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August 31, 2013

メビウスのエロ『天使の爪』

 エロというのはほんと個人的なものなので、その方向性は百人が百人、別々。ひとにすすめられたエロが当たりだったなんてことはほとんどなくて、わ、あいつこんなのが好きなのか、と驚くことのほうが多かったりするものです。逆に自分の好みのエロも、周囲からは理解されない、はず。

 これはエロ作品を受容する側の感想ですが、逆にエロ作品を送り出す側のひとびとにとっても、それがエロいかどうかを判定する絶対的基準がないから、自分の感性だけがたよりなわけです。つまり彼らは自分がエロいと思うものこそ、エロいのだ、という強い意思をもって世間にエロを問うている。

 さて巨匠と呼ばれる作家もエロを描きます。たとえばメビウス。彼みたいに自分の脳内イメージを、自在にすみずみまで描けてしまう腕をもったひとが、エロを描くとどうなるか。

●メビウス/アレハンドロ・ホドロフスキー『天使の爪』(2013年飛鳥新社、2800円+税、amazon

天使の爪

 出版社からご恵投いただきました。ありがとうございます。

 でかいB4サイズのハードカバー。モノクロ80ページ。内容は画集のようなストーリーがあるような、というちょっと変わった本です。

 制作過程がおもしろくて、メビウスが自由にエロい妄想をめぐらせて描いたイラストの数々。ホドロフスキーがそれに文章をつけて並びかえ、ひとつのストーリーとしてつくりあげる。さらにホドロフスキーの文章を読んだメビウスが、それぞれの文章に一枚ずつ新しいイラストを描いて…… という手順でできた作品。

 巻末のホドロフスキーのインタビューによると、「ある種のサディスティックな衝動を抑えきれず苦しんでいる」メビウスの告白を受け、その内なる悪魔から彼を解放するために、描かれたのが本書であると。

 もちろん見どころは巨匠がどんなエロを描くかです。

 イタリアにロベルト・バルダツィーニというマンガ家がいて、「CASA HOWHARD」というシリーズを描いてます。これはトランスジェンダーの人間や動物たちだけがいる奇妙な世界のセックスを描いたファンタジー=エロマンガなんですが、これにメビウスが序文を寄せている。なんでこんなところにメビウスが、と驚いたことがあります。

われわれはまだセックスにおける想像力の限界を知らない。

 という文章で始まるメビウスの序文は、マルキ・ド・サドの名を出したりしてて、メビウス自身の興味や自負もうかがえるのではないかと。

 で『天使の爪』ですが、性器のアップや緊縛や血や肉体の変形を描いたイラストが連続し、ついにはヒトではないエロティックな何かに変容する。こればかりは文章で説明してもわかんないので、その絵を見ていただくしかありません。書影イラストは、触手(?)に口を犯される女性ですが、これはそうとうにおとなしい部類です。

 かなりサディステックで暴力的な絵も多く、メビウスがセックスにおける想像力の限界に挑戦するとこうなるのですね。さらにホドロフスキーの詩的な短文がつくと、読者のほうの想像力も刺激される。

 しかしB4判の出版は良かった。とくにメビウスのような絵は印刷の大きさでずいぶん印象が変わります。わたしたち日本人はまだまだメビウスを知らないんだなあと感じた次第です。

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August 23, 2013

ほんとにやなヤツ『スティーブ・ジョブズ』

 ヤマザキマリ『スティーブ・ジョブズ』1巻を読んだわけですが。

●ヤマザキマリ/ウォルター・アイザックソン『スティーブ・ジョブズ』1巻(2013年講談社、619円+税、amazon

スティーブ・ジョブズ(1) (KCデラックス)

 いやびっくりした。ヤマザキマリってこんなにマンガがうまかったんだ。どちらかというとアイデアのひとで、演出のひとじゃないと思ってたんですよ。失礼しました。わたし認識をあらためました。ごめんなさい。

