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March 26, 2013

ホラーはなんでもあり『寄生少女』

 その昔、蛭子能収や根本敬を読んだときの感覚に似てる……?

●三条友美『寄生少女』(2013年おおかみ書房、1200円+税、通販サイト

Kiseisyojo

 編集協力された白取千夏雄氏経由で、発行元からご恵投いただきました。ありがとうございます。

 作者はあの、三条友美です。「三流劇画」の時代から活躍している大家。1990年代に発売された、スカトロにあふれた奇想のSMエロ劇画、大長編『少女菜美』はとくに有名ですね。今アマゾンで検索したら、久保書店から復刊されてて現役で買えるのにびっくりした。

 うちの書庫から『少女菜美 第2部第5巻肛欲美少女編』というのを発掘してきました。えー、この巻のストーリーは、と要約するのもアレなので、前巻までのあらすじを一部引用しておきます。

16歳の普通の女子高生だった菜美は莫大な借金を返済するためSMクラブで働き出した。……七人の邪神の強者どもが、菜美の肉体を狙って動き出したが、菜美だけではなく、妹の有紀子や恋人の伸一までをも巻き込んだ。有紀子は七人の邪神の一人、早乙女氏の手により豊胸、抜歯、逆白粉彫りの手術を受けさせられ、伸一は性転換の手術をさせられ……

 いやもうなんともうしますか。読み直しててぼうぜんとしてしまうような作品。あともひとつひっぱり出してきた『性少女伝説・沙紀』(1994年)という作品は、全寮制の女学校に編入した少女が処女のまま陵辱され、千年王国実現のために大淫婦として再生し、日本と世界の政治を支配する……というとんでもない展開に。

 さて『寄生少女』はエロじゃなくてホラー短篇集。ぶんか社の少女向け雑誌(!?)「ホラーM」に掲載されたけど、単行本化されなかった作品を集めたものです。ネットサイト「なめくじ長屋奇考録」の主催者、劇画狼氏が作品に惚れ込んで出版されたそうです。ブロガーのカガミです。

 本書はいわゆるドージンシの自費出版。ISBNコードはありません。しかし造本がすばらしい。A5判ソフトカバーですが、中の紙はケバだつことなく上質。驚いたのはカバーをとると現れる表1と表4。ここって大手の単行本ではほとんど一色か二色です。本書では超美麗な四色カラーで、これすばらしい。

 さて内容は。いや腰が抜けた。奇想全開。一部は雑誌で読んだこともあったのですが、まとめて読むと壮絶。

 登場人物も作者もみんなコワれてます。ヒドイ。どうかしてます。お話としては破綻してますが、全作イキオイで突っ走る。ひとの十倍ぐらいマンガを読んできたと自負するわたしが、本を投げ出してしまったぐらいすごいです。

 登場人物がみんな、なぜそんな行動をっ、というようなことしかしない。で、当然ながら不幸で残酷でグログロな結末をむかえるのですが、彼女たちは快楽の果てに死んでゆくのです。ホラーなのかSMエロなのかわかりません。

 作者はエロ以上にホラーで好き勝手やってます。わたしなどは、こういうのも日本マンガの「誇るべき」一側面である、と考えちゃうのですが、さて世間的にはいかがでしょうか。日本マンガの極北がここにあります。

 ストーリー紹介自体がネタバレになるので、とりあえず「なめくじ長屋奇考録」で紹介されてる作品でも読んで下さいな。

 あと最近の作品らしく、YouTube上に広告動画があります。これ、かっこいいっす。

●〜史上最恐ホラー漫画「寄生少女」by三条友美 ついに発売!

●ホラー漫画「寄生少女CM)サブリミナルバージョン

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March 20, 2013

今度はイギリスだっ『ゴリアテ』

 日本人は「ゴリアテ(英語読みでゴライアス)」と聞いて何を思い浮かべるでしょうか。

 アニメ「天空の城ラピュタ」に登場する空中戦艦? 『野田ともうします。』の主人公野田さんがしりとりで「りんご」の次に言ってしまうもの?

