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July 29, 2010

『電脳なをさん』とわたくし

 1994年のことですからもう16年も前の1月、わたし書店で「EYE-COM 」という月二回刊の雑誌を手に取りました。現在の「週刊アスキー」の前身となる雑誌です。

 お笑い系パソコン雑誌、とも呼ばれたこの雑誌、なかなか多彩なマンガが掲載されてましたが、わたしがいちばん喜んだのは唐沢なをき『電脳なをさん』が連載されてたこと。

 そのとき読んだのが「総天然色漫画」の回。ごつい顔の応援団が上は学生服、下はパンツいっちょでセーラームーンのコスプレをするマンガね。

 いやもう原典を踏みにじる容赦ない下品さがなんともいえずステキ。読者はまんまるちい「かわいい」絵にだまされそうになりますが、この黒さはタダモノではない。

 掲載誌が月二回刊で1ページ連載、となりますと原稿が100ページたまるのにも4年かかる計算。しかもカラー。これはもう単行本化されることはあるまい、と考えて、以後「EYE-COM 」を毎号買って『電脳なをさん』の切り抜きを集め始めました。初期の極悪ブーフーウーはひどかったなあ。

 ところがそのうち連載が2ページになりモノクロになり、1996年にはまさかの単行本化。しかも1ないし2年ごとにきちんと単行本が刊行されるようになったじゃないですか。めでたしめでたし。

 いつしか切り抜きもやめちゃって、月二回刊から週刊化された「週刊アスキー」も買うのをやめてしまいました。だって週刊誌ってちょっと気を抜くとすぐたまってしまうじゃないですか。記事を全部読まないと捨てない、というタイプのわたしなどには、週刊誌は鬼門なのです。

 単行本になったとききちんと読めばいいしー、そっちはカラーだしー、とか考えて立ち読みだけ続けてました(←すみません)。

 ところがっ。

 2004年に『新・電脳なをさん』1巻が刊行されて以後、待てど暮らせど単行本化されなくなっちゃった。そもそも『新・電脳なをさん』がハードカバーからソフトカバーに変更されモノクロで刊行されたのも、出版不況のせいだったといいますから、これはもう社会的構造的な問題、だったのか。

 で、6年ぶりに発売されたのがこれ。

●唐沢なをき『電脳なをさん ver.1.0 』(2010年アスキー・メディアワークス、980円+税、amazonkinokuniya

 6年ぶりの続編となる本書は、いやもうあいかわらず、すべてがお下劣この上ないパロディとくりかえしギャグ。

 16年以上の連載がすべてパロディ、というのもおそらく空前です。しかもモトネタをだれも知らなくてもかまわない。読者がついてこられるかどうかはまったく気にしない、さらに誰が何といおうと極悪ネタやシモネタでつっぱるつっぱる。

 孤高にして通俗を恐れず、洗練と下品が同居するという奇跡。すばらしい。

 満久道雄とエロ野茂のエロ道一直線を描いた神をも恐れぬ名作、「まっく道」もまだまだ道半ばです。このまま20年、30年と続けてください。

 前巻と本書との欠落部分が連載178回分=356ページ存在する計算になります。本書が売れたらその部分も単行本化されるかもしれないそうですが、アスキー・メディアワークスは自分とこの看板連載でかつ日本マンガのタカラなんだから、欠落分をちゃんと刊行するように。

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July 26, 2010

混沌だなあ「ネメシス」

 編集のかたからご献本いただきました。ありがとうございます。

●「NEMESIS 」1号(2010年講談社、905円+税、amazon

NEMESIS No.1 (KCデラックス)

 「月刊少年シリウス」別冊の形で刊行された季刊誌の創刊号。

 じつをいいますと、本を開いてまず塩野干支郎次による巻頭イラストピンナップ(=美少女系パンチラ)を見たときは、これをいったいおれにどうしろと、と頭をかかえました。いやわたしも一応女子高校生と女子中学生の父親なもんで。

 でもね、雑誌のラインナップはけっこう統一性がなく、ぐっちゃぐちゃしてていい感じ。カオスというか混沌というか(同じだ)。ホラー・サスペンスと萌えと軽エロとギャグ。イイ話系がひとつもない、というのが編集方針?

