オルタナティブらしいオルタナティブ『ブラック・ホール』と『ザ・デス・レイ』
アメリカにもいろんなタイプのマンガが存在しますが、そのなかに「オルタナティブ・コミック」というジャンルがあります。
直訳しますと「代わりになる」「もうひとつの」「慣習的じゃない」マンガ。
前衛というか「ガロ」系というか商業的じゃないというか、娯楽をめざしていないわけじゃないけど芸術でもあるんだぞゴルァ、みたいな感じのマンガのこと。
そういうオルタナティブ・コミックのうちでも、もっともオルタナティブらしいマンガが二冊、ほぼ同時に邦訳されました。
●チャールズ・バーンズ『ブラック・ホール』(椎名ゆかり訳、2013年小学館集英社プロダクション、1800円+税、amazon)
出版社よりご恵投いただきました。ありがとうございます。
作者のチャールズ・バーンズは1980年代からオルタナティブ・コミックやイラストで活躍していたひと。こういう絵(→※)を描いてます。
本書はA5判でモノクロ360ページ超。1995年から2005年にかけて制作され、一冊の単行本にまとまったのが2005年。本書はすでにオルタナ系の古典的名作としての評価が確立されています。
1970年代アメリカ西海岸。セックス、ドラッグ、ロックンロール! におぼれた生活を送っていた高校生たちの間に、奇妙な疾患が流行しはじめます。セックスを介して青年にだけ感染するこの疾患は、頸部が裂けて新しい口ができたり、皮膚が裂けて「脱皮」したり、シッポが生えたり、要は肉体が醜く変異してしまうのです。
ここまで読むと、性感染症が世界を変えてしまうホラー、かと思われるのですが、じつはアメリカのオルタナティブ・コミックというのは基本半径五メートルの世界しか描かない、のですね。ですから本書でもディザスターは世界的規模に拡大するわけではなく、局地的な高校生たち周辺のお話に限定されるのが特徴。
本書はセックスに関する青年たちの悩みをちまちまと描いた、いやもう愛すべきほど辛気くさい作品なのです。肉体の変形描写がおぞましくも美しいのはそれがセックスの暗喩であるから。オモ線は太く、ブラック&ホワイトのコントラストを強くきかせた絵は、日本でいうなら日野日出志か。
じつはうちの高校生の娘は本書をちらっと見て、登場人物全員悪人? とかいってましたが、そういうわけではありません。確かに日本マンガに慣れた日本人読者にとって、キャラクター造形が感情移入しにくいのも確かですが、それだけで本書をオミットしてしまうのはもったいない。
で、もう一冊はこれ。
●ダニエル・クロウズ『ザ・デス・レイ』(中沢俊介訳、2013年プレスポップ、1000円+税、amazon)
映画化もされた名作『ゴーストワールド』で、すでに日本でも知られているダニエル・クロウズの2011年作品。
主人公アンディは、高校ではダメダメのいじめられっ子。しかしタバコを吸うと超人的な怪力を発揮できるようになる。彼はマスクマン「デス・レイ」を名のり正義の味方として活動しようとする、さらにデス・レイという殺人光線をめぐってアンディと友人との間に亀裂が……!?
というストーリー。しかしこれもオルタナティブ・コミックですから、半径五メートルの世界のお話。ストーリーはアンディ周辺だけで終始します。『キック・アス』のようは爽快感もなく、本書は力を持ったはずの青年の悩みをちまちまと描いた、愛すべきほど辛気くさい作品……ってどんだけ『ブラック・ホール』に似てるんだ。
本書はA4判よりさらに大きい判型で、フルカラー22ページ。最近のアメコミ出版には珍しい中とじです。カラーはコンピュータ彩色みたいなグラディエーションを使用しない古典的色指定。
内容がスーパーヒーローものアメコミの、パロディみたいな作品なので、それに合わせた造本なのですね。さらにページによってベースとなる紙の色を変えるという芸の細かさ。すてきな本になってます。
二作ともハデでかつ地味、という不思議な作品。こういうのわたし大好きなんですよね。日本でも広く読まれるといいのだけどなあ。
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