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August 30, 2011

怪人ヒイロのオリンピック:完結編

 韓国で世界陸上やってますねー。今回はボルトのフライングで記憶される大会になっちゃいました。

 さて陸上競技を扱ったマンガとして忘れられないのが、どおくまん『怪人(ミラクル)ヒイロ』。1985年から1988年にかけて「週刊少年チャンピオン」に連載されていました。

 この作品が忘れられない理由のひとつが、そうとうな人気作品だったはずで単行本も19巻まで発売されたのに、完結編となる最終20巻がついに刊行されることがなかったこと。これは奇妙なことでした。

 かつて『怪人ヒイロ』について書いたわたしの文章がこちらです。

怪人ヒイロのオリンピック

 最終20巻が刊行されなかった理由として、ベン・ジョンソンのドーピング・スキャンダルの影響か、とか、どおくまんのメンバー鈴木信治氏が亡くなったことが影響したせいなのか()、とかの説が出ておりました。

 しかしこのたび、ついに、『怪人ヒイロ』最終20巻が、電子出版の形ですが刊行されました。

未単行本化の『怪人(ミラクル)ヒイロ』第20巻、電子書籍としてついにリリース!

 なんと二十数年ぶりですよ。いやー感慨深い。さっそく買って読みました。

 雑誌連載でちゃんと完結してたのですね。ただし19巻のラストでは陸上21種目にエントリーしてたはずのヒイロですが、20巻で描かれてるのは100メートルの準決勝と決勝。その他の競技はちらっと予選風景が出てくるだけです。

 でもやっぱり100メートル決勝は燃える展開ですね。二十年前に読みたかった。

 しかしこの20巻のマンガ部分、100ページ足らずしかありません。こりゃ単行本化できないわ。

 そのあたりの事情が「どおくまんプロブログ」に書かれています。

どおくまんが語る幻の「ミラクル怪人ヒイロ」の生原稿発見秘話

 これによりますと、(1)担当編集者がページ計算をまちがえて、単行本にするにはページが不足した。(2)さらに「名編集長のK氏」からは読み切りの続編をちゃっちゃと描けばいいと言われてしまった。

 ここに登場するのは、あの、壁村耐三編集長ですね。

 どうも作者としてはこれにキレたようです。結局続編は描かれず、最終20巻も刊行されることはありませんでした。以後作者は、秋田書店とも疎遠になったみたいです。

 さらに今回(3)最終巻部分の原稿も秋田書店から返却されていなかったことが判明。というわけでまさに踏んだり蹴ったりの経緯ですね。

 しかしなんとか刊行できたわけですから、読者としてはたいへんうれしい。ヒイロに再会したいかた、そういうひとはいっぱいいそうですが、ぜひ読んであげてください。

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August 28, 2011

不穏なコメディ『ママゴト』

 遅めの夏休みをとって大阪に行ってました。発売日に梅田の三省堂では一冊しか見かけなかったのに、帰ってきて地元の書店に行くと平積みになってました。

●松田洋子『ママゴト』1巻(2011年エンターブレイン、650円+税、amazon

ママゴト 1 (ビームコミックス)

 貧乏と根性のねじくれた人間が登場するコメディを描かせると他の追随を許さない、松田洋子の新作であります。

 書籍のデザインに仕掛けがあります。カバーの主人公イラストが表1から背表紙、表4にまたがってます。裏表紙のはしっこに不気味なカラスが描かれてるのが、いかにも不穏。さらにカバーをめくると黒いカラスがいっぱいで、もうホラーですな。

 ところが本書は、不穏な雰囲気を秘めながら進行する、奇妙でハートウォーミングな物語。

 主人公は広島あたりの地方都市、商店街にあるしょぼいスナックのママ、映子さん(独身、アラフォー)。いろいろあった過去のせいで、性格がちょっとねじれてしまっています。そこへシングルマザーの友人が、息子タイジを彼女に押しつけたまま失踪。映子さんと五歳の肥満児による「親子」生活が始まります。

 孤独で荒れた生活を続けていた映子さんは、タイジの存在が次第に自分を癒してくれていることに気づく。彼女はタイジをとおして自分の人生を見つめ直すことになります。ああ、ハートウォーミングだ。

 ところがねー、タイトルが『ママゴト』ですからね。その親子関係、ママゴトだから。あんたママのふりしてるだけだから。作者自身がタイトルでもって自分のマンガにつっこんでるなんて、ちょっとないですよ。

 ふたりの「親子」関係がいずれ壊れてしまうであろうことは、作者も知ってる、読者も知ってる、さらに映子さんも気づいてる。それがすべての人間に明らかにされている。これこそ本作が「不穏」な作品であるゆえんなのです。

