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November 28, 2010

iPadでマンガを読む(ラブひな編)

 広告付きマンガを無料でネット配信する新しいビジネスモデルが話題になってます。

●「(株)Jコミの中のひと」代表取締役である赤松健氏のブログ
●「Jコミ

 対象となるマンガは出版社と競合しないように絶版となったものや単行本化されてない作品。文書形式はシンプルにPDF。もしこれが成功すれば、マンガ家、出版社、読者、だれもが損をしない、すばらしいアイデアです。しかももしかすると、ネット上に膨大な蔵書量を誇るマンガ図書館ができるかもしれない。

 というわけで、わたしもβテストとして公開されている赤松健『ラブひな』をダウンロードしてみました。

 ダウンロードに関してはまったく問題ありませんでした。

●PCでダウンロードすると、読むのはAdobe Readerということになりますが、この場合見開き2ページずつをひとつの単位として読み進めることになります。

 でもPCの画面はもともと横長、しかもノートパソコンだったりすると、やっぱ小さく感じてしまいますね。実際には新書判単行本とほとんど同じ大きさなんですけど。

 やっぱここはiPadで読みたい。

●というわけでiPad上の「サファリ」でダウンロードします。サファリ内で読もうとすると、1ページ単位で上から下へえんえんとスクロールすることになります。

 いやいやこれでマンガを読むのはちょっと無理。

 iPadのOSをまめにバージョンアップしてるひと(PC上のiTunesとまめにつないでるひと)なら、すでにiOSは4.1以降になってるはずなので、サファリ内のPDF画像をタップしますと「○○で開く」「次の方法で開く…」という選択ができるようになります。

 わたしのところなら「iBooks」「CloudReaders」「i文庫HD」の三者のどれで読むか聞いてきます。

●まず「iBooks」。

 何の手間もなく、本棚に表紙画像が並んでくれるのはマル。ただ問題もあって(1)画像に「ピントが合う」のに少しだけですが時間を要する。(2)見開き2ページを表示できず、1ページずつの表示になっちゃう。さらに(3)右開き(=左から右にページをめくることね)できないのが決定的にダメ。

 というわけで「iBooks」はマンガリーダーとしては使えませんね。

●それでは「CloudReaders」はどうか。

 わたしは「CloudReaders」に手塚全集400巻を入れて持ち歩いてる人間なので、これが今のところメインのマンガリーダーです。

 右開き対応で、画像表示にタイムラグなし。横長画面にすれば2ページ表示可能なので、一応見開き2ページも見られます。

問題点は、ページを急いでめくるとブラックアウトしちゃうことがあって動作がやや不安定。

 もひとつ、サファリでダウンロードしたものを「CloudReaders」に送ると、ファイル名が「QL-PdWeWdRY.pdf」とか「QL-pejVNQWJ.pdf」とかわけわからんものになっちゃって、タイトルがわからなくなっちゃう。

 「CloudReaders」は本棚の画像表示ができず、テキスト表示だけなのでこれはつらい。これを回避するにはiPadのサファリでダウンロードせずに、PCでダウンロードして好きなファイル名をつけてからiPadに転送することが必要となります。

●で、「i文庫HD」を使ってみました。

 iPad上のサファリでダウンロードして「i文庫HD」で読もうとすると、「i文庫HD」内の「フォルダ」という部分が開くのですが、ところがいくら探してもここには『ラブひな』はない。

 「i文庫HD」からhttpを指定して直接ダウンロードもできるようなのですが、うまくPDFファイルになってくれない。

 しょうがないので、PCでダウンロードしたものを「i文庫HD」に転送しました。

 これが最強。読みやすいったら。

 本棚には表紙がきれいに画像表示されます。もちろん右開き対応で、各ページの画像表示も一瞬。見開き2ページもページの間隔がなくて、きちんと2ぺーじがくっついて表示されます。

 もともとわたしが「CloudReaders」を使用してたのは、手塚全集DVDが見開き2ページを一枚のPDFとして扱ってたからで、その場合「CloudReaders」の方が読みやすいのですね。しかし『ラブひな』は1ページが1枚のPDF。この方式なら「i文庫HD」がベストのマンガリーダーです。

