジン」に連載中の1965年、銃刀法違反で逮捕され、『8マン』打ち切り。しかしすぐに復活して1965年夏から平井和正シナリオの『エリート』を少年画報社「週刊少年キング」に連載開始。同年秋からは秋田書店「まんが王」に『超犬リープ』の連載も始まっていました。
そんなとき、1966年1月からアメリカで実写版バットマンのTV放映開始。これがあちらで大ヒット。日本でも4月からフジテレビで放映開始が決まりました。そこで少年画報社は、アメコミ版バットマンを邦訳した雑誌を創刊。さらに日本製のマンガ『バットマン』を「週刊少年キング」と月刊「少年画報」の両方で連載開始することにしたのです。画家として選ばれたのが桑田次郎。
キングで連載中の『エリート』はムリヤリ途中で打ち切りとなりました。少年画報社、あちらでのバットマン・ブームにのった形でバットマンを大プッシュしたわけです。
桑田次郎のシャープな線は、はっきりいって当時のアメコミ版バットマンよりずっとかっこいい! マンガ作品としてはすばらしかったのですが、なんせTV版バットマンが日本では大コケ。桑田次郎版バットマンも一年たたないうちに終了。単行本化されることもありませんでした。
しかしこの桑田次郎版バットマン、2008年にアメリカで復刻出版されました。
バットマンの著作権はもちろんアメリカのDCが持ってるから、この復刻は無理じゃないかと思われてたのですが、アメリカで復刻されたときにはあっさりと許可されたそうです。アメリカ版復刻本のタイトルは「BAT-MANGA!」、編者はチップ・キッド Chip Kidd です。
チップ・キッドは有名なデザイナー、装幀家。コミックブックのファン、コレクターとしても知られていて、そっち方面の著作・編集作も多い。アメリカの祖父江慎、みたいなひとで、ブックデザイン界のスターですね。
それでは「Chip Kidd」の画像検索結果をどうぞ。→(※)
チップ・キッドは本年3月の東京国際文芸フェスティバルで来日していたそうで、雑誌「コヨーテ」2013年special issue (2013年スイッチ・パブリッシング、952円+税、amazon)にインタビューが掲載されてます。
日本関係でいいますと、多くの日本小説やマンガ英訳本の装幀を手がけてます。手塚治虫『ブッダ』『きりひと讃歌』『MW』などや、竹宮惠子『地球へ…』『アンドロメダ・ストーリーズ』はチップ・キッドの手になるもの。また、あのゲイマンガの帝王、田亀源五郎作品を集めて英訳してたりします。
村上春樹の英訳本の装幀もチップ・キッドが多く手がけてます。そのうちのひとつがこれ。→(※)
リンク先はチップ・キッドのサイトですが、いちばん下に村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』の英訳本の、カバーを大きく開いた画像が載ってます。鳥のオモチャの写真に重なって白い線で幾何学模様が描き込まれてます。これはオモチャの内部の複雑な機械仕掛けを描いたもので、描いたのはクリス・ウェア Chris Ware です。
クリス・ウェアは、現代で最も先進的なマンガを描くひと。残念ながら邦訳されてるのは一作のみ。ただしその『JIMMY CORRIGAN日本語版』全三巻(2007年~2010年プレスポップ・ギャラリー、2300~3700円+税、amazon)は超絶の傑作です。
最近は雑誌「The New Yorker」の表紙を多く描いていますので、「Chris Ware New Yorker」での画像検索をどうぞ。→(※)
じつはこの画像検索に出てくる絵の一部は、本年度アイズナー賞の、ぶっちぎりの話題作にして大本命、それでもって受賞作となった『ビルディング・ストーリーズ』(2012年Pantheon社、amazon)の絵です。
書影は「本」じゃなくて「箱」です。この本(というかこの箱は)、「本の形じゃないマンガ」という実験、コマ構成の実験、読む順番を読者にゆだねる実験、などなどが詰め込まれてるとんでもないマンガ。このびっくりするような作品についてはいずれまた。
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桑田次郎版バットマンについてはしつこく何回か書いてきました。よろしければどうぞ。
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Comments
すみません!投稿のあとでイロイロ誤りを見つけました
訂正させていただきます、文をかかれたのは宮崎淳ではなく「宮崎惇」先生でした!SFや時代小説、スパイアクション等に健筆をふるわれた方で「聖(セント)マッスル」などの漫画原作も多数手掛けられたかたで、一時はさいとうプロの専属ライターをされていたこともあるようです。
また作画家は「磐五十六」となっており、さいとうたかおの別名義だと思うのですがもしかするとさいとうプロの誰かかもしれません、連載は少年マガジンの1966年4/17(15号)から7/3(26号)までだったようです。
また「宇宙家族ロビンソン」は少年サンデーではなくやはり少年マガジンで同じく文「宮崎惇」作画「磐五十六」で
1966年10/16(41号)から12/25(51号)までの連載でした、ここに謹んで訂正させていただきます。
Posted by: 流転 | August 17, 2013 09:26 PM
うーむそれは初耳。>さいとう・たかをのバットマン
Posted by: 漫棚通信 | August 13, 2013 10:37 PM
ほぼ同時期に少年マガジンで画さいとうたかお文宮崎淳で
絵物語のバットマンが連載されていたのを記憶しています。
巻頭カラーで連載開始され、かなり力の入った企画だったと思うのですが、人気があまりなかったらしく短期間で連載が終了したように記憶しております。
またこれよりも以前だと思うのですが、同じさいとう、宮崎コンビで少年サンデーで原作コミックスの設定に準じた宇宙家族ロビンソンの絵物語が連載された記憶がありますがこれも短期間で終了したように記憶しています。
Posted by: 流転 | August 13, 2013 04:16 PM