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June 03, 2012

イタリアーンなマンガ:ヒーローは複雑系『コルト・マルテーゼ』

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 上図はクリスチャン・ディオールの香水の広告です。この香水はサッカー選手のジダンが広告モデルになったことでも知られています。人物がとっくりセーターを口の上まで持ち上げてるのは、ジダンの広告のときと同じポーズ。

 さて彼は誰でしょうか。ディオールのモデルになるんだからみんな知ってる有名キャラクター、のはず。彼こそヨーロッパでは超有名、トレジャーハンターで海賊で悪人、だけどじつは心優しい伊達男、コルト・マルテーゼです。

 コルト・マルテーゼ Corto Maltese は、イタリア人マンガ家ヒューゴ・プラット Hugo Pratt が創造したキャラクター。まず作者のヒューゴ・プラットがタダモノではない。

 1927年イタリア生まれ、10歳でエチオピアへ。第二次大戦中にはエチオピアの捕虜キャンプに収容されます。イタリアに戻ったプラットは戦後ベネチアでマンガ家として活動を開始。1949年には請われて南米アルゼンチンに移住し、アルゼンチンマンガ界で活躍(アルゼンチンにもりっぱなマンガ文化が存在していたのですね)。

 1959年からはロンドンで活動。1962年にはイタリアに戻り、1967年に描いたのがコルト・マルテーゼが初登場する『海のバラード Una ballata del mare salato』です。

 読者対象をかなり高く設定した作品で、ひとはどんどん死ぬし、笑いの要素はほとんどありません。現代のグラフィック・ノヴェルを先取りした作品です。

 1970年にフランスに移住したプラットは、コルト・マルテーゼを主人公とするシリーズをフランスの雑誌に描き続けます。これが「文学的なマンガ」として大ヒット。コルト・マルテーゼはヨーロッパで最も有名なマンガキャラクターのひとりとなりました。

 1984年にプラットはスイスに移住し1995年に没。いやーつくづく国際人ですなあ。このようにヒューゴ・プラットは早くからメジャーマンガ家として国際的に活躍したひとなので、エロを描いてません。

 でも若き友人ミロ・マナラにシナリオを提供した二作品『インディアン・サマー』『エル・ガウチョ』はちょっとエッチ。ともに傑作との誉れ高い作品で、『インディアン・サマー』についてはすでに本ブログに記事を書きました。プラットが愛するアルゼンチンを舞台にした『エル・ガウチョ』もいずれご紹介するつもりです。

 『海のバラード』は1976年の仏アングレームで賞をとりました。プラット自身は没後の2005年に米アイズナー賞のホールオブフェイムを授与されています。

 さて、それではコルト・マルテーゼの第一作『海のバラード』をご紹介。わたしの読んだのは最近出版された英語版です。

●Hugo Pratt『Corto Maltese: The Ballad of the Salt Sea』(2012年Universe社、amazon

Corto Maltese: The Ballad of the Salt Sea

 250ページの長編。もともとはモノクロで描かれた作品ですが、今回の英語版ではのちにカラリングされたものが出版されました。

 ヒューゴ・プラットの絵は、ベタを強調した作風のアメリカのミルトン・カニフ(「コミック・ストリップのレンブラント」という異名があります)の影響下にあるといわれてます。カラーで読むとちょっと印象が変わりますね。

 主人公のコルト・マルテーゼは、のちにすっきりした男前になりますが、初期はまだゴリラ系。

 時代は第一次大戦の開戦前夜。南太平洋を海賊船、といっても現地のアイランダーたちが乗る双胴のヨットが進んでいます。船長だけは白人のキャプテン・ラスプーチン。この海賊船が小舟で漂流する白人の少女と少年を救助する。

 ふたりはいとこ同士で、オーストラリア、シドニーの財閥の一族。ラスプーチンは身代金を取るため、ふたりを解放せずに連れ回すことに。

 そしてもうひとり、丸太に縛られた白人男性が漂流していました。彼が主人公、コルト・マルテーゼ。彼とラスプーチンは旧知の仲で、助けられはしたものの何やら険悪な雰囲気。

 じつはコルトとラスプーチンのふたりは、“修道士”と呼ばれる謎の人物の手下。ニューギニアからオーストラリア近海を荒らす海賊団の一員で、お互いに憎み合いながらも協力する関係だったのですね。

 ラスプーチンとコルトは石炭を運ぶオランダ船を襲い、ドイツ軍にこれを引き渡します。開戦前夜の南太平洋は各国の思惑が渦巻いていました。

 そして第一次大戦勃発。“修道士“ひきいる海賊団と協力するドイツ潜水艦、これに対抗する英軍と日本軍(第一次大戦では日本とドイツは敵同士ね)。海賊団の一員となっているフィジーやトンガのポリネシアンたち、さらにニュージーランドマオリたちの思いは。

 海賊団内部で対立する“修道士”、ラスプーチン、コルトの三者。“修道士”の探す宝物とは。そして“修道士”の正体は何か。とらわれの少年少女の運命はいかに!?

