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May 22, 2012

きみは『沙漠の魔王』を知っているか!

 戦後の少年雑誌は、マンガよりもまず絵物語で始まりました。

 集英社「少年ジャンプ」の前身となった月刊誌が「少年ブック」。そのさらに前身の月刊誌が「おもしろブック」。最初期の「おもしろブック」は月刊誌ではなく、単行本のシリーズ名でした。その第一作が山川惣治『少年王者』第一巻。

 すでに紙芝居で人気だった『少年王者』を絵物語にした作品です。日本人少年がアフリカで活躍するターザンもので、これが大ヒット。少年ジャンプの源流には絵物語と紙芝居があったわけです。

 同様に少年画報社の主力月刊誌だったのが「少年画報」、その前身が「冒険活劇文庫」。その看板作品の絵物語が永松健夫『黄金バット』でした。すでに単行本が発売されておりこれも大ヒット作品。もちろん『黄金バット』も戦前からの紙芝居ヒーローですね。

 さて秋田書店の主力雑誌だった月刊「冒険王」。この前身の「少年少女冒険王」の看板絵物語が、福島鉄次『沙漠の魔王』でした。

 『沙漠の魔王』が他の作品とどこが違うかというと。

 そのアメコミタッチとも評される力強い絵や構図。そして特筆すべきは、他の絵物語がせいぜい二色であったのに比べ、四色フルカラーで描かれたこと。

 作品の一部だけがカラー、などではなく、ほとんど全ページがカラー。こういうぜいたくが本作品では許されていたのです。これってモノクロマンガばかりの現代から見ると、ちょっとすごいじゃないですか。

 名高い『沙漠の魔王』ですが、カラーであることが復刻の大きな障害になっていたそうです(なんせ高額になっちゃう)。だもんで『沙漠の魔王』と福島鉄次の業績は、日本マンガ史の大きな欠落部分でありました。かつて筑摩書房「少年漫画劇場」に収録されたことがありましたが、カラーで印刷された部分は少しだけ。

 しかしついに。

 コレクターのかたは別として、これまで特殊な図書館でしかお目にかかれなかった本作が、とうとう復刻。秋田書店えらいっ。復刻作品としては、手塚治虫『新寶島』『ジャングル大帝』クラスのビッグタイトルです。こういう話題はコミックナタリーが記事にして世間に広めなきゃダメだろ。

 秋田書店の特設ページとアマゾンの予約ページ。

『沙漠の魔王』予約限定完全復刻版、予約受付中!!

●福島鉄次『沙漠の魔王 完全復刻版』(2012年秋田書店、17000円+税、amazon

「沙漠の魔王」完全復刻版

 いつも買い物に優柔不断なわたしですが、今回はこのニュースを知った当日に、来た、見た、買った、でしたよ。「天空の城ラピュタ」のモトネタになったといわれる飛行石を目撃せよ!

 注意すべきは限定生産なので、アマゾンでは買い物かごにいれるだけじゃダメ。きちんと注文完了しておく必要があるみたいです。

※これまで『漠の魔王』と表記されることが多かった本作品ですが、今回の復刻版に合わせて『漠の魔王』と表記しています。

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Comments

「さんずいへん」なのに、何故に「沙漠」と考えた。

水が少ない、という意味か。

では「砂漠」と書くのは何故か。

高価で買えないから、こういう遊びで欲求不満をごまかそうっと。

答えをご存知の方がいらっしゃったら、教えて下さいね。

Posted by: 脱走ペンギン・337号 | May 24, 2012 at 02:01 AM

 西遊記の沙悟浄の「沙」は、「ぼくのそんごくう」によれば、「たいていのマンガではカッパになっていますが、ほんとうはサバクのヌシです。」というように、沙漠の沙です。中国語では「沙漠」と書くのかもしれません。
 砂はさらさらと、水のごとくさらさらと、中原中也の詩のごとく、さらさらと流れるものですから、さんずいへんになっているのでは。戦前は沙漠とも書いたのでは。

