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May 31, 2011

語る四コママンガ『遠野モノがたり』

 「ものがたり」じゃなくて「モノがたり」ね。

●小坂俊史『遠野モノがたり』(2011年竹書房、743円+税、amazon

遠野モノがたり (バンブーコミックス) 中央モノローグ線 (バンブー・コミックス)

 なぜ「モノ」かといいますと、前作『中央モノローグ線』(書影右)とおそろいのタイトルなんですね。主人公も同じ、書影デザインも同じ、そして「モノローグを多用した四コママンガ」という手法も同じです。

 『中央モノローグ線』は、中央線沿線に住む女性たちによる「街」に関するひとりごとで構成された、新しいタイプの四コママンガでした。わたし大好きな作品で、発行された年のベスト5に投票してます。

 本書では『中央モノローグ線』の主人公、イラストレーター「なのか」(30歳♀独身)が東京都中野区から柳田国男「遠野物語」で有名な岩手県遠野市に引っ越し。遠野での暮らしをつぶやきます。

 引っ越しといっても彼女はこの土地に永住しようというわけではなく、なかば勢いで田舎でありかつ有名観光地でもある遠野にやってきました。二年間だけの転勤族ふう短期滞在。つまり主人公と遠野との間には、居住かつ取材かつ観光の対象であるという微妙な距離感があるわけです。

 読者が住む地域によって、読後感がそうとうに違うかもしれない。作者にとっても読者にとっても、田舎バンザイ、遠野バンザイというわけではないところが、かなり複雑な感情が流れるところ。

 ですから本書にはこれを補う登場人物がいて、高校を卒業したけど地元で農業を手伝ってる女子、都会から地元遠野に帰ってきた20代後半女子、そして遠野に住む妖怪ざしきわらし(!)。本書は彼女たち四人のつぶやきから構成されています。

 前作も笑いを追求した作品ではなかったけど、本書はますますお笑い系四コママンガより遠く離れていってます。絵は単純化された典型的な日本の古典的四コママンガのそれですが、モノローグの内容はそうとうに内省的。

 エッセイか私小説まであと一歩のように見えて、きちんとフィクションしてます。

 何というか、四コママンガという形式で描かれた新ジャンル?みたいな。手法も仕上がりも、すごく独創的な作品です。

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May 28, 2011

迷ったり愛したり『パリ愛してるぜ~』

 かつて「オフィスユー」に『パリの迷い方』というエッセイマンガが連載され、のちに単行本化されました。読んだひとはたいてい絶賛してますね。

●じゃん・ぽ~る西『パリの迷い方』(2008年創美社/集英社、838円+税、amazon

パリの迷い方 (創美社コミックス) 

 本年、やっと連載の残りの部分が単行本化されて完結。

●じゃんぽ~る西『パリ愛してるぜ~』(2011年飛鳥新社、1200円+税、amazon

パリ 愛してるぜ~ 男一匹パリ暮らし

 32歳の著者がBDの勉強がしたくてパリに遊学。そこで見聞した日常のあれこれを描いたエッセイマンガ。

 なんといっても芸術の都、おフランス、パリーですからね。日本人にとってもかまえてしまうじゃないですか。でもフランス人もバレエ見ながら寝ますかそうですか、わはは。

 フランス人への、そこはちゃうやろ、ヘンやろ、おかしいやろ、という日本人目線でのツッコミもありますが、それも含めてすべて、著者のパリに対する愛があふれているマンガ。

 基本的には順不同のエッセイなので、どちらの本から読んでもオッケーですが、連載後半部を集めた本書のほうが、著者がぷんすか怒ったり泣いたりしてるシーンが(比較的)少なめになってるでしょうか。つまりはパリへの愛が深まってきた?