 「Jコミ」は、マンガに挟み込まれた広告をクリックするとその広告主ページに飛べるような仕様を想定してますが、「i文庫HD」にもその機能はあります。

 PCでダウンロードしてからiPadに転送しなきゃいけないのが手間ですが、実際にやってみるとダウンロードはiPadよりPCのほうが速いです。もちろんiPadでダウンロードしたものが直接「i文庫HD」で読めるならそっちのほうが簡単なんですけどね。


【追記】ツイッターで@sancho516さんからご教授いただきました。「i文庫HDでもiPadから直接DLできますよ。僕の場合iBooks他で既にDL済みだと出来なかったので、いったんそれを削除してもう一度i文庫HDでDLしてみるとできました」とのことです。ありがとうございます。

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November 24, 2010

『沓掛時次郎』と光明真言

 小林まことによる長谷川伸シリーズ第二弾が発売。

●小林まこと/長谷川伸『沓掛時次郎』(2010年講談社、933円+税、amazon

劇画・長谷川 伸シリーズ 沓掛時次郎 (イブニングKC) 劇画・長谷川 伸シリーズ 関の弥太ッぺ (イブニングKC)

 書影右の前作『関の弥太ッぺ』についてのわたしの感想はこちら。
股旅モノ復活「関の弥太ッぺ」
脚色とは 「関の弥太ッぺ」の場合


 今回はご存じ『沓掛時次郎』。

 でもねー、「ご存じ」とか書いても実はどうでしょ。8回も映画化された有名作品であるはずですが、最後の映画化は加藤泰監督、中村錦之助主演のもので、これがもう1966年公開というから40年以上前の作品。沓掛時次郎といっても知らないひとのほうがおおくなっちゃったかな。

 すでに忘れられつつある股旅モノの再生。義理と人情のはざまで苦悩する主人公としては、『関の弥太ッペ』より『沓掛時次郎』のほうが純粋ですね。今回もすばらしい作品となってます。

 現代の多くのひとの記憶に残ってる中村錦之助版「沓掛時次郎 遊侠一匹」は、原作にない弟分の渥美清などが登場してて(あっさり死んじゃいます)、映画としては傑作だと思いますが本来の長谷川伸の戯曲からは離れすぎ。今回の小林まことのマンガ版のほうが原作戯曲によっぽど近い仕上がりになってます。

 しかも現代のマンガとしての完成度も高い。現代の読者を泣かせる脚色は前作同様お見事。堪能しました。

 さて、ここからは少し違う話。

 『沓掛時次郎』の終盤にこういう文章が出てきます。

ウン字を唱うる功力には
罪障深き我々が
造りし地獄も破られて
忽ち浄土となりぬべし……

 マンガでは誰の言葉か不明の、宙に浮かぶキャプションとして登場しますが、原作戯曲では時次郎と行動をともにする少年がこれを唱えています。

 おー、これは光明真言和讃じゃないですか。

 まず和讃というのは、仏教のお経がいかにありがたいものであるかを日本語で解説し、しかも民衆にわかりやすく布教するため歌にしたものです。有名なところでは「地蔵和讃」というのがあります。

これはこの世のことならず
死出の山路の裾野なる
賽の河原の物語

 聞いたことあるでしょ。不気味な始まりですが、このあと地蔵菩薩のありがたさが語られます。

 光明真言和讃は光明真言を解説、というより、光明真言がいかにありがたいものかを歌ったもの。うちは四国在住ですので当然のように真言宗で、光明真言もおなじみ。

おんあぼきゃ
べいろしゃのう
まかぼだら
まにはんどまじんばら
はらはりたや
うん

 これを民衆向け解説したのが光明真言和讃で、「おん」「あぼきゃ」などがそれぞれいかにありがたいのかが説かれます。本来の意味とはずいぶん違ってるみたいですけど。

 もともとはずいぶん長い歌で『沓掛時次郎』に出てくるのはごく一部、「うん」を解説した部分だけです。戯曲が書かれた昭和3年なら、だれでもこれから光明真言和讃を思い浮かべることができたのでしょう。でも現代の日本人にはちょっと無理。

 昭和初期に大衆の常識であったものが、今は解説を要するものになってしまいました。

 マンガ版『沓掛時次郎』にはもうひとつ、印象的な歌として「小諸馬子唄」が出てきます。

小諸出てみよ浅間の山に
今朝も煙が三筋立つ

 これも何のこっちゃわからん、と言われてしまうともうどうしようもないわけで、大衆文化は時代と離れては生きていけない。本作などはもうぎりぎりのところを歩いているのですね。

