あれから一年
あの日から一年。震災を語るマンガがいろいろと登場しています。
日本で特異に進歩し広く普及した「マンガ」という形式が、日本全体を巻き込んだ大災害を題材にするのは当然といえば当然でしょう。災害はなお現在進行形で、落ち着いたわけではぜんぜんない。しかしだからこそ、これを描きたいという意欲と責任感が、作家や出版社にはあるようです。
ただしマンガ表現としての虚実のレベルはさまざま。
●しりあがり寿『あの日からのマンガ』(2011年エンターブレイン、650円+税、amazon)
●槻月沙江『震災7日間』(2011年プレビジョン/角川グループパブリッシング、1300円+税、amazon)
●いましろたかし『原発幻魔大戦』(2012年エンターブレイン、660円+税、amazon)
●鈴木みそ『僕と日本が震えた日』(2012年徳間書店、590円+税、amazon)
●吉本浩二『さんてつ』(2012年新潮社、552円+税、amazon)
●フランシスコ・サンチェス/ナターシャ・ブストス『チェルノブイリ 家族の帰る場所』(2012年朝日出版社、1100円+税、amazon)
●萩尾望都『なのはな』(2012年小学館、1143円+税、amazon)
しりあがり寿『あの日からのマンガ』に収録されている『地球防衛家のヒトビト』は、震災に直面したとき新聞マンガがリアルタイムで何を描いたのか、その貴重な記録。今読み直しても空前の作品で、おそらく今年の手塚治虫文化賞の大本命。
槻月沙江『震災7日間』は、仙台在住の被災者自身が描いた震災の記録。昨年四月に「pixiv」に下描きバージョンが発表されたからそちらを読んだひとも多いでしょう。
自分が見聞したものだけを描いたという、きわめてシンプルかつ誠実な作品。震災4日目から描き始めたそうで、作品もそして作者の気持ちもまったく整理されていないのですが、そこがリアル。
対していましろたかし『原発幻魔大戦』は、被災者以外の日本人の「リアル」。主人公は東京のサラリーマン。ラーメン屋でラーメン頼みながら、ファミレスでスパゲッティ食べながら、家のベッドに寝っ転がってビール飲みながら、ケータイを見て原発事故の経過に一喜一憂する。
不安なまま日常生活をおくり、原発反対デモに参加し、政治家に怒りをぶつける。そこに描かれているのはわたしたち自身の姿です。作者の政治的意見は別にしても、こういう題材なのに「おもしろい」マンガになっているのはさすが。
鈴木みそ『僕と日本が震えた日』は、取材によって震災の裏側を描きます。『あんたっちゃぶる』以来のいつものルポマンガと同じように作者自身が登場して、取材先の人間と会話しながら取材内容を絵解き。変形の学習マンガですね。震災と出版、震災とつくばの加速器、空間放射線量の正しい測定法、食品の放射線の測定法、などなど。
このテーマの選び方とわかりやすさ。わたし、すごく感心してしまいました。全国民の必読書だよこれは。
吉本浩二『さんてつ』も取材がもとになってます。岩手県の第三セクター三陸鉄道が、震災後五日で運行を再開した実話のマンガ化。作者自身が登場して取材。インタビューされたひとがマンガ内のキャラクターとなって彼らの回想の中でいろいろと行動することになります。
取材者の視点と神の視点を使いわけることで、震災をフィクション化して感動させる。手法としてはぎりぎりセーフでしょうか。
『チェルノブイリ』は2011年に出版されたスペインマンガの邦訳。原発事故でチェルノブイリを去った家族の物語が描かれます。わたしとしては、描写が情緒的にすぎるような気がしてあまり感心しませんでした。ただこれは2012年の日本人読者、という特殊な立場の人間の感想ですから、あまり普遍性がないかな。
すでに20年前の事故ですから、この作品はもはや「事実をもとにしたフィクション」になってます。震災やフクシマもいずれこのレベルで語られるときがくるのでしょう。でもそれは今、この日本で描かれている作品とは違うものなんだよなあ。
そしてもっとも突き抜けたフィクション作品集が萩尾望都『なのはな』。収録作品『プルート夫人』『サロメ20XX』はなんとプルトニウムの擬人化、『雨の夜 ウラノス伯爵』はウランと原発の擬人化作品。
完全に寓話です。今、自分が描くべきは寓話なのだ、という作者の強い意思を感じさせる作品集でした。
Comments
プルート夫人!
一回きりで、読みそこなっています。
単行本に入ったんですね。購入しよう。
Posted by: 長谷邦夫 | March 19, 2012 11:59 PM