いろのはなし
これまでの日本マンガはモノクロで描かれるのが標準でした。これについてはかつて、中国の水墨画の影響であるという珍説をとなえたひとがいましたが、そんなことはまったくなくて、戦後のマンガは安価で粗悪な紙でできた雑誌に印刷されるのが普通だった、という経済的理由からきています。
日本マンガは色を捨てたかわりに、多量のページを獲得しました。その結果日本マンガは(1)大ゴマの多用やコマ構成の複雑化をなしとげます。もうひとつの影響は(2)モノクロ表現の先鋭化です。
具体的にいうと、スクリーントーンを利用した表現の進歩ですね。
粗悪な紙に印刷するのでは、ウスズミは使えない。手描きでは表現や時間に限界がある。その結果、日本ではトーンのテクニックがどんどん開発されることになりました。
しかし、時代は変わった。
マンガの紙もけっこうよくなったし、だいたいモニターでマンガを読む時代になるなら、モノクロよりカラーがいいのじゃないか。
日本でも少しずつカラーマンガが増えてきてますが、マンガがカラーになると表現の幅がぐっと広がる、はず。ただしこれまでのトーンテクニックとはぜんぜん別のことをすることになるので、それはそれで大変でしょうけどね。乳首にはどのトーンを張るのか、じゃなくてどの色を使うのか、という点とか。
アメリカやフランスで旧作品を再刊するときには、かつてモノクロで描かれてた作品に彩色したり、単調な色しか使用されてなかった作品にコンピュータ彩色でカラリングをやりなおしたりするのも珍しくありません(アラン・ムーア/ウイリアム・ボランド『バットマン/キリング・ジョーク』やメビウス『アンカル』など)。
日本作品なら、かつて大友克洋『アキラ』が彩色されて発売されたことがあります。そして昨年末に発売されたのがこれ。
●関川夏央/谷口ジロー「カラー愛蔵版 『坊ちゃん』の時代」(2010年双葉社、3600円+税、amazon)
ご存じ、谷口ジローを名匠の地位に押し上げた作品。1980年代末から10年にわたって描かれたシリーズの第一作です。これがコンピュータ彩色され、B5判で再発売されました。
あとがきを読むと、谷口ジロー自身がこまかく着色を指定して監修したらしい。色が変わると作品の印象ってがらっと変わりますからね。わたし、どれだけ新しい作品になってるかと、そうとうに期待して読んだのですよ。
でもね、うーん、わたしにとってはちょっとハズレだったかな。モノクロ作品として完成している日本作品にカラリングするのはむずかしい。
ひとつは淡色ばかりの彩色が、あまりに渋すぎる。だもんで全体に単調。いかに明治だったとはいえ盛り場はもっと派手な色があったんじゃないかしら。
もひとつはこの作品、何も描いてない部分がかなり広い面積を占めているのです。そこは空や地面のつながりというわけでもなく、「空白」であったり「間」であったりなのだ、というのがよくわかりました。この作品以後、谷口ジローの特徴といえば「間」ですからね。
「間」はセリフやコマ構成だけで成立しているものではなく、何も描かれてない「空白」の絵も「間」なのですね。そこに色を置いてしまうと、空白だったものが空白ではない何かに変貌してしまう。
空白を空白のまま置いておくなら、カラリングをしないのと同じ。そこに色を塗れば、「間」ではなくなってしまう。これはジレンマです。
しかしこういう試みはもっとどんどんしてもらいたい。色の存在はマンガ表現をさらに進歩させるはずですし、モノクロマンガの魅力が再認識されることにもなるでしょう。
Comments
あともう一つ、これで最後です
もちろんBDやオルターネィティブコミックには、日本の漫画に近い面もあるし、また別の面では絵本に近いとも思います
コマ割りされた画という観点から見れば、日本の漫画が一番近いと思います
しかし、全く『日本の漫画』とはbackground
バックグラウンドの違うBDやオルターネィティブコミックを十把ひとがらけに、日本の漫画と同列に扱い論じるのは、無理があるし単眼的だと思います
(卑近な例ですが、私を含めた多数の日本人が白人をみなガイジンもしくはアメリカ人として扱うように、私がドイツ系カナダ人の方にAre you American?
