老いを描くスペイン発のマンガ『皺 shiwa』
昨年から続く、海外オルタナティブコミックの翻訳ブーム、まだまだ終わってません。今度はスペイン人作家の作品。
●パコ・ロカ『皺 shiwa』(小野耕世・高木菜々訳、2011年小学館集英社プロダクション、2800円+税、amazon)
出版社からご恵投いただきました。ありがとうございます。
著者は1969年、ヴァレンシア生まれ。本書には著者による『皺』『灯台』という二作品が収録されています。
『灯台』はスペイン内戦時代を舞台に、逃亡する兵士、隠遁する灯台守、ガリバー旅行記に出てくるラピュタ、などがからんだ幻想的なお話。こちらもすばらしいのですが、今回は表題作の『皺』について。
本作のテーマは、老いと認知症です。ああっ、地味だからといって逃げないでください。
歴史的に考えますと、かつてヒトにとって、老いというのは一部の人間しか享受できないぜいたくでありました。つまりほとんどの人間が、病気や災害や戦争で、老いる前に死んじゃってた。
だからこそ「老い」=「尊敬の対象」だったわけですが、時代は変わった。少なくとも先進国では、多くのひとが老いるまで生存することが可能になり、老人は珍しい存在でも何でもなくなってきました。しかも老人は生産に従事しませんから、若い世代からはやっかいもの、みたいな扱いをされてしまう。
さらに老いが進むことで明らかになってきたのが、認知症の問題です。長生きすればするほど、認知症の率は上がる、のかどうかはよく知りませんが、今の時代、家族の一員が認知症になった経験があるひとは、ぜんぜん珍しくない。それどころか、わたしたち自身が認知症になる確率もけっこう高いのじゃないでしょうか。
とまあ、ひとごとじゃない老いと認知症、マンガのテーマにもなり得ます。日本マンガなら、くさか里樹『ヘルプマン!』が有名ですね。あとそうだなあ、山上たつひこやいがらしみきおあたりがブラックなギャグを描いてそうな気もしますが。
さてパコ・ロカ『皺 shiwa』は、そういうタイプのマンガではありません。もと銀行員のエミリオは息子家族と同居していましたが、認知症の症状が出始め、老人ホームに入所することになります。そこで出会う老人たちの多くはすでに認知症をわずらっており、エミリオは老人ホームでのさまざまな老いの姿を目撃することになります。そして時とともにエミリオの認知症はしだいに進行して……
読者に対して何かを声高に主張するような作品ではありません。ここで描かれるエピソードの多くは心躍る、というようなものではなくむしろ心が沈んでしまうのですが、静かなユーモアにくるまれているのが救いです。
書影イラストがやさしく、しかも悲しい。中央で笑っているのが主人公のエミリオ。そのとなりに座っている若い女性は老人ホームで出会ったロサリオという女性の若き日の姿。彼女は自分の幻想のなかではまだ若く美しく、エミリオは彼女の幻想に参加しています。彼の頭からこぼれ落ちているのは過去の写真、すなわち記憶です。
本作で特筆すべきは、老人ホームで主人公と同室になる友人、ミゲルの存在です。数少ない「呆けていない」住人である彼は、独身で毒舌家で皮肉屋で、まわりの老人から小銭をだましとるような人間ですが、いろいろとエミリオの世話をしてくれていました。
ラスト、エミリオの認知症が重症になり、彼は老人ホームの別の部屋に移されることになります。そのとき、ミゲルがとった行動は。
孤独とは。友情とは。ひととひとのつながりとは何か。ラストに本作の白眉となるシーンが待っています。
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