 絵物語は戦前にさし絵の修行を始め、戦時中は挿絵画家のスケッチ会で、そのころ戦争画を描いていた藤田嗣二にハッパをかけられながら,一心に練習に励んだような若手が、戦後になってアメコミを参考にして書いたのだと思います。丁度、終戦直後に、永井荷風や谷崎潤一郎のような戦前からの大家が戦時中に書き溜めた作品がまず市場にでたように、ある程度の絵の実力があるひとがかいたのです。
 「沙漠の魔王」の「沙」は、戦中からの作者が書いた証拠です。でも、すぐに「砂」に変わったので、「砂」の時代がずっとながく、いちばんおもしろい、怪艇隊のエピソードのころは「砂」でしたから、「砂」のほうがよいのでは?
 それよりコピーと図書館への旅費にかけた私のカネはどうなる?160万円ではなく、16万円でもなく、1万数千円とすれば、買うよりないが。1700円のまちがいであってくれれば、どれだけうれしいか。

 そしてこれで、戦後マンガの復刻はすべて終わるのでは?、評論家の方がコメントされているように、マンガ少年の最後の憧れ、「失われた時を求めて」のようなまぼろしの名作が、万年少年たちの長いながい夢を終わらせるために最後の最後になってあらわれたのでは?・・・・・魔王のごとく。

Posted by: しんご | May 31, 2012 at 03:04 PM

>しんごさん
ありがとうございます。
とても示唆に富んで勉強になります。

しかし、レオナール・フジタの名前まで出てくるとは・・・
う~~む。
面白い。

Posted by: トロ~ロ | June 02, 2012 at 06:40 PM

トロ~ロさん、どうも。藤田嗣治の「じ」がまちがっていました。このように、わたしの意見はひとり合点のことが多いので、眉につばつけてお読みください。

小松崎茂の伝記(異能の画家・・・)に、戦争中、山川と小松崎がデッサン会に行ったことが書かれていたと思います。また、月刊現代2004年1月号に「昭和漫画史の異能・異才」という特集がありまして、漫画家の石田英助先生のインタビューが載っていますが、戦争中の漫画家のデッサン会に小松崎茂(えらい人は呼び捨てでよい)が飛び入りしたことが書かれています。この二つの会は別々かもしれません。戦争中、仕事がないので、さびしいのであっちこっちで集まって次代に備えていたのでしょう。どっちにせよ、鍛練していた人が次の時代のスターになるというエピソードは、悪くないでしょう。

毎日グラフ(これも「現代」同様廃刊)の昔の特集に福島鉄次のインタビューがあり、描いていたいイヤ怪艇隊のエピソードのころが作者がいちばん乗って描いていた、と言っています。

今度の復刻の記事にあったのですが、「魔王」の原色カラーは作者は色指定をするだけであり、印刷のときに実際色つけをするのは、専門の職人さんがいたらしいのです。色指定とはどれほどのことをするのでしょう。たとえば「ボップ少年の父親の髪の毛はこの茶色」と指定すると、すべてのコマの父親の髪の毛が同じ茶色に塗られていたのでしょうか。そうすると、父親の髪の毛の範囲はここからここまでで、これは髪の毛でなく、背景のジャングルのシダの葉であるという判断は作者でなく、職人さんがやっていたのでしょうか。

そう思ってみると、「宇宙王子」の色は古ぼけていても、昔の雑誌のほうがおもむきがあるような気がします。復刻版は、ちょっとちがう。(地球SOSはその点よかった。)

怪艇の色は黄緑、緑、青などでぬられていたので、コマごとの指定が必要だったでしょう。作者は色つけまではしないのですから、最終的な仕上がりを計算してやっていたのでしょう。

「沙漠の魔王」だけでなく、「いなずま童子」も多分そうだった、ということは、「ぼくのそんごくう」もそうだったと考えるべきでしょうか。手塚治虫は自分では色つけはやらなかったのでしょうか。

手塚治虫の付録の表紙は色に諧調があり、筆のタッチがあり、作者自身が塗っているようです。全集の最後はお弟子さんがかわりに塗った表紙がありますが、色が濁っていて本物と見分けがつきます。しかし「ぼくのそんごくう」のコマの絵はたぶん塗っていないのでしょう。作者が色を計算した形跡がありますか?

「少年ケニヤ」の表紙の色、「地球SOS]の表紙の色は、それぞれの作者の絵具の色ですが、「砂漠の魔王」の表紙絵の色は、作者の絵具の色ではないのでしょう。それは機械が作る色なので、鮮やかですけど、ちょっと毒々しいのでは・・・?

Posted by: しんご | June 03, 2012 at 06:09 PM

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