 本作にはほかにも魅力的な人物が登場してます。コワモテの借金取りは意外にも子ども好きで、疑似家族のお父さん役か。主人公と対立するご近所のスナックのママは、やたらと恐い顔ですが今月号の連載では意外な一面を見せてました。

 しかしなんつっても注目は、疑似家族のお姉さん役、ご近所に住む岩木アペンタエちゃん、小学三年生。東南アジア系の母を持つ彼女も周囲から孤立しています。世間は鬼であると看破し、カイジの守り神となると宣言する彼女は、ヘンに大人びたところと子どもらしい純真な一面を備え持ったダントツに魅力的なキャラクター。

 読者としては、彼女も含めて登場人物みんながシアワセになってほしいと願います。でも松田洋子だしなー。そうはならない可能性のほうが大きいような気もするしなー。ああ不穏だ。

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August 19, 2011

マンガ界のフォレスト・ガンプによるマンガ史『仮面ライダー青春譜』

 すがやみつる『仮面ライダー青春譜 もうひとつの昭和マンガ史』(2011年ポット出版、1900円+税、amazon)が出版されました。

仮面ライダー青春譜: もうひとつの昭和マンガ史

 著者からご恵投いただきました。ありがとうございます。

 著者は一部で「マンガ界のフォレスト・ガンプ」と呼ばれています(最初に言ったのは夏目先生だったっけ)。その理由はマンガ史の重要場面に、なぜかいつも立ち会っているから。

 本書は自伝です。わたし、けっこうマンガ家の自伝を読んできたつもりですが、本書はじつに希有な作品となっています。まず、日時と固有名詞がきわめて正確なのです。

 あったりまえじゃん、と思われるかもしれませんが、この部分があてにならない自伝がいかに多いか。というか、マンガ家の自伝は疑って読め、というのがわたしの持論です。だってほかの資料とつきあわせてみると、まったく一致しないことばっかりなんですもの。みなさん、頼みますから適当に書かないでくださいよー。

 その点、本書はじつに正確です。著者の記憶力には驚嘆するばかりですが、それだけじゃなくて、これはきっと調べに調べているから。本書は「自伝」であるだけじゃなくて「マンガ史」としても書かれており、そこに著者の意欲が感じられます。

 自身が読者としてだけ関わっている書誌的な記述も正確で、さらに著者が実際に見聞きした部分も、マンガ史的に破綻がない。ですから本書は、今後も文献としてリファレンスできる作品となっているのです。

 そして、本書のここが大切なところなのですが、とにもかくにも、おもしろい。

 著者は1950年生まれ。子ども時代からマンガに親しみ、マンガ家をめざして高校卒業で上京、アシスタント生活に入ります。その後、奇妙な縁でマンガ編集プロダクションに入社し、「マンガが描ける編集者」生活を送ることになります。

 これが著者をフォレスト・ガンプにしました。講談社の下請けで『巨人の星』『あしたのジョー』の編集をし、『ワイルド7』の単行本を作り、上田としこのインタビューをし、ジョージ秋山の臨時アシスタントをしながら坂口尚や矢代まさこ、松本零士、宮谷一彦にマンガ制作を依頼する。

 いやもう波瀾万丈。しかも時代はマンガにとっても青春期、1970年です。

 その後著者は、石森プロで石森章太郎の薫陶を受け、『ゲームセンターあらし』で人気を得ることになります。本書ではそのあたりまでの半生が描かれていますが、登場人物は多彩、さらにマンガ家として確実に成長していく著書の人生は、失礼ながらたいへんおもしろい。このあたりが娯楽作品としても一級です。

 ネットで発表された作品ですし現在も読むことは可能ですが、やっぱ書籍の形で読むのはステキな経験でした。

 本書で唯一、惜しいところといいますと、虫プロの雑誌「COM」について。著者はみずから「COM」世代であると名のり、「COM」で四コママンガデビューをし、編集者として「COM」の文章記事を書いていたにもかかわらず、本書では「COM」がどういう成り立ちの雑誌であるのか、書かれてないのです。

 本書を読むひとたちなら、そのあたりすべて承知のはずでしょうが、微妙に不親切だったかも。おそらく著者にとってあまりに近い存在なので、書き忘れちゃったのだと思います。

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August 18, 2011

雑誌「idea」の青焼き同人誌特集

 2009年に雑誌「idea アイデア」が「漫画・アニメ・ライトノベルのデザイン」という特集を組んで評判になりました。『よつばと!』の表紙にみんなびっくり。

idea ( アイデア ) 2009年 05月号 [雑誌] idea ( アイデア ) 2009年 09月号 [雑誌]

