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June 30, 2013

オルタナティブらしいオルタナティブ『ブラック・ホール』と『ザ・デス・レイ』

 アメリカにもいろんなタイプのマンガが存在しますが、そのなかに「オルタナティブ・コミック」というジャンルがあります。

 直訳しますと「代わりになる」「もうひとつの」「慣習的じゃない」マンガ。

 前衛というか「ガロ」系というか商業的じゃないというか、娯楽をめざしていないわけじゃないけど芸術でもあるんだぞゴルァ、みたいな感じのマンガのこと。

 そういうオルタナティブ・コミックのうちでも、もっともオルタナティブらしいマンガが二冊、ほぼ同時に邦訳されました。

●チャールズ・バーンズ『ブラック・ホール』(椎名ゆかり訳、2013年小学館集英社プロダクション、1800円+税、amazon

ブラック・ホール (ShoPro Books)

 出版社よりご恵投いただきました。ありがとうございます。

 作者のチャールズ・バーンズは1980年代からオルタナティブ・コミックやイラストで活躍していたひと。こういう絵(→)を描いてます。

 本書はA5判でモノクロ360ページ超。1995年から2005年にかけて制作され、一冊の単行本にまとまったのが2005年。本書はすでにオルタナ系の古典的名作としての評価が確立されています。

 1970年代アメリカ西海岸。セックス、ドラッグ、ロックンロール! におぼれた生活を送っていた高校生たちの間に、奇妙な疾患が流行しはじめます。セックスを介して青年にだけ感染するこの疾患は、頸部が裂けて新しい口ができたり、皮膚が裂けて「脱皮」したり、シッポが生えたり、要は肉体が醜く変異してしまうのです。

 ここまで読むと、性感染症が世界を変えてしまうホラー、かと思われるのですが、じつはアメリカのオルタナティブ・コミックというのは基本半径五メートルの世界しか描かない、のですね。ですから本書でもディザスターは世界的規模に拡大するわけではなく、局地的な高校生たち周辺のお話に限定されるのが特徴。

 本書はセックスに関する青年たちの悩みをちまちまと描いた、いやもう愛すべきほど辛気くさい作品なのです。肉体の変形描写がおぞましくも美しいのはそれがセックスの暗喩であるから。オモ線は太く、ブラック&ホワイトのコントラストを強くきかせた絵は、日本でいうなら日野日出志か。

 じつはうちの高校生の娘は本書をちらっと見て、登場人物全員悪人? とかいってましたが、そういうわけではありません。確かに日本マンガに慣れた日本人読者にとって、キャラクター造形が感情移入しにくいのも確かですが、それだけで本書をオミットしてしまうのはもったいない。

 で、もう一冊はこれ。

●ダニエル・クロウズ『ザ・デス・レイ』(中沢俊介訳、2013年プレスポップ、1000円+税、amazon

ザ・デス・レイ日本語版

 映画化もされた名作『ゴーストワールド』で、すでに日本でも知られているダニエル・クロウズの2011年作品。

 主人公アンディは、高校ではダメダメのいじめられっ子。しかしタバコを吸うと超人的な怪力を発揮できるようになる。彼はマスクマン「デス・レイ」を名のり正義の味方として活動しようとする、さらにデス・レイという殺人光線をめぐってアンディと友人との間に亀裂が……!?

 というストーリー。しかしこれもオルタナティブ・コミックですから、半径五メートルの世界のお話。ストーリーはアンディ周辺だけで終始します。『キック・アス』のようは爽快感もなく、本書は力を持ったはずの青年の悩みをちまちまと描いた、愛すべきほど辛気くさい作品……ってどんだけ『ブラック・ホール』に似てるんだ。

 本書はA4判よりさらに大きい判型で、フルカラー22ページ。最近のアメコミ出版には珍しい中とじです。カラーはコンピュータ彩色みたいなグラディエーションを使用しない古典的色指定。

 内容がスーパーヒーローものアメコミの、パロディみたいな作品なので、それに合わせた造本なのですね。さらにページによってベースとなる紙の色を変えるという芸の細かさ。すてきな本になってます。

