« October 2011 | Main | December 2011 »

November 29, 2011

ドラえもんリスペクト『ぼくらのよあけ』

 今井哲也『ぼくらのよあけ』が全二巻で完結。

●今井哲也『ぼくらのよあけ』1・2巻(2011年講談社、各619円+税、amazon

ぼくらのよあけ(1) (アフタヌーンKC) ぼくらのよあけ(2) (アフタヌーンKC)

 月刊誌連載10回分できっちりと終わり。こういうのは気持ちがいいですね。

 小学生が主人公のSFです。昔の言葉でいうとジュヴナイルSFですな。時代は近未来の2038年、舞台は日本の「団地」です。

 2038年の子どもたちはけっこう窮屈な人生を送っています。教科書はタブレット型端末になりケータイは今より格段に進歩していますが、子どもたちは現代以上に「空気を読む」能力が求められ、イジメは相変わらず。

 著者はこのあたりをねちっこく描写します。子ども社会はいつの時代もけっして楽園じゃないんだよね。そこを逃げずに描いてる。ここ、うまいなあ。

 主人公は小学四年生男子・ゆうま。家にはお手伝いロボットのナナコがいます。夏のある日、ナナコが故障? ヘンになってしまったナナコに連れられ、団地の屋上に登ったゆうまとその友人たちが出会ったものは。

 そこにあったのは28年前に墜落した宇宙船。地球を訪れていたのは宇宙人じゃなくて人工知能でした。事故で動けなくなっていた彼を宇宙に帰すため、いま少年たちのひと夏の冒険が始まる!

 さてテーマは、ジュヴナイルらしく「友情」です。

 人間同士の友情、ヒトと宇宙からきた人工知能との友情、そしてヒトとロボットの友情。

 友情をテーマにした真っ正面からの本格SF。SFガジェットが多く登場するので読みにくいと思うかたもいるでしょうが、内容は直球ど真ん中。ストレートな「子どもマンガ」です。すごくわくわくしながら読みました。

 で、この作品って『ドラえもん』なんですよね。

 F先生によるマンガ『ドラえもん』そのものというより、『ドラえもん』的世界がベースになってます。つまりドラえもん型ロボットと少年たちの、友情と冒険のSF世界。これってすでに、ある年代以降の日本人にとって、共通の疑似記憶みたいになってるじゃないですか。マンガを読んでなくても、映画を見てなくても、ドラえもん世界はどこか懐かしい。

 本作は作者なりの『ドラえもん』リメイク、だと思います。ですから本作のラストでは当然、のび太とドラえもんの別れ、そして再会が描かれることになるのです。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 27, 2011

ブログの永代供養

 どうも辛気くさい話で申し訳ありません。わたしもいい年なので「死」ということを考えることもあります。

 友人や同年代の人間が死ぬとき、かつては自殺や事故死、突然死(これもまあ病死ですが)だったりすることが多かったのですが、最近は癌とか心臓病とかね、そういう死因がフツーに出てくるような年齢になってるわけです。

 となるとメメント・モリではないですが、自分の死についてもいろいろ考えてしまいます。

 もし、自分が死んだら。

 まずは大量に残されたマンガの蔵書です。自称二万冊のそれはどうなるか。

 じつはこれってあんまり気にならない。基本的にわたしはコレクターではないので、すっごくレアものは持ってません。それでも40年以上マンガを買い続けていれば、それなりにひとが欲しがるものもあると思います。

 でもね、マンガって基本的に複製芸術だから、わたしが持ってるものと同じものを、どこかの誰かが持っているはずです。

 しかもウチの家族はわたしの蔵書のことを何とも思っていない。というかホントはいやがってる、ということは私も知っている。これどないすんねん、とつねづね言われております。

 というわけで、わたしが死んだあと、わたしの蔵書は好きに処分しなさい、と家族には言ってあります。いやまあ死後の蔵書までコントロールしようとする人間、というのは、ちょっとねえ、と考えちゃいますしね。

