« December 2011 | Main | February 2012 »

January 28, 2012

アラブのあんちゃんの物語『太陽高速』

 古い本ですが、最近入手して読んだのがこれ。

●バル『太陽高速 AUTOROUTE DU SOLEIL』(Takako Hasegawa訳、1995年講談社、amazon

Taiyoukousoku_4

 講談社の雑誌「モーニング」が主催するモーニング国際新人漫画賞も、この春には第五回の受賞作が発表されるみたいです。「モーニング」は以前から海外作家の起用に熱心で、鄭問『東周英雄伝』などもそうでした。1990年代にはBD作家が登場することも多く、バル『太陽高速』もそのひとつ。連載は1994年です。

 じつはこの時期のモーニングや著者のことをよく知らなかったのでまったく白紙の状態で読んだのですが、いやー、おもしろかった。

 50年代のファッションを愛する主人公、リヨンに住むチンピラのカムリはアラブ系の伊達男。人妻とよろしくやっていたところを、彼女の夫、医師で「フランス国民党」候補者でもあるフォリシエに見つかってしまいます。カリムはフォリシエに追われて街を逃げ出すことに。一緒に逃げる相棒は、さえないイタリア系の友人、アレクサンドル。ふたりの逃避行が描かれます。

 「太陽高速=オートルート・デュ・ソレイユ」とはフランスの高速道路のうち、パリ~リヨン~マルセイユをつなぐ道路のことだそうです。かっこいいネーミングですねえ。カムリとアレクサンドルはこの高速道路沿いの街をいったりきたり逃げ回る。

 主人公のふたりは南仏で遊んだり、麻薬取引に巻き込まれたり、凸凹珍道中をくり広げます。お話はシリアスに展開しながらも乾いたユーモアがあって、こういう空気感は日本マンガにはないから読んでて楽しい。ショーケンと水谷豊のTVドラマ「傷だらけの天使」を思い浮かべちゃった。例が古くてすみません。

 追う側のフォリシエの狂気がどんどんエスカレートして、お話はとんでもない地点に着地します。その背景にあるのが彼が極右の政治家であるということ。彼らは外国人排斥を訴えています。いっぽうで本作は、多民族国家であるフランスの中でも異邦人であるアラブ系の若者が主人公。娯楽作品にもそういう社会的背景を描き込むという意欲的な作品、なのだと思います。

 バル BARU は1947年フランス生まれのBD作家。『太陽高速』は雑誌「モーニング」のために描かれた作品で、著者にとっても本作がブレイクスルーとなったそうです。仏語版はアングレーム国際漫画祭で1996年の最優秀作品賞をとってます。日本がかかわった作品が高く評価されるのって何かうれしいですね。

 日本雑誌向けの作品ですから、ほとんどのページがモノクロで描かれてます。ただしスクリーントーンじゃなくてウスズミを使ってる(→「AUTORROUTE DU SOLEIL, BARU」の画像検索結果)。

 このあたり日本語版の単行本では紙が悪くて、ウスズミの印刷がちょっと不満だなあ。

 日本語版は右開きですが、仏語版は左開き。絵を反転させてるんじゃなくて、コマの順番をいれかえて構成し直してます。四角い定型的なコマだからこういうのも可能。フキダシや擬音は各国であとからいれてますね。

 仏語版は1995年の初版以来、2002年、2008年と刊行されてて、本年2012年にも再版される予定です。それだけ人気があって評価されてるのでしょう。

 もひとつ。訳者の長谷川たかこ氏はフランス在住のかたで、調べてみて驚いたのだけど、長谷川町子の姪ごさんなんだそうです。メビウス+谷口ジローの『イカル』なども訳されてます。サザエさんとメビウスの間にこういう不思議な縁があろうとは。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

January 20, 2012

うまい、うますぎる『四月は君の嘘』

 この作品、第2巻の発売が2012年1月17日なのに、マンガ大賞候補作として発表されたのが1月16日。マンガ大賞、えらく仕事が速い。

●新川直司『四月は君の嘘』現在2巻まで(2011~2012年講談社、各438円、419円+税、amazon

四月は君の嘘(1) (月刊マガジンコミックス) 四月は君の嘘(2) (講談社コミックス月刊マガジン)

