戦前と戦後をつなぐ『ミッキーの書式』
大塚英志『ミッキーの書式』読みました。
●大塚英志『ミッキーの書式 戦後まんがの戦時下起源』(2013年角川学芸出版、3500円+税、amazon)
日本における第二次大戦前、第二次大戦中のマンガやアニメが、戦後の現代マンガにどのような影響を与えたか、を論じた本。学術書らしく、著者の本にときどき見られる政治的主張はずいぶん押さえられてます。
著者のまとまった形のマンガ論としてはまず『アトムの命題』。そしてその次の時代を書いたのが新書ですが『「ジャパニメーション」はなぜ破れるか』。本書は『アトムの命題』の時代からさかのぼった時代を書いたものになります。内容はすでに著者がこれまで他の文章で語ってきたことのくり返し、総集編という感じです。
戦後のマンガ作品についてはまったく出てこないし、登場する戦前、戦中の人物や作品についても注釈などがないので、読みとおすにはそれなりの知識を要するかもしれません。でも今回はわかりやすかった。というのは、「序」として書かれている「外国の人々に向けた日本まんがアニメ史」のおかげですね。
この部分はいわば「これまでのあらすじ」。著者がこれまでの著作で主張してきたことのアブストラクトとなっています。
この部分に著者の主張は以下のようなものです。(1)単純な形で構成されたディズニー的キャラクターが海外から輸入され、日本で流行する。のらくろをその代表とする白黒のキャラクターのことですね。これが手塚キャラの原型となります。
(2)このディズニー的キャラクターの受容は、大正アヴァンギャルド芸術運動、構成主義を経験した作家たちの手によるものであった。もちろん代表となる作家が田河水泡です。
(3)いっぽうで、エイゼンシュタインの映画におけるモンタージュ論は日本で大流行した。(4)日本は国策として、ディズニー的キャラクターをエイゼンシュタインの理論で動かすアニメーションを製作した。これが「桃太郎 海の新兵」であると。
(5)このアニメーションを見て、ディズニー+エイゼンシュタイン様式をマンガに援用したのが手塚治虫であり、これが日本戦後マンガの原型となった。
という「あらすじ」を受けて、あたらめて本書で論じられるのは、大正期以来のマンガの描き方指南書。近代マンガ勃興期の代表的キャラクター「正チャン」の成立と受容のされ方。
その後、日本へのアメリカ・アニメーション輸入にともなう「ミッキーの書式」を持ったキャラクターの流行があります。著者のいう「ミッキーの書式」とは、ミッキーマウスに代表されるような(1)単純な形、とくに円形で構成され、(2)黒に塗りつぶされた部分が多く、(3)関節を持たない手足を持ち(4)自由に体を変形させることが可能で(5)けっして死ぬことがない、などの特徴を持ったキャラクターのことです。
そして日本における「ミッキーの書式」を持った代表的キャラクター、田河水泡『のらくろ』について言及される。ここまでが第一章です。
で、ここからの第二章がもっともおもしろい。ミッキーの書式で奔放に描かれていた日本マンガが、戦時統制によって制作に制限を受けるようになると、マンガは変化していきます。
その代表例として挙げられているのが戦時中マンガの名作として名高く復刻もされている、大城のぼる『火星探検』『汽車旅行』『愉快な鉄工所』であると。
戦時下の統制はマンガに啓蒙を求め、背景や構造物は資料を利用して緻密でリアル、科学的に正確に描かれるようになります。リアルな背景はパースペクティブを持ち、表現として映画に近づく。
つまり戦後日本マンガの特徴のうちふたつ、「リアルで緻密な背景」と「映画的手法」は、マンガの戦時統制によって成立したと。このあたりたいへんスリリングな論考でした。
第三章は、手塚治虫が感動したことでも知られている海軍省アニメーション「桃太郎 海の神兵」と、その母体となった「文化映画」とは何だったのかについて。
国策アニメーション「海の神兵」は、戦時下の「啓蒙」という目的を持つことで、ディズニー的アニメーションにリアリズムが融合して成立した。アニメーションの分野でも、マンガの戦時統制と同様なことがおきたと。
大塚英志はけっこう読んでるのですが、話に寄り道が多いうえに寄り道話のほうが長くなったりする。さらにその主張がいろんな本でちょっとずつ小出しにされてるから、一冊だけではわかりにくく感じてしまうのじゃないかな。でも今回はわかりやすくておもしろく、たいへんけっこうでした。
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