殺戮と破壊の『ピノキオ』
今年もBDがつぎつぎと邦訳されてます。
いろんな作品を読んで思うことは、そこにはこれまで日本の読者が知らなかった豊穣な世界が広がってるのだなあと。フランスの読者が日本マンガに出会ったとき以上に、わたしたちは今、BDにびっくりしてる、のじゃないかな。
秋のBDまつり、第一弾のご紹介はこれ。
●ヴィンシュルス『ピノキオ』(原正人訳、2011年小学館集英社プロダクション、3000円+税、amazon)
出版社よりご恵投いただきました。ありがとうございます。
著者のヴィンシュルスは、アニメーション化されたマルジャン・サトラピ『ペルセポリス』で、サトラピと共同監督をしたヴァンサン・パロノーの別名。アニメはカンヌで審査員賞を受賞しましたね。
だれもが知ってる『ピノキオ』。19世紀イタリアの作家、カルロ・コッローディ(コルローディその他の表記もあり)による児童文学です。現代のわたしたちには1940年のディズニーアニメーションのイメージがすり込まれちゃってます。アニメのほうもピノキオの耳が伸びるシーンとかけっこうブラックな味わいがありますが、原作小説ではピノキオがしばり首にされて死んじゃったりしてもっとブラック。
しかし本書はさらに極悪な作品です。こういうのがアングレームでは賞を取っちゃうんだよなあ。フランスはふところ深いわ。
本作のピノキオは木でできた操り人形のように見えてじつは、ゼペットが発明した軍事用スーパーロボット。彼は皿洗いもできる兵器、として開発されました。
ところがピノキオは、体内にしのびこんだコオロギならぬゴキブリのジミニーのせいで回路がおかしくなってしまい、破壊と残虐の限りをつくすことになります。
ゼペットは失踪したピノキオを追って旅に出ます。もちろん愛のためではなく金のため。ピノキオとゼペットはそれぞれの旅の途上で、さまざまな不幸なキャラクターと邪悪な事件に出会い、それらが黒い笑いとともに描かれるのです。
たとえば七人のこびと。冷凍保存した白雪姫をかわるがわる屍姦しているこびとたちは彼女を生き返らせるために、ある殺人鬼から生きた心臓を買い取ります。
たとえば原作にも登場する足の悪いキツネと盲目のネコ。本書で彼らは人間として登場しますが、ネコは宗教に目覚めキツネに復讐し、ついにはテロリストとなります。
原作やアニメではロバになってしまうピノキオの友人たちは、本書では狼に変身してクーデターに参加します。彼らは原作やアニメでは被害者ですが、本書では圧政の加害者となります。
最大の違いはピノキオ自身。本書のピノキオは心を持っていません。意思もない、目的もない、ひとにあやつられるままの破壊兵器です。ピノキオが何を暗示しているかは明らかでしょう。
絵はロバート・クラムふうというか、かつてのアンダーグラウンドコミックな感じ(→出版社のサイト)。
いろいろなエピソードやキャラクターがきれいに落ち着くところに落ち着いて、ラストに集約します。しかしそのラストはいつわりの安息のように見えますがどうでしょうか。
暗喩に満ちていて、いくらでも深読みできてしまう作品です。とくに日本の読者なら、「かわいらしい外見を持った」「スーパーロボット」で「破壊兵器」でもあるピノキオを見ると、どうしてもあの作品を思い浮かべてしまいます。わたしはずっと「裏アトム」と思いながら読んでました。
Comments
日本語版の装丁も同じだと思います。豪華ですよ!
Posted by: 漫棚通信 | September 27, 2011 08:50 AM
原書持ってますが、ハードカヴァーで金のエンボスと豪華な装丁ですよね。ヴィンシュルスが監督した映画『Villemolle 81』をレビューしました。ご参考までに。
http://gosshie.blogspot.com/2011/07/blog-post_30.html
よし、三千円頑張って貯めるぞー!
Posted by: ハル吉 | September 26, 2011 08:46 PM