 いやいや日本人でもダビデとゴリアテぐらい知ってますって(今、速攻Wikipediaで調べました)。ゴリアテは旧訳聖書に登場するペリシテ人。3メートルの身長をもつ巨人です。ユダヤとの戦争中、のちにユダヤの王となる若き羊飼い、ダビデに倒されます。このときダビデが使ったのが石投げ器。体の小さなものが、勇気と技で大きなものに勝つ、という寓話でもあります。

 このゴリアテのエピソードを描いたマンガ。

●トム・ゴールド『ゴリアテ』(金原瑞人訳、2013年パイインターナショナル、1900円+税、amazon

ゴリアテ

 出版社よりご恵投いただきました。ありがとうございます。

 B5判でハードカバー、全二色。100ページ弱の日本の感覚でいうと中編です。原著は2012年発行。すでに英語以外の四言語に翻訳されており、本年さらにフランス語と日本語に翻訳される予定。

 著者はスコットランド人でロンドン在住。本書はイギリス生まれのグラフィック・ノヴェルです。

 著者トム・ゴールドはこういう絵を描くひと(→グーグルの画像検索結果)。シンプルで端正な絵ですね。

 さて本来のゴリアテのエピソードでは、もちろんヒーローはダビデでゴリアテは巨漢の敵役です。しかし本書はゴリアテが主人公として描かれたマンガ。

 ゴリアテはひとなみはずれた巨人ですが心やさしい人物。じつは戦闘より事務仕事のほうが得意だったりします。そういう彼が上司の計画でただひとり最前線に送り込まれます。

 敵味方の中間点、エラの谷に40日間たたずむゴリアテ。彼は荒野に美を感じるようになり、捕獲され見世物になっていたクマが逃げるのを見て何を思うか……

 というマンガになってます。戦場における正邪の相対性。これが旧訳聖書を題材に、静かな静かなグラフィック・ノヴェルとして再構成されました。

 おそらくはこのエピソードを日本人より詳しく知っているキリスト教徒のほうが、いろいろ考えるところが多いのじゃないかな。

 それにしてもこういう地味だけど優れた作品が日本語で読めるのも、最近の海外オルタナマンガ邦訳ブームのおかげ。ありがたいことです。

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March 18, 2013

投稿マンガ【公開】しました

 わたしが虫プロの雑誌「COM」に送った投稿マンガが、四十年ぶりに手もとに返ってきた顛末について書いた記事がコチラ。

四十年前の投稿マンガ

 えーとこの、わたしのね、投稿マンガ原稿がですね、「ぐら・こん」ホームページで公開されてます。

「ぐら・こん」ホームページのトップから、「投稿作品を読む!」→「五月下旬」と進みますとわたしの作品です。

 管理人のさいとうてるひこ様には原稿返却の件でお世話になりましたので、ここはもう世間に恥をさらさせていただきます。ホント中二病作品だよなあ。と書きながらもイヤな汗をかいております。

 じつは原稿を返却していただいたあとも、あまりの恥ずかしさに自分ではきちんと読んでません。

 投稿したことさえ忘れていたので、いつごろ描いたものか不明です。おそらくはわたしが14歳から16歳、中二から高一の間に描いたものなんでしょう。作品として仕上げたのはこれ一作きりで、さすがにもうほかの作品が出てくることはない、はず。

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March 11, 2013

中国的ベストセラー『ひとりぐらしも5年め』

 書店に行くと、ビニールのかかっていない、シュリンクされてないマンガ、の棚があります。益田ミリとか『ダーリンは外国人』とか、女性に人気のオシャレ系というかイラスト系というかエッセイ系というか、そっち方面のマンガが棚にずらっと並んでます。

 こういうマンガがヒットしますと、ロングセラーになるみたいですね。そこそこ評判になっても、数年、早ければ数か月で書店から消えてしまうマンガもあるというのに、それとは対照的。

 たとえばこれ。

●たかぎなおこ『ひとりぐらしも5年め』(2003年メディアファクトリー、980円+税、amazon

ひとりぐらしも5年め

 初版が2003年発行で、私の買ったのが2012年発行の23刷。ここ十年、おそらく途切れることなくずっと書店の棚にささっていたのでしょう。すごいなあ。

 内容はエッセイコミックというかイラストエッセイというか。20代女性が東京でひとり暮らしを始めると、買い物や炊事がどんな感じになるか、うっかり怖いビデオを見てしまってタイヘンとか、病気になるにも用意がいるとか、そういうあるあるネタ、日常ネタを扱ってます。

 判型が変形、ほとんどのページが二色か四色でつくりもオシャレ。じつをいうとオッサン読者としてはおもしろいかどうか微妙なところで守備範囲外なのですが、アマゾンのカスタマーレビューを読みますと、女性からの共感のコメントばかりです。なるほどー、女性読者にうけるのか-。

