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March 01, 2012

三秒で完結するミステリ『3秒』

 いやこれはすごい。原著は昨年7月に発売されたばかりですが、歴史に残る作品になるのじゃないか。

●マルク=アントワーヌ・マチュー『3秒』(原正人訳、2012年河出書房新社、1800円+税、amazon

3秒

 出版社よりご恵投いただきました。ありがとうございます。

 まず本の判型が正方形。1ページに正方形のコマが9つ。この定型的コマ構成が最後までえんえんと約70ページ続きます。絵はモノクロ。フキダシや擬音がなくてサイレント。

 第1ページ最初のコマは全面黒塗り。コマの進行とともに中央にぽつんと光が見えてくる。これが拡大されていくとそれは暗い室内から見える明るい窓らしい。窓の向こう側には向かいのビルが見えてくる。そのビルの一室には書影に登場する男がいて、こちらを見ている。カメラはその男の目に寄っていく。もっと寄る。もっと近づく。

 すると男の瞳に男が持ってるスマートフォンが映ってるのが見えてきます。どうも今メールが来たところらしい。そのスマホがアップになり拡大されていくと、さらにはスマホのレンズに映った男の部屋の様子がわかってくる。

 というわけで本作の仕組みは、カメラが対象に近づいてるのじゃありません。固定されたカメラのレンズによって、無限にズームインがおこなわれているのです。

 読者の視線は見かけ上、まっすぐまっすぐ映像の奥に向かっていきますが、その途中には鏡となるべきもの(手から滑り落ちるコンパクト、電球、腕時計、イヤリングなどなど)が存在するように工夫されているので、実際の視線は鏡の表面で反射する。

 言い換えると、読者はあらかじめ設定された「視線」に沿って、ほとんど光速のスピードで対象物に近づいていく。対象物は必ず鏡なのでそこで反射して別の対象物に光速で向かっていく。これがくり返されます。

 というわけで本作をイッキに読みとおすと、視線は室内やご近所だけじゃなくて、上空の飛行機、試合中のサッカー場、さらには宇宙の彼方にまで進んでいきます。

 こういうマンガはまさに空前。これまでに経験したことのない映像体験です。

 この形式だけをとりだすと本作はアートに分類されてしまうでしょう。しかしじつはそれだけじゃない。本作は、なんとサッカー界の不正をめぐる、ミステリとなっているのです。

 最初に「視線」が書影の男がいる部屋を通るとき、読者が見る室内の状況が危機的。書影の男の真後ろには彼の後頭部を拳銃でねらっている男が立っているじゃないですか。もうひとり、メガネの女性がいて、この状況を見て驚いた彼女、コンパクトを落としている。

 「視線」はあちこちを旅したあと、反射をくり返して再度この部屋に帰ってきます。すると少しだけ時間が経過していて、すでに拳銃からは銃弾が発射されている。銃弾はまだ空中にあるところですね。

 さらに「視線」があちこちをさまよったのち、再々度この部屋に帰ってきたとき、また少しだけ時間が経過。状況は変化していてこのシーンがオチとなります。これがタイトルとなる「3秒」で、本作は三秒間の事件を描いたもの。

 ただしさらっと読んだだけでは、三秒間でこの部屋とそのご近所、上空の飛行機、サッカー場、別のビルの一室などで、何がおこっているのかは一応わかったとしても、彼らが何者で、何の事件に巻き込まれているのかはまったくわかりません。

 最後まで読んだあなたが何をするべきかというと、鏡と虫眼鏡を用意しましょう。これは各コマに何が書かれているかをこまかく見ていくのに必要なのです。これらを用意して読み直し。

 各部屋にあるTVではサッカーの試合が中継されていますが、時間経過で少しずつ変化するその状況もヒント。コマのすみずみに登場するこまかく、かつ鏡像になってる新聞の字やコンピュータ・モニタ上の字、これを読み解くことで、登場人物が誰か、そして事件の概要がやっとわかってくる、という趣向です。

 三秒間の事件ですから、名探偵による親切な謎解きがついているわけではなく、解決編のないミステリみたいなもの。だから、わたしの推理をここに書きたい、ったらないのですが、さすがにそれは自重しておきます。

 わたし自身はメモをとりながらくり返し読んで、一時間くらいかかってやっと真相らしきものにたどりつきました。それがめんどうなかたは、出版社のサイトに行きますとかなり親切な解説がありますのでそちらをどうぞ(本書を買うとついてくるパスワードが必要)。そちらでは本作をアニメーションとして構成しなおしたバージョンも見られます。

 斬新なアートであり、推理を楽しむ娯楽作品でもあります。緻密な仕掛けがたまりません。

 しかしこの作品、「マンガ」なのかどうかと疑問に思うかたがいるかも。

 連続したコマがあって読む順番が決まってる。コマの進行とともに三秒とはいえ時間経過があって状況の変化が語られる。まぎれもなく古典的分類のマンガですね。

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Comments

> まず本の判型が正方形。1ページに正方形のコマが9つ。

ここだけ読むと、まず最初にとり・みき「遠くへ行きたい」を想起します。

Posted by: かくた | March 02, 2012 02:49 AM

×行きたい
○いきたい

Posted by: かくた | March 02, 2012 02:50 AM

「十分に発達したギャグマンガは、アートと見分けがつかない」 クラークの法則ですね。

Posted by: 漫棚通信 | March 02, 2012 12:30 PM

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