 原作は評伝というか自伝というか、ご本人公認の伝記。これをいかにマンガにするか、マンガ家のウデの見せどころ、なのでしょうが、本書はけっこうなデキ。

 文章の本をマンガにするにはいかに削るかがタイヘンだと思うのですが、ここまですらっと読めるように削り、連載一回分でも山と谷があっておもしろい。しかも次回へのヒキを忘れない。

 さらに背景や小物や機械のいろいろまで、じつにそれらしく描かれてる。田舎は田舎らしく都会は都会らしく機械は機械らしく70年代は70年代らしい。

 そしてなんといってもすばらしいのがキャラクター。

 ヤマザキマリは『テルマエ・ロマエ』でもトミー・リー・ジョーンズをマンガのキャラクター化してましたが、本書でもわたしたちの知ってるスティーブ・ジョブズがそのままの顔と姿で歩いてしゃべってます。ただの似顔絵じゃなくて、ちゃんとマンガのキャラクターとしてそこに生きてる。

 しかもこのジョブズが、いやないやないやな、とんでもなくやなヤツなんですよ。ヒトコマヒトコマの絵が、エピソードの積み重ねが、ジョブズのやなヤツぶりをあぶりだしてる。

 本書を読んだ百人が全員、ジョブズを嫌いになることまちがいなし、というくらいやなヤツです。ほんとにそういう評判のひとだったんでしょうが、マンガも容赦ないっす。もうひとりのスティーブであるウォズニアックがいかにもいいひとに描かれてるのと対照的ですね。

 このやなヤツが後年、いかに偉業をなしていくか。ちょっと目が離せない感じです。こういうマンガが女性向けの「Kiss」に連載されてるんだからなー。ヤマザキマリに依頼したひともえらい。

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August 16, 2013

十周年

 やっぱ10進法の世界に住んでる人間としては十はそれなりに気になるわけで。

 ネット上で漫棚通信と名のり、文章を書き始めてまる十年となりました。ご愛読していただいているみなさま、たまたま訪問していただいたかたも、ありがとうございます。

 十年前と今でどこが違うかというと。

●十年前にはブログという形式は一部でしか知られてなかったのに、いつのまにやら流行して、その後衰退しつつある。
●mixiは存在すらしてなかったけど、いつのまにやら流行して、その後衰退してしまった。
●facebookは存在すらしてなかったけど、いつのまにやら流行して、今もそれなりに使われている。
●twitterは存在すらしてなかったけど、いつのまにやら流行して、今もそれなりに使われている。
●十年前に全盛だった個人ニュースサイトがちょっと衰退しつつある?

 いやもう現代の時間の流れは十年単位ではとらえきれませんね。一年矢のごとし。

 しかし漫棚通信個人としては、ここ一年、その前の年と比べてそれほどの変化はありません。

●ブログ更新が週二回から週一回程度に減りました。← すみませんいけませんね。しかしマンガ購入量はあいかわらずです。そのぶん書庫の混乱がえらいことになってきてて、どこに何があるかすでにわかりません。

●ミニコミ誌「漫画の手帖」には、あいかわらず寄稿を続けています。← ブログと同様に海外マンガネが増えてます。わたしが海外マンガを取り上げることが多くなってるのは、日本では海外マンガに関する発言がまだまだ少ないと感じているからです。

●「ビッグコミックスピリッツ」に文章を寄稿しました。← 場違いにもほどがあります。

●かつてわたしが虫プロの雑誌「COM」に投稿したマンガが、発見され返却されてきました。← 今も世間にさらされてます。恥ずかしいものをお見せしましたすみませんごめんなさい。→(※「ぐら・こん」ホームページのトップから、「投稿作品を読む!」→「五月下旬」と進みますとわたしの作品です)

 ネットで文章を書いてるといろいろなことがあるもんだ。今後ものんびり記事を書いていきたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。

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August 10, 2013

桑田次郎 → チップ・キッド → クリス・ウェア

 先日、小学館クリエイティブから、桑田次郎版『バットマン』が復刻されるとアナウンスされました。

http://www.shogakukan-cr.co.jp/book/b120788.html

 1966年、すでに日本人の手でマンガとしてバットマンが描かれていたのですね。

 当時の桑田次郎は、大ヒット作品『8マン』を「週刊少年マガジン」に連載中の1965年、銃刀法違反で逮捕され、『8マン』打ち切り。しかしすぐに復活して1965年夏から平井和正シナリオの『エリート』を少年画報社「週刊少年キング」に連載開始。同年秋からは秋田書店「まんが王」に『超犬リープ』の連載も始まっていました。

