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November 10, 2011

タンタンとわたくし(その2)

前回からの続きです)

 しかしわたしはこの主婦の友社版タンタンが大好きでした。

 まあ翻訳はむちゃくちゃだけど、絵がともかくすてき。とくにカラリングがすばらしい。エルジェの色ってほんと中間色のやさしい色なんですよね。だから印刷のデキによってずいぶん印象が変わります。

 1968年に惨敗したタンタンの邦訳ですが、15年後の1983年、福音館書店「タンタンの冒険旅行」の刊行が開始されます。

 福音館書店「タンタンの冒険旅行」の刊行順は本国とは違います。最初の三巻には、主婦の友社版三巻と同じ作品が選ばれました。四巻目は『なぞのユニコーン号』の続編『レッド・ラッカムの宝』。これは日本では数少なかったであろう主婦の友社版の読者に配慮してくれたもの、だと思ってます。福音館書店、えらい(もちろん最初の三巻がおもしろい、ということもありますが)。

 福音館書店版の判型は本国のBDと同じ大判、ハードカバー、オールカラーです。福音館書店はタンタンをマンガとしてではなく、絵本として売りました。書店で置かれたのはマンガの棚じゃなくて絵本の棚。図書館でもタンタンは絵本のコーナーに置かれることになります。

 これが成功しました。日本でタンタンは「マンガとはちょっと違うもの」として受容されることになります。オールカラーでちょっとおしゃれ。図書館で借りて読むもの。親に隠れて読まなくてもいい本。すごくゆっくりとした刊行ペース。

 このゆっくりした刊行が、わたしにはちょっとがまんできなかった。全巻が訳されるまでどのくらいかかるやら。

 というわけで、わたしは英語版タンタンを買うようになります。

●書影はLITTLE, BROWN AND COMPANYの英語版タンタン。これはペーパーバック版です。

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●下も同じくLITTLE, BROWN AND COMPANYの英語版ですが、三作を一冊にまとめたシリーズ。

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 ハードカバーですが、判型はB5判よりひとまわり小さいくらいの大きさ。でもやっぱりタンタンは大きいほうがいいですね。

●これはちょっと珍品。イギリスMAMMOTH社が出してる「TINTIN AND THE LAKE OF SHARKS」。じつはエルジェが描いた作品じゃなくて、アニメーションのフィルム・コミックです。

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 タンタンの劇場用アニメーションはいくつかあります。これはそのうち1972年に制作された「Tintin et le lac aux requins」をCASTERMAN社がフィルム・コミックとして出版し、それがイギリスで英訳されたもの。

 映画オリジナルのストーリーで、舞台はタンタンと縁の深いシルダビア。オールスターキャストが楽しい作品です。YouTubeで映画の一部が見られます(→)。


 英語版タンタンを買ううちに、フランス語版には存在するけど、英語には訳されていないタンタンの存在を知るようになりました。

 それが「TINTIN AU CONGO」、英語版では「TINTIN IN THE CONGO」です。今は日本語版が発売されていて、邦題は『タンタンのコンゴ探検』。

 『タンタンのコンゴ探検』は1930年、ベルギーの新聞にモノクロで週一回連載されました。コンゴとはベルギー領コンゴのこと。当時はベルギーの植民地で1960年に独立。しかし以後もコンゴ動乱などがあって政治的に安定していません。

 この作品は1931年モノクロ単行本としてまとめられました。オリジナルモノクロ版でのタンタンはコンゴを訪れ、黒人たちの学校で「きみたちの祖国、ベルギー」についての授業をおこなったりしています。タンタンも時代と無縁ではありえません。

 1946年になって『タンタンのコンゴ探検』は描き直されカラー版として再発売されました。カラー版はモノクロ版からいろいろと変更が加えられました。その理由はモノクロ版の植民地主義的な部分が批判されたからです。しかし結局、このカラー版『タンタンのコンゴ探検』も英訳されることはありませんでした。

●書影はフランス語版「TINTIN AU CONGO」です。

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 『タンタンのコンゴ探検』は、英語版が存在しないだけで、フランス語版、スペイン語版、イタリア語版など、各国語版はふつうに存在していました。つまり英米だけが特殊なのです。

 これは植民地主義への批判だけじゃなくて、カラダがまっ黒、ぎょろ目でくちびるが厚い、という黒人描写が問題にされたからです。

 しかしこの状況もしだいに変化してきます。

●まず1991年、CASTERMAN社がイギリスで英語版の「TINTIN IN THE CONGO」を出版しました。しかしこれはカラー版じゃなくて、1931年モノクロ版の復刻、の英訳。

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 子どもたちが読むための本、というより、コレクターズアイテムみたいなものですね。この本は2002年にはアメリカでも出版されました。

●本とは関係ないですが、これはわが家の寝室に飾ってある「TINITIN AU CONGO」のポスターとタンタンの時計。

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 近所の雑貨屋に行くと店員が、このポスターは外に出しちゃ行けないことになってるんですよ、と奥から出してきました。ただし店員もなぜ外に出しちゃ行けないのか、わかってませんでした。これが2000年ごろの話です。

●そしてついに2005年、イギリスのEGMONT社から、カラー版「TINTIN IN THE CONGO」の英訳が刊行。これを受けて、福音館書店も2007年に日本語版『タンタンのコンゴ探検』を刊行しました。

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 これでやっと、世界じゅうの子どもたちが各国語で『タンタンのコンゴ探検』が読めるようになったわけです。


 しかし。事態はまだそう単純ではありません。

 アメリカでタンタンシリーズを出版しているLITTLE, BROWN AND COMPANYは、現在もなお「TINTIN IN THE CONGO」英語版を発売していません。

 もちろん一般書店にこの本が並んでいるわけもなく。アメリカで「TINTIN IN THE CONGO」英語版を読もうとすると、イギリス(あるいはカナダ)から、外国の本として輸入しなければならないのです。

 ブルックリン公共図書館では2007年、利用者からの抗議によって『タンタンのコンゴ探検』フランス語版が、開架から閉架書架に移動させられました。おそらく、この図書館は英語版を所有していません。

 というわけで、今でもアメリカでは『タンタンのコンゴ探検』がなかなか読めない状況が続いています。タンタンの受難はまだまだ終わらないようです。

 以下次回。

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Comments

そのとおりです。大貫妙子はタンタンファンとして、福音館書店版の小冊子にも文章を寄稿してましたね。

Posted by: 漫棚通信 | November 11, 2011 04:20 PM

大貫妙子の1985年のアルバム「コパン」に「Les aventures de TINTIN」という曲が収録されておりますが、これは福音館版が刊行されて作られた曲ということになりますかね。

Posted by: かくた | November 11, 2011 12:24 PM

変なところで段落を切ってすみません。でも主婦の友社版が好きだったからこそ、その後もタンタンを買い続けたわけでして。ドリトル先生やちびくろサンボは、最近はUSでも読めるみたいですね。タンタンも今度の映画で状況が変わる、かな?

Posted by: 漫棚通信 | November 11, 2011 12:13 PM

>しかしわたしはこの主婦の友社版タンタンが大好きでした。

どひゃあ、土俵際でうっちゃり喰らった気分。

>今でもアメリカでは『タンタンのコンゴ探検』がなかなか読めない状況が続いています。

これは「ドリトル先生」シリーズと同じ状況ですね。
黒人差別が今も現存するアメリカでは、植民地主義時代の「子供向けの本」を出版できない&読めない。

さて、次回はいかなる「どんでん返し」を・・・・ええっと、部屋を片付けなくちゃ。

Posted by: トロ~ロ | November 10, 2011 09:08 PM

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