 二作ともハデでかつ地味、という不思議な作品。こういうのわたし大好きなんですよね。日本でも広く読まれるといいのだけどなあ。

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June 20, 2013

青春彷徨と転落の物語『かくかくしかじか』『アオイホノオ』

 最近読んだマンガのうち、いちばん身につまされたのが、これとこれ。

●東村アキコ『かくかくしかじか』2巻(2013年集英社、743円+税、amazon

かくかくしかじか 2 (愛蔵版コミックス)

 作者の自伝的マンガ。1巻で猛勉強した主人公、2巻のアタマで美大に合格します。書影イラストがなんというかマンガ的じゃなくて美術的。

 当初の目的を果たし、バラ色の大学生活が待っているはず、だったのに。

さあ地獄の4年間の始まりです

 どのあたりがフィクションでどこがノンフィクションかは、作者以外にはわかりようがありません。しかし、この一行の意味は深い。作者はその後悔を、卒業して十数年たった現在も抱き続けています。

 大学生になった主人公は、絵を描かない、描けなくなってしまう。

 主人公は作中で遊びに行ったり飲んだくれたりボーイフレンドをつくったり、それなりに楽しげな学生生活を送ってるのですが、心の底には闇をかかえている。楽しそうなバカ学生描写と深刻なモノローグの落差。

 自分を例に出すなら、ヒマになったとたんに読書すらしなくなって、昼間っからテレビ見て酒ばかり飲んでる、みたいな。あまりに卑近なたとえですみません。

 これは芸術系や創作系の学生に限ってのことではなく、体育会系、あるいは学生じゃなくても一般人にとっても思い当たるところがあるのじゃないかしら。そういう意味で普遍性があるマンガ。いやもうすっごいわ。

 いっぽうこういうマンガもあって。

●島本和彦『アオイホノオ』10巻(2013年小学館、552円+税、amazon

アオイホノオ 10 (ゲッサン少年サンデーコミックス)

 えー、書影イラストは学生時代の庵野秀明が、ウルトラマンパロディ特撮ショートフィルムを下宿で撮影している、という場面。この書影だけでも傑作の匂いがぷんぷんするのですが、本巻の展開も涙なくしては読めません。

 本巻では主人公ホノオモユルが、学内のショートフィルム上映会で、庵野秀明作品に打ちのめされます。

 この描写がもう悲惨ですばらしい。主人公は自分のつくった作品がまったくウケないことにショックを受ける。このシーンはマンガが到達した最高レベルといえるほど、「若年の創作者が絶望する」壮絶な描写となっています。

 無反応こそ最大の批評。

 ひとごとじゃないっす。

 さらに本書の展開でスゴイのは、このショートフィルム発表会のあとの、学生たちの、集団としての、描写。

 個人として、才能ある同世代の人間の存在に打ちのめされるのは、自分の経験をとおしてもよくわかる。それを集団の普遍の感情として描いた本書の表現はすばらしい。

 一般のひとの描いたお話ならここで終わってしまうのですが、二作とも成功した作者による自伝マンガです。『かくかくしかじか』も『アオイホノオ』も、この転落で弓を引き絞り、このあと爆発的な再生の物語を語ってくれる、はず。刮目して待つべし。

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June 13, 2013

花輪和一の新境地『風童』『みずほ草紙』

 二冊同時発売。

●花輪和一『風童(かぜわらし)』(2013年小学館、1200円+税、amazon
●花輪和一『みずほ草紙』1巻(2013年小学館、1200円+税、amazon

風童 ーかぜわらしー (ビッグ コミックス〔スペシャル〕) みずほ草紙 1 (ビッグ コミックス〔スペシャル〕)

 何を今さらという感じですが、花輪和一の絵はほんとスゴイ。山野の自然、農村風景、農家の建物、室内、小物のかずかずにいたるまで、マンガ的画力はずば抜けてるよなあ。

 最近はやりの写真画質というわけでもなく、マンガの古典的背景であるにもかかわらず、これほどストーリーに寄り添ってそれをみごとに表現する絵ってなかなかありません。

 さてお話。『風童』の舞台は戦国時代。農村の少女がいろいろな超自然的存在に出会います。それを導くのがタイトルにもなってる謎の少年(?)「かぜわらし」という存在。書影イラストのごとくミミズクの姿となることもあります。