 前作『さよならフットボール』は全二巻で完結した作品でしたが、本作は2巻以降も続きます。前作でも感じたように、著者はたいへん絵がうまい、そして「マンガ」がうまいひと。本作ではさらに進歩しています。

 マンガがうまい、というのはコマ構成とか、セリフやモノローグの置き方とか、擬音のありなしとか、シリアスとギャグのバランスとか、そういう演出一般のことね。

 マンガには、絵の技術系、美術系のマンガ表現の進歩とは別の、あだち充とか少女マンガが切り開いてきたエンタメ系マンガ表現の進歩、というのがあると思うのですよ。

 感情と事件を、叙情と叙事を同時に表現する手法。大きなコマと余白をいっぱいつかって、読者の感情を自在にあやつる手法、とでもいいますか。

 著者はそういう技術をすっかり自分のものにしちゃってて、すでにもう名人クラス。あまりに高度なことを楽々とやっているので、これが日本マンガの標準か、と思ってしまいますが、そんなことはない。このひとが、とくにうまいのですね。

 お話はクラシック音楽モノ。小学生にして才能あるピアニストだった主人公(♂)は、ある事件をきっかけにピアノから離れてしまいます。そして現在、中学生となった主人公が、奔放にバイオリンをひく少女に出会ったとき、ふたりの運命は大きく変わる……!

 とくにすごいのが、クライマックスとなる演奏シーン。1・2巻にはそれぞれ一回ずつあります。かわいい女の子の表情がすっと変わり、むしろこわい顔に変化。大ゴマ、カットバックの連発。手のアップ、「目」のアップ。さらに演奏者の後ろ姿の美しいこと。

 なにげない景色も心理描写と無縁ではありません。学校からの帰り道、ちょっと傷心の少女が空を見上げると曇り空。同性の友人から言われた言葉を思い出す少女。「らしくないから」「目が曇ってる」 そして空を眺めながら少女はつぶやきます。「どんてんもよう」

 いやー、うまいっ。しかもこの直後に彼女、かつてあこがれていたセンパイからコクられるという怒濤の展開だ。

 音楽マンガ+少年の成長+りりしい少女+周辺の友人を巻き込んだラブコメ+さらに難病モノであることも予感させている。いろんなものをつめこんだそれなりにベタなお話。しかしお見事な演出と出会うことよって、エンタメマンガの王道を歩んでいるのです。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

January 15, 2012

神は具象に宿る『闇の国々』

 さてフランソワ・スクイテン/ブノワ・ペータース『闇の国々』(古永真一・原正人訳、2011年小学館集英社プロダクション、4000円+税、amazon)について。

闇の国々 (ShoPro Books)

 出版社よりご恵投いただきました。ありがとうございます。

 「闇の国々」とは、ある架空の世界のこと。そこはわたしたちの住むこの地球、とくにヨーロッパと地形、風俗がちょっとだけ似ていますが、まったく別の地理と歴史を持った世界です。

 しかし「闇の国々」はわたしたちの地球とまったく無縁というわけではなく、ある接点でこちらの世界とつながっているらしい。

 「闇の国々」シリーズはこれまで12巻のBDと、番外編となるガイドブックやCD、DVDが発表されているそうです。

 今回邦訳されたのはそのうちの三編、「狂騒のユルビカンド」「塔」「傾いた少女」です。それぞれ舞台となる時代、場所が異なり、別の人間が主人公ですが、同じ世界、同じ時間軸上のお話です。

 ページを開いてびっくり。本書収録の作品はほとんどモノクロ、一部カラーで描かれてるのですが、絵がすごい。銅版画のような精緻な線で描かれた絵は、人物もさることながら、奇想の室内や建築物がこまかくこまかく、すみずみまで描き込まれています。

 ここは架空のあり得ない世界。しかもお話はさらにありえないホラ話系です。その世界を読者に信じさせるために、絵のはしっこにある小物にいたるまでなにひとつおろそかにされていない。絵のチカラ、具象のチカラを思い知らされます。

