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July 23, 2010

娯楽として読むマンガ論『まんが学特講』

 みなもと太郎/大塚英志『まんが学特講 目からウロコの戦後まんが史』(2010年角川学芸出版、2800円+税、amazon)読みました。

まんが学特講  目からウロコの戦後まんが史

 かつて2004年から2005年にかけて、角川書店から大塚英志編集による「comic 新現実」という雑誌が隔月刊で6冊刊行されました(今、アマゾンをのぞいてみたら古書で比較的安く手にはいりますね)。

 復活後の吾妻ひでおがきちんと連載したとか、樹村みのりの新作を掲載したとか、あすなひろしを特集したとか、西島大介が「ディエンビエンフー」の原型を連載したとか、いろいろと話題の尽きない雑誌でしたが、なんつっても、みなもと太郎/大塚英志の対談、というか、みなもと太郎に大塚英志がインタビューする形で展開されたマンガ論、「トーク版お楽しみはこれもなのじゃ」が最注目連載でした。

 2006年には書籍にまとまるとアナウンスされて幾星霜。『お楽しみはこれもなのじゃ』(→amazon)が初めて単行本化されたのは連載終了後12年たってからだったしなあ、今回もそれくらいは覚悟して…… と思っておりましたところ、あらうれしや。一気に読了しました。

お楽しみはこれもなのじゃ―漫画の名セリフ

 『お楽しみはこれもなのじゃ』は好きなマンガについて書いた軽い絵入りエッセイ、に見せかけたマンガ論であり著者なりのマンガ史を再構築しようとした意欲作でした。本書はそれを一歩進めて、大塚英志が戦後マンガ史の「みなもと史観」を引き出すべく、ある程度体系的に話が進められ……ようとしてました。

 いやそれがね、対談というかインタビューですからね。雑誌連載を読んでたときは話がアッチ行ったりコッチ行ったり。部分部分はすごくおもしろくて、興味深い話ばっかりだったのですが、あとから参照しようとしても、いったいどこに何が書いてあるのやら、さがすのがもう大変。

 それが本書では、おお、こんなにすっきり整理されてるとは。

 雑誌連載と比較してみたのですが、あっちの文章をこっちに移動させ、ここの一部だけをそこにつっこんで、というふうに構成を全面的に組み替えて、すっきりわかりやすくなりました。

 ただしそのぶん、本に収録されずに削られた部分も多くてこれはちょっと残念(とくに固有名詞を出していろいろ語ってる部分ね)。

 日本戦後マンガ史におけるみなもと史観というのは多岐にわたるのですが、本書でとくに強調されてるのは、(1)貸本マンガおよび劇画を歴史の本流として組み込む、(2)戦前作家および手塚より年長の戦後デビュー作家の再評価、(3)1970年前後のマンガのドラスティックな変化の重視、などでしょうか。あと個人名として重要視されてるのが(4)矢代まさこ、あすなひろし、西谷祥子。

 これが著者の膨大な知識と超絶的な記憶力で、豊富な図版をまじえて実証されていきます。

 いやこれがもうおもしろいおもしろい。マンガ「論」なのにこんなに楽しくていいのか、という本です。かなり高度な話題のはずなのに、娯楽として成立しているのだから驚き。

 ただし読者の側にマンガについてのかなりの知識が要求されるかもしれません。わたしは聞き手の大塚英志とほぼ同年代ですが、それでも人名など話題についていけない部分があります。マンガ体験の違いによっても理解に差が出てくるでしょう。

 それを割り引いてもいろいろとすばらしい本。くりかえし読めます。あと本書を読むと、いろんなマンガをあれもこれもいっぱい読みたくなって、これも困ったことです。

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Comments

 非常におそーいコメントで済まないのですが、今頃やっと、うちの家内の許しを得て(いや家内の所為じゃ有りませんが。orzゴメンネ)、みなもと太郎・大塚英志両先生の『まんが学特講 目からウロコの戦後まんが史』買えました。(非常に遅れて申し訳無いです。)
 えと、今度は「角川学芸出版」というたぶん学術書扱いなので、そうそうバーゲンブックとかはされないだろうとは思いますが、其の危惧は有るもので、「今度こそ」(4度目の正直)其れ無しで買えてホッとしました。(※sigh※)

 で読んでみて流し読みのほぼ前半半分の感想なんですが、いけねーな、もう「目からウロコ」←とかの段階じゃないっすよ、もう自分のマンガ観、「お目目ボロボロ」←に成って居ります。ひぇー、こんな事も知らんとマンガについて安いコメントやお話を展開してたんかぃ、orz、とこっちは冷や汗た~らたら、筑波山麓何とか合唱団、ガマの油が出まくりの状態でして…。