 さて著者のたかぎなおこさん、じつは中国でベストセラー作家となっています。

●中国アマゾンで「高木直子」を検索→(

 ほとんど全著作が中国語訳されています。オビの「百万冊突破!」が誇らしげ。

 しかもカスタマーレビューの数がハンパない。200、500はあたりまえ。『ひとりぐらしも5年め』にいたっては1700超(!)のカスタマーレビューが書かれてて、ほとんどが絶賛。

●中国アマゾンの『一个人住第5年』のページ→(

 中国語のマンガ本は左開きですから、一部を左右逆版にして翻訳してるようですね。

 わたしが一年前にこの本を検索したときはカスタマーレビュー数が1600でしたから、ここ一年で100以上のカスタマーレビューが書かれたことになります。ベストセラーにしてロングセラーなのです。

 中国は人口が多いからそれくらいあたりまえ、と思われるかもしれませんが、たとえば中国の超人気作家・郭敬明のベストセラー小説「小時代」完結編のカスタマーレビュー数が1200です。この1700という数字がどれだけすごいか。

 日本に劣らず、というか日本以上に、中国ではこのひとり暮らしエッセイが、女性の共感を得ているのです。

 作品内には日本ローカルなネタが多いのですが、それも含めて受け入れられているようです。女性の考えかた、感じかたは国境を越えてよく似てる、ということでしょうか。

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March 07, 2013

『ウツボラ』を読み解く

 2巻が発売されたときにすでに読んでいたのですが、妻と娘(高校生)がワケわからんっ、解説しろとせっつくので書くことにしました。たしかに結末で迷う読者もいるでしょう。わざとわかりにくく描いてるみたいだしなあ。

●中村明日美子『ウツボラ』1・2巻(2010/2012年太田出版、各680円+税、amazon

ウツボラ(1) (F×COMICS) ウツボラ(2)(完) (エフコミック) (エフコミックス)

 全二巻で完結のミステリ。冒頭の謎はすごく魅力的です。

 若い女性がビルの屋上から転落死する。顔のつぶれた死体となった彼女の名は「藤乃朱(あき)」。ケータイにはなぜか二人の履歴しか残っていなかった。ひとりは双子の妹「三木桜(さくら)」、もうひとりは作家の溝呂木(みぞろぎ)だった。

 警察に呼び出された溝呂木は、藤乃朱の書いた「ウツボラ」というタイトルの小説を盗作したという秘密を抱えていた。溝呂木は三木桜が藤乃朱とまるきり同じ容姿をしていることに驚く。さらに三木桜は、溝呂木と藤乃朱の間の秘密を知っているらしい。

 三木桜は「ウツボラ」の続きとなる原稿を利用して、溝呂木を翻弄。彼の精神と肉体を支配していく……!?

(以下ネタバレ。作品のラストやトリックに言及します)

     ◆

 冒頭で提出される謎は古典的な「双子」と「顔のない死体」です。

 そっくりな顔をしていて双子と名のる謎の女性ふたり、藤乃朱と三木桜がいます。いっぽうは転落死して顔のない死体となり、いっぽうは生きている。まず最初に刑事から一人二役じゃないか、という仮説が提出されますが、当然ですね。

 そして藤乃朱と三木桜の正体となり得べきリアル人物として、溝呂木ファンの大学生・秋山富士子と、横領犯として逃亡中の元OLがいることが明らかになります。

 さて自殺したのは誰? 今読者の前にいる「桜」の正体は? 「ウツボラ」というタイトルの小説を書いたのは誰? というのがお話をひっぱる謎となります。

     ◆

 さて、ラスト近くになって「解その1」が示されます。

 三木桜と溝呂木が対峙しての会話。

「やはり君は「朱」なんだね 君が『ウツボラ』を書いたんだね」
「―― そうです 私が『ウツボラ』を書いたんです」

 おおそうか。「三木桜」=「藤乃朱」という一人二役説。でもそうなら死んだのは誰? と言う大きな謎が残ります。

 次に「解その2」が示されます。

 刑事が三木桜に向かって、

「おやお目覚めですか 具合はいかがです? 秋山富士子さん」

 「三木桜」=「秋山富士子」説ですね。この場合、転落した女性は「藤乃朱」=「横領OL」となります。

 しかしさらに真相となる「解その3」が示されます。溝呂木が三木桜にいう言葉。

「君は『ウツボラ』の作者じゃない 僕は『ウツボラ』の作者には一度しか会っていない そうだね?」

 さあここでわからなくなるひとが多いみたいです。(A)三木桜=秋山富士子、「ウツボラ」の作者=横領OL。(B)三木桜=横領OL、「ウツボラ」の作者=秋山富士子。表面上は(A)(B)どちらの説も否定されていないから困っちゃう。