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November 21, 2010

驚愕のトリック『アナモルフォシスの冥獣』

 一読、びっくりした。そしてあわててもう一回読み直した。

●駕籠真太郎『アナモルフォシスの冥獣』(2010年コアマガジン、1500円+税、amazon

アナモルフォシスの冥獣 フラクション

 出版社からご恵投いただきました。ありがとうございます。

 書影右は、著者の前作『フラクション』(2009年コアマガジン)。そっちはマンガで描かれた「マンガにおける叙述ミステリ講座」でした(かつてわたしが書いた紹介記事はこちら)。

 これを読んだときもおどろきましたが、本作はその延長線上にある実践編。

 賞金を手に入れるため、外部とは連絡できない部屋に集められた男女六人。その広い部屋にはなんと怪獣映画に登場するような精巧なミニチュアセットが組み上げられていた。そこで繰り広げられる人智を越えた惨劇!

 コミックナタリーの紹介では「オカルト作品」、YouTubeの予告編でも降霊術とか呪いが前面に押し出されてるし、アマゾンや本書のオビでは「長編奇想空間」という紹介。

 でもねー、はっきりいいますが、本書はミステリ。しかも前代未聞、驚天動地の「アンフェアじゃない」トリックを駆使した傑作ミステリなのですよ。いやもちろん駕籠真太郎ですからホラーなんですが、ミステリ読者にこそ読んでほしい作品。

 本書のトリックはマンガという特質を最大限に生かしたものです。この場合マンガの特質というのは、静止した絵が連続する、コマというものに画面が制限される、注目する物体は細かく描き込むけどその他の部分は省略することもある、などなどです。マンガをつきつめて考えればこういうのも可能なんだー。ちなみに、ご存じかもしれませんがアナモルフォシスとは「だまし絵」のことね。

 しかも本作では、作中人物が作中人物に対して仕掛けるトリックと、作者が読者に対して仕掛けるトリックが見事に連動しています。

 『金田一少年』や『コナン』を遠く引き離し、これぞマンガで描くミステリの極北!

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November 19, 2010

あたらしい表現への自負『漫画教室』

 『漫画教室』は、手塚治虫によるマンガで描かれたマンガ入門書。今回が初単行本化になります。

●手塚治虫『漫画教室』(2010年小学館クリエイティブ、2380円+税、amazon

漫画教室

 1952年から1954年にかけて雑誌「漫画少年」に連載されたものです。この時期の手塚は、1952年医師国家試験終了後に東京進出。1953年にトキワ荘に転居、1954年に並木ハウスに転居。同年関西長者番付、画家の部でトップになるという売れっ子の時代です。

 「漫画少年」には『ジャングル大帝』を連載中。「少年」では1952年に『アトム大使』が終了して『鉄腕アトム』としてリニューアル連載開始。「少年クラブ」には『ロック冒険記』、「少年画報」に『サボテン君』、「冒険王」に『冒険狂時代』、「漫画王」に『ぼくのそんごくう』を連載。1953年には「少女クラブ」で『リボンの騎士』連載開始。その他の単発仕事は数知れず。

 まさに質、量ともに子どもマンガ界のトップランナーです。ただし当時の手塚はまだ20代なかばでありました(1928年生まれです)。

 その手塚がマンガ家志望者向けに描いた入門書が本作品です。入門書であり、かつマンガがテーマのマンガエッセイでもあり、もちろん娯楽作品でもあり。若い業界のトップランナーが絵も文章も才気煥発に描いていて、楽しく、かつほほえましい作品です。

 ゴシップ的に興味があったのが、『イガグリくん』で人気絶頂だった福井英一とトラブルになった回。ある日、怒った福井英一が手塚を訪ねてきます。仲裁役で参加したのが馬場のぼる。

「君は、『漫画少年』に、『漫画教室』を書いているだろう。あのなかで、ストーリイ漫画家は、ページを稼ぐために、むだな手法や、無意味な絵を使っていると書いているが、そこに使われた挿絵はあきらかにおれの『イガグリくん』だ。え、おれのマンガのどこが無意味で、どこがページ稼ぎだ。文句があるなら言ってみろ」(手塚治虫『僕はマンガ家』)