 という話のはずだったのですが、途中から主人公少女、あるいはその周辺の人々の、生きることについての苦しみや悩みが直接に描かれるようになって、短編連作としての結構はくずれてます。でもひとの悩みが何とも普遍的で、モノローグと自然描写の同時進行がこちらの胸に迫る迫る。

『みずほ草紙』のほうの時代は昭和初期かな。これも農村の少女が主人公で、彼女がいろんな怪異を見聞する話。こちらはもうはっきりとひとの心の闇が怪異となって現出しているわけで、作品のテーマとしてはより一貫しています。

 おどろくべきは二作とも、収録された短編のオチがどれも(比較的)ほのぼのしてる。あの花輪和一にして、このやさしさはどうしたことか。この結果、じつに読みやすく、万人に勧められる作品になってます。作者の新境地なのかも。

 さてこの二冊、同時発売でブックデザインはともに祖父江慎/小川あずさ。統一感のあるデザインですが、なぜか『みずほ草紙』のほうがずっと良いつるりんとした紙を使ってます。ですからこっちのほうがずっと重い。そのかわり『風童』のほうは一部だけ二色印刷。

 マンガをグラム単位で買ってるひとはいないと思いますが、二冊が同じ価格というのはどうなのか。花輪ファンはどうせ二冊とも買うから関係ない、のかもしれませんけど。

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June 08, 2013

ミロ・マナラ邦訳!?

 今週末、あるいは来週アタマに発売される「週刊ビッグコミックスピリッツ」28号(2013年6月24日号)に、漫棚通信のコラムが掲載されてます。

ビッグコミック スピリッツ 2013年 6/24号 [雑誌]

 もちろんマンガが題材で、小学館の雑誌でどんなマンガを取り上げるかに迷いに迷って、結局海外マンガネタです。というわけでエロマンガ界の国際的巨匠、ミロ・マナラについて書いてます。よろしければお読み下さい。


 それはそれとして。こういう本が出版されました。

●『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』(2013年玄光社、1800円+税、amazon

はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド (玄光社MOOK)

 出版社からご恵投いただきました。ありがとうございます。じつは漫棚通信によるアンケートを掲載させていただく可能性もあったのですが、今回は参加していません。

 書影イラストはどこのBD作家かと思われるかもしれませんが、寺田克也です。現在日本で邦訳されてるヨーロッパマンガを中心に紹介した本です。これ、歴史的な意義がある書物になってるかも。

 現在これほどのBDが読めるようになっているとは。数年前には思いもよりませんでした。

 わたしたちは海外マンガを読むことによって日本マンガとは何かをあらためて知ることができる。BDがどんどん邦訳され、インターネット通販で海外マンガを自由に購入できるようになった現代こそ、いよいよマンガとは何かを理解できる時代になった、わけです。

 本書はその一里塚として刊行されたといってもいいくらいの本になってます。過去に邦訳されたヨーロッパマンガ総まくり、という意味でも資料性高し。コラムでも、80年代から90年代にかけて講談社「モーニング」がBD作家とコラボした歴史とか、BDにおける絵のスタイルとしてたいへん重要とされている「リーニュ・クレール」について言及されたりしてて、かゆいところに手が届くデキです。

 でね、本書でちょっと驚いたのが、好きなBDについて書くアンケートで、ミロ・マナラの名を挙げてるかたがふたりもいたこと。あら、わたしの記事とネタがかぶっちゃった。

 さらに驚いたのが本書によると、ミロ・マナラの『ガリバリアーナ』というマンガ、ガリバー旅行記のパロディで、女性のガリバーがあんなことやこんなことをするエロティックファンタジーなのですが、これが今年の10月にパイ・インターナショナルから邦訳出版される!? あんな性器丸出しのエロいマンガがホントに現在の日本で出版できるのかっ? いよいよ日本でもマナラのブームが来るか?

