ちょっと難問系マンガ試験(解答編その1)
●前回からの続きです。
(A)こうの史代『夕凪の街 桜の国』(2004年双葉社、amazon)が発売されて、すでに七年もたつんですね-。いや時の流れは速いわ。
問1は誰でもわかる問題。このシーン、大きなフォントで表現されたセリフは、声が大きいことを示しています。ただしこれはすべての場合にあてはまるわけではありません。
人物と比較して、あるいは前後のフキダシ内フォントの大きさと比較して、フォントが大きければそれは大声、小さければ小声です。しかし単に大きなフォントが使用されているだけでは大声ではありません。柴田ヨクサル『ハチワンダイバー』などがそうですね。
問2。マンガのセリフによく使われる、かなは明朝体(アンチック体)+漢字はゴシック体(ゴチック体)という形式を、「アンチゴチ」と称するそうです。
アンチゴチの起源は昭和初期にまでさかのぼるそうですが、マンガ雑誌でアンチゴチが一般的になったのは、わたしのちょっとした調査によりますと1955年から1956年にかけてのようです。と、このあたりはまだまだ不確かな話ではありますが。
問3。こうの史代はきわめてテクニカルな漫画を描くひとです。登場人物や背景は単純化された線で描かれ、誰がどこで何をしているかは、小学生が読んでもすぐわかる。
しかしそこにも「演出」というのがあって、これによって読者にはお話がちょっとわかりにくくなることもあるのです。
(1)平田皆実は冒頭に登場したワンピースを着るのをいやがっている。(2)皆実はショーウィンドウ内の半袖ワンピースをしげしげと眺めていて、それが嫌いなはずではなさそう。(3)その後「さりげなく」、他の登場人物が全員半袖なのに皆実だけが長袖の服を着ていることが表現されます。ここは注意深くない読者はまったく気づかない。(4)風呂に入った皆実の左手に傷=やけどのあとがある。
というわけで(4)の段階になって、皆実はやけどのあとを見せたくないので、半袖のワンピースを着るのをいやがっていることが明らかになります。読者にはここで初めて皆実が被爆者であることがわかる、という重要なシーンでもあります。マンガとして最初の見せ場。
冒頭のワンピースと皆実のやけどの関係は、オトナの読者にとってはあまりにアタリマエのこととして読解できてしまう、はず。
ところが。
じつはウチの娘たちが本作を読んだとき、二人ともまだ小学生だったのですが、この関係に気づいていなかった。こらっ。
身内のことながら、これはちょっと驚きでした。「夕凪の街」は短編だけあって描かれてるエピソードが少なく、ワンピースとやけどの関係はこのお話内で重要なエピソードのひとつです。これぐらいは読み取ってくれよー。
たしかに(1)から(4)までは7ページ、間があいています。読んでるうちに(1)のことを忘れてしまうかもしれない。
サンプルがあまりに少なすぎてあれですが、こうの史代の表現は小学生にはむずかしすぎるのかもしれません。あるエピソードから7ページすぎてしまうと、もう伏線として成立しないのか。
もっとわかりやすい表現も可能です。皆実が長袖をめくってやけどのあとを見せる、という演出も可能。だからといってそれをしてしまうと、こうの史代作品としてはどうよ、ということになってしまいます。
マンガが難解ではいけないのか。小学生にもわかるマンガ、じゃなくてもいいのじゃないか。
というわけで、つぎは市川春子作品について。この項、次回に続きます。
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