 そんなとき、1966年1月からアメリカで実写版バットマンのTV放映開始。これがあちらで大ヒット。日本でも4月からフジテレビで放映開始が決まりました。そこで少年画報社は、アメコミ版バットマンを邦訳した雑誌を創刊。さらに日本製のマンガ『バットマン』を「週刊少年キング」と月刊「少年画報」の両方で連載開始することにしたのです。画家として選ばれたのが桑田次郎。

 キングで連載中の『エリート』はムリヤリ途中で打ち切りとなりました。少年画報社、あちらでのバットマン・ブームにのった形でバットマンを大プッシュしたわけです。

 桑田次郎のシャープな線は、はっきりいって当時のアメコミ版バットマンよりずっとかっこいい! マンガ作品としてはすばらしかったのですが、なんせTV版バットマンが日本では大コケ。桑田次郎版バットマンも一年たたないうちに終了。単行本化されることもありませんでした。

 しかしこの桑田次郎版バットマン、2008年にアメリカで復刻出版されました。

Bat-Manga! (Limited Hardcover Edition): The Secret History of Batman in Japan [BAT-MANGA (LIMITED HARDCOVER E] Bat-Manga!: The Secret History of Batman in Japan

 バットマンの著作権はもちろんアメリカのDCが持ってるから、この復刻は無理じゃないかと思われてたのですが、アメリカで復刻されたときにはあっさりと許可されたそうです。アメリカ版復刻本のタイトルは「BAT-MANGA!」、編者はチップ・キッド Chip Kidd です。

 チップ・キッドは有名なデザイナー、装幀家。コミックブックのファン、コレクターとしても知られていて、そっち方面の著作・編集作も多い。アメリカの祖父江慎、みたいなひとで、ブックデザイン界のスターですね。

 それでは「Chip Kidd」の画像検索結果をどうぞ。→(

 チップ・キッドは本年3月の東京国際文芸フェスティバルで来日していたそうで、雑誌「コヨーテ」2013年special issue (2013年スイッチ・パブリッシング、952円+税、amazon)にインタビューが掲載されてます。

Coyote 特別編集号 2013 ◆ TOKYO LITERARY CITY

 日本関係でいいますと、多くの日本小説やマンガ英訳本の装幀を手がけてます。手塚治虫『ブッダ』『きりひと讃歌』『MW』などや、竹宮惠子『地球へ…』『アンドロメダ・ストーリーズ』はチップ・キッドの手になるもの。また、あのゲイマンガの帝王、田亀源五郎作品を集めて英訳してたりします。

Buddha, Vol. 1: KapilavastuBuddha, Vol. 2: The Four EncountersBuddha, Vol. 3: DevadattaBuddha, Vol. 4: The Forest of UruvelaBuddha, Vol. 5: Deer ParkBuddha, Vol. 6: AnandaBuddha, Vol. 7: Prince AjatasattuBuddha, Vol. 8: JetavanaOde to Kirihito, Part 1Ode to Kirihito, Part 2MWTo Terra..., Vol. 1To Terra..., Vol. 2To Terra..., Vol. 3Andromeda Stories, Volume 1Andromeda Stories, Volume 2 (v. 2)Andromeda Stories, Volume 3 (v. 3)The Passion of Gengoroh Tagame: Master of Gay Erotic Manga

 村上春樹の英訳本の装幀もチップ・キッドが多く手がけてます。そのうちのひとつがこれ。→(

 リンク先はチップ・キッドのサイトですが、いちばん下に村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』の英訳本の、カバーを大きく開いた画像が載ってます。鳥のオモチャの写真に重なって白い線で幾何学模様が描き込まれてます。これはオモチャの内部の複雑な機械仕掛けを描いたもので、描いたのはクリス・ウェア Chris Ware です。