 イチオシはすぎむらしんいちのゾンビもの。女ゾンビが跋扈する世界で生き残るのは引きこもりの童貞だけ、というステキな作品で連載第一回、以下次回となってます。これは骨太で読みごたえあるなあと思った三作(岡村星『誘爆発作』、木葉功一『ディザインド』、西野マルタ『五大湖フルバースト』)は、WEB連載の「MiChao!」で連載されてたものの再録でした。友美イチロウのギャグマンガ読んで、そういえば単行本持ってた、と思い出したり。

 オッサン的には、清野とおる(北区赤羽のひと)のエッセイマンガとか柳沢きみおのエッセイ(マンガじゃないよ)が息抜き。雑誌にこういうのがあるとほっとしますね。

 「ゲゲゲの女房」の昔から「講談社の雑誌に作品が掲載される」というのは大きな目標でありました。今もそれは変わらない、はず。デジタル出版元年といわれる今、あえて新創刊する紙の雑誌にはがんばっていただきたい。

 あとシリウス/ネメシスは、編集長が酒場でひとをどついてたいへんだったみたいですが、うちにご献本いただいたのはその事件よりずっとあとですので。

 もひとつ。月刊少年シリウスのサイトでWEB連載している、まがりひろあき「魔女っ娘つくねちゃん swf(ふらっしゅ)」は毎回腰がぬけるほどおもしろいので、みんなチェックするように。

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July 23, 2010

娯楽として読むマンガ論『まんが学特講』

 みなもと太郎/大塚英志『まんが学特講 目からウロコの戦後まんが史』(2010年角川学芸出版、2800円+税、amazon)読みました。

まんが学特講  目からウロコの戦後まんが史

 かつて2004年から2005年にかけて、角川書店から大塚英志編集による「comic 新現実」という雑誌が隔月刊で6冊刊行されました(今、アマゾンをのぞいてみたら古書で比較的安く手にはいりますね)。

 復活後の吾妻ひでおがきちんと連載したとか、樹村みのりの新作を掲載したとか、あすなひろしを特集したとか、西島大介が「ディエンビエンフー」の原型を連載したとか、いろいろと話題の尽きない雑誌でしたが、なんつっても、みなもと太郎/大塚英志の対談、というか、みなもと太郎に大塚英志がインタビューする形で展開されたマンガ論、「トーク版お楽しみはこれもなのじゃ」が最注目連載でした。

 2006年には書籍にまとまるとアナウンスされて幾星霜。『お楽しみはこれもなのじゃ』(→amazon)が初めて単行本化されたのは連載終了後12年たってからだったしなあ、今回もそれくらいは覚悟して…… と思っておりましたところ、あらうれしや。一気に読了しました。

お楽しみはこれもなのじゃ―漫画の名セリフ

 『お楽しみはこれもなのじゃ』は好きなマンガについて書いた軽い絵入りエッセイ、に見せかけたマンガ論であり著者なりのマンガ史を再構築しようとした意欲作でした。本書はそれを一歩進めて、大塚英志が戦後マンガ史の「みなもと史観」を引き出すべく、ある程度体系的に話が進められ……ようとしてました。

 いやそれがね、対談というかインタビューですからね。雑誌連載を読んでたときは話がアッチ行ったりコッチ行ったり。部分部分はすごくおもしろくて、興味深い話ばっかりだったのですが、あとから参照しようとしても、いったいどこに何が書いてあるのやら、さがすのがもう大変。

 それが本書では、おお、こんなにすっきり整理されてるとは。

 雑誌連載と比較してみたのですが、あっちの文章をこっちに移動させ、ここの一部だけをそこにつっこんで、というふうに構成を全面的に組み替えて、すっきりわかりやすくなりました。

 ただしそのぶん、本に収録されずに削られた部分も多くてこれはちょっと残念(とくに固有名詞を出していろいろ語ってる部分ね)。

 日本戦後マンガ史におけるみなもと史観というのは多岐にわたるのですが、本書でとくに強調されてるのは、(1)貸本マンガおよび劇画を歴史の本流として組み込む、(2)戦前作家および手塚より年長の戦後デビュー作家の再評価、(3)1970年前後のマンガのドラスティックな変化の重視、などでしょうか。あと個人名として重要視されてるのが(4)矢代まさこ、あすなひろし、西谷祥子。