あなたはアメリカ人ですか?
と聞いて、『外国人をみんなアメリカ人と思うな!』と言われたように)
西洋美術的、絵本的な視点もあわせて、複眼的視点で観るべきだと思います
三回も連続投稿しましたが、もしこの雑文を読んでいただけたのなら、ありがとうございます
重ねて書きますが私は『日本の漫画、アニメ』『BD』『絵本』がどれも大好きだし、素晴らしいメディアだと思っています
Posted by: pipi | April 15, 2011 02:04 PM
追記:あとコマ割りされた絵本の例として
ピーター・コリントンの『小さな天使と兵隊さん』
『天使のクリスマス』やマリー・ホール・エッツの『海のおばけオーリー 』などがあります
また『タンタン』は基本的に図書館などでは絵本コーナーに置いてあります(その為かタンタンはBDの中でも比較的知名度が高い)
でも、だからと言って『BDやユーロコミックは絵本に近いんだ!日本の漫画と一緒にするな!』みたいな狭量で極端な事を言うつもりはありませんし、考えも持ち合わせてはいません それは個人個人が自分で自由に考えればいいことです
Posted by: pipi | April 14, 2011 08:51 AM
はじめまして、とても面白く内外の広い視野を持った素晴らしいblogだと思います
僕もBDに興味があって、というか画の勉強として参考にしています
一つ変わった意見を言わせていただければ、BDは日本の漫画というより『絵本』に近いと思います
例として、佐々木マキさんの『やっぱりおおかみ』や
有名な『スノーマン』はコマ割りされた絵本(少なくとも絵本という建前で売られています)です
他にも
1.大判、ハードカバー、カラー印刷がメイン
2.基本的に描き下ろし アシスタント無しで
一人でじっくり描く
3.日本漫画の映像的な流れるコマ割りと違い
静止的、絵画的なコマ割り
4.日本漫画の凄まじい消費スピードと違い、じっくりとゆっくり消費され、読まれる等です
僕も十台の頃は日本漫画やアニメが大好きでよく見てたんですが、美術の勉強をしはじめると、どちらかいうとBD(元々タンタンなどは小さい頃から知ってました)の方に魅力を感じるようになったんです(もちろん日本の漫画やアニメは今でも素晴らしいメディアだと思いますし、ある意味では世界一だとも思います ただこれからは徐々に縮小していくと思います)
あと、ユーロマンガを取材した記事とかに日本の漫画とBDの良い所を合わせることが出来ないだろうか、と書いてありますが、多分無理だろうなと僕は個人的に思います
技法はともかく、産業やbackgroundが全く違いますし読者の在り方もまた違います
それに日本の読者は海外の漫画やアニメに大して興味を持たないと思いますし(アメコミ映画は別としても)
あまりにも国内製が溢れかえっていますから(もちろん興味を持つ、持たないは個人の自由です)
とまあ、こちらのblogがとても魅力的で、BDを知っている人が周りにほとんどいないので、つい饒舌に
なってしまいました もしone of themの意見として参考にしていただければ幸いです
Posted by: pipi | April 11, 2011 07:58 AM
コメントありがとうございます。
>すがや先生。カケアミなどのバリエーションが増えて体系化(というほどでもないか)されたのもモノクロマンガだからですねー。わたしは石川球太氏がCOMで紹介してた描き方、多数の斜線の太さを途中で変化させることでクマの立体感を出す、というのをマネしたことがあります。
>ドージマさま。アニメはカラーですから「白い空」というのは度胸がいりそうですね。モノクロマンガはそのあたりあいまいですから。
Posted by: 漫棚通信 | January 28, 2011 05:14 PM
先日『タッチ』の特番で,アニメとしては例のない「空を青くしない(白にする)」手法に挑戦したと言っていたのを思い出しました。
Posted by: ドージマ | January 28, 2011 05:00 AM
モノクロマンガでの表現の多様化に貢献したものとして、スクリーントーン以外に「斜線(の掛け合わせ)」がありますね。
Posted by: すがやみつる | January 27, 2011 12:49 PM