食は勝ち負けである『食の軍師』
わたしのこれまでの人生で、もっともまずかった食べ物は忘れもしない、淡路島の某所で食した「タマネギカレー」でした。
ほら、カレーって基本的にどんなカレーでもうまいじゃないですか。焦げ茶色のカレーでも黄色いカレーでもハズレなし。ところがそいつは違った。
タマネギって淡路島の名物らしいのね。だからそれを注文したのですが、これが甘い。しかも壮絶に「タマネギ甘い」のです。すべての味を覆い隠す力を持ってるはずのカレーに勝つほどに、タマネギの甘さが脳天につきぬける。わたし、タマネギに負けました。
そしてさらに衝撃だったのは、そのカレーの上にどーんとのっかってるカツ。こ、これはもしかして。
そう、そのとおり。それは「タマネギのカツ」だったのです。泉昌之『夜行』だー!!(こまかくは説明しませんが、かつて「ガロ」に泉昌之のデビュー作『夜行』というマンガが掲載されましてね、これが満天下に衝撃を与えた傑作だったのです)
さて、『夜行』の主人公、トレンチコートの本郷さんが帰ってきました。
●泉昌之(久住昌之+和泉晴紀)『食の軍師』(2011年日本文芸社、590円+税、amazon)
食の探求者、本郷さんの行く店は、こじゃれたビストロなどではありません。屋台のおでん屋、駅前のもつ焼屋、とんかつ屋、焼肉屋など、あくまで大衆的なお店。
本郷さんはその店で、どの順で何を食べるかを熟考して、店に勝負をいどみます。彼にとって勝つこととは、その食事で自分が満足できるかどうか。そう、本郷さんにとって食とは戦略と勝負なのです。
今回の趣向はタイトルと書影でわかるように、三国志。
同じ久住昌之原作の『孤独のグルメ』(新装版2008年扶桑社、amazon)や『花のズボラ飯』(2011年秋田書店、amazon)の主人公は食の勝負に勝ってばかりですが、本作の本郷さんは負けてばかり。
『食の軍師』には、主人公と同じ店で食事をするライバルが登場します。本郷さんはライバルよりもかっこよく食べたいし、もっとおいしく食べたいといろいろ画策しますが、なかなかうまくいきません。
しかし、彼がホントは何と戦っているかといいますと、料理の味そのものであったり、店の接客であったり、店のオヤジであったり、自分の腹具合であったり、自分の気分であったり、つまり現代人の「食」そのものであるのですね。
食い過ぎて負け、飲み過ぎて負け、まずいもので腹をふくらませてしまって負け。たしかにわたしたちにとって三食、すべての食事が勝負です。食は日常でありながら快楽でもあります。だからこそちょっとした食事でも真剣になってしまいますが、それはぜんぜん変なことじゃない。本郷さんはえらいなあ。
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Comments
「スキゾとパラノ」のパラノギャグの名手である押井守のルーツとして、アニメージュで辻真先が泉昌之「夜行」をとりあげていました
Posted by: 赤木颱輔 | January 13, 2011 02:12 AM