 これが著者の膨大な知識と超絶的な記憶力で、豊富な図版をまじえて実証されていきます。

 いやこれがもうおもしろいおもしろい。マンガ「論」なのにこんなに楽しくていいのか、という本です。かなり高度な話題のはずなのに、娯楽として成立しているのだから驚き。

 ただし読者の側にマンガについてのかなりの知識が要求されるかもしれません。わたしは聞き手の大塚英志とほぼ同年代ですが、それでも人名など話題についていけない部分があります。マンガ体験の違いによっても理解に差が出てくるでしょう。

 それを割り引いてもいろいろとすばらしい本。くりかえし読めます。あと本書を読むと、いろんなマンガをあれもこれもいっぱい読みたくなって、これも困ったことです。

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July 17, 2010

辰巳ヨシヒロがなにやらすごいことになってる

 今年の1月に発行された本ですが、書店でこういうのを見つけて買ってきました。

●辰巳ヨシヒロ『限定復刻版 黒い吹雪』(2010年青林工藝舎、1500円+税、amazon

限定復刻版 黒い吹雪

 本書は1956年に描かれた貸本向けマンガ単行本の復刻。手塚治虫文化賞大賞を受賞した辰巳ヨシヒロの自伝マンガ『劇画漂流』(2008年青林工藝舎)によりますと、辰巳ヨシヒロ自身が『黒い吹雪』を描いている最中、これぞ創作のダイゴ味、と手応えを感じた作品だそうです。

劇画漂流 上巻 劇画漂流 下巻

 『黒い吹雪』のアマゾンでの紹介文を読んでいただければわかりますが、今や辰巳ヨシヒロは、各国で日本を代表するマンガ家として評価されてます。

80年代以降むしろ海外で評価され、国際的なコミック・フェスティバルにノミネートされること多数。2005年の仏アングレーム国際コミック・フェスティバル、2006年の米サンディエゴ・コミック・コンヴェンションでは、マンガを大人の観賞に堪えうる「芸術」へと引き上げた功績が認められ、特別賞を受賞。2009年4月、ニューヨークで行われた世界文学祭Pen World Voices Festivalでは、世界の芸術をリードする作家の一人として、マンガ家としては異例の招待を受け講演、大好評を博す。本書「黒い吹雪」は2010年にはカナダDrawn & Quarterlyより英語版の出版が予定されている他、2008年に出版された「劇画漂流」は英語、スペイン語で既に翻訳され、今後もフランス語、インドネシア語など世界各国で翻訳予定。

 
 『劇画漂流』はついにインドネシア語版が発行されたそうですし、『劇画漂流』の続編も、カナダで出版される予定で描き進められてるとのこと。

 ツイッターで教えていただきましたが、イギリスでも辰巳ヨシヒロがずいぶん人気だ、という記事がこちら。

少女漫画に学ぶ[ヲトメ心とレンアイ学]著者が探るロンドン漫画事情 - 辰巳ヨシヒロが人気! 『DMC』も!?

 さらに『劇画漂流』は今年のアイスナー賞二部門でノミネートされてます(「Best Reality-Based Work 」部門と「Best U.S. Edition of International Material-Asia 」部門)。

 今年のアイスナー賞の日本勢としては、浦沢直樹が『20世紀少年』と『PLUTO 』でのべ5部門ノミネート、しかも「Best Writer/Artist 」部門にノミネートされてる、というのが話題みたいですから、『劇画漂流』はちょっときびしいかもしんない。賞の発表は7月のサンディエゴ・コミコン。結果が楽しみですね。

 さらにさらに、現在、辰巳ヨシヒロ作品がシンガポールでアニメーション映画として制作されているそうです。

 タイトルはそのものズバリ、「TATSUMI 」で、監督はエリック・クー。辰巳ヨシヒロの短篇や『劇画漂流』の一部からなる88分の作品だそうです。今年の10月、東京国際映画祭に出品予定。