 なんだかんだあっても、著者は国籍を越えて、人間というものの普遍性を愛してるんですよね。これがここちよい。もひとつ、エッセイマンガですから、観察者兼主人公は自分。その自分をきちんと客観視して描いている。

 著者の絵のうまさはそうとうなもので、書影のパースを見てください。わたしこういう絵が大好きです。海外生活を描くからにはあちらの風景をきちんと見せてほしいじゃないですか。

 著者の独特な視点、観察眼、絵のうまさ、そしてお笑い、いろんな長所がつまってます。

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May 26, 2011

映画とマンガ『キック・アス』

 レンタル屋さんでずらっと並んでたので映画「キック・アス」のDVDを借りてきました。いやー、ヒット・ガール(11歳!)のアクションがすごい。

 映画としては、ボンクラ主人公は成長するしそれなりにハッピーエンドでたいへんよくできていたのですが、すでに原作コミックスを読んでいた自分としては、ちょっと違和感が残った。

●マーク・ミラー/ジョン・ロミータ・Jr. 『キック・アス』(2010年小学館集英社プロダクション、2200円+税、amazon

キック・アス (ShoPro Books)

 ストーリーはすでに有名なので簡単に。コミックスファンでボンクラ、頭のネジが緩んでる高校生の主人公は無謀にも奇妙なコスチュームを着て、自警団=スーパーヒーローとしての活動を始めます。時代は現代。主人公はYouTobeで一気に有名となってしまう。そこに現実のギャングやホントの暗殺者、11歳のヒット・ガールたちがからんで…… というあらすじを書いてるだけでもすばらしい。ただしスプラッタ描写多し。

 原作マンガはすっごく陰惨で陰鬱なデキだったのですね。ダメなオタクはとことんダメなんだよ、と読者を突き放すお話。夢の存在であるところのヒット・ガールが作品の中で唯一、最大の希望なのね。

 わたしこの作品を、虚構(=ヒット・ガール)こそが現実(=主人公や読者ね)の悲惨さを救うものである、というメッセージとして読みました。

 ところがねー、さすがに映画は万人に受け入れられるように作ってある。

 映画では、主人公には美人の彼女ができちゃうし(←ありえんだろー!!)、ヒット・ガールの親父は感動的に死んじゃう。でもねー、原作コミックスでは当然ながら、主人公は彼女にフラれます。親父は自分の過去を妄想で作り上げてたことが明らかになる。ともに救いのない話。

 マンガが映画に作り直される過程で、トンがったところがそぎおとされて、娯楽作品として洗練されていくところを目の当たりにしました。わたしは原作コミックスのほうが好きなんですけどね。

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May 19, 2011

勝川克志の落語+マンガ『落語ものがたり事典』

 「学習マンガ」が好きだ。

 学習マンガというのは、娯楽や芸術を目標とするマンガが全盛となった現代ではむしろ異端となってしまったのかもしれません。しかし本来マンガが持っていた能力を発揮するのに最適な分野なんじゃないでしょうか。

 学校や図書館で読むことが多い「学習マンガ」ですが、その特殊な流通のせいか、いちど出版されるとすごく息が長い作品となって版を重ねます。みんなが読んでて覚えてるはずなのに言及されることは少ないですね。

 もちろん出来不出来がちゃんとあって、ムロタニツネ象がひとりで描いた「学研まんが世界の歴史」シリーズなんかすごい名作。マンガとしておもしろいうえにきちんとお勉強になるという、二兎を追って成功している作品もたくさんあります。

 で、新しくこういうのが出たのですね。

●勝川克志/矢野誠一/佐藤雅志『まんが落語ものがたり事典』(2011年くもん出版、1600円+税、amazon

まんが 落語ものがたり事典

 そうかそうかそうか、勝川克志がいたじゃないか。と膝を打ちました。

 学習マンガらしく大判でハードカバー。分厚い本で41編の落語がマンガ化されてます。わたしが読むより先に、高校生の娘がイッキ読みしてました。

 落語のマンガ化といえば、有名どころでは『滝田ゆう落語劇場』(1988年ちくま文庫、880円+税、amazon)があります。わたしの世代では『ロボット三等兵』で有名な前谷惟光『古典落語傑作選マンガ寄席』(2005年木耳社、1500円+税、amazon)あたりを読んで落語に親しんだりしてました。あと高信太郎『マンガ落語大全』シリーズ(講談社プラスアルファ文庫)なんかもありますね。