 結局この場は手塚が謝り、翌月の連載でわびを入れる形で決着します。自伝で手塚は福井に対するライバル心と嫉妬心を表明しており、この事件の直後に福井英一が急逝したこともあって、きわめて印象的なエピソードになってます。

 ところが『漫画教室』でその伝説の回を読んでみますと、これがちょっと違った印象を受けるのですね。

 第17回、タイトルは「あたらしい表現1」。戦前のマンガはただ横に歩くだけの単調な表現しかされていなかった。戦後に映画の影響で、さまざまな新しい表現が生まれた。そしてクローズアップや暗転や雲だけのコマなどが例に出されます。

 問題になったのはイガグリくんそっくりの少年が登場する連続三コマです。コマの上部には誰かがしゃべってるフキダシ、コマの下部にはそれを聞くイガグリくんの顔のアップ。カメラはその顔にどんどん近づき、みっつめのコマでは顔の上半分しか描かれず、コメカミに流れる汗。

 これってどう考えても、「良い例」として出されてるよなあ。ただし、語り手であるナンデモカデモ博士の説明が悪かった。

こういう表現(あらわしかた)が、福井、馬場、うしお、高野、手塚といった人たちによって、ますますドギツクなっていった

だがしょくん こういったえを そのままそっくりまねをすることは考えたほうがよろすい 
というのはこういう形式のたいていのものは 
マンガ家が別冊フロクかなにかをかくときに手をぬいてはやくしあげるために、かんがえたズルい方法がおおいからです
そんなことをして、ぺーじをかせぐくらいなら、ページをすくなくした方がよろすい

 手塚先生、あいかわらずひねくれた書きかたをしてますね。

 「ドギツク」とか「手をぬいて」について、解説の中野晴行は「手塚なりの諧謔」「関西風のいささかねじれた笑い」と書いてます。ところが福井英一はそれが理解できずに怒ってしまいました。

 わたしの印象としては、手塚治虫は基本的にショーマンで、読者を喜ばせるためにはなんでもするひと。ですから自伝やエッセイも演出過多なところが多々あります。さらに表面的にはヒューマニストですが、ほんとのところ人間という存在を信じていないのじゃないかと思わせるような二面性も持っている。

 この回に描かれているさまざまな表現は、手塚としてまさに「あたらしい表現」として自負するところであっただろうと思います。ところがそこが気恥ずかしくて、偽悪的な文章を書いてしまうのが手塚先生。

 手塚は、自分と同列に名前をあげた福井英一、馬場のぼる、うしおそうじ、高野よしてる、彼らに対して、マンガの改革者としての同志的感情を抱いていたのじゃないでしょうか。

 その後に描かれた第18回「あたらしい表現その2」は、ナンデモカデモ博士が馬場のぼると、羽織袴に下駄を履いた国士風の福井英一(ふたりとも顔は黒塗り)につるしあげられ、新しい表現こそ効果的なマンガ表現であると論破される、という話になってます。

 ただし国士風のいでたちは、当時としても悪役のものだったはず。この回を描いたとき、手塚としては福井英一に対し、ちぇっ、せっかくほめたはずなのに、わかってねえなあ、という気持ちだったと想像しますね。

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November 17, 2010

紅葉狩り

 マンガで紅葉が見られなかったので、リアル紅葉狩りに行ってきました。場所は高知県と徳島県の山越え県境にある「高の瀬峡」。レストハウスのあるあたりの紅葉は見事でしたが、見どころである山頂はすでに盛りを過ぎてました。紅葉の見ごろはほんとに微妙ですね。

Kouyou

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November 15, 2010

『オチビサン』モノクロ事件

 昨日、2010年11月14日の朝日新聞を見てびっくり。

 毎週楽しみにしている、安野モヨコのカラーマンガ『オチビサン』が、な、なんとモノクロ掲載されとるっ。しかも今回のお題は「紅葉」!