 絵を担当するスクイテンがどんな絵を描くひとか、グーグルの画像検索でどうぞ。

Schuitenの画像検索結果
Les Cites Obsuresの画像検索結果

 それでは各作品の感想を。「狂騒のユルビカンド」は、アール・デコ調の直線と曲線で形成された都市、ユルビカンドが舞台。主人公はこの街を設計した、「対称」を愛する都市計画家です。主人公の部屋に持ち込まれた小さな立方体。最初は単に12辺の硬い棒からできているものでした。しかしそれはゆっくりと成長を始め、ついには巨大なジャングルジムとなって都市をおおうことになります。

 魅力的なのはユルビカンドという都市の造形と、さらにそれが立方体に浸食されていく風景。都市と建築物を見せるためのマンガ、といってもいいくらいの作品です。こういうのはほんと読んだことないなあ。

 「塔」はこの世界にある巨大な塔のお話。主人公はこの塔の一部を保守点検する仕事をしています。しかし塔はあまりに巨大かつ古すぎて、その全貌をだれも知らない。主人公は塔の中を旅することになり、ついに塔の真実を知る……

 本作でも塔そのものの描写が圧倒的にすごいです。

 主人公の名はジョヴァンニ・バッティスタ。シナリオ担当のぺータースが書いているように、この名はジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージへのオマージュです。ピラネージは18世紀イタリアの版画家。本書に登場する塔はピラネージの絵が発想のもとになっています。

Piranesiの画像検索結果

 ピラネージが描いたもっとも有名な作品は一連の「牢獄」ですから、「塔」とは「牢獄」のこと、さらにそれは人生のアナロジーであることはあきらかです。

 原著の表紙イラストは一見すると塔の外で抱き合う男女の絵(→)。ところが本書に収録されてるイラストの全体像を見ればわかりますが、これは「塔を描いた絵」が塔の中に置かれていて、男女はその絵の前に立っているのですね。よく見ると影の感じでわかるでしょ。別バージョンの表紙イラストもあって、こっちのほうがわかりやすい(→)。つまり表紙イラストからして寓意を含んでるわけです。

 さらに本作の冒頭には主人公が登場して口上を述べるシーンがあったりして、三作の中ではもっとも寓話性が高い作品です。

 「傾いた少女」は収録された中ではもっともページ数が多い。メリー・フォン・ラッテンは11歳のある日、突然に斜めにしか立てなくなってしまいます。まるで彼女だけ重力の方向が違っているように。

 いっぽうそのころ、マイケルソン山の天文台ではワッペンドルフ博士が「あらゆる物体の光線を吸収してしまう」「驚異的な密度を備えた星」を発見しました。わたしたちの言葉でいいますとブラックホールですね。彼らは軍の協力を得て「天空砲弾」を製作し、その星に行くことを計画します。

 さらにいっぽうそのころ。この部分は絵じゃなくて「写真マンガ」で表現されます。「闇の国々」世界じゃなくて、わたしたちが住むこのリアル世界。19世紀の画家オーギュスタン・デゾンブルは高原のある廃屋に住むことになりますが、そこで彼は憑かれたようにある絵を描き続けてしまう。

 この三人の運命がからみあったとき、「闇の国々」世界の謎が明らかになる……

 メリーやワッペンドルフ博士はシリーズの他の作品にも登場する重要人物で、本作は「闇の国々」シリーズの根幹に位置する作品のようです。「砲弾」型の宇宙船はもちろんヴェルヌへのオマージュで、本作にはヴェルヌ作品のようなモダン19世紀の科学世界が登場します。

 三作とも難解すぎることがなく、娯楽作品として楽しめるのもいいところ。日本マンガで本書に似た作品というのは、まったく存在しません。マンガ読書体験としてすごく新鮮で堪能しました。

 あとは「闇の国々」シリーズ、カラー作品の邦訳に期待。かつて『見えない国境』という作品がごく一部だけ邦訳されたことがありました。スクイテンのカラー作品は、これがまたすばらしいのですよ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

