メビウスのふたつの顔「ユーロマンガ7号」「ブルーベリー」
ここ数年のBD邦訳ブームを牽引した雑誌「ユーロマンガ」が帰ってきました。一年ぶりの第7号はメビウス追悼号。
●「EUROMANGA」7号(2012年、1800円+税、amazon)
出版社からご恵投いただきました。いつもありがとうございます。
「ユーロマンガ」がBDを定期的に紹介してくれたおかげで、日本の読者は世界は広くマンガも広いことに気づかされたわけです。ほんとにもうありがたやありがたや。本号は先日亡くなったメビウスの特集。
この号ではメビウスがホドロフスキーと組んだ最初の作品「猫の目」が読めます。メビウスの描くネコはぜんぜんリアルじゃなくって、さらにこの作品世界全体がゆがんでいてすごく奇妙な作品。メビウスらしいといえばそうかもしんない。
「ユーロマンガ」7号では日本人作家たち(宮崎駿・大友克洋・荒木飛呂彦・浦沢直樹・小池桂一・小林治・寺田克也・内藤泰弘・藤原カムイ・村田蓮爾・りんたろう)へのメビウス追悼インタビューもあり、新作としては「ル・グラン・デューク」のコンビ、ロマン・ユゴー/ヤンの第一次大戦を舞台にした航空機マンガ「エーデルワイスのパイロット」がいい味出してて、いつも以上に楽しめる一冊でした。
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で、日本ではSF系の作品ばかりが取り上げられるメビウスですが、じつはもうひとつの顔があります。メビウスはBDの伝統的な作品系列である西部劇も描くひとであったのですね。
●ジャン・ジロー=メビウス/ジャン=ミッシェル・シャルリエ『ブルーベリー:黄金の銃弾と亡霊』(原正人訳、2012年エンターブレイン、2800円+税、amazon)
こちらも出版社からご恵投いただきました。ありがとうございます。
まずなぜヨーロッパで西部劇なのか。映画というものが発明された黎明期から西部劇は存在しました。日本にも戦前から多くの西部劇映画が輸入されていましたが、ブームになったのは戦後のことです。絵物語やマンガでも、山川惣治『荒野の少年』(1952年)、小松崎茂『大平原児』(1950年)、手塚治虫『拳銃天使』(1948年)『サボテン君』(1951年)などが有名。
日本での西部劇の流行はGHQによるチャンバラ禁止の影響もあったといわれています。でもこれはどうかなあ。戦後の西部劇ブームは世界的なものだったのですよ。きっかけとなったのはもちろんハリウッド映画。続いて大量の西部劇TVドラマが世界中に輸出されてゆきます。
アメコミで西部劇の黄金時代(アメリカ人は何でも「黄金時代」と名づけるのが好きやね)は1948年から1960年にかけてだそうです。
フランスのしゃれた西部劇マンガ「ラッキー・ルーク」が始まったのが1946年。なんと今も新作が出版され続けています。イタリアの有名西部劇マンガ「テックス」が始まったのが1948年。
というわけで戦後、アメリカ以外の日本やヨーロッパでも西部劇は人気となり、各国で西部劇マンガが登場し始めたのです。
「ブルーベリー」シリーズは1965年から2005年にかけて全28巻が描かれました。作画はメビウスの別名ジャン・ジロー、シナリオはジャン=ミシェル・シャルリエ。そのうち本書に収録されたのは11巻「彷徨えるドイツ人の金鉱」12巻「黄金の銃弾と亡霊」(1972年)と23巻「アリゾナ・ラヴ」(1990年)の計三巻。
「彷徨えるドイツ人の金鉱」と「黄金の銃弾と亡霊」は続きものでこれでひとつのお話。このころのメビウスの線は整理されてなくて、しつこく描き込まれてる。後年の作品よりずいぶんと荒々しいので、メビウスのSF作品しかしらないひとはきっと驚くでしょう。
「アリゾナ・ラヴ」の時代、メビウスの画風はすでに円熟の域に達してます。省略を知り画面には空白が多くなります。ただしSF作品のときとは「線」自体がちがってて、ブルーベリーではペンだけじゃなくて筆も多用してたようです。
本書では各時代のメビウスの絵が堪能できるのですね。
ストーリーは正義とは別次元で生きる悪漢どうしが暴力に満ちた争いをするタイプのもの。映画のマカロニ・ウェスタンが得意としたパターンを踏襲してます。主人公のブルーベリー自身がすでに善人とはいいがたい。正義のひとではありますが、欲のひとでもあります。
「黄金の銃弾と亡霊」は、西部の金鉱脈の争奪戦。「アリゾナ・ラヴ」は男と女が化かし合いをするコメディみたいな作品で、わたしこれ好きだなあ。
残念なのは判型の小ささ。といっても邦訳はB5判なんですが、原著はBDアルバムの標準的な大きさ、福音館書店版タンタンの大きさですからね。わたしフランス語版のブルーベリーも数冊持ってますが、邦訳の判型では絵の魅力が二割減、くらいになっちゃてます。惜しい。
あと夏目先生も書かれてますが、小さな文字で書かれたセリフは老眼にはそうとうにつらいっす。
とはいえ、邦訳されることはありえないと思われてた「ブルーベリー」の出版を、ここは素直に喜びたいです。エンターブレイン、えらいっ。
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