メビウスのエロ『天使の爪』
エロというのはほんと個人的なものなので、その方向性は百人が百人、別々。ひとにすすめられたエロが当たりだったなんてことはほとんどなくて、わ、あいつこんなのが好きなのか、と驚くことのほうが多かったりするものです。逆に自分の好みのエロも、周囲からは理解されない、はず。
これはエロ作品を受容する側の感想ですが、逆にエロ作品を送り出す側のひとびとにとっても、それがエロいかどうかを判定する絶対的基準がないから、自分の感性だけがたよりなわけです。つまり彼らは自分がエロいと思うものこそ、エロいのだ、という強い意思をもって世間にエロを問うている。
さて巨匠と呼ばれる作家もエロを描きます。たとえばメビウス。彼みたいに自分の脳内イメージを、自在にすみずみまで描けてしまう腕をもったひとが、エロを描くとどうなるか。
●メビウス/アレハンドロ・ホドロフスキー『天使の爪』(2013年飛鳥新社、2800円+税、amazon)
出版社からご恵投いただきました。ありがとうございます。
でかいB4サイズのハードカバー。モノクロ80ページ。内容は画集のようなストーリーがあるような、というちょっと変わった本です。
制作過程がおもしろくて、メビウスが自由にエロい妄想をめぐらせて描いたイラストの数々。ホドロフスキーがそれに文章をつけて並びかえ、ひとつのストーリーとしてつくりあげる。さらにホドロフスキーの文章を読んだメビウスが、それぞれの文章に一枚ずつ新しいイラストを描いて…… という手順でできた作品。
巻末のホドロフスキーのインタビューによると、「ある種のサディスティックな衝動を抑えきれず苦しんでいる」メビウスの告白を受け、その内なる悪魔から彼を解放するために、描かれたのが本書であると。
もちろん見どころは巨匠がどんなエロを描くかです。
イタリアにロベルト・バルダツィーニというマンガ家がいて、「CASA HOWHARD」というシリーズを描いてます。これはトランスジェンダーの人間や動物たちだけがいる奇妙な世界のセックスを描いたファンタジー=エロマンガなんですが、これにメビウスが序文を寄せている。なんでこんなところにメビウスが、と驚いたことがあります。
われわれはまだセックスにおける想像力の限界を知らない。
という文章で始まるメビウスの序文は、マルキ・ド・サドの名を出したりしてて、メビウス自身の興味や自負もうかがえるのではないかと。
で『天使の爪』ですが、性器のアップや緊縛や血や肉体の変形を描いたイラストが連続し、ついにはヒトではないエロティックな何かに変容する。こればかりは文章で説明してもわかんないので、その絵を見ていただくしかありません。書影イラストは、触手(?)に口を犯される女性ですが、これはそうとうにおとなしい部類です。
かなりサディステックで暴力的な絵も多く、メビウスがセックスにおける想像力の限界に挑戦するとこうなるのですね。さらにホドロフスキーの詩的な短文がつくと、読者のほうの想像力も刺激される。
しかしB4判の出版は良かった。とくにメビウスのような絵は印刷の大きさでずいぶん印象が変わります。わたしたち日本人はまだまだメビウスを知らないんだなあと感じた次第です。
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