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November 27, 2011

ブログの永代供養

 どうも辛気くさい話で申し訳ありません。わたしもいい年なので「死」ということを考えることもあります。

 友人や同年代の人間が死ぬとき、かつては自殺や事故死、突然死(これもまあ病死ですが)だったりすることが多かったのですが、最近は癌とか心臓病とかね、そういう死因がフツーに出てくるような年齢になってるわけです。

 となるとメメント・モリではないですが、自分の死についてもいろいろ考えてしまいます。

 もし、自分が死んだら。

 まずは大量に残されたマンガの蔵書です。自称二万冊のそれはどうなるか。

 じつはこれってあんまり気にならない。基本的にわたしはコレクターではないので、すっごくレアものは持ってません。それでも40年以上マンガを買い続けていれば、それなりにひとが欲しがるものもあると思います。

 でもね、マンガって基本的に複製芸術だから、わたしが持ってるものと同じものを、どこかの誰かが持っているはずです。

 しかもウチの家族はわたしの蔵書のことを何とも思っていない。というかホントはいやがってる、ということは私も知っている。これどないすんねん、とつねづね言われております。

 というわけで、わたしが死んだあと、わたしの蔵書は好きに処分しなさい、と家族には言ってあります。いやまあ死後の蔵書までコントロールしようとする人間、というのは、ちょっとねえ、と考えちゃいますしね。

 さて、わたしが死んだとき、蔵書以外にも気になることがありまして。ネット上に置いてある文章はどうなるか。

 現在この文章が載っているのはニフティが運営するココログというブログサービスです。ここは無料サービスではなく、わたし、これに月々262円の会費を払っています。

 わたしが死にますと、当然わたしのキャッシュカードが抹消され、ニフティへの支払いも停止される。そしてわたしのブログも閉鎖されることになるでしょう。

 ブログ記事というのは現役であってこそ検索に引っかかりますが、ブログが閉鎖されてしまいますと、「魚拓」されてもない限り、真の意味で消失しまう。

 現実の死がなくても、ネット上の死というのはありえます。自分で過去記事のすべてを消すことは可能ですし、炎上とかが原因でそれを実際にしているひとも多い。

 わたしの妻は以前「さるさる日記」、今は「はてな」で日記を書いてますが、「さるさる日記」がサービスを停止してしまった今は、かつてそこで書いていた文章はすべて消えました。

 現在それを参照しようと思ってもできません。妻は自分のPCで文章を書いてそれをアップするのじゃなくて、ネットに直書きしています。「はてな」がサービスを終了してしまえば、現在の日記も完全に消えてしまうでしょう。

 彼女はそういうことになっても平気なひとですが、わたしは自分の文章に未練があるんですよー。

 わたしもかつて「さるさる日記」を使用していました。そこで書いていた文章は、今ジオシティーズのほうに移動してありますが、そこも無料サービス。いつ閉鎖されるかもしれない。

 ニフティのココログだって、いつかはサービスが終了するでしょう。いくらなんでも五十年続くとは思えません。

 ネットのトレンドはみるみる変化してて、ほら、ブログってどんどん縮小してるじゃないですか。ブログを毎日のように書いてたひともまったく書かなくなっちゃったり、ツイッターに引っ越したりしてるし。かくいうわたしも、更新頻度がそうとうに減ってます。

 ブログという形式が一般的になって、九年ぐらいですか。そろそろ終焉が近づいているのかも。

 しかしネット上に「保管」してある自分の文章が消えてしまうことに、未練があるひとはわたし以外にも存在するのじゃないでしょうか。ブログを紙の本にするサービスもあるようですが、それをしても自分の手もとに残るだけなので、世界に公開されてるブログの文章とは比べものにはならない。

 そこでこういうサービスはどうか。

 ネット上の文章を「永代供養」的に保守するサービス。とりあえず十三回忌という言葉もあるし、十三年単位でどうでしょうか。

 いくらかの金額を払えば、自分の文章をどこかのサーバーにコピーして、ネット上から閲覧できるように保守してくれる。ココログが終了してもジオシティーズが終了しても、ミラーサイトのようにそこで文章を公開し続けてくれるのですね。

 さすがに自分の死後十三年以降のことになると、鬼が笑うどころの騒ぎじゃないので、知ったことではない、ということになりそうです。

 十分需要がありそうだと思うのですが、いかが。

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Comments

>じつはこれってあんまり気にならない。

ひ、非道いぃぃ。

「こうの史代」を始め、これまで知らなかった作者や漫画をこちらで知って、ちくちく購読して散財して、すでに部屋が本で一杯だったのに、さらにさらに積み重ねて、もはや歩く所と寝る所しか空いてない。
なかにはデカクて重くてたっか~いBDなんてのも。
「ル・グラン・デューク」買い損ねた~~とか思っているのに。
当の本人が「そんなの死んだら知らんもん」って、遺書で寄付先とか、売りさばく相手とか、指定しておくものでしょ。
二束三文以下の古紙回収業者に引き取られたりしたら、罰として「死本の妖怪」になっちゃうんですよ~~。

うらみ・ます~~。

Posted by: トロ~ロ | November 28, 2011 10:14 PM

いやいやじつは美本とかコンプリートにあまり興味がないのですね。いちばん美しいのは子どもたちが回し読みしてぼろぼろになったマンガ本なんじゃないかなー、などとキザなことを言ってみたりして。

Posted by: 漫棚通信 | November 28, 2011 11:01 PM

わかります。僕も同じで、蔵書はしかるべきところに寄付してくれればいいし、死後の執着は全然ないですね。でも、ブログかあ・・・。考えてなかったですねえ。今からでも、主だった記事を残しておくか。でも、死後までは、まあどうでもいいかな。

Posted by: 夏目 | November 29, 2011 10:47 AM

ココログの管理ページから「書き出し」をやればとりあえずどこかの無料版にデータを移すことは簡単ですが、そこがブログサービスをやめたら消滅ですね。
盗用された部分はどこかの図書館に残るでしょうけど。

Posted by: エン・ラマ | November 29, 2011 01:04 PM

いやまあ数十億年後には地球そのものが消滅しちゃうんだもんね、というところまで解脱できればいいんですけど。

Posted by: 漫棚通信 | November 29, 2011 10:24 PM

随分お久し振りに失礼します。

本当、自分とこのブログの長文の記事群(私家版「マンガ百選」など)、一体どうなっちゃうんだろう。?

それと最近、インターネットストリーム放送の一つ、ニコニコ動画サイトの「ニコニコ生放送」で生放送やるように成ったんですけど、(11月4日金曜日以降)、これなんかそのまま一週間で録画も見れなく成って瞬殺ですよね。

もう消滅してしまった、50回以上の講義・講座形式生放送インターネット番組に合掌…。

うっでぃ//

Posted by: woody-aware | December 13, 2011 11:02 PM

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