 紅葉がテーマのマンガをモノクロで見せるなよ。こういうマンガをモノクロにしちゃうと視覚効果が半減するとかいう以前に、読者が怒るぞ。

 これがその、モノクロオチビサンだっ。ちなみにモノクロじゃなくてカラー撮影してます。

Ochibisan_0001

 わが家では「オチビサン」が人気です。単行本が出る前は切り抜きをしてたくらいなので、娘たちもこれはどうしたとしばらく文句言ってました。

 このことをTwitterでつぶやいたところ、他の地域ではフツーにカラー掲載だったことを教えていただきました。

 というわけで、生まれて初めて新聞社に苦情メールというのを送ってみました。まあ大新聞社には毎日、読者から山のように苦情が来てるだろうから、こういうマンガについての苦情なんか無視されちゃうんだろうなあ、という気持ち半分。

 で、今日。

 家に帰ると妻が言うには朝日新聞からわたしあてに電話があったと。さらにチェックしてみるとわたしあてにメールも来てました。

 それによりますと新聞社の輪転機はカラーページを印刷する能力に限りがあって、通常40ページ中16ページまではカラーにできる。ところが四国四県と岡山県に配達される朝日新聞を印刷しているのは香川県丸亀市の工場で、ここの機械が古くて40ページ中12ページしかカラーにできない。そこで昨日の「オチビサン」のページは四国と岡山ではモノクロになってしまった、という経緯だそうです。

 「朝日新聞 お客様オフィス」のU様、すばやくかつていねいな対応ありがとうございます。

 たしかに昨日の朝日新聞を見ると、カラー印刷されてるのは12ページだけ。そのうち広告ページは契約の問題があるからカラーが必要になるのはわかります。でもね。

 マンガなんかモノクロでいいじゃん、という時代でもないでしょ。今後はこういうことがないようにぜひよろしくお願いしますよ、ほんとに。

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November 11, 2010

田中圭一 vs 東京都

 絵が描けなくてもマンガが描けるソフト「コミPo!」については、話題沸騰ですでに知らないひとはいないくらいになってますね。わたしも購入するつもりですが、買う前からちょっと不満なのはキャラクターのバリエーションの少なさ。

 とくにエロを前面に押し出したキャラがいてもいいのじゃないかなヌードとは言いませんが肌色のビキニのお姉さんあたりがいるとみなさんうれしいと思いますがいかがですかどうでしょうか。

 「コミPo!」プロデューサーの田中圭一氏はエロマンガ、じゃないな、シモネタマンガの巨匠なのですから、当然そっちを考えてないはずはないので今後に期待。

 で、田中圭一の新刊二冊。

●田中圭一『メカ硬派』(2010年太田出版、952円+税、amazon
●田中圭一『みなりの青春』(2010年デジタル・コンテンツ・パブリッシング、905円+税、amazon

メカ硬派 みなりの青春

 ギャグマンガ、まして田中圭一作品のあらすじを紹介するのもアレですが、『メカ硬派』はアンドロイド工学の権威、手詰博士と彼の作ったアンドロイド、ゲルの字が宇宙を旅していろんな敵と戦う(?)お話。ということになってますが、手詰博士がアレなものなので、お話はどんどんアサッテの方向へ向かいとんでもないことに。

 物語の主人公というのはいったいどういう存在か、というナラティヴの根本に疑問を投げかける問題作、だったりして。

 『みなりの青春』のほうは四コママンガ集。出版社よりご恵投いただきました。ありがとうございます。

 教師と結婚した女子高生、という「奥さまは18歳」モノ。ただし田中圭一ですからおもいっきりエロ、シモネタの嵐です。田中圭一の単行本はほとんどすべて持ってるわたしですが、これはこれまで読んだ田中圭一作品中、もっとも下品でお下劣な作品にちがいない。

 読みながら周囲を見回したりしてしまいます。さすがにこの単行本だけは、ソファの上に放り出しておくのはまずいっす。

 ただし、その表紙イラストを見よ。「都条例がなんぼのもんじゃい!!」「こちとら非実在青少年でい!!」 さらにカバーをめくると、あのひとが登場してるという趣向です。

 非実在キャラクターのセックスにお上が介入するんじゃねえ。非実在青少年自身にこういう啖呵をきらせる。なかなかできることじゃないです。

 オビには「怒られるかなあ」とありますが、いえいえ、ただただ拍手です。お見事。

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November 07, 2010

激動の時代の小悪党『イビクス』

 国書刊行会がバンド・デシネ出版に乗り出しました。第一弾はこれです。

●パスカル・ラバテ『イビクス:ネヴローゾフの数奇な運命』(2010年国書刊行会、2500円+税、amazon

イビクス――ネヴローゾフの数奇な運命 (BDコレクション)