 辰巳ヨシヒロで、シンガポールで、アニメで、ってもうなんつーか、こちらの想像をこえるワールドワイドさですなあ。

 この映画、日本語版もつくられるみたいで、「シンガポール在住の大阪弁をしゃべることができる声優(経験者歓迎)」が募集されてました。

 声優さん、ちゃんと見つかったのかしら。

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July 09, 2010

壁村耐三伝説の「藪の中」

 「見えない道場本舗」で紹介されてたので、わたしも買ってきました。

●古谷三敏『ボクの手塚治虫せんせい』(2010年双葉社、1000円+税、amazon

ボクの手塚治虫せんせい

 作品ごとのイレギュラーな「お手伝い」から、職業としてのアシスタントが成立する移行期。古谷三敏が手塚治虫のアシスタントだったころの思い出を描いたエッセイマンガです。

 知られざるエピソードがいろいろあって楽しい本。内容についてはリンク先の「見えない道場本舗」がくわしいのでそちらにおまかせしますが、興味深かったのが、壁村耐三伝説について。

 秋田書店の壁村耐三は、「週刊少年チャンピオン」黄金時代をつくりあげた編集長として知られています。彼の功績などはこちらの記事をどうぞ。

【マンガ50年】「王者」の伝説(2)怒れる編集長「弱小」返上
【マンガ50年】「王者」の伝説(3)部数「あり得ない」急伸

 壁村はかずかずの豪快な伝説の持ち主でもあります。いちばん有名なのが、手塚治虫の原稿をほうり投げたとか破ったとかいうもの。

 これについて本書で古谷三敏が描いています。

 手塚治虫がまだ独身で初台に住んでいたころの話。1959年ごろですね。

「冒険王」で新連載の「魔神ガロン」が始まったときのことをボクは忘れない
担当は秋田書店のカベムラさん
後にこの人は「週刊少年チャンピオン」の編集長になり名編集者として有名なのですが…
大酒豪でけんかが強く体も大きくてみんな一目おいていました
その日は先生とボクとカベムラさんの3人しかいない夜でした

 どうしても眠りたい手塚は、壁村編集者にウイスキーをさしいれ。壁村もこれを一本あけてしまい寝てしまう。
これを見た手塚と古谷も寝てしまい、結局朝一番でできあがるはずの原稿の完成が午後になってしまいます。

 原稿を受け取った壁村は、「先生 今ごろもらっても間に合わないですよ」といって原稿をほうり投げます。

 これに対して手塚は、「たしかにおそくなったけど」「一所懸命描いた原稿だ!! ほうり投げることないだろう!!」と怒った、という話。

 古谷三敏によると、これこそが壁村-手塚伝説の真相だそうです。「実際はポンと足もとに投げただけなんです」

 ところがこのエピソード、別の証言もあるのですね。

 かつて「ビッグコミック1」という不定期刊の雑誌がありました。そこに「神様の伴走者-手塚番-」という連載があって、手塚治虫を担当した多くの編集者たちへのインタビューが掲載されていました。

 「ビッグコミック1」2008年4月3日号に掲載された第15回のインタビュイーは藤子A先生こと安孫子素雄。彼の話の中に壁村編集者が登場します。

 こちらは1955年という設定。まだ職業的アシスタントはおらず、安孫子素雄たちが臨時の手伝いにはいっていた時代です。

並木ハウスで、「冒険王」の『前世紀星 LOST WORLD 』だと思うんだけど、締め切りがギリギリになっててね。午後の6時に渡すはずの原稿を受け取りに壁村さんが来たわけです。その時はまだシラフだった。そしたら先生が、「いや、ごめん、ちょっと悪いけど、あと、2~3時間。午後9時かな」とかってね、言ったんですよ。そしたら、「9時ですね。分かりました」って言って、いなくなったんです。で、9時に来たんですよ。もう、結構お酒入ってるわけ。ところがまだね、3ページ残ってたのかな。先生、「12時までになんとか」って。