 ところが現代では「落語」というものを知らない世代というのが存在するらしい。先日、尾瀬あきら『どうらく息子』1巻(2011年小学館、524円+税、amazon)を読んでいたら落語を聞いたことがない26歳男性が主人公で、ホンマカイナと思ってしまいました。

 しかしまあ現代では落語が学習マンガの対象になってるのは事実なわけです。落語が扱う題材ってのは江戸や明治が多いですから、そのあたり「お勉強」が必要になるのはしょうがないか。

 勝川克志による落語のマンガ化は、いやこれがお見事なデキでして、過去の日本を描くことができる堅実な画力。多数のキャラクターを描きわけられる能力。しかも「マンガ的」多彩な感情表現が手練れの技によって表現されています。

 たとえば「長屋の花見」にはセリフのある人物が大家さんを含めて七人が登場します。「大山詣り」になると長屋の野郎ども、その女房たちがいったい何人登場するのやら。これを的確に描けるのが勝川克志。

 たとえば「火焔太鼓」。大金を手に入れた道具や、そしてその女房の大げさな驚きようが見せ場となってます。さらに「酢豆腐」での若旦那のもだえよう。これらのマンガ表現には笑いました。

 勝川克志は落語のオチのあと、必ず余韻のあるコマを挿入して自分の世界を作っています。これがいい。現代の子どもたちは今後、勝川克志で落語の世界を知ることになるのかな。

滝田ゆう落語劇場 (ちくま文庫) まんが寄席―古典落語傑作選 どうらく息子 1 (ビッグコミックス)

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May 12, 2011

ののちゃんと震災

 現在、朝日新聞『地球防衛家のヒトビト』では、防衛家のオトーサンオカーサンが被災地を訪れ、夫婦漫才をくり広げている最中ですが、いやー、しりあがり寿の「マンガにおける」腰の軽さはすばらしい。考える前に描く、という感じ?

 本来ならこういう大災害は、フィクションに昇華するまで数年かかるかもしれないという題材なわけです。しかし即時性を標榜すべき新聞に掲載されるマンガでそれは許されないと考える作者は、実際に被災地を訪問して「ルポルタージュふう新聞四コママンガ」を描いています。こういうのって過去に存在しなかったものじゃないのか。

 さて、朝日新聞のもうひとつの新聞マンガ、いしいひさいち『ののちゃん』。

 これまで震災にノータッチだったののちゃんですが、2011年5月11日掲載の4908回で初めて震災を題材にしました。しかもむちゃ高度なフィクション化の手法で。もしかすると読者に伝わってないかもしれない、という不安もあって記録しておきます。

Img_new_2

 舞台は晴天の日、海の見える公園。「紫雲出山丸沈没事故10周年慰霊祭」が開催されています。高校生の柴島姉が黒い喪服を着て参加しています。そこには『ののちゃん』の他の登場人物の顔も見えます。そこへ同級生でありバンド歌手でもある吉川ロカがやってくる。

「お、来たのか」
「うん、10年だから」

 柴島姉の回想によると、彼女が吉川ロカと初めてあったのは10年前の慰霊祭でありました。そこで幼少時のロカが「ママー」と泣いていたのを柴崎姉は記憶している。

「あれから10年たつのに現場の風景とかぜんぜんかわらんな」
「うん……」

 そして「ママー」と泣き出すロカに対して「かわらんのう」とつぶやく柴島姉。

 四コママンガとしてオチてません。ある種のスケッチです。『ののちゃん』世界の10年前には大きな船の事故があったらしい。しかも『ののちゃん』関係者の多くが被災者の遺族らしい。吉川ロカの母も柴島姉の親族も亡くなっている。