 ウチの妻はA説で、娘はB説ね。

     ◆

 藤乃朱と三木桜は、何を目的に行動していたのか。そこに注目して読むのがいいと思います。溝呂木をいじめて喜ぶため、とかそういうのじゃありません。彼女たちには明確な目的がありました。

 ふたりの行動を時系列に再構成してみましょう。

 秋山富士子はいつも図書館で溝呂木の小説を読んでいました。彼女に声をかけたのが横領犯として逃亡中の元OL。これが二人の出会い。まあナンパですね。

 秋山富士子から名前を問われたOLは、とっさに書架に並んだ本の背表紙の字を使って「三木桜」という偽名を名のります。横領犯ですし本名をいうわけにもいかない。

 三木桜は「溝呂木先生の作品から抜け出てきたような」容姿をしていました。彼女は逃亡のため顔を整形していて、それは「黒い長い髪のいかにも」溝呂木が「好みそうな」顔だったのです。秋山富士子は彼女に惹かれ、ふたりは恋人同志になります。

 秋山富士子は溝呂木ファン、というより熱狂的なマニアでした。自分の部屋の壁は溝呂木関係の切り抜きでびっしり。

 彼女は「月刊さえずり」編集部にも「藤乃朱」名義で溝呂木宛のファンレターを山のように送りつけていました。さらに彼女は、溝呂木の「文章を真似た夢日記みたいな」変な小説を書いては、それを溝呂木の家の郵便受けに投函することをくり返しており、これも「藤乃朱」名義でした。

 そして秋山富士子は「ウツボラ」という小説も書き進めていました。

「おもしろいわね これは発表しないの?」
「趣味で書いているだけだもの 人に見せたのだってあなたが初めてよ」
「そう でも私 この話好きよ とても好きよ」

 いっぽう、「月刊さえずり」20XX年新春増刊号に掲載される小説の依頼を受けた溝呂木は苦しんでいました。彼は自分の才能の枯渇を自覚していたのです。

 ある日、編集部を訪れた溝呂木は、新人賞応募原稿の封筒に見覚えのある「藤乃朱」の名を見つけます。興味を持った彼はその封筒をこっそりと持ち帰ってしまいました。

 そして「月刊さえずり」新春増刊号には溝呂木作の「ウツボラ」が読み切り作品として掲載されます。これは「藤乃朱」作品の盗作でした。これがすべての始まりとなります。

 雑誌に掲載された「ウツボラ」を読んだ秋山富士子は驚きます。

「どうしてこんな勝手なことをしたの!? 人の作品を… 勝手に…」
「あなたのためじゃない あなたの背中を押してあげたのよ あなたがいつまでもぐずぐずしているから まさかこんな展開になるとは思っていなかったけど でもある意味お墨付きをもらったようなものじゃない? 価値があるってことよあの小説は 盗むだけの価値が」
「やめて!! …そうじゃない そうじゃないの… 私も… 私も投稿したのよ 「ウツボラ」を…」

(※厳密にいうとこの部分、富士子が自分で投稿してるのだから、朱が二重投稿したことを知りうるわけがないのですけどね)

 「藤乃朱」名義の「ウツボラ」は二部、編集部に届いていたのです。ひとつは溝呂木が持ち帰り盗作に使用。もう一部は、編集者の辻が保管していました。

 出版社のパーティで髪の長い女性と出会った溝呂木は、彼女が「藤乃朱」を名のったことに驚愕します。彼女は三木桜でした。

 その夜、「藤乃朱」を名のる三木桜は溝呂木を陵辱します。しかし溝呂木は性的に不能でした。

「会ったわあの作家に 「藤乃朱」だって名乗ったら ふふ 紙のように顔色を真っ白にして あはは おかしかったわ」
「どうして…」
「簡単よ 出版社のパーティにもぐりこんだの 知り合いを見つけたような顔をして 宴もたけなわの頃だったし 堂々としていれば分からないものね」
「そうじゃなくて!」
「あなたが会いたがっていたからよ あなたが会いたがっていた人に会ってみたかったの ねえ 本当はもっと他に聞きたいことがあるんじゃないの? 私と 先生の…」

 秋山富士子は三木桜そっくりに顔を整形することにします。そしてそれは成功。

「完璧だわ」
「そう…? ほ本当に…?」
「本当よ まるで鏡に映したようだわ これで準備は全て整ったわね たった今からあなたが『藤乃朱』よ いやだそんなおびえたウサギみたいな顔しないで どうしても心配なら部屋を真っ暗にしておくといいわ」
「…桜さん ありがとう 全部あなたのおかげよ ありがとう ありがとう…」