 結局原稿は12時にも完成せず、「2時にはなんとか」と、なしくずし的に締め切りが延ばされていきます。1時半ごろ原稿はやっと完成。

「安孫子氏も、ちょっと寝なさいよ」って言われて、僕はベッドに入ったわけです。2時になって、壁村さんが部屋に入ってきた。入ってきて戸口につっ立ってるの、薄目をあけて見たんです。壁村さんはつっ立って、「原稿は?」って。先生は「悪い悪い、やっと出来たよ」って言ってね、8ページだったと思うんだけど、こう両手で差し出したんです。そしたら、壁村さんはね、受け取って、しばらく見てから、「もう間に合わない!」って叫んで、パァーッと原稿を部屋中にまき散らかしたんですよ。

 こちらでは原稿が宙を舞うハデな展開になってます。

壁村さんは、その後ビューッと帰っちゃった。先生、呆然としてね。原稿が部屋中に舞ってるわけ。僕も、起きていいもんかね、薄目あけて肩越しに見てたら、先生が原稿を拾ってね、集めて、なんか唸ってて。いやあ、あれはすごかったですよ。

 うーん、同席した人間が証言しているはずなのに、細部がずいぶん違います。

 時代と場所が違う(初台時代と並木ハウス時代)、作品が違う(『魔神ガロン』と『前世紀星 LOST WORLD 』)、壁村が飲酒する経緯が違う。

 手塚治虫の反応も違ってて、古谷説では手塚も怒ってますが、安孫子説では手塚先生かなり情けない感じに描写されてます。だいたい立ち会ってたはずの目撃者が違いますからね。

 さて、伝説はさらにハデになります。

 「たけくまメモ」のコメント欄に書かれた長谷邦夫の証言によると。

秋田書店の壁村さん自身から聞いた話ですが、
彼は、カラー扉原稿を待っていたのだが、
ついに間に合わなくなってしまった…。
でも、彼は黙って待ち続け、先生が出来上がりを
持ってくると、
「こんなもの要らねえよ」と言って、目の前で
ビリビリと破ったそうです。
どんな代原を入稿したのか、聞いとけばよかった
んですが…。酒飲んでるときでしたので。
「オレが編集やめるときは、アイツの右腕折って
やる…」と、つぶやいてました。

 長谷先生はこのエピソードを小説にして、壁村耐三自身に語らせています(『マンガ編集者狂笑録』収録の「酔わせてみせろよウソ虫 壁村耐三の巻」)。

 壁村が原稿をポンと投げただけという古谷説より、部屋じゅうにまき散らかした安孫子説のほうが見栄えがしますし、さらにビリビリと破ったという壁村-長谷説が、お話としてはもっともおもしろい。

 事件の当事者の証言がまったく一致せず、ついに故人である本人も登場して証言するのですが、謎は深まるばかり。まさに「藪の中」ですね。

 事件を当事者や周辺のひとがくりかえし語るうちに、「すべらない話」として持ちネタ化し、伝説がどんどんハデになっていった、というのが妥当な考えかたでしょう。ただし複数の人間がみんな思い違いをしていないのなら、手塚-壁村間で同じようなことが何度もくりかえされた、という推理もなりたつのじゃないか。

 つまり、手塚治虫は何度も何度も秋田書店の原稿を落とし、そのたびに壁村は原稿をほうり投げたりビリビリに破ったりしていた、と。

 いくらなんでもそんなに何回もは、と思いますが、下記のような別の手塚-壁村伝説を読みますと、そういうこともあったかもしんない、なんてね。

 時代はずっと下って日本テレビの24時間テレビが始まったころ、1980年前後ですね。当時は24時間テレビにあわせて年一回、手塚プロがスペシャルアニメを制作していました。

 証言しているのは朝日ソノラマの編集者だった松岡博治。「ビッグコミック1」2007年12月1日号掲載「神様の伴走者」第13回より。

毎年、この季節になると、各誌とも、進行がおされるわけです。もう、原稿が入らなくて、減ページをしたりとか。秋田書店に、壁村耐三さんっていう名物編集長がいらっしゃいまして、私が手塚プロで原稿を待ってると、夕方、まだ夕方なんですが、酔っ払って、リンゴなんかかじりながら、手塚プロのドアを蹴って入ってきて、「先生はどこにいるんだ! 進行がめちゃめちゃじゃないか」ってどなったんですね。その時、先生が仕事場のドアを開けて、ちらっと顔のぞかせたんです。その先生に向かって、リンゴを投げたんです、バシャーッて。先生、隠れちゃって、全然出てこなかった(笑)。

