お化け一家ばっかりの作品集『アダムス・ファミリー全集』
もう二十年も前のこと、アムステルダム空港のショップでチャールズ・アダムスの作品集を見かけました。当時は映画「アダムス・ファミリー」が公開されてすぐ。それ関係で作品集が新しく出版されてたのですね。
搭乗時間までずっと立ち読みして、買おうかどうしようか迷っていたのですが、結局やめました。だって本がね、けっこういたんでたんですもの。
ところが帰国してから、あー失敗した、あー買っておけばよかったと、くやんだくやんだ。もちろんアマゾンなんかない時代のことであります。邦訳されてるチャールズ・アダムスの作品集もないしね。
その後アマゾンが使えるようになって、チャールズ・アダムスの作品集は原書で二冊入手しました。原書といってもチャールズ・アダムスの作品はほとんどがサイレントのヒトコママンガで、キャプションも短いものばかりですから、英語がわからなくても問題なし。
●Charles Addams『My Crowd: The Original Addams Family and Other Ghoulish Creatures』(Simon & Shuster, 1991)
●Charles Addams『The World of Charles Addams』(Alfred A. Knopf, 1991)
両方とも1991年の映画公開にあわせて出版されたものです。書影左は1970年に刊行されたものの再版。紙と印刷が悪いのであまりおすすめしません。書影右は、わたしの持ってるのはペイパーバック版ですが、大判だし紙や印刷が良くてアダムスの薄墨の絵が見やすい。カラーページも少しあります。
さらにのちに『The Complete Cartoons of the New Yorker』という本も入手。これはニューヨーカー誌に掲載された6万8000作という膨大な量のヒトコママンガを本と付録CD(DVD版もあり)に詰め込んだものです。チャールズ・アダムスはニューヨーカー誌が主戦場でしたから、これでアダムスについてはOK、と考えておりました。
だからこの本が出版されたときは、ちょっと迷った。
●チャールズ・アダムス/H・ケヴィン・ゼロッキ編『アダムス・ファミリー全集』(安原和見訳、2011年河出書房新社、2200円+税、amazon)
でも買って良かった。アタリでしたね。
『チャールズ・アダムス全集』じゃなくて『アダムス・ファミリー全集』であるところにご注目。本書はアダムス作品の中でも「アダムス・ファミリー」と呼ばれるお化け一家もの「だけ」を集めて解説を加えた本です。
アダムスは膨大な作品を描いてるので、作品集を買ってもお化け一家以外の作品がかなり多くて、お化け一家のキャラクターたちを見たいひとにはちょっと残念なところもあるのです。
その点本書は「アダムス・ファミリー」のキャラクターばかりが登場するし、わたしの知らなかった作品も多く収録。さらに未発表作品のラフスケッチ多数。それぞれのキャラクターについての変遷なども解説してくれてます。
「The Thing」ってずっと手のお化けのことだと思ってたんですが、じつはマンガ内では作品のあちこちに出没する、ちらっと見えるヒト型のお化けのことだったとは。
原著のタイトルは『The Addams Family, an Evilution』。「Evilution」なんていう言葉はありません。「Evil」と「Evolution」からなる造語ですね。「邪悪の進化」とでも訳すのかな。
チャールズ・アダムスは1912年生まれ。1933年、ニューヨーカー誌にヒトコママンガが採用されてデビュー。以後60年近くにわたって第一線でヒトコママンガを中心に作品を描き続けました。
日本で有名になったのは雑誌「漫画読本」1955年3月号に紹介されてから。「幽霊一家」と題して「アダムス・ファミリー」ものの五作が掲載されました。そのときの紹介文。
アダムスの本名はチャールズ・サミュエル・アダムスといゝ本年四十二才という、油ののり切ったアメリカの漫画家である。(略)こゝに発表する「幽霊一家」はアダムスの作品の中で特に有名なものであるが、勿論これ以外にも無数の「お化け漫画」がある。
これ以後、アダムスは日本でもアメリカヒトコママンガのビッグネームとして知られるようになります。
アメリカABC制作のテレビドラマ放映は本国では1964年ですが日本では1968年。そのころの「漫画讀本」1968年8月号での紹介文。
チャールズ・サミュエル・アダムスが、いわゆる「お化け漫画」の第一人者であることは、いまさら言うまでもないだろう。(略)現在ではテレビ番組「お化け一家」の原作者としてその名前はいっそうポピュラーになものになっている。
同時期に星新一が『進化した猿たち』というエッセイで海外ヒトコママンガを紹介していました。「エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン」1965年7月号から、誌名が変わった「ハヤカワ・ミステリ・マガジン」1970年7月号まで連載されました(途中で中断あり)。
『アダムス・ファミリー全集』の訳者あとがきには『進化した猿たち』でアダムス作品が紹介されたと書いてありますが、あれにはアダムスみたいなビッグネームは登場してなかったはずだけどなあ。
ストーリーマンガの隆盛に押され、「漫画讀本」は1970年に休刊。日本のおとなマンガは衰退していくことになります。同時に海外のカートゥーンタイプのマンガが日本に紹介される機会も減っていきます。
「文藝春秋デラックス」1976年10月号の特集は『ユーモアの研究 世界のマンガ』でした。巻頭のカラーグラビアが「アダムスのマザー・グース」。この作品、2004年に国書刊行会から邦訳されましたね。このときの紹介文。
“漫画界のヒチコック”とも言うべきスリラーマンガの大家だ 彼が創造した「幽霊一家」は既に世界的に有名だがこの「マザー・グース」シリーズもその非凡な才能を示して余すところない
このころチャールズ・アダムスはすでに大御所。サーバー、スタインバーグ、ペイネらと並ぶトップクラスの海外マンガ家であると、日本でも認識されていました。
しかしその後、時は流れて。1992年には映画「アダムス・ファミリー」が日本公開されヒットしましたが、このときアダムス作品が邦訳出版されることはありませんでした。
文藝春秋漫画賞はまだ継続していましたが、日本のおとなマンガ、とくにヒトコママンガは完全に力を失っていました。そのせいか、日本おとなマンガのお手本であるはずのチャールズ・アダムスも日本人の周囲から消えていきます。日本における状況が、アダムスを日本から遠ざけたことになります。
そして今、日本の読者の目に触れるヒトコママンガって、新聞に載ってるほんとにチカラのない風刺マンガ、自費出版されるヒトコママンガ、まんが甲子園で描かれる作品、ぐらいしかないのじゃないかしら。読売国際漫画大賞も終わっちゃったしなあ。
その状況で、今回のチャールズ・アダムス作品の邦訳出版です。アダムス作品は時代や風俗とは無縁。普遍のブラックユーモアはいつまでも古くなっていません。そして愛すべき、かつ恐ろしいキャラクターたち。世界のマンガ史に残るマスターピースです。
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