Gulliveriana

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June 02, 2013

戦前と戦後をつなぐ『ミッキーの書式』

 大塚英志『ミッキーの書式』読みました。

●大塚英志『ミッキーの書式 戦後まんがの戦時下起源』(2013年角川学芸出版、3500円+税、amazon

ミッキーの書式    戦後まんがの戦時下起源 (角川叢書)

 日本における第二次大戦前、第二次大戦中のマンガやアニメが、戦後の現代マンガにどのような影響を与えたか、を論じた本。学術書らしく、著者の本にときどき見られる政治的主張はずいぶん押さえられてます。

 著者のまとまった形のマンガ論としてはまず『アトムの命題』。そしてその次の時代を書いたのが新書ですが『「ジャパニメーション」はなぜ破れるか』。本書は『アトムの命題』の時代からさかのぼった時代を書いたものになります。内容はすでに著者がこれまで他の文章で語ってきたことのくり返し、総集編という感じです。

 戦後のマンガ作品についてはまったく出てこないし、登場する戦前、戦中の人物や作品についても注釈などがないので、読みとおすにはそれなりの知識を要するかもしれません。でも今回はわかりやすかった。というのは、「序」として書かれている「外国の人々に向けた日本まんがアニメ史」のおかげですね。

 この部分はいわば「これまでのあらすじ」。著者がこれまでの著作で主張してきたことのアブストラクトとなっています。

 この部分に著者の主張は以下のようなものです。(1)単純な形で構成されたディズニー的キャラクターが海外から輸入され、日本で流行する。のらくろをその代表とする白黒のキャラクターのことですね。これが手塚キャラの原型となります。

 (2)このディズニー的キャラクターの受容は、大正アヴァンギャルド芸術運動、構成主義を経験した作家たちの手によるものであった。もちろん代表となる作家が田河水泡です。

 (3)いっぽうで、エイゼンシュタインの映画におけるモンタージュ論は日本で大流行した。(4)日本は国策として、ディズニー的キャラクターをエイゼンシュタインの理論で動かすアニメーションを製作した。これが「桃太郎 海の新兵」であると。

 (5)このアニメーションを見て、ディズニー+エイゼンシュタイン様式をマンガに援用したのが手塚治虫であり、これが日本戦後マンガの原型となった。

 という「あらすじ」を受けて、あたらめて本書で論じられるのは、大正期以来のマンガの描き方指南書。近代マンガ勃興期の代表的キャラクター「正チャン」の成立と受容のされ方。

 その後、日本へのアメリカ・アニメーション輸入にともなう「ミッキーの書式」を持ったキャラクターの流行があります。著者のいう「ミッキーの書式」とは、ミッキーマウスに代表されるような(1)単純な形、とくに円形で構成され、(2)黒に塗りつぶされた部分が多く、(3)関節を持たない手足を持ち(4)自由に体を変形させることが可能で(5)けっして死ぬことがない、などの特徴を持ったキャラクターのことです。

 そして日本における「ミッキーの書式」を持った代表的キャラクター、田河水泡『のらくろ』について言及される。ここまでが第一章です。

 で、ここからの第二章がもっともおもしろい。ミッキーの書式で奔放に描かれていた日本マンガが、戦時統制によって制作に制限を受けるようになると、マンガは変化していきます。

 その代表例として挙げられているのが戦時中マンガの名作として名高く復刻もされている、大城のぼる『火星探検』『汽車旅行』『愉快な鉄工所』であると。

 戦時下の統制はマンガに啓蒙を求め、背景や構造物は資料を利用して緻密でリアル、科学的に正確に描かれるようになります。リアルな背景はパースペクティブを持ち、表現として映画に近づく。

 つまり戦後日本マンガの特徴のうちふたつ、「リアルで緻密な背景」と「映画的手法」は、マンガの戦時統制によって成立したと。このあたりたいへんスリリングな論考でした。

 第三章は、手塚治虫が感動したことでも知られている海軍省アニメーション「桃太郎 海の神兵」と、その母体となった「文化映画」とは何だったのかについて。

 国策アニメーション「海の神兵」は、戦時下の「啓蒙」という目的を持つことで、ディズニー的アニメーションにリアリズムが融合して成立した。アニメーションの分野でも、マンガの戦時統制と同様なことがおきたと。

 大塚英志はけっこう読んでるのですが、話に寄り道が多いうえに寄り道話のほうが長くなったりする。さらにその主張がいろんな本でちょっとずつ小出しにされてるから、一冊だけではわかりにくく感じてしまうのじゃないかな。でも今回はわかりやすくておもしろく、たいへんけっこうでした。

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