 さて、わたしが死んだとき、蔵書以外にも気になることがありまして。ネット上に置いてある文章はどうなるか。

 現在この文章が載っているのはニフティが運営するココログというブログサービスです。ここは無料サービスではなく、わたし、これに月々262円の会費を払っています。

 わたしが死にますと、当然わたしのキャッシュカードが抹消され、ニフティへの支払いも停止される。そしてわたしのブログも閉鎖されることになるでしょう。

 ブログ記事というのは現役であってこそ検索に引っかかりますが、ブログが閉鎖されてしまいますと、「魚拓」されてもない限り、真の意味で消失しまう。

 現実の死がなくても、ネット上の死というのはありえます。自分で過去記事のすべてを消すことは可能ですし、炎上とかが原因でそれを実際にしているひとも多い。

 わたしの妻は以前「さるさる日記」、今は「はてな」で日記を書いてますが、「さるさる日記」がサービスを停止してしまった今は、かつてそこで書いていた文章はすべて消えました。

 現在それを参照しようと思ってもできません。妻は自分のPCで文章を書いてそれをアップするのじゃなくて、ネットに直書きしています。「はてな」がサービスを終了してしまえば、現在の日記も完全に消えてしまうでしょう。

 彼女はそういうことになっても平気なひとですが、わたしは自分の文章に未練があるんですよー。

 わたしもかつて「さるさる日記」を使用していました。そこで書いていた文章は、今ジオシティーズのほうに移動してありますが、そこも無料サービス。いつ閉鎖されるかもしれない。

 ニフティのココログだって、いつかはサービスが終了するでしょう。いくらなんでも五十年続くとは思えません。

 ネットのトレンドはみるみる変化してて、ほら、ブログってどんどん縮小してるじゃないですか。ブログを毎日のように書いてたひともまったく書かなくなっちゃったり、ツイッターに引っ越したりしてるし。かくいうわたしも、更新頻度がそうとうに減ってます。

 ブログという形式が一般的になって、九年ぐらいですか。そろそろ終焉が近づいているのかも。

 しかしネット上に「保管」してある自分の文章が消えてしまうことに、未練があるひとはわたし以外にも存在するのじゃないでしょうか。ブログを紙の本にするサービスもあるようですが、それをしても自分の手もとに残るだけなので、世界に公開されてるブログの文章とは比べものにはならない。

 そこでこういうサービスはどうか。

 ネット上の文章を「永代供養」的に保守するサービス。とりあえず十三回忌という言葉もあるし、十三年単位でどうでしょうか。

 いくらかの金額を払えば、自分の文章をどこかのサーバーにコピーして、ネット上から閲覧できるように保守してくれる。ココログが終了してもジオシティーズが終了しても、ミラーサイトのようにそこで文章を公開し続けてくれるのですね。

 さすがに自分の死後十三年以降のことになると、鬼が笑うどころの騒ぎじゃないので、知ったことではない、ということになりそうです。

 十分需要がありそうだと思うのですが、いかが。

| | Comments (6) | TrackBack (0)

November 21, 2011

手塚治虫のアダムス・パロディ

 前回、チャールズ・アダムスについて書いたところ、ツイッターで指摘していただきました。そうそう、手塚治虫が描いたアダムス・ファミリー・パロディがあったんだ。

 漫画サンデー1969年12月3日号掲載の『怪談雪隠館』。雪隠は「せっちん」と読みます。最近はあまり聞かない言葉になっちゃいましたがトイレのこと、さらには逃げ場のない所という意味もあります。将棋の雪隠詰めとか。

 マンガ家・手塚治虫は雪山でタクシーから降ろされてしまい、山中の旅館に泊まるはめになります。そこにはどこかで見たような顔の一家が住んでいて、手塚をいろいろと恐がらせる。

 そして手塚は気づきます。「あいつら どっかで見た顔だと思った 思いだした 思いだした」「チャールズ・アダムズというマンガ家の『おばけ一家』ってやつにそっくりだ」

001_new_0001_3
(図版は講談社版手塚治虫全集「雑巾と宝石」より)

