芸術と革命と愛『ムチャチョ』
BDの作家は絵のうまいひとばかりだけど、このひとの絵はまた格段に美しい。
●エマニュエル・ルパージュ『ムチャチョ ある少年の革命』(大西愛子訳、2012年ユーロマンガ/飛鳥新社、2700円+税、amazon)
出版社からご恵投いただきました。ありがとうございます。
舞台は1976年の中米ニカラグア。当時のニカラグアは40年続いたソモサ一族の独裁に対する国民の不満が増大していた。左翼のサンディニスタ民族解放戦線によるゲリラ活動は活発化し、これに対し政府は合衆国の支援を受け、国家警備隊による暴力で国民とゲリラを制圧しようとしていました。
マンガのオープニング、ジャングルの中で国家警備隊が首都マナグアから南部のサン・フアンに向かうバスを検問している。ゲリラのシンパをあぶり出すため。そこでひとりの女性が捕らえられます。彼女がマッチでなくライターを持っていたからです。
ニカラグアでは大統領の工場がつくったマッチを使うことになっており、ライターは反抗のシンボルになっていたのです。
女性が持っていたライターは国家警備隊の隊長から、軍事顧問として参加していたアメリカ海兵隊のマクダグラス少尉に手渡されます。←ここ重要、ここが第一の伏線。すごくあっさり描いてあるので見のがしがちですが、このライターの行方が物語を導くことになります。
ムチャチョ muchacho とは、スペイン語で少年とか若者の意味ですが、もっとくだけた感じで、あの若い連中、とか、そこの若いの、みたいな感じで使われるそうです。
主人公は神学校の学生、ガブリエル。彼は名家の出身で、宗教画の才能を買われサン・フアンの田舎教会の壁画を描くことを依頼されます。
宗教画の勉強しかしてこなかったガブリエルは、ゲリラのシンパでもある教会の司祭にさとされ、彼のスケッチブックを譲られ民衆のありのままの姿をスケッチするようになります。これが第二の伏線。
アメリカ人の軍事顧問、マクダグラスがサンディニスタ民族解放戦線に誘拐されます。冒頭で登場したライターが数奇な運命ののちガブリエルの手に渡り、民衆の姿と主人公の秘めた恋心を描いたスケッチブックと出会ったとき、悲劇と冒険の幕が開く……!
とまあ伏線はりまくりのすごく凝ったストーリーです。
本書の絵はただただすばらしい。後半はゲリラたちのジャングル逃避行になるのですが、その自然描写は繊細、精密、かつ美麗。透明水彩によるカラリングが見事です。
コマ単位じゃなくて、ページごと、あるいは見開き二ページごとに決められたテーマ色があって、ページ全体を見ても、あるいは見開きを見わたしても美しいったら。
この美しい絵と凝ったお話で語られるのは「人間」の物語です。主人公だけじゃなくて脇役や悪役にいたるまですべての登場人物のキャラ立ちまくりで、描かれるテーマは芸術と革命と愛。
凝った構成、美麗な絵、意欲的なテーマ。さらに娯楽作品としてもたいへんおもしろい。本書はフランスでも2011年12月に2巻が発売され完結したばかりの作品です。最先端のBDを日本でも読めるという幸せ。邦訳がたいへんうれしい。
あとひとつ。本書は悲恋を扱った本格的なBL作品でもあるのですね。そっち方面の読者もぜひ。
The comments to this entry are closed.
Comments