 そして秋山富士子は三木桜の代わりに「藤乃朱」として溝呂木に会います。真っ暗な部屋で。

「最後に朱と会った夜 部屋は真っ暗だった やがて目が慣れ ほの白く浮かび上がる彼女に 朱 と声をかけて手を触れる と その腕はいつもより温かかった」

 あこがれの溝呂木と一夜を過ごした秋山富士子ですが、これが自分が求めていたことではないことに気づきます。

 ビルの屋上から飛び降りる寸前の秋山富士子が、三木桜に電話をかけます。

「アパート宛に郵便を出したわ あなたにも内緒にしていた部屋があるの そこにあなたに遺したものを置いてあるからきちんと受け取ってね」
「ちょっと… 待ってよ何の話? 何を言ってるの?」
「ありがとう あなたのおかげよ 私 全て分かったの 私の… 本当に欲しかったものが わたしは先生を愛していた 先生の作品を愛してた 先生になりたかった 先生に愛されたかった でも先生は誰も愛してなかった 作家は自分の作品しか愛していない だから… きっと書いて下さるわ 先生きっと 私のことを書いて下さるわ」

 秋山富士子が愛していたのは、溝呂木個人というよりも、溝呂木作品だったのです。彼女が望むのは、溝呂木の作家としての再生と、自分が溝呂木作品内のキャラクターとして永遠の命を得ることでした。

 秋山富士子に去られた三木桜は、恋人の死の直後から彼女の遺志をかなえようとして行動を開始します。この後の彼女の行動はすべて、溝呂木が作家として再生することを目的としています。

 秋山富士子が遺した、小説「ウツボラ」の続きを溝呂木に渡すことも、溝呂木とくり返し同衾することも、彼の盗作を告発することも、処女の身でありながら編集者・辻と寝ることも、すべて溝呂木に作品を書いてもらいたいから。すべては溝呂木に「物語」と「きっかけ」を与えるための行動でした。

 しかしその過程で、三木桜は自分が溝呂木を愛し始めていることに気づきます。秋山富士子と同じように。秋山富士子と三木桜は「藤乃朱」というひとつの人格に融合し、小説「ウツボラ」の冒頭部分のごとく「世界のさかいめが分からなく」なってしまうのです。

 そしてラスト、溝呂木は作家として再生します。彼は小説「ウツボラ」全篇を自分の手で改稿し、完結させたのです。主人公の名前は「藤乃朱」に変更されていました。

 三木桜はその目的を達したのです。

     ◆

 というわけで、B説の三木桜=横領OL、「ウツボラ」の作者=秋山富士子、が正解。トリック分類をすると、一人二役じゃなくて二人一役、ということになるのでしょうか。

 本作『ウツボラ』はすごくよくできた作品でミステリとしても名作だと思うのですが、残念ながら失敗作でもあります。それは多くの読者が真相にたどり着けてない可能性があるから。

 でもマンガで描くミステリとして、そのこころざしは高い。ミステリマンガといっても、犯人がはっきりと指摘され、探偵がトリックをきちんと説明し、さらに犯人がえんえんと動機を語るマンガばかりではいかんでしょ。

 冒頭、三木桜が好きなのはチーズケーキ。ラスト近く、秋山富士子が好きなのはイチゴのショートケーキ。よってふたりは別人である。こういう小ネタがさらっと描いてあるからなあ。本作はホント油断できない作品なのです。

 さて本作で解決されていない謎がふたつ。

 ひとつはエピローグで三木桜が妊娠している。溝呂木は不能なのだから、子どもの父親は編集者・辻である、と考えることも可能ですが、それじゃお話としてぜんぜんおもしろくない。

 ここは最後の日、溝呂木が作家として再生するのと同時に、男としても再生したのだ、と考えるのが物語の王道でしょう。

 もひとつはタイトル「ウツボラ」の意味。サカナの「ウツボ」の複数形で「ウツボら」というのはどうかと思いましたが、これはありえない。「ウツボカズラ」という食虫植物がありますが、これもあんまり美しくないし、お話のテーマとはずれてる。ご存じのかたがいらしたら教えて下さい。

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 って、ごめんなさい。以前に書いたブログ記事のコメント欄で「ウツボラ」=「空洞」=「からっぽ」と教えていただいていたのでした。

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