 子どもたちが手塚の部屋をコンクリで塗り込めようとする、なんてネタは本家作品そのまま。

 その後、どんでん返しに次ぐどんでん返しがあって……という短編です。

 本作がメジャー雑誌にフツーに掲載されてたってことはいろんなことを示しています。手塚はパロディ好きだった(これは他の作品からもわかります)。日本雑誌はパロディ作品に寛容だった(同時に著作権についてはきびしく考えていなかった)。当時の読者にとってアダムス作品はあたりまえに知られていた。などなどですね。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 20, 2011

お化け一家ばっかりの作品集『アダムス・ファミリー全集』

 もう二十年も前のこと、アムステルダム空港のショップでチャールズ・アダムスの作品集を見かけました。当時は映画「アダムス・ファミリー」が公開されてすぐ。それ関係で作品集が新しく出版されてたのですね。

 搭乗時間までずっと立ち読みして、買おうかどうしようか迷っていたのですが、結局やめました。だって本がね、けっこういたんでたんですもの。

 ところが帰国してから、あー失敗した、あー買っておけばよかったと、くやんだくやんだ。もちろんアマゾンなんかない時代のことであります。邦訳されてるチャールズ・アダムスの作品集もないしね。

 その後アマゾンが使えるようになって、チャールズ・アダムスの作品集は原書で二冊入手しました。原書といってもチャールズ・アダムスの作品はほとんどがサイレントのヒトコママンガで、キャプションも短いものばかりですから、英語がわからなくても問題なし。

●Charles Addams『My Crowd: The Original Addams Family and Other Ghoulish Creatures』(Simon & Shuster, 1991)
●Charles Addams『The World of Charles Addams』(Alfred A. Knopf, 1991)

MY CROWD The World of Charles Addams

 両方とも1991年の映画公開にあわせて出版されたものです。書影左は1970年に刊行されたものの再版。紙と印刷が悪いのであまりおすすめしません。書影右は、わたしの持ってるのはペイパーバック版ですが、大判だし紙や印刷が良くてアダムスの薄墨の絵が見やすい。カラーページも少しあります。

 さらにのちに『The Complete Cartoons of the New Yorker』という本も入手。これはニューヨーカー誌に掲載された6万8000作という膨大な量のヒトコママンガを本と付録CD(DVD版もあり)に詰め込んだものです。チャールズ・アダムスはニューヨーカー誌が主戦場でしたから、これでアダムスについてはOK、と考えておりました。

 だからこの本が出版されたときは、ちょっと迷った。

●チャールズ・アダムス/H・ケヴィン・ゼロッキ編『アダムス・ファミリー全集』(安原和見訳、2011年河出書房新社、2200円+税、amazon

アダムス・ファミリー全集

 でも買って良かった。アタリでしたね。

 『チャールズ・アダムス全集』じゃなくて『アダムス・ファミリー全集』であるところにご注目。本書はアダムス作品の中でも「アダムス・ファミリー」と呼ばれるお化け一家もの「だけ」を集めて解説を加えた本です。

 アダムスは膨大な作品を描いてるので、作品集を買ってもお化け一家以外の作品がかなり多くて、お化け一家のキャラクターたちを見たいひとにはちょっと残念なところもあるのです。

 その点本書は「アダムス・ファミリー」のキャラクターばかりが登場するし、わたしの知らなかった作品も多く収録。さらに未発表作品のラフスケッチ多数。それぞれのキャラクターについての変遷なども解説してくれてます。

 「The Thing」ってずっと手のお化けのことだと思ってたんですが、じつはマンガ内では作品のあちこちに出没する、ちらっと見えるヒト型のお化けのことだったとは。

 原著のタイトルは『The Addams Family, an Evilution』。「Evilution」なんていう言葉はありません。「Evil」と「Evolution」からなる造語ですね。「邪悪の進化」とでも訳すのかな。


 チャールズ・アダムスは1912年生まれ。1933年、ニューヨーカー誌にヒトコママンガが採用されてデビュー。以後60年近くにわたって第一線でヒトコママンガを中心に作品を描き続けました。