 ずぅ──っと、「若し」みなもと先生が大著『風雲児たち』序編全30巻(潮出版社版でしたっけ?。リイド社版にして全20巻)などに取り組まれなければ、きっと其れは『お楽しみはこれもなのじゃ』(製本化)を超えて、次の「なんだ なんだ なんだ」(未製本化)を完成させたりなど、きっと「マンガ研究」の恐るべき集積が起こる、と思って居ましたから。だから今回の製本化で「此れが読めた」のは、内臓腑に満ちる思いです。
 やっぱり凄いなぁ、と思わざるを得ない。完全に脱帽です。

 でもね。先生の話なら(無理はしょーちで)1千ページ有っても足りないと思うの。うーん、其の微細な所まで入った「みなもとマンガ観」を読めないのはつれづれ悲しいものでありまして──でも、こんだけでも随分と「テーマ」を与えられました。
 例えば、戦前から大正期に遡る、大塚先生の其の後集められた「漫画入門書」の数の多さ!には圧倒です。此れは教えられないと全く地方では手が出ないと思う。ものすごーい勉強に成りました。

  ☆

 あとはもう、是非是非、『風雲児たち・幕末編』(本編)の完全読了を目指すのみです。此方(こちら)も「風雲児たち」リイド社版やこの幕末編・本編を買い切って居ないもので、えー、済みません薄いサイフで、何とか買い足したいし、母校などへと寄贈したいと存じます。(旧潮出版社版なら、12巻迄で、上前淳一郎の『読むクスリ』シリーズ4冊と共に横山隆一先生の母校に当たられる高校に寄贈した事は有りますが。)

 ではまた『まんが学特講』、“熟読”へと戻りたいと思います。//

Posted by: woody-aware | November 13, 2010 05:47 AM

知らなかったのだけど、兎に角「出て」(まるでオバケ)よかった!みなもと先生の御本が増えるのはとても嬉しいぃ限りですっ。
買い足し、買いたい新書っ!
『まんが学特講 目からウロコの戦後まんが史』、憶えて置きますね。
今度こそ“バーゲンブック”に成ってる前に買わねば…。orz

Posted by: woody-aware | July 31, 2010 09:01 AM

これは読みやすく図版もwiki的なものも多く良い本ですね(^^

Posted by: くもり | July 24, 2010 03:11 AM

す〜っと単行本化を待ちわびていた本でした。お知らせいただきありがとうございます。いま、amazonでポチッとしてきました。

Posted by: ほうとうひろし | July 24, 2010 01:17 AM

>いろんなマンガをあれもこれもいっぱい読みたくなって、これも困ったことです。

漫棚さんがそうやって読んだ面白いマンガの紹介をされると、こちらも読みたくなってしまうのが、これまた嬉しくも困ったことなのです。

Posted by: トロ~ロ | July 23, 2010 02:42 PM

いつ出るのか、と前に本欄で漫棚さんに訊かれたとき、「さあ…」と答えるしか無かったアチラさん任せの「まんが学特講」企画で、このタイトルも中身の並べ替えも私は関与しておりませんデスね。時おり思い出したように送られてくるゲラに赤修正を入れ続ける数年間でありました。大塚氏の体調不良も単行本化の遅れた原因の一つだったようです。雑誌連載時のLive感というか緊張が薄まっているのが気がかりでしたが、「すっきり整理されて読みやすい」と仰しゃって頂き、ようやく胸をなで下ろしました。ああ私が関与しなくてヨカッタ。ただ定価がヤヤお高いのが難で、自費出版コミケ本と違い、私の経済力ではサホド「贈呈」できないのが少々悲しいですけど。

Posted by: みなもと太郎 | July 23, 2010 05:46 AM

そうか、5年またされたぐらいで文句をいってはいけなかったんですね。なんだか法律の世界だと最近といったら10年くらいの間のことだ、と講義できいたこともおもいだしました。哲学で最近といったら100年くらいのことらしいです。
たいへんおもしろく読むことができました。山本まさはる・矢代まさこの位置はほんとにおどろきました。本宮ひろ志と「ゴールデンボーイ」の合作とかあって本宮と同世代かとおもっていましたが、マンガ史的には一世代上だったんですね。
1980年以降もほしかったが望蜀ですね。島本和彦「アオイホノオ」によって理解するようになったら、なんだかいろいろと誤解するようになるかもしれません(こらこら)。

Posted by: madi | July 23, 2010 04:07 AM

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