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October 10, 2011

リーニュ・クレールで描かれた『マンガで学ぶナチスの時代』

 クリアライン・スタイル clear line style 、フランス語でリーニュ・クレール ligne cleire とは、エルジェが始めたBDのスタイルと言われています。つまり『タンタン』みたいなマンガのことね。

 人物も背景も似たようなはっきりくっきりした線で描かれ、斜線やカケアミは使用されません。「スタイル」ですから、エルジェの『タンタン』そのものというより、「タンタンおよびそれに影響された一連のBDの作風」を指します。

 「クリアライン・スタイル=リーニュ・クレール」を最初に言い出したのはオランダのデザイナー Joost Swarte です。1977年のことですから、比較的新しい言葉ですね。

 近年この言葉はさまざまなところで使われるようになりました。過去や新作のマンガ作品を再定義、再評価したり、アニメーション評に使ったり。

 たとえばフランク・ミラーがシナリオを担当したジェフ・ダロウ画の『Big Guy and Rusty the Boy Robot』という有名なアメコミがあります。TVアニメーション化もされました。この作品は「リーニュ・クレールによる郷愁的スタイルと日本マンガ的狂騒アクションの融合」と評されたりしてます。

 北斎はリーニュ・クレールである、などとこの言葉をすごく広く使った評を見かけたりもしますが、それ言うなら浮世絵は全部リーニュ・クレールなんですけどね。

 リーニュ・クレールはヨーロッパBDの誇りあるスタイルと評価されています。ところが日本人読者はそのあたりの事情にくわしくないので、ある作品をぱっと見て、エルジェそっくりやん、と驚いたりします。でもそういう作品もエルジェのパチモンではなく、リスペクトの対象なのですね。

 しかしまあ、あちらの『タンタン』のスタイルで描かれたマンガというのは、ほんとエルジェそっくり。どのくらい似てるかというと、手塚治虫と井上智くらい似てる。というたとえは誰にもわかってもらえないでしょうから、『ワンピース』と『フェアリーテイル』くらい似てる。

 たとえば「The Rainbow Orchid」シリーズが人気の Garen Ewing。→ご本人のサイト

 こちらはエリック・ヒューフェル Eric Heuvel というオランダのマンガ家。→ご本人のサイト

 それぞれのサイト内部を見ていただくと、いかにエルジェに似てるかわかるでしょ。こういう作品は過去のものではなく、今も現役で作られ続けています。

 さてここまでは前フリ。そのエリック・ヒューフェルの邦訳をご紹介。

●エリック・ヒューフェル/リュート・ファン・デア・ロール、リース・スキバース『マンガで学ぶナチスの時代(1)ある家族の秘密』『マンガで学ぶナチスの時代(2)真実をさがして』(早川敦子監訳、2009年汐文社、各2500円+税、amazon

マンガで学ぶナチスの時代〈1〉ある家族の秘密 マンガで学ぶナチスの時代〈2〉真実をさがして

 じつは買ったまま積ん読になってました。今回リーニュ・クレールを調べてて引っぱり出してきたものです。

 エリック・ヒューフェルは1960年生まれのオランダ人。税関職員、歴史教師として働いたあと、マンガ家に転身したという経歴を持っています。最初のマンガ作品の出版が1986年。lanmbiek.netの紹介文がこちら

 本書はオランダ、アムステルダムのアンネ・フランク・ハウスが2003年に企画出版した作品。オランダでは学校の副読本として採用されているそうです。

 1938年、オランダ、アムステルダムに住む少女ヘレナのとなりにドイツからユダヤ人少女エスターが引っ越してきます。ふたりは親友になりますが、1940年オランダはドイツに占領されてしまいます。

 ユダヤ人をめぐるドイツ占領下のオランダが、いかに同胞相食む過酷な状況であったかは、最近ポール・ヴァーホーベン監督の「ブラックブック」という映画もありましたね。

 ヘレナとエスターは1942年に別れ別れになってしまいます。本書は1巻でオランダ人ヘレナのその後を描き、2巻でユダヤ人エスターがどのようにしてオランダで生き抜いたか、オランダからアウシュヴィッツに送られたエスターの父がどうなったかが描かれます。

 ドイツからオランダに移住したアンネ・フランクは今でもオランダで尊敬されてるそうです。オランダ国鉄がユダヤ人輸送でホロコーストに協力したことを謝罪したのが2005年のこと。オランダは第二次大戦中にもナチス協力者が多く、じつは今もネオナチ運動があります。

 そういう背景のもとで出版されたマンガです。子ども向けにリーニュ・クレールで描かれていますが、それだからこそ描写は正確かつ精密。学習マンガのようでもありストーリーマンガのようでもあり。表現として劇的なものはありませんが、リーニュ・クレールというだけで、事実の重みは胸を打ちます。

 ナチスはかつてユダヤ人を排斥しましたが、今オランダのネオナチはアラブからの移民を排斥している。そしてパレスチナではユダヤ人とパレスチナ人が戦っている。

 本書を読んだあとはジョー・サッコ『パレスチナ』(小野耕世訳、2007年いそっぷ社、amazon、1800円+税)などを読んでみてほしい。世界は、歴史は、いかに複雑で混乱しているか。それを思い知らされます。

パレスチナ


参考:
Dafna Pleban: Investigating the Clear Line Style(
Paul Gravett: Hergé & The Clear Line Part 1(
Paul Gravett: In Search of the Atom Style Part 1(

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