 出版社よりご恵投いただきました。ありがとうございます。

 バンドデシネも最近はモノクロ作品が増えてきたらしく、マルジャン・サトラピ『ペルセポリス』やダビッド・ベー『大発作』もそうでしたが、これもそう。500ページ超のモノクロ長編でB5判よりやや小さい判型のソフトカバーですが、(物理的に)重い本。絵も線でドローしたんじゃなくて、薄墨をペイントしたものなので、けっこう重い感じ。でも内容はある種、喜劇であります。

 本書の主人公、ネヴローゾフは『マクベス』よろしく、ジプシーの女占い師から「世界が破滅するときおまえは金持ちになる」と予言されます。「イビクス」というのは占いカードのうち、骸骨を描いたカードのことらしいです。

 以後、ロシア革命を舞台に小悪党である主人公がいかに激動の時代を生き抜いてゆくか、という波瀾万丈の物語が展開します。アレクセイ・トルストイの中編小説をパスカル・ラパテがBD化しました。

 絵に関しては、マンガ的というより絵画的にうまい。デフォルメを強くきかせた絵柄ですが、きっとこういうひとはどういうタッチでも描けるんだろうなあ。

 原作小説を読んでない(邦訳がない)から勝手なこと書きますが、きっとこの作品、原作をおもいっきり脚色してる、と思う。

 アレクセイ・トルストイは、『戦争と平和』を書いたレフ・トルストイとは別人。すごく遠い親戚ではあるらしいです。

 アレクセイ・トルストイの邦訳作品としてはロシア革命から内戦の時代を書いた大長編『苦悩の中を行く』という作品があります。読書家でも何でもなくて『戦争と平和』すら読んでないわたしですが、なぜかこの『苦悩の中を行く』は大学浪人時代に読んでます。なぜこんなものを。やっぱ浪人中は頭がちょっとヘンになってるのですな。

 『イビクス』は、ロシア革命とアレクセイ・トルストイについてまったく知らないと少し理解しにくいお話ではあります。1914年に第一次大戦が始まりロシアも参戦。戦争に疲弊したロシアは1917年、首都ペトログラードでおこったデモとストで大混乱のなか、軍の反乱も起きて皇帝が退位。これが二月革命です。

 ペトログラードで二月革命に遭遇した会計士の主人公は、その混乱に乗じてイギリス人骨董商から金を盗み、モスクワへ逃げます。続く十月革命のさらなる混乱のなか、モスクワで主人公は伯爵を名のり麻薬と女におぼれる放蕩生活ののち闇の賭博場を経営。

 その後も軍に追われて南の街へ逃げ、豪華な館を買ったと思ったらそこも追われて戦場で盗みを働いたり、黒海沿岸のオデッサでスパイとなったり。まさにジェットコースター人生。ついには黒海をこえてコンスタンチノープルまで逃げのびます。

 じつは『イビクス』の主人公は、アレクセイ・トルストイ自身と重なるコースをたどっています。二月革命を喜んだトルストイでしたが、その後の十月革命を肯定できず、1918年には家族とともにオデッサに向かい白軍陣営に参加、1919年にコンスタンチノープルに脱出しパリに亡命します。

 ただし小悪党のネヴゾーロフと違いアレクセイ・トルストイは亡命後も悩み続け、1923年にペトログラードに戻ることになります。以後アレクセイ・トルストイはソビエト連邦の国民的作家となり、没後にはモスクワにアレクセイ・トルストイ通りができたほどです。ソビエトが崩壊した今はどうなってんのかな。

 『イビクス』はトルストイが亡命生活から帰国してのち書かれました。『苦悩の中を行く』の訳者金子幸彦によると「ヨーロッパ資本主義の腐敗、堕落、亡命者生活の荒廃をテーマにした作品」だそうです。

 ところがBDのほうは、そういう印象とはちょっと違う。腐敗、堕落、荒廃は確かにそのとおりですが、社会の大混乱に巻き込まれた普通の人間、じゃないな、小悪党の生き方がリアル。

 エロいシーンを含めて、あまりに人間くさい描写。こういうのはアレクセイ・トルストイ『苦悩の中を行く』にはあんまりなかったんだよね。あっちはけっこう優等生的なキャラクターが多いという印象でした。

 きっとラスカル・ラパテによってここまで読ませる作品になったのだと思います。アングレームで賞をもらったそうです。特殊な時代の特殊なひとの物語じゃなくて、普遍性を持って現代人に迫ってくるものになってます。ある種ハッピーエンドのラストにもあ然としました。

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