 この特集は今年になって単行本化されています。

●『漫画・アニメ・ライトノベルのデザイン』(2011年誠文堂新光社、2800円+税、amazon

漫画・アニメ・ライトノベルのデザイン (アイデア・アーカイブ)

 マンガ単行本のデザインといっても、花とゆめコミックスみたいに定型にイラストを流し込むだけ、とはちょっとちゃうねんぞー。ということを示す意欲的な特集でした。近年評判になったマンガ、アニメ、ラノベのデザインを網羅した特集で、こういうのは見たことがありませんでした。

 読みのがしたかたはチェックしておいたほうがいいと思いますよ。

 そしてその続編が発売されてます。

●「idea アイデア」2011年9月号(348号誠文堂新光社、2829円+税、amazon

idea (アイデア) 2011年 09月号 [雑誌]

 2009年の特集は、過去の有名書籍デザインも含まれてました。今回の特集も「漫画・アニメ・ライトノベルのデザイン」ですが、前回の補遺+現代作家中心となっております。

 読者はマンガなんて、ラノベなんて、と感じているかもしれません。本書を読むと前回と同様、マンガ単行本のデザインがいかに革新的になっているのか、古典的日本のデザインと異なるか、読者は思い知ることになるでしょう。

 アマゾンでは変な値付けがされてますが、リアル書店に行きますとまだ普通に売ってますのでどうぞ。

 さて本書の魅力はもうひとつ。

 第二特集の「20世紀エディトリアル・オデッセイ 第2回コミックマーケット創世記と同人誌」。これがちょっとすごい。

 対談:赤田祐一×ばるぼら、インタビュー:霜月たかなか、鈴木哲也、式城京太郎、川本耕次、水野流転、青柳誠の各氏。

 しかもマンガ同人誌初期に主流だった「青焼き」による同人誌書影がいっぱい掲載されてます。

 雑誌「COM」終了後にコミケ開始までの状況につきましては、霜月たかなか『コミックマーケット創世記』にも書かれていますが、当時の「青焼き」同人誌の現物なんか知りませんものねー。いやもうたいへんにけっこうな特集でありました。

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August 16, 2011

八周年

 お暑うございます。漫棚通信と名のってネット上で文章を書き始めて、本日でまる八年となりました。もう八歳、というか、やっと八歳、というか、長いような短いような年月でした。これまでいろんなかたがたからさまざまなコメントをいただいたのは、すっごく嬉しいことでした。

 今後ものんびりとブログ更新を続けていくつもりです。ご用とお急ぎでないかたは、よろしくおつきあいを願います。

 八年で何が変化したかといいますと、まずはウチの書庫。まる十畳あるのですが、八年たちますとますます魔窟化してしまって、どこに何があるのやらさっぱりわからん状態になっております。

 昔のものより比較的最近の本が行方不明になりますね。たとえば一年前に紹介したあのマンガの第二巻がやっと発売。ところが前巻がどうしても見つかりません。十巻以上続いてるシリーズの一冊だけがない。買いのがしてるのか? いやいや持ってるはず。だけど見つからない。

 運良く目的のものをみつけたとしても、それを引っぱり出すにはその上に積み上がった別の本をどこかに持って行く必要があります。

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 ところがその「どこか」、というのはどこだよ、というありさまです。みなさま経験があるでしょうが、積み上げた本というのはちょっと足があたるだけで崩れます。

 上の本棚は天井までとどいているので、脚立がないと本が取り出せません。しかしすでに脚立の足四本を置く場所がない。足二本だけを置いて傾いた脚立に登って、というアクロバティックなこともしてます。

 まあ本は年間に○十万円分、確実に増殖していきますから、ぼーっとしてて状況が改善するわけもなく。もう限界だよなー、何とかせんといかんなー、と思いながらすでに半年以上。どんどん泥沼化していってます。

 整理といっても、あっちのものをこっちにうつして、という姑息なやり方では限界があるのはわかってます。本の絶対量が問題なので、もう二度と読むことがない(と思われる)マンガは処分するか、と考えたりもするのですが、あまりそういうことをしたことがないので踏ん切りがつきません。

 妻からは、書庫以外に本を持ち出すことまかりならんっ、というお達しがあって、わが家の他の部屋は比較的すっきりしてます。しかしこれはもうあれですな、二階に書棚をひとつ、新しく買うしかないか。