 日本で有名になったのは雑誌「漫画読本」1955年3月号に紹介されてから。「幽霊一家」と題して「アダムス・ファミリー」ものの五作が掲載されました。そのときの紹介文。

アダムスの本名はチャールズ・サミュエル・アダムスといゝ本年四十二才という、油ののり切ったアメリカの漫画家である。(略)こゝに発表する「幽霊一家」はアダムスの作品の中で特に有名なものであるが、勿論これ以外にも無数の「お化け漫画」がある。

 これ以後、アダムスは日本でもアメリカヒトコママンガのビッグネームとして知られるようになります。

 アメリカABC制作のテレビドラマ放映は本国では1964年ですが日本では1968年。そのころの「漫画讀本」1968年8月号での紹介文。

チャールズ・サミュエル・アダムスが、いわゆる「お化け漫画」の第一人者であることは、いまさら言うまでもないだろう。(略)現在ではテレビ番組「お化け一家」の原作者としてその名前はいっそうポピュラーになものになっている。

 同時期に星新一が『進化した猿たち』というエッセイで海外ヒトコママンガを紹介していました。「エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン」1965年7月号から、誌名が変わった「ハヤカワ・ミステリ・マガジン」1970年7月号まで連載されました(途中で中断あり)。

 『アダムス・ファミリー全集』の訳者あとがきには『進化した猿たち』でアダムス作品が紹介されたと書いてありますが、あれにはアダムスみたいなビッグネームは登場してなかったはずだけどなあ。

 ストーリーマンガの隆盛に押され、「漫画讀本」は1970年に休刊。日本のおとなマンガは衰退していくことになります。同時に海外のカートゥーンタイプのマンガが日本に紹介される機会も減っていきます。

 「文藝春秋デラックス」1976年10月号の特集は『ユーモアの研究 世界のマンガ』でした。巻頭のカラーグラビアが「アダムスのマザー・グース」。この作品、2004年に国書刊行会から邦訳されましたね。このときの紹介文。

“漫画界のヒチコック”とも言うべきスリラーマンガの大家だ 彼が創造した「幽霊一家」は既に世界的に有名だがこの「マザー・グース」シリーズもその非凡な才能を示して余すところない

 このころチャールズ・アダムスはすでに大御所。サーバー、スタインバーグ、ペイネらと並ぶトップクラスの海外マンガ家であると、日本でも認識されていました。

 しかしその後、時は流れて。1992年には映画「アダムス・ファミリー」が日本公開されヒットしましたが、このときアダムス作品が邦訳出版されることはありませんでした。

 文藝春秋漫画賞はまだ継続していましたが、日本のおとなマンガ、とくにヒトコママンガは完全に力を失っていました。そのせいか、日本おとなマンガのお手本であるはずのチャールズ・アダムスも日本人の周囲から消えていきます。日本における状況が、アダムスを日本から遠ざけたことになります。

 そして今、日本の読者の目に触れるヒトコママンガって、新聞に載ってるほんとにチカラのない風刺マンガ、自費出版されるヒトコママンガ、まんが甲子園で描かれる作品、ぐらいしかないのじゃないかしら。読売国際漫画大賞も終わっちゃったしなあ。

 その状況で、今回のチャールズ・アダムス作品の邦訳出版です。アダムス作品は時代や風俗とは無縁。普遍のブラックユーモアはいつまでも古くなっていません。そして愛すべき、かつ恐ろしいキャラクターたち。世界のマンガ史に残るマスターピースです。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 12, 2011

タンタンとわたくし(その3)

前回からの続きです)

 初期のタンタンはモノクロで描かれ単行本化されていました。モノクロ単行本が存在するタンタンは、以下の9作です。

●タンタンソビエトへ ●タンタンのコンゴ探検 ●タンタンアメリカへ ●ファラオの葉巻 ●青い蓮 ●かけた耳 ●黒い島のひみつ ●オトカル王の杖 ●金のはさみのカニ

