« バルダツィーニのセックス・ファンタジー | Main | 1984年のアラン・ムーア『スワンプ・シング』 »

September 03, 2010

『20世紀少年』最終感想

 浦沢直樹『20世紀少年』が完結して三年経過。さらに映画版も全三作すべてTV放映されちゃったので、このあたりで自分の『20世紀少年』に対する最終的な感想を書いておこうかな、と思って読み直してました。

20世紀少年―本格科学冒険漫画 (1) (ビッグコミックス) 21世紀少年 下 (2) (ビッグコミックス)

 わたしこのマンガ、ブログ記事のために何回も熟読したはずですが、いや読み出すと止まらない。おもしろいなあ。

 でもって付箋貼りまくった『20世紀少年』をソファの上に全冊積み上げてたら、ウチの高校生と中学生がずーっと読んでる。こいつらも以前に読んだことあるはずなのに、奪い合って読んでる。つくづく巻をおくあたわずというか、世代をこえて読者を引っ張ってはなさない能力を持ったマンガですねえ。

 これはひとつひとつのエピソードがサスペンスフルでおもしろいのと、“ともだち”が誰なのか、という大きくて魅力的な謎がどーんと存在してるからですね。

 ところが。

 ずーっとどきどきはらはら気持ちよく読んでいた作品のはずなのに、ラストのラストであの盛り下がり。

 カツマタ君だもんなあ。というか、誰よ、カツマタ君って。

 はっきりいって、カツマタ君についての伏線が少なすぎます。ミステリとしてなら、ダメダメのオチでしょう。「主人公にさえ忘れられてたカツマタ君が犯人」なのだから、カツマタ君についての伏線が少ないのはごもっともではありますが、読者が覚えてない人物が犯人じゃねえ。

 子ども時代の主人公自身が“ともだち”をつくってしまった、というアイデアはいいし、疑似タイムトラベルものとして救いのあるラストもよくできてる。でもだったら、この作品内で子ども時代から大人になるまでずーっと諸悪の根源であったフクベエの立場はどうなる。正義が最大の敵フクベエを倒す快感もないし、フクベエだけはラストでも救われることなくほったらかし。

 作者たちも「フクベエ→カツマタ君」の“ともだち”二人制には無理があると考えたのか、映画版では「フクベエ=カツマタ君」の二人一役制に変更されちゃいました。これはこれで納得できないところもいろいろとありますが、ま、映画については置いといて。

 これまでも多くの長編エンタメ(小説であったりマンガであったり)が「連載」のかたちで書かれてきました。それらは時系列に沿って物語が進行し、次はどうなる、次はどうなるという形で読者を引っ張ります。それでも長い連載期間には途中でダレることもあれば、人物の出し入れに矛盾が出てくることがある。これは名作と呼ばれるものでも同じこと。

 ところが『20世紀少年』は物語を時系列に沿っては語らない。過去と未来、現実と仮想空間、時系列を飛び越えてお話があっち行ったりこっち行ったり。連載形式ではすごく困難なことのはずです。ただでさえ矛盾が出やすい長期連載で、こんなことをやろうとするひとはそうそういない。

 これは最初からラストまで見通した構成が完成していなければできないことです。しかも「連載」で読者の反応を見ながら内容を微調整していくライブ感も生かそうとしている。完成度とライブ感、相反する二兎を追うことに挑戦したわけです。

 この壮大な実験は、少なくとも前半は奇跡的な大成功をおさめました。謎を次々と提出し、少しずつ解いていくその手腕は読者を興奮させました。『20世紀少年』、途中までは最高でした。

 しかし後半は、作者側が最初から計画していた構成と、途中のノリで描いた部分がずれてきた、のじゃないか。これは作者の意図と読者の期待のずれともなり、ついにラストになって腰くだけ。

 企画と細部のエピソードは満点、全体構成とオチは50点。惜しくも名作になり損ねた残念な作品、というのがわたしの感想です。

|

« バルダツィーニのセックス・ファンタジー | Main | 1984年のアラン・ムーア『スワンプ・シング』 »

Comments

>企画と細部のエピソードは満点、全体構成とオチは50点。

「PLUTO」にも、同感であります。
いつBOOK-OFFしてやろうかと。。。。

Posted by: トロ~ロ | September 03, 2010 09:24 PM

私にとってはモンスターも終わってみると同感でしたので、20世紀少年の読後感もある意味すぐに受け入れられたって感じです(^^;

ちょっと話変わりますが公開中の映画「インセプション」、多量の伏線全部回収していたので観た後すっきりでした。映画観に行ってこんなにすっきりする感じはあまりないのです。

Posted by: くもり | September 03, 2010 11:38 PM

ここで同じカテゴリーに原作者の中の人が同じ?であろう魚戸おさむ画「イリヤッド」も入るような、入らないような。

Posted by: Gryphon | September 04, 2010 12:00 AM

話しはズレますが、映画に登場していた13番という殺し屋が
映画ピンポンのスマイル役のARATAだったと、あとで知って
驚愕しました。

Posted by: 森めめんと | September 04, 2010 08:09 AM

楽しく記事を拝見いたしました! そしてお子様たちは、あの終わり方をどう見られたのかなあ…というところに興味を感じました!
で、私は考えたのですが。たとえラストが破綻ぎみだったとしても、そこまでに人々を激しくエキサイトさせていた作品は、やはり名作なのではないでしょうか。というか、『名作まんが』の必要がこの世にはないように思います。
確かにあの終わり方には、不満を感じた方が多いと思いますが…私も、多少はそうですが(笑)。けれども、それで評判が急降下することもなく、「20世紀少年」シリーズは版を重ね続けている。そういうことなのではないでしょうか。

Posted by: アイスマン | October 13, 2010 04:14 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 『20世紀少年』最終感想:

« バルダツィーニのセックス・ファンタジー | Main | 1984年のアラン・ムーア『スワンプ・シング』 »