 しかしそれは家中が魔窟化する第一歩じゃないのか。という家族の大反対もあって、書庫の整理はますます遅れるのでありました。

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August 12, 2011

あの日に帰りたい『ヅッカヅカ』

 吉田秋生『海街diary 4 帰れないふたり』(2011年小学館、505円+税、amazon)が発売されましたね。

海街diary 4 (flowers コミックス)

 今回の書影イラストは鎌倉、鶴岡八幡宮の大イチョウです。2010年の春に大風で倒れて、その後、新しい芽が出はじめたこともニュースになりました。

 この物語世界では、イチョウはまだ倒れていません。おそらく震災もない。

 著者によると、すでにもうなくなってしまったイチョウを表紙にしたのは「再生の願いを込めて」だそうです。

 震災とは無関係のマンガなのに、今年発売されることには特別の意味がある。読者も作者も震災を意識してしまうのですね。

 この巻では登場人物たち、みんなこれまで引きずってきたものを捨てて新しい旅立ちをしようとしています。安心して読めて、あたたかい気持ちになれる一巻。

******

 さて、こちらの作品では登場人物がみんな幸せそう。

●はるな檸檬『ヅッカヅカ ZUCCA×ZUCA』1巻(2011年講談社、933円+税、amazon

ZUCCA×ZUCA(1) (モーニングKCDX)

 四コマないし数コマのマンガで描く、宝塚ファン、マニア、ヲタのかたがたの、あるあるスケッチ。ネット連載なのでオールカラー。おどろくなかれ、ほぼ毎日連載です。

 すみません、わたしTVで宝塚の舞台が流れてても途中でチャンネルを変えちゃいますし、宝塚に行ったときも手塚治虫記念館だけに寄って帰ってきちゃった人間なので、ヅカファンの気持ちがよくわかりません。

 さらに周辺に宝塚ファンがいないので何ともいえないのですが、宝塚ファンというのは幸せそうで、ええねえ。

 いちばん典型的なのはこういう回。喫茶店でスケジュール帳をチェックする女性。明日は観劇。明後日は観劇のあと、友人たちとコンサートのビデオ鑑賞会。その次の日はスターを囲むファンの集い。来週は「ヅカ」カラオケで、来々週は宝塚で観劇。「こんなに幸せで」「いいのかな?」

 自分をふりかえって「こんなに幸せでいいのか」なんて思ったことはないので、彼女たちがうらやましいったら。そんな彼女たちですが、望んで得られない苦しみはもちろんあります。ヲタですからね。

 シアワセとフシアワセの落差もふくめて、楽しそう。笑わせていただきました。

 こんなマンガですが、違和感のある回がありました。1巻には収録されてない回ですが、今ならネット上で読めます。

 「第116場ケンカ」。女子高生がケンカしている。どうも「瀬奈じゅん」さんの代表作は何か、について言い争っているらしい。それを聞いてたベンチのおっさんが、「日本って」「平和だなあ…」

 何を今さら、というか、どこかで読んだことがあるようなオチです。ただしこれが発表されたのが2011年5月11日。

 この日、日本は平和だったか。そんなはずはありません。震災よりちょうど二か月。いしいひさいちが『ののちゃん』で震災を遠回しに描いたのもこの日でした。

 『ヅッカヅカ』のこの陳腐なマンガも、震災と関連してると考えるなら、ぜんぜん違う顔を見せることになります。

 あの平和な日に帰れたら。鎮魂と再生を願うマンガがここにも。

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August 03, 2011

このまんが道は邪道だ『描かないマンガ家』

 邪道のまんが道を歩むマンガ家マンガ、2巻が発売。

●えりちん『描かないマンガ家』1・2巻(2010~2011年白泉社、各648円+税、amazon

描かないマンガ家 1 (ジェッツコミックス) 描かないマンガ家 2 (ジェッツコミックス)

 主人公はマンガ系専門学校に通う26歳ブサメン童貞、器根田刃(きねだやいば)先生(もちろんペンネーム)です。

 刃先生は夢を、そしてマンガを熱く語る熱血のひと。でも描かない。課題も描かない。ネームも描かない。1ページも描かない。その彼が、才能あふれる同級生たちと切磋琢磨してプロのマンガ家をめざす現代のまんが道! 描かないけど。

 描かないくせにエラソーで、口ばっかりポーズばっかりの主人公です。

 1巻の最初のほうでは、ダメダメ男のあるあるネタが中心でしたので、ちょっと微妙な感じでした。だって主人公、まるきり唐沢なをき『まんが極道』に出てきそうなキャラじゃないですか。