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 まず物語のバックグラウンドとなる時代と地域が特殊。戦争中の各国の思惑が複雑。現地人たちもそれぞれに考えるところがあるらしい。そして人物造形と人間関係がまた複雑。

 主人公のコルトからして、海賊なんだから悪人、のはずなのですが、平気でひとを殺すラスプーチンとは対立している。逃げようとする子どもたちを捕まえるのですが、じつは安全を気にかけているらしい。あらゆる人間に公平に接するので、敵や現地人とも心を開く間柄になれる人物です。

 Wikipediaによりますと「黄金の心を持ったならず者」と紹介されています。ルパン三世もこういう分類になるのかな。

 海賊団の内部も複雑。コルトとラスプーチンは明らかにお互いが嫌いで、いつか殺してやる、とか言い合ってるのに、なぜか命を助け合ったりするのですね。どうやら仲間意識もあるらしい。

 ラスプーチンはボスの“修道士”の地位と命をねらっていますが、“修道士”のほうもそれを知っていて彼を泳がせている。権力はあっても孤独な“修道士”はコルトに友情を感じているのですが、だからといってコルトを殺すことに躊躇しない。

 本書の特徴は、ともかくセリフが長い。登場人物同士がしゃれた言い回し、しかも長文でずっと会話してるシーンが多いです。絵は描き込まずに勢いのある線を多用するタイプ。

 ストーリーやキャラクターの、この複雑さはどう考えても子供向けじゃないよなあ。

 「薔薇の名前」でおなじみ、イタリアの哲学者・小説家のウンベルト・エーコはこんなことを言ってます。

リラックスしたいとき、わたしはヘーゲルを読む。
何かにチャレンジしたいときは、コルト・マルテーゼを読むんだ。

 まあジョークでしょうけど、コルト・マルテーゼはそういう作品として受けいられているのです。ただし有名なこのジョーク、今回の英語版でも紹介されてるんですが、「ヘーゲル」が「エンゲルス」に誤記されてて、だめじゃん、アメリカ人。

 ただしもともとが雑誌連載作品なので、ストーリー展開はけっこう適当だったりします。登場人物の性格ががらっと変わったり、伏線が回収されなかったり。マンガがまだ若かったころの作品だなあ。

 笑ったのが、こういうシーン。コルトと少女が乗った自動車が狙撃され、自動車は崖から転落。海に落ちたコルトは海底の車に閉じ込められた少女を助け出す。

 本来なら次は狙撃したのは誰だ、という展開になるはずですが、少女を助けた直後のコルト、大ダコに襲われて海の底に引きずり込まれます。ナイフで格闘し大ダコを撃退。ところが海底の大きな二枚貝に足をはさまれておぼれそうに。危ないところを現地人に助けてもらったコルト、今度はサメに襲われさあ大変。

 これはギャグかな、とも思ったのですが、どうやら大マジメらしい。本作には珍しい過剰なサービスシーンなのでしょう。

 しかし全体としては詩情にあふれたマジメでおとな向けの作品です。

 コルト・マルテーゼのシリーズは人気を得て、全12作が描かれました。

 このうち『Tango』はコルトが1920年代のブエノス・アイレスを訪れる作品。ヒューゴ・プラットのアルゼンチン時代の友人にしてマンガ原作者のエクトル・エスターヘルドが、軍事政権に暗殺されたことを追悼した作品だそうです。これは読んでみたいなあ。

 コルト・マルテーゼのような作品が1960年代末に登場したのは興味深いことです。日本でも同時期に少年マガジンの部数増加や劇画の流行があって、マンガの読者年齢が上昇しましたが、これはけっして日本だけの動きではなく、世界的な潮流であったのです。すなわち日本マンガの発展は、世界的な若者文化やサブカルチャーの興隆と歩調を合わせていたと。日本マンガ史は世界マンガ史や世界現代史のなかで理解すべきなのですね。

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Comments

いやはやこれはこれは。失礼しました。修正しました。

Posted by: 漫棚通信 | June 12, 2012 08:34 AM

すみません。「マンガ原作者のエクトル・エスターヘルドが、軍事政権に暗殺されたことを追討した」とありますが、追悼の間違いではありませんか?

Posted by: 冬寂堂 | June 10, 2012 05:59 PM

 12年前、イタリアを訪れる機会があり、全く予備知識のないまま現地のコミックを買い込みました。
 なんとなく表紙でピンときたものを選んだのですが、この記事でその中の1冊の作品内容がくわしくわかりました。 まさしく、この『コルト・マルテーゼ』シリーズの1冊、74年の『CORTE SCONTA DETTA ARCANA』(LIZARD edizioni刊)でした。A4より少し横長のハードカバー装丁で、購入時にはシュリンクしてありました。奥付によると2000年の刊行のようです。
 内容はモンゴルでの活躍で、随所に漢字らしき文字も見て取れます。イタリア語が読めないため眺めるくらいでしたが、今回の記事の周辺情報を参考に再度、挑戦してみたいと思います。貴重な情報、ありがとうございました。

Posted by: hide-fuji | June 04, 2012 08:24 AM

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