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September 08, 2010

1984年のアラン・ムーア『スワンプ・シング』

 『1984年』はディストピアを描いたオーウェルの作品として有名ですが、現実世界で1984年に何があったか調べてみますと、グリコ・森永事件ってこの年だったんですね。映画「風の谷のナウシカ」もそうか。ああっ、「さよならジュピター」と復活した「ゴジラ」もこの年だっ。

 マンガならサンデーの『タッチ』と『うる星やつら』。ジャンプには『北斗の拳』と『Dr. スランプ』があって、年末から『ドラゴンボール』の連載開始。

 今NHKでやってる「ゲゲゲの女房」も、今週は1984年の回ですね。まだオタクという言葉も一般的にはなっていません。

 で、アメコミの1984年は、アラン・ムーアがアメリカデビューをはたした年です。

●アラン・ムーア/スティーブン・ビセット/ジョン・タトルベン『スワンプ・シング Saga of the Swamp Thing』(2010年小学館集英社プロダクション、2600円+税、amazon

スワンプシング (ShoPro Books)

 出版社よりご恵投いただきました。ありがとうございます。

 すでにイギリスで『マーベルマン』や『Vフォー・ヴェンデッタ』を発表してライターとして注目されていたアラン・ムーアが、初めてアメリカメジャーのDCから招かれて脚本を書いたのがこの『スワンプ・シング』。

 組織に殺されそうになり、植物の成長を促す特殊な薬品をかぶって沼に落ちた科学者が、薬品の影響で「沼に住む何か」「沼のやつ」としてよみがえります。不気味な緑の怪物の外見を持つようになった彼は、いつか人間に戻ることを望みながらダーク・ヒーローとして悪人たちと戦っていく。

 これが1972年に生み出された『スワンプ・シング』の初期設定でした。ところが1984年に『スワンプ・シング』のライターとして参加したアラン・ムーアは、それまでの設定を全部ひっくりかえしちゃって主人公の科学者はほんとは初期に死んでいた、彼の意識をとりこんだ植物が怪物化していた、ことにしちゃいました。ムーアのちゃぶ台返しとして有名なエピソード。

 ムーアは三年半『スワンプ・シング』にたずさわっていたそうですが、本書に収録されてるのは三つのエピソードです。怪物の出自をひっくり返して長年の敵役を殺してしまった「解剖学講義」。大自然と植物の代弁者を名のるフロロニックマンとの戦い。コックリさんで呼び出された異次元の怪物が自閉症の子どもたちを苦しめる話。きっと現代的なエピソード、なのだと思います。

 いずれも多量のセリフ、モノローグ、キャプションがみだれとぶムーアお得意のスタイルです。ムーアは英語が苦手なわたしにはたいへん理解しにくい文章を書くひとでして、原書で読もうとしても敷居が高いのですよ。

 ムーアはまるで詩人のような華麗な文章を書きます。おそらくそこが日本マンガとの大きな違いでしょう。日本のマンガ指南書は「文章で説明しないように」と繰り返し教えてきたという経緯があります。白土三平がマンガのところどころに挿入する忍術解説ですら批判されたことがあります。

 これはマンガのライバルとして「絵物語」が存在した日本の特殊事情によるのじゃないかしら。マンガは絵物語じゃないんだから文章で説明したりしちゃダメ、なんてね。海外ではマンガと絵物語を対立する存在として見なしたりはしてなかったと思います。

 このため日本マンガの文法はちょっと窮屈なものになってしまいました。「絵」だけで表現する能力が極端に発達しますが、そのかわりちょっとしたエピソードにも長大なページを必要とするようになります。というような話はさておき。

 本書の絵は、名人レベルのひとが描いてるわけではないので、現代の日本読者が見るとどう思うかな。こまかい描き込みはなかなかですが、画力としては安定してない。コンピューターによるカラリングが始まる前ですから、原色を使ったカラリング(スーパーマンの赤青黄はアメコミでなきゃ存在しえませんでした)は、70年代ジャンプの巻頭のよう(←わかりにくいたとえですみません)。

 じつは70年代にマンガを描いてたのは、ホラー小説のイラストでも有名なバーニー(別名バーニ)・ライトスン Bernie "Berni" Wrightson。彼は名人級の絵を描くひとで、画像検索でどうぞ。アメコミアーティストのすべてがこういうレベルではないです。

 本書の画家たちはライトスンには及びませんが、描き込みと黒ベタの多用でアメコミのフォーマットでのホラーを描くことに成功してると思います。もちろん彼らの作品は、わが水木しげるや日野日出志とは全然別物です。

 いずれにしても現代でもっとも有名なコミックライターの初期作品の邦訳となります。日本と欧米のマンガの違いなどを考えながら読んでるとムチャおもしろいです。

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Comments

これの数年後にでたニール・ゲイマンのブラック・オーキッドなんかも日本の漫画の文脈からはなかなか出てこないものだろうな…と思います。

アラン・ムーアのスワンプ・シングやっぱり英語が難しかったんですね。原書で玉砕しましたっけ。
ライトスンの模写にも挑んで天を仰ぎました。懐かしい…

Posted by: ぴーさん | September 08, 2010 11:19 PM

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