 クリス・ウェアは、現代で最も先進的なマンガを描くひと。残念ながら邦訳されてるのは一作のみ。ただしその『JIMMY CORRIGAN日本語版』全三巻(2007年~2010年プレスポップ・ギャラリー、2300~3700円+税、amazon)は超絶の傑作です。

JIMMY CORRIGAN日本語版VOL.1 JIMMY CORRIGAN日本語版VOL.2 JIMMY CORRIGAN日本語版VOL.3

最近は雑誌「The New Yorker」の表紙を多く描いていますので、「Chris Ware New Yorker」での画像検索をどうぞ。→(

 じつはこの画像検索に出てくる絵の一部は、本年度アイズナー賞の、ぶっちぎりの話題作にして大本命、それでもって受賞作となった『ビルディング・ストーリーズ』(2012年Pantheon社、amazon)の絵です。

Building Stories

 書影は「本」じゃなくて「箱」です。この本(というかこの箱は)、「本の形じゃないマンガ」という実験、コマ構成の実験、読む順番を読者にゆだねる実験、などなどが詰め込まれてるとんでもないマンガ。このびっくりするような作品についてはいずれまた。

     ◆

 桑田次郎版バットマンについてはしつこく何回か書いてきました。よろしければどうぞ。

桑田次郎版『バットマン』復刻!
『バットマンガ!』桑田次郎インタビュー

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August 01, 2013

モノクロでは無理『宝石の国』

 市川春子の、長編としては第一作『宝石の国』1巻が発売されたわけですが。

●市川春子『宝石の国』1巻(2013年講談社、600円+税、amazon

宝石の国(1) (アフタヌーンKC)

 市川春子についてはこれまで数回書いてきました。

新しい才能『虫と歌』
ちょっと難問系マンガ試験(問題編)
ちょっと難問系マンガ試験(解答編その2)市川春子作品を読む

 本作は、宝石の国に住む身体が宝石からなる28人の娘と、それを採取しにくる月人(外見はまるきり仏さま)の戦いを描いたマンガ。

 いつもの市川春子のようにあっさり壊れてしまう肉体を描いた作品です。過去作品では理解しにくかった表現も今回は抑え気味。でも今回は、色がなくちゃわかりにくいったら。

 宝石の身体を持った少女が多数登場しますが、モトネタというかモト宝石は以下、出演順。

フォスフォフィライト、phosphophyllite、燐葉石、薄荷色ミントグリーン
モルガナイト、morganite、ピンク色の緑柱石、ピンク
ゴーシェナイト、goshenite、無色の緑柱石、無色
ヘリオドール、heliodor、黄色の緑柱石、黄色
ルチル、rutile、金紅石、赤褐色・金黄色
シンシャ、辰砂、硫化水銀、紅色
ベニト、benitoite、ベニト石、青
ジュード、jade、翡翠、緑
ダイヤモンド、diamond、透明
ボルツ、bort、ブラックダイヤモンド、黒
ユークレース、euclase、透明や青

 とまあ、少女たちはその出自となる宝石の性質と色で区別されてるわけです。

 書影を拡大して見ていただきたいのですが、緑髪が主人公フォス。その左の長い黒髪がボルツ。右の七色髪がダイヤ。下のピンク髪がモルガ。

 見えてませんが表1折り返しの赤髪がシンシャです。というか、これ、わたしが説明するまで家族の誰もわからなかった。実際、わたしもシンシャの髪が赤だとは、シンシャの意味をネットで調べるまでわかりませんでした。

 えっとですね、表紙カバーや本誌冒頭数ページのカラーはすばらしいと思うのですよ。でもモノクロが中心となる日本雑誌では(少なくとも本作のような)市川春子作品を掲載するのは不適になってるのじゃないか。本作はオールカラーで発表されるべき作品であったと考えます。

 日本モノクロマンガ雑誌の限界が見えてしまった作品、市川春子は日本マンガが発見した作家ですが、これからはカラーの世界に送り出してあげるべきなんじゃないかな。

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