 上記のうち、『タンタンのコンゴ探検』のモノクロ版は前回ご紹介したものです。

 のちにモノクロ単行本は順次カラー版として描き直されカラー版単行本として再発売されます。しかし『タンタンソビエトへ』だけは、カラー版として描き直されることはありませんでした。理由はいろいろあるのでしょうが、反ソビエトの政治的プロパガンダ臭が強すぎたのが大きな要因です。

 ですから『タンタンソビエトへ』は長らくまぼろしの作品となっていて、海賊版がかなり流通したそうです。

 1981年、CASTERMAN社はモノクロ版『タンタンソビエトへ』を復刻販売しました。

●書影左は、1989年にイギリスで発売された『タンタンソビエトへ』の英訳。右は2005年に福音館書店から発売された邦訳です。

005_new_2 007_new_2

 『タンタンのコンゴ探検』もそうでしたが、『タンタンソビエトへ』が日本語で読める日が来るとは考えもしなかった。

 残る七作、『タンタンアメリカへ』から『金のはさみのカニ』までのモノクロ単行本も、復刻版がCASTERMAN社から発売されています。仏語版は現在でも入手可能ですし、一部は日本語版も発売されました。

●書影は2005年にムーランサールジャパンから発売された、モノクロ単行本の復刻版、その邦訳です。日本では『タンタンアメリカへ』『ファラオの葉巻』『青い蓮』『かけた耳』の四冊が発売されました。

010_new 015_new

 ムーランサールジャパンは、日本でタンタングッズの販売をしてるところ。訳者は福音館書店版と同じ川口恵子です。ソフトカバーでB6判、表紙デザインは仏語版とほとんど同じ。

 もちろんカラー版との異同を見るのが楽しいのですが、おもしろいのが翻訳。訳者は全面的に訳を見直しており、同じセリフでも福音館書店版とはかなり違った言い回しになってます。


 さて、わたしタンタンについていろいろ書いてますが、ネタ本があります。

●BENOÎT PEETERS『TINTIN AND THE WORLD OF HERGÉ: AN ILLUSTRATED HISTORY』

019_new 037_new

 BENOÎT PEETERSは小説家、BDのシナリオライターとして知られています。日本で活動してるフレデリック・ボワレと組んだ作品もあるみたい。

 この本は1988年に英語で出版されたエルジェの伝記でタンタンの研究書。図版が多く、しかも文章がわかりやすい。タンタンの情報が乏しかったころ、わたし、この本にたいへんお世話になりました。

●もう一冊は、マイクル・ファー/小野耕世訳『タンタンの冒険 その夢と現実』。

022_new 036_new

 邦訳が2002年。発行はサンライズライセンシングカンパニーというところですが、発売は上記のムーランサールジャパン。今もそちらの通販(TINTIN NET STORE)で普通に買えます。

 これも図版が多くて、しかもやたらと詳しいタンタンの研究書。4500円+税とお高いですが、タンタンをひととおり読んだひとならすごく楽しめるでしょう。

●セルジュ・ティスロン『タンタンとエルジェの秘密』(青山勝・中村史子訳/2005年人文書院)

023_new

 これはもう純粋に学術書です。著者はラカン派の精神分析家で精神科医、医学博士、心理学博士、大学で教えてるというひと。タンタンの精神分析的批評をおこないつつ、エルジェの出生と創作との関連を解き明かす、というもの。

 さすがに一般向けの本じゃありませんので、万人にお勧めできるものではありません。

 さてこれからタンタンの映画公開に向けて、どんな本や雑誌が出るかな。楽しみに待っているわけであります。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 10, 2011

タンタンとわたくし(その2)

前回からの続きです)

 しかしわたしはこの主婦の友社版タンタンが大好きでした。

 まあ翻訳はむちゃくちゃだけど、絵がともかくすてき。とくにカラリングがすばらしい。エルジェの色ってほんと中間色のやさしい色なんですよね。だから印刷のデキによってずいぶん印象が変わります。