 いしいひさいちは東日本大震災を直接描くことをしませんでした。その代わり「10年前の大きな事故」を描いたのです。10年たてば関係者はみんな元気でやってるよ。みんなあなたたちのことを忘れてないよ。

 これは作者による鎮魂の歌です。掲載されたのは2011年5月11日。震災から二か月めの日でした。

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May 10, 2011

わたしの少女マンガ

 自分語りを一席。

 最初に読んだマンガ、というのはよく覚えてないのですが、横山隆一『フクちゃん』の単行本、薄くて紙も悪いものですが、それが家にあったのは確か。ほかには根本進『クリちゃん』みたいな家庭マンガ、あるいは絵本の最後におまけみたいに載ってた新関健之助『カバ大王さま』なんかが好きだったなあ。

 でもすぐに少年向けマンガ月刊誌を読むようになります。当然オトコノコを対象に描かれたマンガですね。小学校に入学する前後には、マンガが男女別に分かれるわけです。ところが男の子がちょっと横を向くと、オンナノコのマンガというのが存在するわけで、これも気になる。

 さすがに小学校低学年でオンナノコ向けのマンガを買う度胸はありませんでしたが、親戚の家に遊びに行ったりしますと、そこにはオンナノコ御用達のマンガ雑誌などがあります。手塚治虫『リボンの騎士』などはそこで読みました。「なかよし」版の時代です。

 1967年に虫プロから「COM」という雑誌が創刊されました。わたしはすでに小学校高学年になっていて、初期からこの雑誌を愛読してました。「COM」ってマニア誌なので対象読者の性別が未分化で、ここにはけっこう少女マンガ系の作品が掲載されてました。これで女性の描く少女マンガ(しかも今から考えるとけっこうオルタナ系)の洗礼を受けたのじゃないかな。岡田史子や矢代まさこですね。

 「COM」の創刊と前後して、各社からいっせいに新書判マンガの発売が始まりました。それまでは、マンガといえば雑誌かカッパコミクスみたいなB5判のものしかなかった(ハードカバーの単行本はあったみたいですが、とうてい買えません、というか田舎では見たことすらなかった)ところへ、怒濤のような出版ラッシュ。

 そのくらいの年齢になると、マンガは「親に買ってもらう」ものじゃなくて「自分のこづかいで買う」ものになってましたので、わたしはこづかいの多くをマンガ単行本に費やすようになります。

 新書判マンガでは少女マンガも発売されるようになりますが、多くは男性作家の描いたもの。手塚治虫、石森章太郎、ちばてつやらの作品ですね。ただし水野英子や上田としこの作品はこの時期に読んでます。

 集英社マーガレットコミックスはもっとも早く刊行が開始された新書判シリーズのひとつですが、さすがに小学生のがきんちょが買うには敷居が高かった。少女マンガ誌も買ったことはなくて、「少女フレンド」「マーガレット」「別冊セブンティーン」なんかは親戚の家に行ったときに読むくらい。

 わたしが「一線を越えた」のは中学時代です。ついに自分で少女マンガ誌を買うようになったのですね。最初は「別冊マーガレット」でした。お目当ては、美内すずえ。

 1970年代初期、美内すずえは「別冊マーガレット」にほぼ毎号、意欲的な中編を発表してました。どれもこまかい心理描写よりはったりをきかせた劇的な展開を優先させた作品でした。わたしはこれらの作品が大好きで、毎号じゃないですが別マを買うようになります。

 これではずみがついたのか丸坊主の中学生は、西谷祥子の作品や、少女のリアルな内面を描いたというので当時評判になってた大和和紀/畠中隆子『真由子の日記』なども買ってますね。でもまだまだ少女マンガを集中して読むことはありませんでした。