January 11, 2012

マンガの色についてふたたび

 日本マンガから色がなくなったのはどうしてか、と考えることがあります。

 戦前の日本児童マンガ単行本には、一部は四色(あるいは三色)カラーが使用され、多くは二色カラーで印刷されるという伝統がありました。

005_new_3
坂本牙城『タンクタンクロー』1935年(復刻版・小学館クリエイティブ)


 第二次大戦で日本の子どもマンガがほぼ絶滅してしまい、その空白のあと戦後はどうなったのか。

 じつは戦後の日本マンガも、色を失わないように奮闘していました。たとえば少年画報社の前身、明々社が発行した雑誌「冒険活劇文庫」1948年創刊号は、その復刻版を見ると総38ページのうち半分が二色です。

006_new
「冒険活劇文庫」1948年創刊号(復刻版・「少年画報大全」付録)

 紙の悪い時代でも、子どもマンガには色をつけるべき、と考えられていたのでしょうか。多くの赤本マンガも四色や二色をとりいれていました。

 しかしマンガは子供のものですから安価でなければならない。カラーページはどうしても高価になり、制作側としても量産がむずかしい。カラーをとるのか、ページ数をとるのか。日本マンガの未来にはふたつの道があったと思います。

 戦後に輸入されたアメコミは、カラーで発売されました。1959年に創刊された少年画報社の雑誌「スーパーマン」はオールカラーでしたし、日本リーダースダイジェスト社から1960年に創刊された「ディズニーの国」も、マンガ部分はオールカラーでした。しかしいずれも短期で撤退。オールカラーの海外マンガがモノクロ日本マンガに敗れる、という構図が続きます。

007_new
「ディズニーの国」1963年8月号

 きっとそれを選んだのは読者だったのでしょう。日本の読者が、色よりも量を好んだのです。もちろんそこには一定の質でマンガを量産できる作家が存在したからですね。手塚治虫とか。

 日本マンガは色を捨て、モノクロにシフトしていきます。月刊マンガ誌の増ページは始まっており、長大なページの別冊付録がつくようになります。マンガはごく一部のページに色がつくだけで、ほとんどのページがモノクロ、というのが標準になります。こうなるともう、価格的にも制作上の問題としても、日本マンガがカラーにもどるのは不可能となりました。

 さらにマンガ週刊誌の登場がこの傾向に拍車をかけることになります。初期こそマンガ週刊誌はマンガ部分にも二色を使用していましたが、マンガ誌のページ数増加とともにカラーページはどんどん少なくなっていきます。

 ただしマンガ雑誌が完全に色を捨てたわけではありません。今もトビラや一部のページはカラーで描かれるし、単色の部分でも、黒じゃなくて青や赤などさまざまな色のインクを使い、さらに紙も全体としてカラフルに見えるようにしています。

 これは戦前から子どもマンガで使用されていた手法ですが、戦後もずっと踏襲され現代まで続いているのですね。

 いっぽうのマンガ単行本。マンガ単行本が高価だったハードカバーの時代は四色や二色ページがまだまだ多くありました。光文社が1964年に発売開始した「カッパコミクス」は、単行本というより雑誌形式の総集編に近いものです。『鉄腕アトム』『鉄人28号』などが有名ですが、これにもカラーページ(四色じゃなくて三色)や二色ページがありました。

008_new
カッパコミクス版『鉄腕アトム』5巻「十字架島の巻」 1964年 

 しかし、1966年以降マンガ単行本の標準になる新書判コミックスになると、カラーページは存在しなくなります。そして雑誌に掲載されたときのカラーページや二色ページは、モノクロの新書版コミックスではむしろ読みにくくなってしまうという矛盾があらわれるのです。

 意外にも二色ページは青年マンガで生き残ります。中綴じの青年マンガ雑誌は少年誌より二色のマンガ部分が多かった。これってなぜなんでしょう。おとなマンガから続く伝統みたいなものですか。ビッグコミック巻末の黒鉄ヒロシ『赤兵衛』なんか今も二色です。四コマ誌にも二色ページがありますね。

 雑誌だけじゃなくて、1970年代、B5判の雑誌総集編というかたちで刊行された青年マンガの多くは、巻頭に二色ページを置いていました。さらに新書判よりちょっとだけ大きいB6判で出版され始めた青年マンガ単行本も、初期は巻頭に二色ページがあったのを覚えてるかたも多いでしょう。『美味しんぼ』とかね。

