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February 27, 2012

オヤジの秘めたる想い『鶏のプラム煮』

 マルジャン・サトラピのBD作品は日本でも商業的に成功したようです。彼女の出世作『ペルセポリス』()のアマゾンでのカスタマーレビューは、この原稿を書いてる時点で23件なのだからすごい。あの作品は第三世界を代表するマンガ、という意味をこえて世界的な普遍性を持った傑作でした。

 で、彼女の新しい邦訳作品がこれ。

●マルジャン・サトラピ『鶏のプラム煮』(渋谷豊訳、2012年小学館集英社プロダクション、1800円+税、amazon

鶏のプラム煮 (ShoPro Books)

 出版社よりご恵投いただきました。ありがとうございます。

 原著は2004年に発行。アングレーム国際漫画祭で2005年の最優秀作品賞を受賞しています。また2011年にはサトラピとヴァンサン・パロノー(別名ヴィンシュルス)の手で実写映画化されました。

 今回は『ペルセポリス』みたいな長編じゃなくて小品。サトラピの他作品と同じくモノクロで80ページちょっと。主人公はイラン、テヘランに住む音楽家のナーセル・アリ、中年男性です。時代は1958年。

 このひと、夫婦ゲンカのすえ、自分が大切にしてるイランの伝統楽器、タールを奥さんに壊されてしまう。いろんな楽器店で代わりのタールをさがすのですが、どうしてもいいものがない。というわけで人生と今後の芸術活動に絶望した彼は、自殺を決意します。方法は絶食。本作は彼が死ぬまでの八日間の物語。

 なんという繊細な芸術家の感性……っておいっ、あかんやろこれは。妻の非道なしうちのたびに夫が自殺しているようでは、人類とっくに滅んでます。主人公、なんちゅうヘタレやねん、と全世界の読者が叫ぶはず。

 この主人公に共感しろというのはムチャな話です。でも男性読者はこのひとを笑いながらも、こんな形で妻にしっぺ返しをできる彼をちょっとうらやましく思うのですよ。

 「鶏のプラム煮」は主人公が好きな料理ですが、これっておそらくフランス料理。主人公はイラン人なのに好きなのはフランス料理で、死を覚悟した彼の夢に出てくるのがなんとソフィア・ローレンの巨大なオッパイ。

 彼が死にかけているのに、幼い子どもたちは自分たちのおならで笑ってるだけ。書影イラストにあるツノをもったオバケは死の天使エズラーイールです。主人公は死の床で天使と会話しますが、それも厳粛のようで滑稽。

 彼の死はもちろん自身および家族にとって悲劇のはずなのですが、どうしても喜劇にしか見えない部分も多い。これが人生の二面性なのでしょう。

 と、上記のようなつもりで読んでいたところ、ラスト近く、あっと驚く衝撃の展開があるのですよ。お話全体をひっくり返すミステリふうのどんでん返し。伏線が回収され主人公の秘めたる心情が明らかになります。いやおどろいた、これがあってのアングレームの賞か。

 でもやっぱわたし、主人公ヘタレだと思いますけどね。 

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