 高校生になると行動範囲が広がって、貸本屋や古書店に出入りするようになります。貸本屋といってもすでに絶滅寸前の時代です。わたしがよく立ち寄ったのは盛り場のはずれにある貸本屋。そこでは週遅れや月遅れの雑誌を安く売ってたので、それがお目当てでした。

 その暗い貸本屋で出会ったのが「りぼん」。いやーそこに載ってた、一条ゆかりと大矢ちきにはやられた。

 とくに大矢ちき。

 その極限的に華麗な絵にわたしは興奮しました。これこそ少女マンガの革命だ。「劇画」が新しいマンガをめざすムーブメントだったとすると、少女マンガにおける「劇画」とは、大矢ちきのことだ! なんてね。

 わたしは毎月、月遅れの「りぼん」を買い続けました。しかし大矢ちきは少女マンガの第一線から、早々に身を引いてしまいます。彼女の「りぼん」での最終作は1975年の『回転木馬』。最近、初単行本化されました。

●大矢ちき『回転木馬』(2011年小学館クリエイティブ、1300円+税、amazon

回転木馬 (復刻漫画名作シリーズ)

 点描、カケアミ、斜線。少女マンガが到達した最高のテクニックはこれだ。さらに仰々しいストーリーとのアンバランス。この危うさを見よ。

 大矢ちきは少女マンガから去ってイラスト方面に行ってしまいましたが、すでに新しい時代が始まっていました。

 1972年には萩尾望都『ポーの一族』シリーズ開始。1974年の単行本化で初めてこの作品に接したニキビ面の男子高校生はひっくり返った。

 1975年からの第二期『ポーの一族』を追っかけて、「別冊少女コミック」を、今度は古本じゃなくて新刊書店で毎月買うことになるのでありました。

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May 02, 2011

第15回手塚治虫文化賞

 本日の朝日新聞朝刊で第15回手塚治虫文化賞が発表されました。

●マンガ大賞:『JIN -仁-』村上もとか、『竹光侍』松本大洋/永福一成
●新生賞:荒川弘『鋼の錬金術師』
●短編賞:山科けいすけ『C級さらりーまん講座』『パパはなんだかわからない』などサラリーマンを描いた一連の作品に対して

 大賞は作品に、新生/短編賞はひとに授与されるみたい。今回は完結した長編が賞をもらってるのが特徴ですね。ハガレンのどこが新生かというのはさておき、受賞作にとって今年は最後のチャンスだったわけです。

 大賞の二作はともに時代劇でした。『竹光侍』は、わたしの昨年度ベストワン。娯楽性と芸術性がともにきわめて高いレベルで同居している傑作。日本マンガが到達した頂点みたいな作品なので、みんな読んだほうがいいです。

 『竹光侍』はその華麗な絵やテクニックで読者をねじふせてしまうのですが、『JIN -仁-』はその対極みたいな作品です。

 わたしの思うところ、『仁』は感動作とかそういうのじゃなくて、すごく古典的マンガらしいマンガ、プリミティブな魅力を持った作品です。

 だって江戸時代に当時の技術でもってペニシリンを作ろう、っていうのですから。しかも主人公は臨床が専門の脳外科医。そりゃ、あなた無理だわ。おまえどこのスーパーマンだよ。

 ところがそこがマンガ。どうにかこうにかやりとげてしまうのですね。つまり絶対に不可能と思われるミッションを、知恵をふりしぼって、読者に不自然と思われるかどうかぎりぎりの線でもって、なんとか成功させる。

 『仁』のお話は基本この連続です。そのぎりぎりの線というのがクセモノで、読者の反応としては(1)よくやった、すごい。(2)そんなアホな。(3)バカバカしいけど、そこがおもしろい。という三種類が想定できるわけです。ここがいかにも昔ながらのマンガでしょ。マンガの成り立ちもそうだし、受け入れられかたもそう。

 世間的にはおおむね(1)という評価なんでしょうけど、ウチの妻あたりは(2)であると強く主張します。ヒネた読者であるわたしとしては(3)ですね。

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