 1968年に惨敗したタンタンの邦訳ですが、15年後の1983年、福音館書店「タンタンの冒険旅行」の刊行が開始されます。

 福音館書店「タンタンの冒険旅行」の刊行順は本国とは違います。最初の三巻には、主婦の友社版三巻と同じ作品が選ばれました。四巻目は『なぞのユニコーン号』の続編『レッド・ラッカムの宝』。これは日本では数少なかったであろう主婦の友社版の読者に配慮してくれたもの、だと思ってます。福音館書店、えらい(もちろん最初の三巻がおもしろい、ということもありますが)。

 福音館書店版の判型は本国のBDと同じ大判、ハードカバー、オールカラーです。福音館書店はタンタンをマンガとしてではなく、絵本として売りました。書店で置かれたのはマンガの棚じゃなくて絵本の棚。図書館でもタンタンは絵本のコーナーに置かれることになります。

 これが成功しました。日本でタンタンは「マンガとはちょっと違うもの」として受容されることになります。オールカラーでちょっとおしゃれ。図書館で借りて読むもの。親に隠れて読まなくてもいい本。すごくゆっくりとした刊行ペース。

 このゆっくりした刊行が、わたしにはちょっとがまんできなかった。全巻が訳されるまでどのくらいかかるやら。

 というわけで、わたしは英語版タンタンを買うようになります。

●書影はLITTLE, BROWN AND COMPANYの英語版タンタン。これはペーパーバック版です。

0010_2 0011_3

●下も同じくLITTLE, BROWN AND COMPANYの英語版ですが、三作を一冊にまとめたシリーズ。

0020 0021_2

 ハードカバーですが、判型はB5判よりひとまわり小さいくらいの大きさ。でもやっぱりタンタンは大きいほうがいいですね。

●これはちょっと珍品。イギリスMAMMOTH社が出してる「TINTIN AND THE LAKE OF SHARKS」。じつはエルジェが描いた作品じゃなくて、アニメーションのフィルム・コミックです。

0022 0023

 タンタンの劇場用アニメーションはいくつかあります。これはそのうち1972年に制作された「Tintin et le lac aux requins」をCASTERMAN社がフィルム・コミックとして出版し、それがイギリスで英訳されたもの。

 映画オリジナルのストーリーで、舞台はタンタンと縁の深いシルダビア。オールスターキャストが楽しい作品です。YouTubeで映画の一部が見られます(→)。


 英語版タンタンを買ううちに、フランス語版には存在するけど、英語には訳されていないタンタンの存在を知るようになりました。

 それが「TINTIN AU CONGO」、英語版では「TINTIN IN THE CONGO」です。今は日本語版が発売されていて、邦題は『タンタンのコンゴ探検』。

 『タンタンのコンゴ探検』は1930年、ベルギーの新聞にモノクロで週一回連載されました。コンゴとはベルギー領コンゴのこと。当時はベルギーの植民地で1960年に独立。しかし以後もコンゴ動乱などがあって政治的に安定していません。

 この作品は1931年モノクロ単行本としてまとめられました。オリジナルモノクロ版でのタンタンはコンゴを訪れ、黒人たちの学校で「きみたちの祖国、ベルギー」についての授業をおこなったりしています。タンタンも時代と無縁ではありえません。

 1946年になって『タンタンのコンゴ探検』は描き直されカラー版として再発売されました。カラー版はモノクロ版からいろいろと変更が加えられました。その理由はモノクロ版の植民地主義的な部分が批判されたからです。しかし結局、このカラー版『タンタンのコンゴ探検』も英訳されることはありませんでした。

●書影はフランス語版「TINTIN AU CONGO」です。

0030 0031

 『タンタンのコンゴ探検』は、英語版が存在しないだけで、フランス語版、スペイン語版、イタリア語版など、各国語版はふつうに存在していました。つまり英米だけが特殊なのです。

 これは植民地主義への批判だけじゃなくて、カラダがまっ黒、ぎょろ目でくちびるが厚い、という黒人描写が問題にされたからです。

 しかしこの状況もしだいに変化してきます。

●まず1991年、CASTERMAN社がイギリスで英語版の「TINTIN IN THE CONGO」を出版しました。しかしこれはカラー版じゃなくて、1931年モノクロ版の復刻、の英訳。