009_new
花咲アキラ/雁屋哲『美味しんぼ』1巻 1985年

 アメコミの邦訳も本国より色数を減らされたりします。これは1975年の「週刊プレイボーイ」に連載された二色版『スパイダーマン』。

010_new
「週刊プレイボーイ」1975年10/10号

 さらにこれは1978年に光文社から発行されたモノクロ版『ファンタスティック・フォー』。読みにくいったらありゃしない。

015_new
『ファンタスティック・フォー』2巻(1978年光文社)

 しかし日本マンガの進歩はモノクロ表現とともにありました。お話の展開にはますます大量のページを使用するようになり、背景の描き込みはどんどん細かくなり、斜線の多用、さらにスクリーントーンの超絶技法まで加わってもうエライことになっております。

 ときどきサンリオの「リリカ」みたいなカラー雑誌が登場したり、フルカラーの海外マンガが邦訳されるということがありましたが、結局日本マンガに「色」が定着することはなかったのです。

 そして現代。マンガはモニタ上で読む時代を迎えつつあります。モニタ上なら色があってもアタリマエ。今出版されてるネット出身のマンガの多くは色を持っています。

 今後、PCで、あるいはタブレット端末で読むマンガがモノクロである場合、それは「カラーでなくモノクロである必然性」が求められるようになるのじゃないかしら。モニタ上のマンガはコマ構成だけじゃなく、色についても大きく変化するような気がします。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

January 01, 2012

謹賀新年

 あけましておめでとうございます。とかいいながら、この文章は酔っぱらって紅白見ながら書いてるので、ほんとはまだあけてませんが。

 東京の大学に進学した娘が帰郷してやっと「輪るピングドラム」について話す相手ができてうれしい。

 さて2011年はアメリカやヨーロッパの海外マンガ邦訳が盛んになった年でした。

 その理由はいろいろあるとは思いますが、まずは(1)諸氏による数年にわたっての地道な海外マンガ紹介の結果。そしてその結果(2)海外マンガ出版がある程度商売になる、ようになったのじゃないかしら。よく知らんのですが。

 年末の大物はフランソワ・スクイテン/ブノワ・ペータース『闇の国々』(2011年小学館集英社プロダクション、4000円+税、amazon)ですね。

闇の国々 (ShoPro Books)

 お値段もそうとうですが、すっごいぶ厚いハードカバーで邦訳出版されました。小学館集英社プロダクション強気。

 絵を担当してるフランソワ・スクイテン François Schuiten はかつてフランソワ・シュイテンと紹介されていました。美術出版社の「エラー」1号・2号や、飛鳥新社の「アディダス・マンガ・フィーバー」「JAPON」ではそうでしたね。ブノワ・ペータースと組んだそれらの作品では、繊細な線とカラリングがすばらしかった。

 『闇の国々』のページをめくって驚いたのは、銅版画のように緻密に描かれたモノクロマンガであること(一部カラーあり)。かつて知ってたシュイテンとは違うんだもんなー。これはこれでむちゃすごい。

 シナリオ担当のブノワ・ペータース Benoît Peeters の日本への紹介は、スクイテンと組んだ作品以外にも、フレデリック・ボワレ『ラブホテル』『東京は僕の庭』の脚本が知られてます。

 じつはわたしにとっては、英語で書かれたタンタンの研究書『TINTIN AND THE WORLD OF HERGÉ: AN ILLUSTRATED HISTORY』の著者としておなじみ。くりかえし読んだ本で、お世話になりました。

 おそらくこの冬最大の話題本はこの『闇の国々』だと思います。早く紹介したいのだけど、読みとおすのに時間がかかるんだもんなー。

 もしかするとマンガ系より先に「本の雑誌」系で評判になっちゃうかもしれない。そういうことではいかんっ、と酔っぱらったわたしは考えるのですが、あ、年があけた。本年もどうぞよろしくお願いします。今年もいろんなすてきなマンガに出会えるといいですね。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

« December 2011 | Main | February 2012 »