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October 24, 2011

ちょっと難問系マンガ試験(解答編その2)市川春子作品を読む

前々回前回からの続きです。

 市川春子の新作『25時のバカンス』(2011年講談社、590円+税、amazon)を読みました。いやもうほんっっっっとにすばらしい。というわけで、前作『虫と歌』(2010年講談社、571円+税、amazon)もひっぱりだしてきて、くりかえし読んでたわけです。

25時のバカンス 市川春子作品集(2) (アフタヌーンKC) 虫と歌 市川春子作品集 (アフタヌーンKC)

 市原春子作品は一貫してるなあ。ここまで同じモチーフがくりかえされるとは驚きですね。すなわち「ヒト型の異生物+生命と死+エロティックな人体破壊シーン」であります。

 しかし著者の作品は、こうの史代作品とは別の意味でちょっと難解です。お話そのものが日常から乖離している。セリフによる説明を省略する。そして著者は読解が困難な絵を描くことに躊躇しない。

 前作『虫と歌』収録の「日下兄妹」。この作品は(1)アクロバティックなアイデアが(2)叙情的なストーリーで(3)わかりやすい描写で語られる。そのあたりが絶妙なバランスの傑作でした。

 いっぽうで「ヴァイオライト」。これはわかりにくいところがいろいろとある作品です。

 で、前々回の問4になるわけです。

主人公・大輪未来を救う天野すみれは人間の姿をしているが人間ではない。天野すみれの正体は何者であったのか。

 天野すみれは静電気体質である。空飛ぶ鳥を捕まえることができる。泳ぐサカナを手づかみできる。さらには目が光ったり火花で火をおこしたりも。

 終盤で天野すみれは、自分の身体が壊れていくのもかえりみず、主人公を助けようと奮闘します。この絵が何とも美しい。

 小さな不思議がだんだんと大きなものとなり、ついには謎の人物の正体が明らかに。これほどエンタメ的構成がしっかりしているのに、難解な印象を持ってしまうのは、天野すみれの正体が言葉ではっきりと説明されていないからでしょう。

「ちょっと小指をひっかけただけだぜ?」

 このセリフがいいですね。小指をひっかけただけで飛行機を落としてしまう存在とは何か。ここで読者が扉絵を見直してみると、カミナリが飛行機に小指をひっかけるシーンが描かれてることに気づきます。おお、そうか。謎が解ける一瞬。読書の快楽ですね。

 本作で天野すみれは大輪未来を助けようとがんばりますが、カミナリであるすみれは、ついに未来を焼き殺してしまいます。皮肉で悲しいラストです。ここもセリフがまったくないので、絵だけから読み取らなきゃならないのです。

 わかりにくいですか? でも簡単な描写を心がけよ、というのは、著者の手足を縛るようなもの、そして読者の喜びを奪うようなものじゃないのか。

 ただ本作に関してはタイトルがやっぱ謎。ここは「ヴァイオライト」じゃなくて「バイオライト bio-light」であるべきなのでは、なんて思うわけです。

 新作『25時のバカンス』では、収録の三作中、表題作の中編「25時のバカンス」がもっともわかりやすい表現がされています。貝殻人間、このエロさは尋常じゃありません。

 って読んでないひとには意味不明でしょうが、ちょっとすごいですよ。

 残りの二作、「パンドラにて」「月の葬式」にはそれぞれ仕掛けがあります。クライマックスとなる大きなコマ。その絵はともに無音、無セリフ。どこで何が起こってるのか。読者にはそれを能動的に解読する努力が求められています。でないと、お話が理解できません。不親切と言えばそのとおりではあります。

 「月の葬式」、230ページと231ページの見開き。夜空では爆発のようなことがおこっている壮大な場面です。

 すごく印象的でチカラのはいったコマですが、ぱっと見て何があったのか、よくわかりません。そういうふうに描いてある。

 種明かしはラスト近くでなされます。

 「あの日降った大量の月の隕石」、「あなたが月を壊」したことが明らかとなります。

 そこで読者はあらためてタイトルに注目します。「月の葬式」。タイトルそのままかいっ。と読者は驚くわけですね。絵、セリフ、タイトル、別々な場所に配置された三者が物語を読み解くカギになるのです。

 「パンドラにて」はさらに難解、かもしれない。「月の葬式」は地上、日本での物語でしたが、「パンドラにて」は土星の衛星上にある女学校(!)で起こる事件が描かれます。

 なじみのうすい宇宙が舞台である上に、クライマックスで起こる出来事が、月の爆発以上にショッキングでSF的。

 そこで前々回の問6。

168ページの絵では、多数の少女が宇宙空間に存在しているようすが描かれている。この絵が何をあらわしているのか、文章で説明せよ。

Img_0002_new

 このクライマックスで、黒い肌の少女(←じつは人間ではない)は、学園を卒業した先輩の少女たちを追って、宇宙船のあるはずの部屋へ向かいます。

 しかしそこには宇宙船はありませんでした。彼女が目撃したものは。

 卒業生の少女たちは、真空の宇宙に浮かび、次々と破裂している、というのがこの絵なのです。(なぜ少女たちが宇宙に放り出されることになったのかはその先を読めば明らかにされます)。

 しかし。なぜ彼女たちは宇宙で破裂しているのでしょうか。

 じつはこれ、昔からあるSF的誤解です。体内には空気があり外側は真空。だから生身の人間が真空の宇宙に出ていくと圧力差によって人体は破裂しちゃうのじゃないか、と考えられてた時代があったのです(今では、そんなことはないと考えられています)。つまりこのシーンは、誤解による、ありえない、美しき人体破壊が描かれているのですね。

 科学的にはありえないかもしれないけど、わたし、こういうハッタリのきいたシーンは好きだなあ。そしてこのシーンに続くラストの展開も美しい。

 のですが、このあたり、著者は言葉による説明をまったく省略しています。かつ著者の絵はけっして写実的ではないので、理解しづらく思うひとも多いでしょう。ウチの娘などはこの作品については考えるのを放棄してました。でも、きちんと読めば読解できる、はず。

 わかりやすく描きすぎると読書の楽しみがなくなる。ちょっと演出を加えると難解だと言われてしまう。古くからある問題ではありますが、このあたりのバランスは難しい。永遠の課題でもあるのです。

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Comments

おお、ありがとうございます。そうか、すみれ=ビオラ=ヴァイオラ、でしたか!

Posted by: 漫棚通信 | October 25, 2011 11:05 PM

> ただ本作に関してはタイトルがやっぱ謎。ここは「ヴァイオライト」じゃなくて「バイオライト bio-light」であるべきなのでは、なんて思うわけです。

こうの史代の表現は素晴らしいと思うのですが、
市川春子はついて行けなかった私ですけど、
漫棚通信さんの種明かしの後ならこれはすぐわかる。
「すみれ」だから「Viola+light」ですね。
わかってみれば、これもまんまの題名でした。

Posted by: りの | October 25, 2011 07:33 AM

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