0060 0061

 子どもたちが読むための本、というより、コレクターズアイテムみたいなものですね。この本は2002年にはアメリカでも出版されました。

●本とは関係ないですが、これはわが家の寝室に飾ってある「TINITIN AU CONGO」のポスターとタンタンの時計。

0032 0033

 近所の雑貨屋に行くと店員が、このポスターは外に出しちゃ行けないことになってるんですよ、と奥から出してきました。ただし店員もなぜ外に出しちゃ行けないのか、わかってませんでした。これが2000年ごろの話です。

●そしてついに2005年、イギリスのEGMONT社から、カラー版「TINTIN IN THE CONGO」の英訳が刊行。これを受けて、福音館書店も2007年に日本語版『タンタンのコンゴ探検』を刊行しました。

0040

 これでやっと、世界じゅうの子どもたちが各国語で『タンタンのコンゴ探検』が読めるようになったわけです。


 しかし。事態はまだそう単純ではありません。

 アメリカでタンタンシリーズを出版しているLITTLE, BROWN AND COMPANYは、現在もなお「TINTIN IN THE CONGO」英語版を発売していません。

 もちろん一般書店にこの本が並んでいるわけもなく。アメリカで「TINTIN IN THE CONGO」英語版を読もうとすると、イギリス(あるいはカナダ)から、外国の本として輸入しなければならないのです。

 ブルックリン公共図書館では2007年、利用者からの抗議によって『タンタンのコンゴ探検』フランス語版が、開架から閉架書架に移動させられました。おそらく、この図書館は英語版を所有していません。

 というわけで、今でもアメリカでは『タンタンのコンゴ探検』がなかなか読めない状況が続いています。タンタンの受難はまだまだ終わらないようです。

 以下次回。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

November 08, 2011

タンタンとわたくし(その1)

 スピルバーグ監督のCGアニメ映画「タンタンの冒険 ユニコーン号の秘密」の公開まであと少し。

映画「タンタンの冒険」公式サイト

映画『タンタンの冒険 / ユニコーン号の秘密』特報映像第2弾!

 これらの予告編(英語版、日本語字幕)を見ると、タンタン自身やデュポンさんは「TINTIN」を「ティンティン」と発音してるみたいなのに、ハドック船長だけは彼を「タンタン」と呼んでるのが不思議。

 ちなみに特報映像第2弾で、字幕ではデュポンだけど音声でトンプソンと言ってるのはご愛敬。

 このあたりは、各国で主要登場人物の名や発音が違うからですね。主人公はフランスや日本ではタンタン、英米でティンティン。相棒の犬はフランスでミルゥ、日本やアメリカではスノーウィ。顔がそっくりの二人組の刑事はフランスではふたりともデュポンだけど、日本ではデュポン/デュボン、英米でトムソン/トンプソン。もちろん世界中でみんな名や発音が違います。

 映画公開前に気分を盛り上げるために以下もどうぞ。

大貫妙子「タンタンの冒険」

シャンタル・ゴヤ「タンタン大好き」

 大貫妙子「タンタンの冒険」は1985年の作品。シャンタル・ゴヤはフランスの「歌のおねえさん」みたいなひと。これはまだ若いときの映像で、いまはけっこうなお年にになられてます。

 それはそれとして、映画のタンタンの顔、あのほりの深さはどうよ。タンタンの目は点じゃなくっちゃと思うのだがどうか。

 さて、タンタン大好きのひとたちのことを「タンタノフィル TINTINOPHILE」「タンタノマニア TINTINOMANIA」と呼称するそうです。わたしは別にマニアじゃないですが、ちょっとだけ所有物をご紹介。