 唐沢マンガなら短編ネタですよ。ラストでは、まわりからギッタギタにやられて終わりか、思いっきり零落して終わり、のはず。

 ところが本作品ではお話が進むにつれて印象が変わってきます。刃先生、けっこう人望があるのですね。描かないけど。

 万引きを捕まえて改心させる。マンガを描くのに反対する友人の親を説得する。枕営業しようとする友人を救う。彼のひとことがみんなに希望を与えるのです。

 刃先生の言葉には、ひとを感動させる何かがある、というわけではなさそうで、刃先生の適当な言葉に対し、みんなが何かしら深遠なものを発見してしまいます。

 結果、刃先生はいろいろな問題を解決。すべてがハッピーにおさまります。

 ダメダメな人間が主人公なのに、ほのぼのしたオチ。なんてすばらしいんでしょ。刃先生は、他の登場人物たちにとっても読者にとっても、ある種の超人であり理想像であり救いであったりするのです。描かないけど。

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August 01, 2011

老いを描くスペイン発のマンガ『皺 shiwa』

 昨年から続く、海外オルタナティブコミックの翻訳ブーム、まだまだ終わってません。今度はスペイン人作家の作品。

●パコ・ロカ『皺 shiwa』(小野耕世・高木菜々訳、2011年小学館集英社プロダクション、2800円+税、amazon

皺 (ShoPro Books)

 出版社からご恵投いただきました。ありがとうございます。

 著者は1969年、ヴァレンシア生まれ。本書には著者による『皺』『灯台』という二作品が収録されています。

 『灯台』はスペイン内戦時代を舞台に、逃亡する兵士、隠遁する灯台守、ガリバー旅行記に出てくるラピュタ、などがからんだ幻想的なお話。こちらもすばらしいのですが、今回は表題作の『皺』について。

 本作のテーマは、老いと認知症です。ああっ、地味だからといって逃げないでください。

 歴史的に考えますと、かつてヒトにとって、老いというのは一部の人間しか享受できないぜいたくでありました。つまりほとんどの人間が、病気や災害や戦争で、老いる前に死んじゃってた。

 だからこそ「老い」=「尊敬の対象」だったわけですが、時代は変わった。少なくとも先進国では、多くのひとが老いるまで生存することが可能になり、老人は珍しい存在でも何でもなくなってきました。しかも老人は生産に従事しませんから、若い世代からはやっかいもの、みたいな扱いをされてしまう。

 さらに老いが進むことで明らかになってきたのが、認知症の問題です。長生きすればするほど、認知症の率は上がる、のかどうかはよく知りませんが、今の時代、家族の一員が認知症になった経験があるひとは、ぜんぜん珍しくない。それどころか、わたしたち自身が認知症になる確率もけっこう高いのじゃないでしょうか。

 とまあ、ひとごとじゃない老いと認知症、マンガのテーマにもなり得ます。日本マンガなら、くさか里樹『ヘルプマン!』が有名ですね。あとそうだなあ、山上たつひこやいがらしみきおあたりがブラックなギャグを描いてそうな気もしますが。

 さてパコ・ロカ『皺 shiwa』は、そういうタイプのマンガではありません。もと銀行員のエミリオは息子家族と同居していましたが、認知症の症状が出始め、老人ホームに入所することになります。そこで出会う老人たちの多くはすでに認知症をわずらっており、エミリオは老人ホームでのさまざまな老いの姿を目撃することになります。そして時とともにエミリオの認知症はしだいに進行して……

 読者に対して何かを声高に主張するような作品ではありません。ここで描かれるエピソードの多くは心躍る、というようなものではなくむしろ心が沈んでしまうのですが、静かなユーモアにくるまれているのが救いです。

 書影イラストがやさしく、しかも悲しい。中央で笑っているのが主人公のエミリオ。そのとなりに座っている若い女性は老人ホームで出会ったロサリオという女性の若き日の姿。彼女は自分の幻想のなかではまだ若く美しく、エミリオは彼女の幻想に参加しています。彼の頭からこぼれ落ちているのは過去の写真、すなわち記憶です。

 本作で特筆すべきは、老人ホームで主人公と同室になる友人、ミゲルの存在です。数少ない「呆けていない」住人である彼は、独身で毒舌家で皮肉屋で、まわりの老人から小銭をだましとるような人間ですが、いろいろとエミリオの世話をしてくれていました。

 ラスト、エミリオの認知症が重症になり、彼は老人ホームの別の部屋に移されることになります。そのとき、ミゲルがとった行動は。

 孤独とは。友情とは。ひととひとのつながりとは何か。ラストに本作の白眉となるシーンが待っています。

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