メビウスとエルジェ『エデナの世界』
秋のBDまつり、第三弾のご紹介は大御所メビウス。
●メビウス『エデナの世界』(原正人訳、2011年TOブックス/ティー・オーエンタテインメント、4800円+税、amazon)
出版社よりご恵投いただきました。ありがとうございます。
本国ならメビウス作品は再版をくり返していますから、ちょっと待てば欲しい本が入手できます。しかしそれはもちろんフランス語版だから日本の読者には敷居が高いっす。英語で、と思ってもアメリカアマゾン見ると最近はメビウスの英訳本も中古価格が高騰してるなあ。
ところが今この現在、日本でメビウスの邦訳が新刊書店で三冊も手にはいるという、この事実にまあびっくりするやらありがたいやら。他の二冊はこれね。
●メビウス『B砂漠の40日間』(2009年飛鳥新社、5000円+税、amazon)
●メビウス/アレハンドロ・ホドロフスキー『アンカル』(2010年小学館集英社プロダクション、3800円+税、amazon)
あと『アルザック』が邦訳されれば完璧。
さて『エデナの世界』。全五巻の長編+番外編一巻を一冊にまとめたものです。巻末に浦沢直樹×夏目房之介の対談つき。
第1巻が描かれたのが1983年。これはシトロエン社の販促物として描かれたそうです。その後お話のイメージはどんどんふくらんでエデナ=エデンの園を思わせる星の物語となり、最終5巻が発行されたのが2001年。いやこれは長い。『アンカル』も完結するまでに8年かかってますが、それの比じゃありません。
ですからストーリーは、悪く言えばいきあたりばったり。一巻単位ではよく考えられてると思うのですが、全五巻の統一感はありません。むしろよくもまあ最終の5巻でこの物語をきちんとおさめられたものだと、そっちに感心しました。
ただし基本的には絵を楽しむタイプの作品でしょう。18年の間にメビウスの絵もどんどん変化しています。稀代の絵師の頭の中にあるイメージが、いかにしてマンガ作品として結実しているか。これを楽しみに読みました。
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さて本書を読んでますと、とくに冒頭のほう、登場人物の目が点で表現されてることもあって、エルジェのタンタンと似てるところがあるなあ、と感じてしまいます。
メビウスがジャン・ジロー名義で描いた西部劇マンガ『ブルーベリー』シリーズは、鉛筆で下描きしたうえでペンと筆でオモセンを描いてたみたいです(※)。
このあたりの作品は日本の「劇画」っぽい感じでした。日本ではバロン吉元がこういうスタイルで筆で描いてました。バロン吉元はジャン・ジローを参考にしてたそうですから、筆を使ってたのも知ってたのかな。
しかしメビウス名義の『アルザック』以降になると、線はどんどん整理されていきます。『アンカル』あたりではまだ線に強弱がついていますが、『エデナの世界』になると、きわめて単調な線で描かれるようになります。
今ではメビウスの絵といえば、こちらを思い浮かべるかたがほとんどでしょう。
こういうタイプの絵をクリアライン・スタイルと呼びます。「クリア・ライン・スタイル the clear line style」、フランス語では「リーニュ・クレール ligne claire」。
クリアライン・スタイル「リーニュ・クレール」は、エルジェの『タンタン』がその祖であると言われています。人物も背景も、同じようなくっきりとした線で描かれ、斜線やカケアミは使用されない。基本的にこれはカラリングを前提とした描きかたです。
日本ならわたせせいぞうがこれにあたります。最近のアメリカ作家なら『ジミー・コリガン』の作者クリス・ウェアがそう。アラレちゃん時代の鳥山明も含まれるかな。
「ligne claire」で画像検索したのがこちら。
歴史的に狭義では、エルジェのタンタンとそれに影響を受けたひとたちのマンガをリーニュ・クレールと呼ぶようです。ですから後期メビウスをそうだと言いきってしまうのはちょっと問題がありますが、やっぱメビウスもタンタンとリーニュ・クレールには影響受けてるよなあ。
多くの日本人マンガ家が影響を受けたメビウス。彼の源流には、エルジェがいた、というお話。
以前わたしは、エルジェと日本マンガには何の関係もない、と書いたことがありました(※)が、それを撤回させていただきます。
エルジェのタンタンは、メビウスを介して、あるいはリーニュ・クレールというスタイルを介して、日本マンガに影響を与えた、のじゃないでしょうか。
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