●主婦の友社版「ぼうけんタンタン」シリーズ 『ブラック島探検』『ふしぎな大隕石』『ユニコン号の秘密』

Tintin01

Tintin02

 日本におけるタンタンの、すべてはここから始まった。1968年に発行された主婦の友社版タンタン全三巻です。

 1968年、日本では新書判マンガのブームがおこっていました。雑誌で読み捨てるのがあたりまえだったマンガが単行本にまとまって再発売されるようになったのです。各社から新書判マンガのシリーズが一斉に発売されるようになり、マンガのコレクター=オタクもこの時期に誕生します。

 主婦の友社タンタンもこの時期に発売されました。定価250円は同時期の新書判よりちょっとだけ高い。翻訳は芥川賞を受賞する以前の阪田寛夫。童謡「サッちゃん」「おなかのへるうた」の作詞家としても有名ですね。

 横長の変形判で、ちょうど福音館版タンタンを上下に二分割した大きさです。特筆すべきはすべてのページがカラー、ではないこと。この時代のマンガは、ちょっとだけカラー、ちょっとだけ二色、ほとんどがモノクロ、というのが標準仕様でした。主婦の友社版タンタンは、ちょっとだけカラー、ほとんどがモノクロ。

 登場人物は、タンタン、ミロ、トムソン/トンプソン、ハドック船長(アドックとは発音しません)という、英仏混合の名前。

 しかし阪田寛夫の訳は、ちょっとかんべんしてくれよ、というくらいのものでした。

 「いかにもフランスらしいエスプリ(機知)と、ユカイなことばのやりとりは、新進の放送作家、阪田寛夫先生の、リズム感あふれる訳によって、十分に生かされ、子どももおとなも、ほんとうのマンガの醍醐味を味わうことができます」とありますが、たとえば『ふしぎな大隕石(福音館版では「ふしぎな流れ星」)』のオープニング、●タンタンと○ミロ(スノーウィ)の会話。

●シテキな すてきな よる!
○でもさ なつみたいに あついジャン
●ほしはァ ながれるゥ ゆめの よるゥ~
○むかしのひとはいいました ほしをみるより あしもと みろってネ
●あれに みえるが おおくまざ
●ミロや よく見ろよ でかい ほし!
○どっちだヨン
●やややのや! おおくまざに ほしが ひとつ ふえたァ!
○くまさん びっくり おお クマり

 これが延々と続きます。全篇この調子。あと、こんなセリフも。

「ウキャキャのウキャキャのワッホッホ! こりゃまびっくりぐうぜんのイッチッチ!」
「チョイまちぐさ!」
「ラカンのタカラをまわそじゃないか!」
「ナムアミタンタンゆるしてちょうだいホウレンソウ」

 ええい殴ってやろうかしら。

 というわけで、すでに亡くなられた芥川賞作家に言ってはアレですが、ひどかった。

 さらに。主婦の友社はタンタンを絵本じゃなくてマンガとして発売しました。巻末には「おかあさまがたへ おかあさまが買って与えるマンガです」とあります。

 わが国は、いま子どもはもちろん、大学生、おとなまでが、あげてマンガ、コミックに熱中しています。はんらんするマンガは、ともすれば刺激のみを求めて、あるいはグロ、あるいはエロに流れ、また、全くの荒唐無稽のナンセンスに堕しています。
 これでは、世のおかあさまや先生がたが、マンガを目のかたきにするのも、うなずけます。
 しかし、こういうものだけがマンガではありません。健康な笑いと、あたたかい人間性と、子どもが持ってほしい大きな夢……こういったマンガ本来の姿に立脚した本が、ないわけではありません。

 日本マンガが親から買ってもらうものじゃなくて、子どもが自分のこづかいで買うものに変化しつつあったこの時期、主婦の友社版タンタンは子どもじゃなくて母親に向けて発売されたのです。

 すでに『巨人の星』『あしたのジョー』『ハレンチ学園』の時代です。いっぽうにはつげ義春『ねじ式』が登場しています。日本マンガの勃興期、日本ではタンタンの発行は、読者から完全に無視されました。

 以下次回

| | Comments (1) | TrackBack (0)

« October 2011 | Main | December 2011 »