フランス発実験的恋愛マンガ『塩素の味』
実験的な表現がなされててかつステキな恋愛マンガ。
●バスティアン・ヴィヴェス『塩素の味』(原正人訳、2013年小学館集英社プロダクション、2800円+税、amazon)
出版社よりご恵投いただきました。ありがとうございます。
新鋭BD作家の初邦訳。B5判ハードカバーでオールカラー270ページ超。『塩素の味』と『僕の目の中で』というふたつの作品が収録されています。
フランスBDには身近な恋愛マンガが少ないそうですが、二作ともボーイ・ミーツ・ガールのストレートな恋愛マンガ。しかしヒトスジナワではいかないんだな、これが。
表現がじつに実験的。しかもその実験が画力にかかわるものだから、ほかのひとではちょっとマネできそうにないものになってます。
『塩素の味』の主人公は脊椎側弯症の青年。彼は整体師にすすめられてプール通いを始めます。でも泳ぎは得意じゃない。彼はプールでひとりの魅力的な女性と出会いますが、なかなか話しかけられない。
主人公は彼女の競泳用水着をまぶしそうに見つめるだけです。知り合って仲良くなり、泳ぎを教えてもらうようになっても、自分の気持ちをうちあけられるわけでもない。
いやー、主人公が内気だから日本マンガの男女間みたいなモヤモヤ感が続きます。日本人読者にとって親和性が高いですね。
本作の実験はいろいろあります。お話は冒頭とラストを除いてすべて屋内プールで展開します。これはストイックな設定。
擬音と漫符の使用がない。これはBDとしてはあまりめずらしくないですが、本作では「心の声」も回想の中で少し登場するだけなので、マンガ内の「音」としては「セリフ」があるだけなのです。
主人公は内気で無口。結果、本作はきわめて「静かな」作品となりました。数ページサイレントなコマが続くこともめずらしくない。しかもそれはただ「ひとが泳いでる」だけのコマです。
これで読者の緊張を保つことが可能なのか。これがまったくオッケーになってるのは、絵に魅力があるから。
引かれる線は最小限。さらに水中の人影は輪郭線すらなくなり、切り絵のように平坦にペイントされます。
すべてフォトショップで描かれてるそうですが、こんな単純な線と絵で、主人公の内面の声があるわけでもない、主人公の泳ぎと視線の先が描かれてるだけなのに、主人公の内面が読者にこれほど伝わってくるとは。
私が好きなシーンは女性がプールに現れなくなってからの描写。主人公がプールの端っこにタッチ、ターンをくりかえしてるだけ。これが1ページ9コマ、無音で展開される。でもよく見ると彼の泳ぎはどんどん上達してるじゃないか!
つまり1ページのうちに数週間が経過していると。これは表現に驚かされるだけでなく、このあとラストシーンに向けての伏線になってるのですね。
◆
もう一作の『僕の目の中で』、これも図書館で出会った男女の物語。こっちの仕掛けは、完全一人称マンガ。
主人公の目から見える画像、きこえる声、だけが描かれます。
男の子は女の子にだけしか興味がないから、女の子の振るまいのあれやこれやが描かれることになります。
おもしろいのは、絵にフォーカスがあって、遠景がぼやける、あるいは近景がぼやけるような描き方。さらに主人公にとって興味のない場面や声は、テキトーに描きなぐられるように。感情を絵で表現してるわけ。一人称マンガである理由はこういうところに出てます。さらにキスシーンやセックスを一人称でどう描くか。
二作とも実験的表現に挑戦していて、その表現が読者の感情を操ることにみごとに成功している。まいりました。
Comments
いか~ん。
またまた、こんな高価なベーデーを読みたくなってしまうではありませんか。
嗚呼、面白そう。
うう、読みたい。
Posted by: トロ~ロ | July 29, 2013 08:10 PM