 わたし実生活でリンゴを投げたこともないし、投げられたこともないです。これもそうとうにすごい話であります。

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July 03, 2010

18世紀のロンドンで近代マンガの誕生が準備される

 世界のマンガの歴史について調べたいことがあっても、日本語で書かれた資料がない、あるいは存在するとしてもどこにその資料があるかわかんない、なんてことがよくあります。まあどこから手をつけていいかよくわからんわけですね。

 最初から日本にはそっち方面の専門家がいない、とわかってるほうがまだやりやすくて、だったら海外文献しかないと腹がくくれます。ところがはっきりと「マンガ」とはいえない分野に関しては、もしかしたら日本にもすごくくわしいひとがいるかもしんない。もしかしたら邦訳されたものもあるかもしれません。

 英語の本を読めよ、といわれそうですが、だって英文読むのってたいへんじゃないですか。日本語で読めりゃそのほうが楽だもの。

 マンガ史では、「前マンガ」は「近代」の到来とともに「近代マンガ」になったといわれてます(←なんかアタリマエですみません)。近代てのはイギリス産業革命とフランス市民革命がその始まりで、時代的にはイギリスの近代はフランスのそれより先行してます。ですから、マンガもイギリスのほうがフランスよりちょっとだけ早く盛んになりました。

 というわけで、18世紀イギリスの「カリカチュア」は近代マンガのさきがけになったといってもいい存在。この時代、マンガのどこが新しくなったかといいますと。

 ってそこから先はわたしも不勉強でよく理解できてないのですが、そのあたりを知りたくて18世紀イギリスの「前マンガ」であるところの「カリカチュア」=風刺漫画について書いてある本を探してたのですね。ところがどうもわたしが求めるような日本語の本に出会えない。単にわたしの探し方が悪いのかもしれませんが。

 でまあ日本語の本はあきらめて、ネットの評判などを読みましてこれがいいんじゃないかと思って買った洋書。

●Vic Gatrell 『City of Laughter: Sex and Satire in Eighteenth-Century London 』(2006年Walker & Company 、amazon

City of Laughter: Sex And Satire in Eighteenth-Century London

 けっこうなお値段の本ですが、700ページ近い大著でハードカバー。届いてから驚いたのですが、いい紙を使ってるのでこれでもかというくらい重い本です。ベッドに寝っ転がって読むのはほとんど不可能。

 本書はなんつっても大量の図版が魅力。当時の代表的画家といえば、ジェイムズ・ギルレーやトマス・ローランドソンが有名ですが、彼らのカリカチュア(多くはカラー図版)が300点近く掲載されてます。

 ギルレーの絵はきっと世界史の教科書とかで見たことがあるはず。グーグルの画像検索でどうぞ。

 基本が政治や社会の風刺なので、絵は攻撃的。敵はデブだったり醜く描くのが基本です。カリカチュアは裸やエロ、スカトロ趣味があたりまえの世界でした。

 これらの作品のほとんどは木版画。ロンドンには版画屋というものがあって、そこで木版画が日本の浮世絵と同じように庶民相手に安価で販売されていたそうです。笑いとエロを含んだ作品群はけっしてお上品とはいいがたい、というかむしろ下品だけど、すごく人気がありました。マンガというのは原初からそういうものだったのですね。

 本書はその笑いとセックスに満ちた下品なカリカチュアをとおして、産業革命期のイギリス社会を眺めたもの。

 この時代のイギリスのカリカチュアを概観するにはすばらしい本です。文章の内容もすばらしいのだと思いますが、じつは拾い読みしかしてませんすみません。そのあたりがわたしの限界ですね。

 本書を眺めてますとこの時代のイギリスのカリカチュアは、からかいのための暗喩やほのめかしの表現が前時代よりずっと洗練されてます。新しい表現技術であるフキダシも使用されるようになります。さらには連続したコママンガのような表現も登場してる。まあなんにしても人気がある→多くの作品が描かれるようになる→そして表現はさらに進歩する、というサイクル。

 これが19世紀フランスのオノレ・ドーミエによるカリカチュアや、スイスのロドルフ・テプフェールによる物語マンガにつながる、という歴史の流れです。

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