« 殺戮と破壊の『ピノキオ』 | Main | 「ネーム」の話 »

September 29, 2011

戦闘機好きはアチラにもいる『ル・グラン・デューク』

 秋のBDまつり、第二弾のご紹介はこれ。情報があんまり出てない作品でちょっと不安だったのですが、買って良かった。

●ロマン・ユゴー/ヤン『ル・グラン・デューク』(宮脇史生訳、2011年イカロス出版、2800円+税、amazon

ル・グラン・デューク

 イカロス出版は航空ファン向けの雑誌などを出してるところ。BDの出版とは無縁と思われる出版社が参入してくるのですから、やっぱBDってブームなのでしょうか。

 第二次大戦を舞台にした戦記マンガ。ドイツ対ソ連の航空戦を描いています。

 主人公はドイツ空軍のエースパイロット、アドルフ・ヴルフ中尉。でもナチス嫌いで隊内では孤立しています。対するのはソ連軍の女性パイロット、リリア・リトヴァスキ中尉。ドイツ軍から「夜の魔女」と恐れられる存在。彼女も共産党が嫌いで、政治委員からにらまれています。このふたりの人生が東部戦線の上空で交錯する!

 わたし知らなかったのですが、第二次大戦中のソ連では女性兵士は後方支援だけじゃなく当たり前のように前線で戦闘に従事してて、実際に女性の戦車乗りとか飛行機パイロットとかも存在したそうです。

 ですから本書も、ありえたかもしれない物語。でもこういう基礎知識は解説しておいてほしいなあ。それとも戦記ファンにはあまりに常識?

 また本書には訳者略歴は書いてあっても、原著者についての情報はまったくありません。「マンガ」出版としてはどうよ、と思う不親切さなのですが、しょうがないのでわたしが代わりに。

 まずタイトルの「ル・グラン・デューク Le Grand Duc」。日本語にすると「大公」ですが、本書では書影の飛行機に描かれたミミズクのイラストにご注目。

 主人公の愛機はハインケルHe219という変わった形の双発複座戦闘機なのですが、こいつの愛称がドイツ語で「ウーフー Uhu」。日本語でワシミミズク、英語でイーグルオウル、フランス語でル・グラン・デュークというわけです(ああWikipediaの各国語横断検索は便利だ)。

 原著者のひとり、作画担当のロマン・ユゴー Romain Hugault は1979年生まれ。17歳でパイロットライセンスをとったという筋金入りの航空ファン。2005年に出版された「Le Dernier envol(最後の出撃)」というBDで注目されるようになりました。航空戦記BDの新鋭です。

 本書は2008年から2010年にかけて全三巻で出版され商業的にも成功しました。邦訳はそれを一冊にまとめたもの。

 シナリオ担当のヤン Yann については、あまりに一般的な名前なので、検索してもわかりませんでした。ごめんね。

 お話には女性のハダカもでてきますが、通俗とはちょっと違う。緊張感のある人間関係、組織と個人の関係、死と向き合う戦争の残酷さなど描かれてて、ストーリーも読ませます。

 しかし本書の魅力は、やっぱり絵。わが新谷かおるや小林源文を引き合いに出すまでもなく、戦記マンガの魅力は、メカのかっこよさと正確さです。

 読者のほとんどが戦記マニア、という特殊な世界ですから、きっとちょっとしたマチガイも許されないに違いない。その点、本書の正確さはすごい(のだと思う)。フォッケウルフFw190D-9という戦闘機のコックピットを上方から俯瞰した絵がありますが、航空ファンは泣いて喜ぶのじゃないでしょうか。

 ユゴーの描く飛行機はどれも美しい。日本プラモデルの箱絵とは方向性がちょっと違いますが、すでにそれを越えている、のじゃないかな。

 パースや構図は自由自在。下から見上げた空も上から見おろした地上もすばらしい。それに日本マンガと違ってオールカラーは強力だ。飛んでる飛行機だけじゃなくて、そこに飛行機のある風景、もいいですね。お好きなかたにはたまらんでしょう。

 最近のBDはYouTubeに動画の広告を出したりしてますので、サンプルをどうぞ。こんな絵です。

|

« 殺戮と破壊の『ピノキオ』 | Main | 「ネーム」の話 »

Comments

 ソ連の女性航空隊のことでしたら、以前、ソノラマから……と思ったら、とっくに絶版になって、いまは学研M文庫から出ておりました。『出撃!魔女飛行隊』(ブルース・マイルズ著)という本でどうぞ。

Posted by: すがやみつる | October 04, 2011 02:19 AM

そうか常識でしたか。エントリ書いたあとソ連のリディア・リトヴァクのことを知って、直接のモデルはこれかーと感じた次第です。

Posted by: 漫棚通信 | October 02, 2011 09:06 PM

連投すみません。

BDの国ではこんなことが。

『パリで勃発!ポストイット戦争、ビルにレトロゲームの絵柄がずらり』

http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2821458/7655937?ref=ytopics

Posted by: トロ~ロ | October 01, 2011 07:03 PM

>第二次大戦中のソ連では女性兵士は後方支援だけじゃなく当たり前のように前線で戦闘に従事してて、実際に女性の戦車乗りとか飛行機パイロットとかも存在したそうです。

たぶん常識かと・・・・独ソ戦初頭でのソ連の被捕虜数とかハンパなくて、工場労働から前線勤務まで国家総動員ですから。
旧ソ連の人口構成グラフで男性の従軍世代だけ大きく落ち込んでいたのを見た記憶があります。

Posted by: トロ~ロ | October 01, 2011 06:42 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 戦闘機好きはアチラにもいる『ル・グラン・デューク』:

« 殺戮と破壊の『ピノキオ』 | Main | 「ネーム」の話 »